Ⅱ《電子生存》(2)
CAUTION
一 分かりやすい文章ではありません。文体も重めです。
二 容赦なく人が死んでいくスタイルです。苦手な方はご遠慮ください。
三 ある程度の航空軍事用語を知っていると楽しめます。それを前提としている部分もあります。
四 明らかに有り得ない設定が無数にあります。架空と割り切ってお楽しみください。
五 多少の差別的表現、汚い言葉が含まれます。敏感な方は閲覧を非推奨します。
六 筆者の軍事知識は並み以上マニア以下といった所です。四にも書きましたがご理解ください。
「ボギー24。友軍機が交戦中。友軍は18機。既に格闘戦闘状態に入っています」
「それ見ろ。ミサイルは百発百中じゃないんだぜ」
「IFF応答なし。交戦しますか」
「ヘッドオン。エンゲージ。対空戦闘用意。脅威度の高い目標を優先」
「了解。ナインクロック。第二種射程距離」
アブソリュートキルレンジ。無線周波数を戦術航空軍全体に切り替える。
「A9-9、フォックススリー。警戒されよ」
タクティカルコンピューターの自動脅威判断によりウェポンベイ内、六発のネクサスMRAAMが投下、発射。かすかに見える航跡が一瞬で過ぎ去っていく。同時に母機からの誘導支援を開始。
「敵レーダー波感知」
「ECM、ECCMレディ」
「オートマティックモードオン」
ミサイル到達時間が減っていく。HUDの数字が順に減少。…NOW。
「ミサイル目標命中。命中4、不明2」
「ナイスヒット」
タリオニスの目は目標を逃がさない。全周囲レーダー、赤外線画像、赤外線追尾を総合した強力な索敵装備で確実に捉え続ける。更に高空で戦術偵察を行っている三番機からのデータリンクもある。それらのデータは前席のレーダーコンソールは無論、更に詳細な情報を後席のメインディスプレイに映す。空戦空域の後方約150キロではAWACSが指示管制を行っているものの、タリオニスには不要な物だった。
「A9-3フォックススリー」コールレスポンス。
「A9-3よりミサイル投下確認」
「よし、突っ込むぞ」
敵機が入り乱れる乱戦状態。アリスの指示と自身の眼、そして生き残ってきた戦術眼だけが頼りになる唯一のもの。ドッグファイトモードオン。翼が前進翼形態へと移行する。機体側面のウェポンベイに内蔵されるSRAAM《グングニル》を放出、シーカー冷却開始。レーダーパターンはドッグファイトモード。敵機を自動追尾し続ける。近距離に回避運動中の敵機を発見。距離は約2キロ。最大推力で敵機に食らいつく。HUDに目標シンボル。めまぐるしく回避機動を取り続けるのが分かる。
「大人しくしていろ…」
強烈なGで判断力が鈍るが、一瞬でも表示されたFIREを晴臣が見逃すはずはなかった。30mmリボルバーカノンが吠える。発射速度は1800rpm、一秒間には約28発を発射。ガトリング砲とは異なり発射のラグが少ない。
「後方、敵機!」
「了解。落ち着け」
EWR警報。ミサイルレベルではないもののレーダー波の照射を検知。ヘルメット内に警告音が響き渡る。電子防御装置が最大出力でジャミング。レーダー波の解析ではなく強力な出力でそれを妨害する。ガンファイアと同時に回避運動。アフターバーナー点火、ダイブ。
発射された弾頭は十数発が背面を見せた敵機に対して命中。結果的にエンジンブロックを集中的に破壊した。30ミリ徹甲焼夷榴弾によって推力を失った機体は制御不能になり落下していく。キャノピーが吹き飛び乗員がベイルアウト。その復讐と言わんばかり、執拗にタリオニスを追う敵機に対して再び攻勢に転じる。推力増加、高度を上げつつ手動でフレアとチャフを散布。ミサイルシーカー冷却完了。ロール機動。直後にスロットルを最小に絞って減速する。アリスの報告が次々と耳に飛び込んでくる中、動翼と言う動翼を用いて最大の空気抵抗を生み出したタリオニスに対して反応が遅れた敵機がオーバーシュート。直後にスロットルを押し込み最大推力で増速。HUDにターゲットシンボル。サイトに捉え余裕を持ってガンファイア。加熱危険ランプが点滅するも無視して射撃を継続する。三秒間程の射撃によって後方から集中的に弾丸を浴びた目標はエンジン部分を集中的に被弾、火を噴き、燃料カットされたのか直ぐに白煙へと変わる。それを見届けるように失った速度を取り戻したタリオニスが直線状に駆け抜けていく。ガン加熱警告のブザーが鳴り響くもアイドル状態に復帰。直後に衝撃波が機体を包み込む。機内でもはっきりと判別できる。バックミラーに目をやると背後で爆発が発生していた。搭乗員が脱出する間もなく機体は爆散したのだった。
そうしている間に損傷を受けた敵味方双方の機体が空域からの離脱を図る。生きては帰さないと双方が迫撃を開始。満足に回避を行えない的同然の機体を容赦なく攻撃、撃墜していく。それらを生存機が攻撃開始。初弾のBVR戦闘でミサイルを回避した双方の機体群が最大推力で戦闘に復帰する。
距離15万メートル。目標を定めたタリオニスがSRAAMを発射。誘導支援と慣性航法によって飛行。赤外線画像によって機体を識別している為に対抗手段に非常に強い性質を持つ。目標がフレア、チャフを同時に散布。効果がない。ミサイル、ロックオンターゲットに向かい直進。信管作動。指向性弾頭の爆発エネルギーによって機体は破壊される。更にその機体と編隊を組んでいたと思われる目標に対してアタック。タリオニスの圧倒的な運動性能と空戦能力は自身への反抗を許さない。その翼から驚異的な旋回で容易く背後を取るとミサイル発射。瞬時に撃墜する。
「搭載武装残弾ゼロ」
「何を言っている。まだ弾は残ってるぞ」
GUN 739…。現代空戦の主力たるミサイルを撃ち尽くしたタリオニスはなお獲物を喰らおうと言わんばかりに自身に攻撃能力が残っている事を二人に伝える。アセンダンシィ所属の四機が投入された戦場は当初の劣勢を簡単に覆し、損害を出しつつも空域の確保に成功しようとしていた。敵の残存兵力は完全な撤退を開始、それらの迫撃に通常部隊の味方機が移行。AWACSからの管制によって的確な攻撃を行う。これからの仕事はアセンダンシィの物ではない。優勢、支配に導く事が彼らに与えられた役割だった。
部隊の無線周波数、並びにデータリンクは通常部隊のデータにはない。よって謝辞が入る事も、文句を言われる事も、毒を吐かれる事もない。それでも彼らはこう言っただろう。「化け物」と。
「A9-9任務終了。帰還する」
「マキナリンク…ナウ。レディ」
戦術誘導に身を任せる機体を遥か下方に見る。それらとは正反対の方向へアセンダンシィの部隊機は引き返していく。高度2万メートル。百メートル間隔での戦闘編隊隊形。M1.8でオートパイロットオン。
「確定戦果は四機。BVRに於ける命中は撃墜認定となりますか」
「さあ分からんね。なるといいが」
「一番機のゾーイ、八番機のアナスタシアといい捻くれた名前が多いですね、この部隊は」
「人の事言えないだろ」
「空が黒い。地平線が見える」
「新鮮か」
「地上で這いつくばっていた身ですから。当たり前です」
「なに、直ぐに面白味もなくなる」
AWACSの飛行経路を通過。基地への進路をとる。地平線が蒼い。残存燃料の関係で先に着陸するのは一番機と八番機だった。二機の着陸後、三番機と九番機が管制指示に従って着陸する。その重量を受け止めるマッシヴなランディングギアと地面が接地すると三次元式に稼働する動翼を用いて強引に停止。エンジン排気を行って地下へと降りる。
アリスにとっては初めての“本格的な空戦”だった。状況報告、電子戦操作、その他諸々とマキナECOが務める事は多い。完全な索敵手段によって空戦の有視界化を目指したマキナにとって、その戦況を分析し続けるECOの存在はなくてはならない存在だ。視界は無いに等しく電子機器に囲まれ、予想のつかない大Gにひたすら耐えながら延々と与えられた任務をこなす。そしてFCOは戦闘情報、自身の勘、後席から発せられる報告、飛び交う無線を瞬時に処理しつつ敏感な機体を操る。どちらが欠けてもマキナは機能せず、腕の鳴らない乗員が乗っても逆にマキナに殺される。求められる全てが集まり初めてマキナはマキナとして機能するのだった。あまりに高価で我儘で傲慢な戦闘機械にして戦闘生命体。
「死は目前にある」
「?」
アリスがそんな事を吐き出した。晴臣は気にしつつも機を降りる。
***
ブリーフィングルームの壁に掛けられた部隊のスケジュールボード。連日として三番機のオータスだけが頻繁に出撃するものの、それ以外の機体の名前がボードに乗る事は比較すると少ない。無論、訓練は延々と続いている。三番機の電子索敵装備と情報収集能力、最前線に飛び込めるという強みは戦術航空軍としても非常に有意義なものだった。そして必要な情報を抱えると必ず生還する。任務達成は完全だ。水性マーカーは書いては消され、また書いては消されを繰り返す。
No.3 Autas「E-RECON」0600
No.7 Shade「FORCAP」1030
No.5 Time 「FORCAP」1030
No.10 MLight 「HAVCAP」1800
戦況としては物量に勝る戦術軍が無理やりに押し込んでいると晴臣は聞かされている。精強な海兵隊の強襲揚陸も成功、遂に敵地に上陸したのだ。決して楽な戦いではないが数の暴力で圧倒しているとの事。同程度の戦力であれば数が多い方が勝利する。単純な理屈に過ぎない。
そんな中、深夜の飛行訓練を終えた晴臣とアリスは休息後、マルゲリータ、カプレーゼ、ボンゴレロッソと朝食を兼ねた早めの昼食を取っていた。基地の娯楽街へと赴いて。明日までは非番。黒いフライトスーツが非常に目立つ。特にアリスは基地内でも大きな噂になっており、周囲から興味と関心の目が寄せられていた。白髪、もしくは銀発の髪を持つゴシック服を身に纏う少女。しかし今回はその服を着ていない。晴臣はツナギ型のスーツの上半身を脱ぎ、袖を腰で巻いている。下に着るシャツには“下士官愛護協会に愛の手を”。
食後の飲み物は如何なさいますか、と問う店員に対してエスプレッソ、ホットラテとオーダー。笑顔を振りまいて去る店員を晴臣は横目で見つめる。
「それにしても結構食べるんだな」
「食べなければやっていけません」
「そりゃそうだが…それとお前、コーヒーはミルク派なの?」
「入れないと飲めません」
「なのにわざわざコーヒー飲むのか」
「大尉が飲むからです」
「砂糖は?」
「要りません」
「フム。その理屈は通らないが良しとしよう」
店内は中々の賑わいを見せている。非番の連中の他にも民間企業から出向している人員なども少なくない。この店員もそうだろう。何らかの階級を持つ軍人ではない。
そんな中、アリスの携帯端末が鳴り出した。「はい、ロードスです」と答える。
「大尉にです」
「?」
疑問を持ちつつも手渡された端末を取る。
「はい。シマですが」
電話の主はオノンネルだった。
「戦士の休息中に悪い。お前のに掛けても出なかったからな。明日の予定が変更された。九番機の飛行訓練はない。0900、空軍先進技術開発部に行け。詳細はそこで聞くと良い」
晴臣は自身の端末を部屋に置き忘れてきた事に気づく。
「また厄介ごとか」
「未来のために」
そういって勝手に切られる。訳が分からない。
「どうされたのですか」
「ん?厄介ごとだ」
「厄介?」
「明日、0900に空軍先進技術開発部に行けとさ。また飛ぶ」
「それはまた随分と関係のない…なくはない…?」
「マキナシリーズとも関係は深い。だが今回はその関連ではなさそうだ」
「…?」
店員がおまたせしましたとオーダーしたドリンクを運んでくる。手際よくセットすると即座に去って行った。無言で大量の砂糖をエスプレッソへと流し込む。
「今日は異様に多いですね」
「いいんだよ。天才は甘すぎるくらいでちょうどいい」
「雲の上へと完全に上がってまた降りる時を思い出す」
「縁起でもない事言うんじゃねぇ。これじゃ自由落下じゃないか」
「砂糖にとっては、です大尉。砂糖は翼も推力も優秀な搭乗員も持たない。重力に引かれて自由落下する事しか出来ない。大してマキナにはそれがある。ある意味、自然的で必然的な事象です」
珍しく饒舌なアリスに対して晴臣は返す言葉がない。