Ⅱ《電子生存》(3)
CAUTION
一 分かりやすい文章ではありません。文体も重めです。
二 容赦なく人が死んでいくスタイルです。苦手な方はご遠慮ください。
三 ある程度の航空軍事用語を知っていると楽しめます。それを前提としている部分もあります。
四 明らかに有り得ない設定が無数にあります。架空と割り切ってお楽しみください。
五 多少の差別的表現、汚い言葉が含まれます。敏感な方は閲覧を非推奨します。
六 筆者の軍事知識は並み以上マニア以下といった所です。四にも書きましたがご理解ください。
翌日、オノンネルからの命に従って内陸に存在するアストバーン航空軍基地へと移動する。ボックス基地からアストバーンへ飛行する輸送機などがあれば貨物として同乗しても良かったのだが、運悪く飛行予定の機体はなかった。結果としてタリオニスで向かう事となる。ブリーフィングルームのボードには
No.9 Talionis「FLIGHT TRANING」
と記されていた。予定では単純な飛行訓練である。
「これ身軽でいいですね。好きです」
「そうか」
戦闘任務を想定していない為に通常機の搭乗員が用いる飛行装備を身に着けている。それでもカラーリングは機体同様の黒だった。機体としても武装も搭載せずコンファーマルタンクのみのフェリー形態。身軽なタリオニスは離陸すると大気圏を離脱するロケットのような上昇を見せ、一気に巡航高度へと到達すると超音速巡航へと突入した。
「輸送代わりにこの高価な代物を使うなんてな。上層部が知ったらどんな顔するか見てみたい所だ」
「どんな顔もしないでしょう」
「ん?」
「だって書類上では単純な訓練飛行ですよ。この事実を知る由はない。知らないのであれば彼らにとってその事実は存在しない事となる」
「哲学的だな」
オートパイロットスイッチオン。目標座標入力。高度、速度設定。高度1万5千。速度M1.6。
久しぶりの固体機上食。エネルギーバーをかじる。ヘルメットとスーツからなる密閉式の与圧飛行装備では出来ない。酸素マスクを外せばそれこそ何でも食べれるだろう。邪魔ならヘルメットバイザ―を上げればいい。バナナでも、ファストフードショップのハンバーガーでも何でも口に入れられる。こうした食物はチューブで摂取する離乳食のような液体よりか遥かに味気があった。
しかしマキナ搭乗員用に開発された飛行装備を持たない為、その代償として高高度への上昇は出来ない。不可能という訳ではないが、緊急時の搭乗員を保護する規定の為である。だが今回はその必要性もなかった。タリオニスが持つ能力を完全に発揮する必要はない。
「そういえば」
「どうかしたか」
「大尉は外人部隊出身でいらっしゃるんですよね。何故志願したのですか」
「さあな。気づいたらいたのさ」
「説明になっていません」
「説明もない。そのままだ。気づいたらいた。軍を追われて大手航空会社へ移るつもりでいた。戦闘は無縁の民間機だ。そしたら何時しか最果ての地で再び戦闘機の操縦桿を握ってただけの話だ」
「軍を追われた?」
「追われたというよりか消された、か。自分でいうのもアレだがエリートだったよ。戦闘機乗りとしては最高のコース。実戦部隊、アグレッサー部隊、そして堕落した飛行隊の持ち直しの為に再び実戦部隊。あまりに酷い部隊だった。立て直しが利かないほどに」
「フム」
「最初は二機でも三機でもいいからかかってこい、という事でACMを始めた。知らないとは思うがジパングのアグレッサーと言うのは凄まじい。この軍の比じゃない。ファーストコンタクトで確実に撃墜判定を出す。そこにいたから連中の相手をするなんて赤子の手を捻る様に簡単だった。徹底的な力量差で上下関係を作る。それで飛行隊全員を潰した。金を巻き上げ、勝手に車を乗り回す。お前らの物は全部おれの物状態」
「今の大尉からは想像がつきません」
「人と言うのは心を逆撫でされると動き出す厄介な生物だ。堕落しきった人間にもそれは存在する。で、何とか曲者ばかりだが腕は立つ部隊に仕上げた。それはそうと当時、ジパングは近隣諸国と利権争いをしていてね。領有地の地下資源発見をキッカケにそれは激化。表の歴史にはないが…察してくれ。何となく分かるだろ。パーツは撒いた」
「なんとなく…ですが」
「声に出さなくても出してもいい。君は賢い」
アリスは理解した。このハルオミシマと言う人間は歴史から消えた人間なのだ。祖国から追われ、その最果ての地まで身を移した男。消えたというよりかは消された男。だがどうして再び戦場に戻ったのかが分からない。
「ですが何故でしょう。なぜここへ?」
「さっきも言ったが気づいたらいた」
「説明になっていると言ってよいのでしょうか」
「ああなっている。そのまま説明しただけだ」
エネルギーバーが二本目に入る。チョコレートフレーバーの次はコーヒーフレーバー。口の中身がパサつくので水で押し込む。この携行糧食は全軍で採用されており、高カロリーながら非常にコンパクトで水分を多く吸収する為に腹持ちも悪くない。問題は非常に口の水分を奪う事、更に菓子代わりに日常的に貪ると肥満まっしぐらという事くらい。スペースを取らない為に主に航空機搭乗員や歩兵部隊の強襲用糧食に支給される。
「ジパングってどんな国なのでしょう」
「どういう…国だろうな」
「生まれた土地なのに?」
「長く行ってないからな。ここが第二の故郷」
「兎にも角にも先進的な国だと聞きますが」
「俺は今あの国がどうなっているかは分からない。興味もない」
「…」
アリスは問う事を辞める。この無線越しの男は過去を嫌っているのだ。嫌っていると言うよりかは存在していないと定義したいのかもしれない。そのまま時間が過ぎていく。モソモソとした咀嚼が無線越しに伝わってくる。不思議と生命の躍動を覚える。
「それにしても固体は良いです。しっかりと食べている感覚がある」
「そうだな。その為に歯があり顎があり筋肉がある」
晴臣の答えが淡々としている。何時もの事と言えば何時もの事だが、それでもこの人物の発言には何処か温かみがあった。そうアリスは感じている。だからこそ会話をしたくなるし傍に居ると飽きない。情報軍の同僚は自分を恐れていたのか嫌っていたのかは知らないが無口にも程があった。この部隊に来てからは大概の人間が対等に人を扱っている事を身を持って感じた。だからこそ人間味がある。だが、今の彼の言葉にはその温かさがない。まるで己の鏡と話しているようだ。自身の人間臭さの欠如は認識している。
「そろそろアストバーンの管制圏に入る。頼む」
「了解」
グローブ越しの電子操作パネル。メインパネルに誘導管制をキャッチしたとの情報が出る。クリア、アストバーンと無線交信。着陸許可を確認。
「着陸許可確認」
「了解」
オートパイロット解除。高度低下。減速。スロットルを戻す。管制官の指示が耳に入ってくる。ヘルメットバイザー越しの景色の移り変わりがゆっくりとした流れへと変わる。
*********
「ようこそシマ大尉。待っていたよ」
機を降りて兵士に案内されて基地内を移動する事、約二十分。地下深くの搭乗員育成用のシミュレーターが並ぶ一室に案内された二人は金髪を後ろに流した技術将校に迎えられた。
「この方は」
「ジョン・モーリス。階級は少佐」
本人が応えるまでもなく晴臣が口をはさむ。
「マキナのミッションプログラム設計リーダーを務めた男だ。知人だ」
「覚えていてくれたのは光栄だよ」
「どうせロクでもない事に呼んだんだろ」
「ロクでもない事ではない。我が軍のファイターパイロットにとって非常に重要な事だ」
「フム」
そこでこの男から二人は説明を受ける事にした。オノンネルからは内容は聞かされていない。戦術航空軍の虎の子を一機使用不可能にする程の事だ。それなりの内容であろう事は予測できる。脇のデータルームへと案内された二人はドアをくぐるとディスプレーの前へと座らせられた。
「ここの数列を見ても理解は出来ないだろうが」
「さあね」
画面を目まぐるしいスピードで流れていくプログラミング。その内容は到底理解できそうな代物ではない。
「これはタリオニスのフライトデータだ。訓練から実戦まで何もかも。エンジンテストも含まれている。とにかくマキナが待機状態以外の時全てのデータが収められている。一週間前までの」
「これとシミュレータに何の関係が?」
「戦術航空軍の精鋭アセンダンシィ。その中でも最強との呼び声高いタリオニス。黒い翼の獰猛かつ冷静で勇敢な九番機。この挙動と思考を敵機としてデータ上に再現、シミュレータ上で稼働させる」
「新米教育に使うって事か」
「それだけではない。現役搭乗員にも使用できる。Gまでは再現が出来ないが逆に論理的思考を持って敵機と戦闘シミュレーションが可能だ。机上のACMを実行に移せるわけだな」
「タリオニスのデータをそのまま使うのか」
「タリオニスとしてのデータ、それからルーラーに仮に二人が搭乗としたとするデータの二種類だ。此方は再構築する必要がある。ドッグファイトモードとレーダー戦闘からも含める二種類だから合計で四種類。今後はもっとラインナップを揃える予定だが」
「それはなかなかに面白い」
「必要なのは二人の思考なんだ。どういった判断を取るか、空戦機動を行うかというね。正直、単純なACMであれば専用のプログラムの方が遥かに強力だよ。人間の何百倍と言った速度で判断が出来るし機体の限界機動を常に行える。君たちを持ってしても勝てる相手ではない。だが、それは一定条件下での事に限られてしまう。互いに互いがECM状態でドッグファイトへ縺れ込んだとか、圧倒的不利状況下での時間稼ぎ…そういった状態は全く想定していない。だから実戦では使い物にならない。ファジー理論同様に無数の選択肢の重みを選ばせる事は可能だが肝心の選択肢の数は増えないという訳だ。機械の反復学習では限界がある。そこで空軍で最も経験豊富な機体のデータを活用する」
「このデータがあれば有人戦闘機が駆逐されるのでは」
「残念ながらそれはないんだお嬢さん。現行だと撤退しろ、戦闘しろと命令は出来ても“防御しろ”や“阻止せよ”といった具体的な命令は行えない。それは戦況を読む力と言うのは人間しか持ち合わせないからだ。例え劣勢でも戦おうなどとコンピュータは思考しない。ケツを向けて撃墜させられるのがオチなんだよ」
「それをどうにかするのが技術屋じゃないのか」
「なに、他人から職を奪うのは趣味じゃないし、それを開発するほどの金も貰ってないんだ」
「クソ野郎」
黙り込んでいたアリスの口からこんな言葉が飛び出す。気をとられた二人は呆然としつつ、「そういえば紹介していなかった。ECOのアリス・ロードス。階級は少尉」と晴臣が付け加える。
「まあ自己紹介はいい。彼女の話は聞いている。今回、君たち二人に来て貰ったのは我々が“再設計”するタリオニスの挙動データの信憑性を高める為。ただ、それだけだ」
「彼女に興味はないか」
「なんせ今は軍務中でね。個人的になら話を聞きたい所だよ。この最果ての地の男の事をどう思っているかとか」
「残念ながらそれはお断り」
「おや、何故?」
「それについては彼女が答えそうだから」
「大尉もまたクソ野郎だからです」
「…そうか」
「そうです。全員クソ野郎です」
「手に負えん。ヤツに言われた事は間違いないようだ。それはともかくプログラム自体は完成している。本人達で最終テストと行こう」
そういうと一度部屋を出て、簡易シミュレーターではなく本格的なドーム型のシミュレーターが配置される一部屋へと案内される。部屋と言うよりかは倉庫に近い大きさだった。簡潔に言えば小型のプラネタリウムの中に三次元式に稼働、模擬Gも再現するコックピットもどきが収まっている。備え付けの飛行装備を身に着けるとラダーを登って着席する。
FA-181を模したコックピットへと着座するのは久しぶりだった。緊急用の機種転換訓練の一環、または通常部隊との模擬空戦を行う為に搭乗する事もあるが数自体は多くない。マキナシリーズと比較すると非常に広く居住性が高い事に気づく。
「操作系統は覚えているか」
「今でも現役で乗っている。問題はアリスだな。一回か二回位しか乗っちゃいない」
「問題ありません、大尉」
背後から声が聞こえる。
「だそうだ。では早速スタートと行こう」
「OK。では君らのコピーとだ」
モーリスがラダーを外しドームを去る。直後に部屋全体のモニターが起動。真正面に
FA-181 ACMTS2 VER.asendancy
とのロゴが表示。飛行風景へと切り替わる。高度1万メートルをオートパイロットで巡航している状況下で作動開始。
「フェイカー1へ、方位330にボギー。距離250。高度40000。速度M1.4。機数は一。迎撃せよ」
「了解」
AWACSの管制官も同時に訓練が行えるようにと此方も人力だ。正確に言うと戦闘機訓練シミュレータではなく複合空戦シミュレータである。最も今回は見習いではなく現職の管制官が行っている。
「サーチパターンはドッグファイトで固定だ。相手がタリオニスの完璧なコピーならジャミングで使い物にならない。逆探知されるのも困る。それよりIRSTを重視するしかない」
「了解。それにしても随分と操作が楽です。視界も良い。同じ戦闘機とは思えない」
「違う物なんだよ。生物と機械くらいの差がある」
スロットルを押し上げて高度上昇。加速度を検知したプログラムは全身を圧迫。同時にコックピットもどきも動作を開始する。ハーネスが締められGを再現する。非常によく出来ている物だと晴臣は感心した。
「ボギーロスト。強力なジャミングだ。そちらでは確認可能か?」
「ネガティヴ。ノーコンタクト」
「了解、警戒せよ」
「フェイカー1、了解」
そもそもこの戦闘に勝ち目はない。自分の言葉だが生物と機械程の差がある。存在自体が異常なマキナシリーズが墜とされる事などない――。そう信じている。
「間もなくIRST索敵範囲」
「了解」
贋作のコールサインを与えられた架空のFA-181、それを操る二人へと警告音。機の進行方向に対して二時から三時の方向程度からの脅威だ。自機へと高速で飛翔する脅威が迫る事を警告音の周期が伝える。それは一瞬にして連続へと変化、甲高いピーとでも表現するしかない、虚しい、そして機械が伝える事の出来る必死の叫びがヘルメット内に響き渡る。IRSTの作動範囲には入らせないつもりらしい。相変わらずレーダーには反応なし。レーダー周波数を感知する音だけが頼りである。
警告音が響いた瞬間、晴臣は即座にビーム機動を取る。迫るミサイルに対し三時の方向へと機種を転換、最大推力で離脱。同時にチャフを手動で連続発射、せめてもの最小にして最大の抵抗を行った。
恐らくはLRAAMのキルゾーンからの発射だ。回避するのは極めて困難。我ながら厄介な代物だと感じる。尚も鳴りやまぬパルス。スロットルを押し倒しつつ、何処か諦めもついていた。しかし、その諦めを裏切るように爆発音。贋作が散布したチャフに電子の眼を奪われたサジタリウスは囮へと身を突っ込み信管を作動させた。指向性の弾頭が確実に目標を捉えるも、そこに残るのはアルミ箔だけ。
「かわした…?」
「尚もレーダー警告、第二波来ます」
「そういう事か」
視界を右へと向けると一瞬、細長い槍のような物が目に入る。
邪魔者など目に入らない、逃さないと言わんばかりの機動。ドラッグ機動で背を向けて離脱しても追い付かれるのがオチであり、ミサイル自体も相手のビーム機動を完全に予測していた。母機からの支援と誘導、自身の思考を持ったミサイルはその予測地点へと向かっていた。
完全な敗北。直後に爆発音。
撃墜判定が下るとリアルにエマージェンシーランプが作動、ダメージを受けた機体の有様を搭乗員の二人へと伝達する。右エンジン出火、自動で燃料がカットされるもその火は左エンジンへと移りそちらの警告ランプも作動。スロットルやスティックも動作を受け付けずに機体は勝手気ままに宙を舞う。グルグルと旋回する景色。無論、その際もシミュレーターは作動しており「脱出困難なコックピット」を事細やかに再現する。そんな中でも後方へと無理やり視界を移すと大きく炎上するのを確認。
「機長命令、脱出だ」
「了解」
アリスはイジェクションシートのモードがⅢにセットされている事を確認。股下に配置されたコードを引く。射出座席の炎でECOが負傷しないよう、後部座席から先に発射。その直後に晴臣が座るシートが射出される。脱出態勢。
コックピットを覆うキャノピーが爆薬で吹き飛び、一瞬もしない内に座席も射出された。過去の火薬式程ではないものの、ロケットモーターと言えど十数Gという強烈な加速度が身を襲う。そのGすら再現されてやっと画面は切り替わった。グルグルと回転していたコックピットもどきが水平位置へと収まり、黒い画面の中央には
NICE JOKE
とだけオレンジ色の文字が浮かび上がる。再現度に感心すると共に異様な腹立たしさ。軍のシミュレーターの割には皮肉が効いている。
「クソ」
「随分とよく出来てるんですねコレ」
「確かにそうだが」
「我々が普段どのような飛行をしているかの良い目安にもなりましたし」
圧倒的な敗北だった。勝ち目などない、負け戦だと最初から分かった上での戦闘だ。実戦であれば相手すら知らずに無情にも撃墜される。この成立していない戦闘が日常的に行われるのだ、戦争は。だからこそ戦争とも言える。単純な力量の衝突。それだけ。
室内に明るさが戻る。
「どうだったか。己との対峙というものは」
モーリスがドーム内へと入ってくる。今は静止しているコックピットもどきにラダーを掛け、晴臣、アリスの順番に地上へと降ろす。
「修正が必要だ。俺ならあんな戦いはしない」
「何処が、どういった風に」
「LRAAM、一発目を明らかに囮に使っただろう。実戦ならただの無駄弾だよ」
「私にそう言われても困る。あの挙動データは機体に蓄積された記憶のようなモノが弾き出したタリオニスの一種の可能性なんだ」
「では可能性には意思があり、実戦では使う事のない手段を持って我々を“からかった”とでも」
「意思はない。ただ、その飛行データから持ち出される訳ではあるから意思と似たような物はあるかもしれない。あくまでデータに基づくもので意思というよりかは経験則に近い」
「フム」
「私にも分からないよ。残念ながら。データ内部での同害復讐法が何故あのような選択を取ったか。そしてそのパイロットはからかわれたと感じた。なら恐らくはタリオニスはからかったんだよ。君たち二人の事を。電子空間、そこでは幾ら弾を消費しようが関係ないからね」
「そういえば聞いてなかったが仮想データ上の機体の武装状態は?」
「AAフルペイロード。LRAAM四発、MRAAM四発、SRAAM二発。完全な対空戦闘仕様」
「そこまでの完全装備で飛行した事も少ないな。恐らくデータが足りていないんだ」
「豊富な弾薬、支援があるとは言え一対一の状況。一瞬でも早くケリをつけたかったのか…?」
「からかってはいないと?」
「あくまで技術屋としての推測にすぎん。からかいもあるし、こんなデータ上で模擬戦闘を延々と行わせられる行為自体に嫌悪を感じたのかもしれない」
「データに意思がないとはアンタの言葉じゃないか」
「その意思を見出すのもまた人間さ。機械とヒトでは思考も何も違うだろう。午後からはFA-181同士の戦闘シミュを行う。その間に昼食と休息を取ってくれ。ボックス程の豪華さはないがこの基地の食事もなかなかのものだ。天下の第二四航空師団第九飛行部隊様が相手だからスペシャルなメニューが出るだろう」
「普通の士官用で十分だ」
「お嬢さんは?」
先ほどから沈黙を貫いていたアリスも「大尉と同じく」と返答する。
「そちらが希望ならそう手配しておく。後はウチのスタッフに任せてあるからゆっくりしてくれたまえ」
三人で部屋を後にすると外で待機していたと思しい少尉の士官に敬礼、モーリスは「彼に案内は頼んである」と言うと最初に入室した部屋へと去って行った。晴臣とアリスも敬礼、少尉も敬礼をとる。
「あのモーリス…少佐でしたっけ、あんまり好きなタイプではないんですが」
「女たらしとして有名なんだよ。だが腕は間違いない。何と言っても実質的には先進技術開発部のトップを務める男だ。実務は完全に彼が取り仕切っていると言っても過言じゃない。叩き上げさ」
「そうなんですか…」
「我が部隊にも招きたかったんだが、ここの人員からの反発があまりにも強くて断念した。人望も能力もあるんだな、ああ見えても」
なあ少尉?、と晴臣が先導する少尉に声を掛けると苦笑いで返される。仰る通りですと言わんばかりの表情に晴臣はいささか満足し、そんな晴臣を横目に見るアリスは頬を膨らませた。
「ハラガ ヘッテハイ クサハデキヌ」
「急にどうかしたのか」
「大尉の祖国ではこう言うのでしょう」
「少し発音が違うぞ。腹が減っては戦は出来ぬだ。ハラガ ヘッテハ イクサハデキヌ」
「細かいですね…」
「どうせなら正しく覚えて欲しいと思って」
「はらがへってはいくさはできぬ」
「そうそう、そんな感じだ」
「ふゥ…」
満足そうな息を漏らすとアリスは再び黙りこくった。何処か艶を感じさせる、そんな溜息だった。