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天京の聖杯  作者: はぐれイヌワシ
11/19

血滴子誕生


結局、ドルゴンは喀喇城に帰り着く前に息を引き取った。

しかし、太后・ブムブタイに渡すべきものをドルゴンの部下であるスクサハが聞き取っていたので

スクサハがその黒い小箱をブムブタイに渡すことになった。


小箱には、鍵がかけられていた。

「鍵は?」

「『太后ご自身が持っておられるはずだ』と仰っていました」


ブムブタイは、以前ドルゴンに奇妙な贈り物をされた事を思い出した。


『私たちはいわば共犯者だ。何れまた別の秘密を共有することになるでしょう』

そう言って、白銀の鍵を渡されたのだ。


ブムブタイとドルゴンは、決して公に再婚したわけではない。

だが、ドルゴンが自らに想いを寄せていたことは知っていた。

彼女自身は彼を愛したことはないが、彼からの愛は利用するに値した。


いわば、我が子の玉座と自分の権力の為に、義弟に身を売ったのだ。


スクサハも、この二人の間に何があったかは、大体察している。

主君が愛した女性に贈った『秘密』に介入する気はなかったので、

「私はこれで失礼いたします」と、部屋を出た。


ブムブタイは、あっという間に部屋からその鍵を探し出した。

ドルゴンが自分と共有しようとしていた『秘密』が、そう甘ったるいものであるわけがない。

だから、見つけにくいが自分ならすぐに見つけられる場所に保管しておいたのだ。


箱を開けた。

そこには、長い紙で包まれた沢山の手紙がぎっちり入っていた。


包み紙を開けようとすると、それがドルゴンの直筆だった。


ドルゴンからの書状を要約すると、こうなる。


『太后。

この箱の中に詰まっている各地の南明討伐軍の将軍たちからの書状と、

私のこの書状は決して集団妄言などではなく紛れもなく真実を書き記したものです。


あの、山海関を越えて北京に入らんとしたその日、私は恐ろしい物を見ました。

山海関を開けた呉三桂その人が、常人を遥かに超える跳躍と速度で戦場を駆けまわっておりました。


それだけなら『武状元ならそういう事もある』で済まされたことかもしれません。

しかし、北京に入場した後、私は更に恐ろしいものを彼の邸で発見いたしました。

何者かに喉を食い破られて死んだ彼の兵士と、切り落とされた彼自身の腕でございます。

勿論今の彼が隻腕などではない事は太后もご存知でしょう。


要するに、彼が、部下の喉を食い破った上に斬られた腕を蜥蜴の様に再生したという事になります。


私は直ちに彼が何者であるかを探る為、

私の旗下にいるセンギという男を『監視役』の名目で彼の同意のもとに彼の軍に同行させることに致しました。

彼は目の前に繰り広げられる事象に圧倒されることなく正確に筆と墨で紙に写し取れる男であったので

呉三桂がどのような挙動を取ろうとも自分自身に惑わされずに私に報告出来る者として大役を任じたのです。


私は彼に『呉三桂の食事の様子、また万一彼が傷を負った際の治癒の経過を特に注視』するように命じました。

そうするとまあ、彼はあの躯体と運動能力に見合わず、私よりも更に食が細い事が判明いたしました。

更には彼がちょっとした矢傷を負っても、戦闘が終了する頃にはもうその傷口は塞がっているというのです。


また、呉三桂以外の諸将には彼の名は伏せて

『明の旧領に、人に化けて人の血を喰らう怪物が生息していると間諜から報告があった』と告げ

『戦地で何か見たことのない生物が出たら直ちに報告せよ』

『その怪物を殲滅することを第一に行動せよ、城一つ殺し尽くしてでも構わない』と司令を出しました。

―――もうお判りでしょう、江南で私たちが城一つ滅ぼしてまで占領を急いだ理由が。


彼らは常人の何倍もの体躯と身体能力を持ち、

数人で挑んだ上に首を刎ねるか灰になるまで焼き尽くすかでしか滅ぼせません。

何れ彼らは清国の統治の障害になるばかりか、人にとって代わらんと欲するでしょう。


されどこの怪物どもの存在を公にすることはとてもできません。


一つだけ、私から貴女にお願いが御座います。


貴女の名の下に、怪物共を研究し、駆除し、何れ滅ぼすための部隊を創設するようお命じ下さい。

その中には、センギも必要で御座います。呼び戻して下さいますようお願い申し上げます。


貴女は、きっと私を愛したことはないのでしょうし、これからも愛することはないのでしょう。

私がこの世にいない今、私の全ての名誉を奪い、

私の骸を罪人の墓に埋めてもそれが貴女のお望みならば、構いませぬ。


ただ、私がここに記したことは、みな事実で御座います。

どうか火にくべる前に、この箱に入っている全ての書状に一度目を通してくださいますようお願い申し上げます。』


ブムブタイは、残りの書状を読むことにした。

ドルゴンは、自分に向かってこんな手の込んだ冗談を作る人間ではない。


多数の書状の中から、一枚を手に取った。


そこには、揚州攻略に参加した将軍からの『怪物目撃情報』が漢語で記してあった。

敵方の兵士が敵味方なく血を喰らい、果ては火矢によって焼き尽くされたと。

その際、多数の揚州城民も巻き添えにせざるを得なかったと。


慌てて他の書状も明けてみると、同じような報告が漢語で記されていた。

どうやら、この『怪物』はこの旧明領の各地に潜んでいるらしい。

ご丁寧に皆筆跡も違うから、ドルゴンの贋作とも思えない。


何枚か、満洲語で綴られた書状もあった。

それは、センギがドルゴンに向けて書いた呉三桂についての詳細な絵入りの『観察記録』であった。


ドルゴンが先述したような特徴に加え、彼ら自身も『怪物』に遭遇していたようで、

常人が数人がかりで挑んでやっと殺せる『それ』を呉三桂はたった一人で何体も倒していったと記録されていた。


ブムブタイは、全ての書状に目を通すと、それを再び黒い小箱に丁寧に収め、鍵をして保管することにした。


***


不慮の死を遂げたドルゴンは『狩猟中に落馬し、打ち所が悪くて死んだ』という事になり、

フリンは彼に『義皇帝』と諡した。


しかし、年が明けると一転してフリンはドルゴンの『罪』をあげつらい、全ての名誉を剥奪しようと動き始めた。


・自分の弟を摂政にした。

・皇父を名乗った。

・摂政王府を皇帝の宮殿と同じような設計にした。

・摂政王府の財産を私物とした。

・皇帝の侍従たちを勝手に旗下に入れた。

・皇帝の兄・ホーゲに死を迫り、側室を奪った。

・皇父摂政王としての旨を乱用した。

・官吏人事を気ままに扱った。

・北京入城直後、皇帝が入城するまでの間、自分の用いる儀仗・音楽・侍衛を皇帝と同じようにし、

皇帝の服装をして、玉座から指揮を執った。


この『皇父』という言葉が、様々な憶測を呼ぶ。


フリンは母とドルゴンの関係に気づいていた。

フリンは幼いころから漢文化に親しみを持ち、満洲文化より漢文化を重んじていた。


満洲文化では兄の死後に弟がその妻を娶る事は普通であったが、

儒教では嫂を自分のものにすることは血のつながった姉妹と姦淫するのと同等に扱われる。


フリンにとって、母とドルゴンの関係は吐き気を催すような関係だった。


母も、『死体に用はない』と言わんばかりに、フリンのドルゴン排斥を後押しした。


ドルゴンは、清の宗室から除名された上に、遺骸を斬首された。

彼の名誉が回復されたのは、実に百二十年以上後の事である。


***


ブムブタイは、フリンには一言も知らせずにセンギを北京に呼び戻し、ドルゴンに送った書状について問いただし、

ドルゴンの死と失脚、そしてこれからの身の振り方を伝えた。


センギは北京に帰った直後に天然痘で病死したことになり、旗籍から離脱することになった。


他にも、あちこちで繰り広げられた殲滅戦の参加者である満蒙漢その他様々な民族の兵士や

生き残りの民衆を呼び集め、ドルゴンの書状を見せた上で『怪物』殲滅の為の組織に加入させた。


俸給は高いが、一般人には完全に守秘を貫き、もし仮に怪物との交戦で命を落とした場合には

家族には『任務中に死去した』とのみ伝えられ、遺骨も帰らない。


ブムブタイはこの組織を『血滴子』と名付けた。


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