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Ⅰ《未確認後部領域》(5)

CAUTION


一 分かりやすい文章ではありません。文体も重めです。


二 容赦なく人が死んでいくスタイルです。苦手な方はご遠慮ください。


三 ある程度の航空軍事用語を知っていると楽しめます。それを前提としている部分もあります。


四 明らかに有り得ない設定が無数にあります。架空と割り切ってお楽しみください。


五 多少の差別的表現、汚い言葉が含まれます。敏感な方は閲覧を非推奨します。


六 筆者の軍事知識は並み以上マニア以下といった所です。四にも書きましたがご理解ください。




上記の六つをご理解頂ける方は是非お読みください。



 そこにあったのは衝撃的なアリスの姿だった。ある意味で彼女らしいとも言える。

 「はふぅ」

 無数に声を荒げる野次馬に囲まれている中、その中心には流血して傷だらけの男二人と黒色ゴシック姿のアリスが佇んでいる。此方も服が若干よれている。


 連れて帰る事も考えた晴臣は基地内部移動用の電動バイクに跨ってここまでやって来た。そこまで速度は出ないのでヘルメットの着用は義務付けられていない。飲酒運転についての規則は特になかった筈だ。確かに初めて足を踏み入れたこのエリアはやたらと異様だった。まるで軍事基地な内部とは思えない如何わしさだった。恐らく民間の業者を使っているのだろうが、それでもこの何とも言えない「人の匂いに満ちた」空間は明らかに違うものだ。通常の歓楽街とは続きになっているが、そのあまりの差異に晴臣は心底驚いていた。

 そんなE21の中心地に於いて決闘。結局こうじゃないか、と晴臣は呆れ返りつつ、その行く末を見守る事とする。弱気なアリスは何処にも存在しない。良く分からない格好に身を包んだアリスは男二人組と今にも殴り合いを再開しそうな気配。早くやれとシュプレヒコールが飛ぶ。

 晴臣の短パンにフライトジャケットという」スタイルは狂化した集団の中でも注目を引き、更にアセンダンシィカラーに染められ、タリオニスドライバーである事を示し、エースである事を強烈に主張するパッチ類は更に注目を集める。そんな視線を感じつつ、ディーヴァを咥えて火をつける。カチン、シュボッとライターが唸る。

 「君が悪名高いタリオニスドライバーか」

 そんな中、一人の男が晴臣に声をかけてきた。アビエーターサングラスを掛け、髪の分け目から元は黒髪なのをブロンドに染め直している事がわかる。彫りの深い顔だ。

 「そうだが。悪名高いとは失礼だが何用かな」

 「なに、噂通りのヤツだと思ったから声をかけたまで。タバコ、貰えるか」

 シガレットケースから一本取りだすとライターと共に渡す。その男は無言で火をつけた。そしてライターを律儀に返す。階級章は大尉。同格だ。

 野次馬が増えて来た。何を聞きつけたか道沿いの店の中からもぞろぞろと出てきて、そこにはありとあらゆる男女の興味深い視線が注がれている。

 「覗き屋か。こんな所で這いつくばってていいのか?エリート中のエリートだろう」

 男のフライトスーツに付けられているのは108戦術偵察部隊(ピーピング)のスコードロンパッチ。運用するR-45SP偵察機は非常にピーキーな操縦性を持つために空軍から選抜された人員が集められている。国民に人気の部隊と言えばアセンダンシィかピーピングだろう。どちらも機密管理が厳しいために情報が出回る事は少ないが、逆にそれが存在を偶像化、神話化させている。

 「そういうアンタこそこんな所で何してる。人付き合いが悪い、東の最果ての地の細身の伊達男だと聞いていたんだ」

 「最後のは余計だ。どっちかというと君の方じゃないかな」

 「そいつはどうも。名乗るのが遅れたが108SQのロンド・ギリアムだ。それにしてもこれ、旨いタバコだ。気に入った…。ん?始まったか」

 人だかりに囲まれた路肩の即席コロセウム。その活気が湯気に思え、三分程で勝負がつきそうだ。故郷のインスタント・ヌードル・ソイソース・ソバを思い出す。遂に三人が再び殴り合いを始めた。男二人に勝ち目はないと思うのだが、それでも辞めないのだから滑稽というか無様ではある。どうも第18、もしくは81航空師団所属の戦闘機乗りらしい。

 「ここは憲兵は来ない。全て自己責任みたいなもんさ」

 「なに、入り浸ってるのか」

 「お前さんトコの二人がここのボスなんだぜ。だれも逆らえねえ」

 「フム」

 インソムニアの二人がボスと言うのは本当のようだ。確かに計算的、理知的な人間が多い中で彼ら二人はかなり野性的である。ツインゴリラを自称しておりTACネームもゴリラワン、ゴリラツー。どうも彼らなりの自虐的なセンスらしいのだが、傍から見るとただの事実にしか見えないのが空しい。インソムニアのコールサインもゴリラにしようとしたが、オノンネルに制止された。そんな「良いヤツ」である事は間違いない。晴臣自身もそれなりに仲が良い。隊のムードメーカーである。

 「で、アンタはどうしてここに来た?」

 「なに、相方から助けを呼ばれてね。来てみたらこの様さ」

 「相方?ナビゲーターの事か。あの内の二人の内一人がそうなのか?そうは見えないが」

 「違う」

 「あのオチビちゃんがそうだってか。冗談よしてくれよ。ありゃロリータコンプレックスのいかれ野郎どもを相手にするヤツだろ? …ん?」

 ギリアムの顔が変わる。

 「分かったか?いや、まさか俺もあんなカッコで歩き回ってるとは思ってなかったんだが…」

 「まさか噂に聞いてたタリオニスの新しいECOってのは」

 「そう。彼女だ。君の所のノット大尉がダメになってしまったのでね。そういえば回復はしたか」

 「マジかよ《Fucking crazy》…」

 「腕は立つ。なんつったって配属一週間でアグレッサー二機相手に互角の戦いをする逸材さ。俺もヤツの事はまだまだ知らないが頭が回る、そして殴り合いにはめっぽう強いヤツという事は良く知ってるんだ」


 歓声が一際大きくなる。集団の熱狂。モーゼの如く集団が此方に向かって割れてくる。

 「用もないのに呼ぶんじゃない」

 「助けを請う異性に対してどう反応するかのテストです」

 アリスが大の男二人の首根っこを掴み、両手で一人ずつ引きずり倒しながら此方へ向かって歩いてくる。

 分かりきっていた結果だ。彼女はとても強い。

 「結局コレかよ」

 「最初からこうするつもりだったのですが」

 「おうおうそうか」

 ギリアムだったな、と前を置いて「コイツらの処理は頼む。煮るなり焼くなり好きにしろ。ここには詳しいんだろ」と伝えると場を去る。彼は呆然として口がパッカリと開いている。

 「帰るぞ。ケツに乗れ」

 晴臣はバイクに跨る。かなり窮屈だがアリスもその後ろに跨った。残念ながらエンジンの爆音とともに去るなんて演出はないのだが、電気モーターで静かに場を去る。速度は直ぐに頭打ちになるが、加速はラグがなくそれなりに高速だ。

 「怒ってますか」

 「なんというか…君が軍人である前に年相応だという事。それからやや特殊な服飾嗜好を持つ事は分かったと思うが」

 「応えになっていません」

 流れる視界。喧噪を抜けた先には何もない。ただただ甲高いモーター音が鳴り響く。

 「怒ってはいないさ。怒っては」

 「では何かあるのですね」

 「何だろうな。自分でも分からん」

 「それが怒りなのでは」

 「伊達にお前さんよりも長く生きていない。これは怒りではない」

 「そうなのですか」

 「そうだ」

 「では」

 「ではなんだ」

 「星が…星が見たいです」

 「随分と急だなそりゃ。こんなクソ夜中から星を見に行くと」

 「この基地に来てから見れていないのです」

 「天体観測が趣味なのか」

 「そこまでではありません。星が見たいだけ」

 「フム」

 晴臣は路肩にバイクを停める。そして近くのフードショップチェーンに入店した。持ち帰りでラテを一つ、ハンバーガーを一つ、チョコレートパイを一つ、トリプルミートバーガーを十個オーダー。時間の割には軍服姿でそれなりに賑わっている。やはりここでも注目を集める。

 品物は直ぐに出てきた。流石にファストフードといった所か。普段は滅多に利用しないので逆に新鮮である。バイクに腰かけて待つアリスにそれを無理やり抱えさせると、片手で掴まらせて再び発進。

 「これはなんでしょう」

 「星を見たいんだろ」

 「星とジャンクフードに何の関係があるというのです」

 「大佐から面倒見ろって言われてんだ」

 「の割には危険な体勢ですね。片手で掴まるとはかなり物騒です。こんな無謀な量を抱えていますし」

 「ごたごたと。いいから少し黙ってろ。舌噛むぞ」

 「んな」

 道がバンプする。バイクが跳ねる。後ろから「いてっ」と声がした。晴臣の「だから言っただろ」という問いに対しての答えはなかったが、腹に回されている手の力が更に強くなった事だけは確かだ。今の所、抱えたジャンクフード群は落下していない。

 繁華街を抜け、借り物のバイクを返却。エリア移動。階層移動。IDカード提示、認証。ゲートクリア。移動。またカード提示。クリア。

 そのような事を何回も繰り返して到着したのはアセンダンシィの格納庫だった。深夜でも交代制で整備クルーや人員は動き回っている。休まる事はない。そんな中、タリオニス整備員担当の一人のクルーを見つけると声をかけた。

 「そろそろ確かエンジンテストあったな。タリオニスの」

 「ええ大尉。今日…というか昨日ですか、単体のテストは終了してますよ。機体に装着してのテストは今日の昼間に予定してますが」

 どうやらゴタゴタを演じている間に日付が変わってしまったようだ。

 「そのテスト、早められないかな」

 「いつです?」

 「今すぐ」

 晴臣は即座にポケットから何かを取り出すと彼の手に滑り込ませる。アセンダンシィ航空機搭乗員のグレートコイン。勲章ほどではないものの、優秀な働きを示した人材に贈られる記念品。通常部隊ならいざ知らず、アセンダンシィ航空機搭乗員の物は異様なほどの希少性がある。これを渡すことは「信頼している、期待している」と言った具合の意味合いになり、大抵は何かしらの解決策を見つけ出してくれるのだ。

 「分かりました。どうにかしましょう。ただ、その理由をお伺いしても?」

 黙って人差し指を上に差し向ける。エンジンテストは単体のテストルームで行うが搭載テストは屋外、即ち地上で行う。その為には機体移動用のエレベーターを稼働させる必要がある。言いたいことは単純だ。俺は地上に出たい。これだけ。

 「なるほど」

 「頼む。ついでにこれも食うといい」

 アリスに「貸してくれ」と袋を貰うと、そこから取り出したトリプルミートバーガーの一つを彼に持たせる。

 「これ最近話題のアレじゃないですか。肉三倍にして野菜なくしたとか言う」

 「最高に頭悪いよな。でも食いたいだろう。さあやってくれ」

 「了解」

 整備員の曹長は徐に無線機を取り出すと「非番も集めろ、タリオニスのエンジンテストをやる」と呼集を掛ける。晴臣はアリスにラテとチョコレートパイを渡し、自身はシンプルなハンバーガーを口にやる。

 「こういうので大丈夫か」

 「はい。好物です。甘党なので」

 どちらかと言えば会話より食べる事に夢中になっている感が否めない。


 十五分もするとゾロゾロと人員が集まりだした。

 お前はこっちだ、お前は俺の引継ぎだ、等と曹長が手際よく指示を出し、タリオニスは電力供給用のケーブルを外されて牽引車に繋がれる。クルーの中には顔が寝ぼけている者も少なくない。

 「乗るか」

 「え」

 流石にこれには彼女(アリス)も驚いたらしい。ヘッドセット装着、タリオニスに掛けられているラダーを身軽に登るとコックピットに座り込む。キャノピーはオープン。アリスも乗り込む。

 「この部隊創設以来だと思うぜ、ゴシックスタイルでマキナに乗り込むのなんて」

 「はぁ…」

 「お前、予想外の出来事が起きると身動き取れなくなるタイプだな」

 「そ、そんな事はありません…」

 ラダーが外される。グッドサインと共に移動開始。鋼鉄の復讐法(タリオニス)は短パンとゴシックな凶鳥(レイヴン)達を背に乗せて静かに移動する。地上移動用エレベータへ到着、タリオニスと牽引車が収まって作動開始。グワン、という衝撃と共に地上へと移動する。

 地上は快晴。真夜中ではあるが快晴である。風も少ない。エンジンテストにはもってこいだ。再び牽引。停止。牽引が外される。滑走路脇のテストエリア。地上のクルーに格納型ボーディングラダーを出させて二人はそれで機から降りる。そのラダーを利用、入れ替わるようにしてクルーが乗り込む。

 「ここからは彼らの仕事だ」

 晴臣は防音用のヘッドセットを外すようにジェスチャー、言を伝えると歩き始める。タリオニスの真正面。その距離は50メートルといった所。

 「さあ、星を見ようじゃないか」

 固く、冷たいコンクリートに座り込む。アリスも横に座る。滑走路の誘導灯が美しい。アリスのゴシック服がズダズダになるのではとも思ったが、それ以上に先ほどの乱闘騒ぎでよれていた事を思い出す。

 二人、声が出ない。そのまま時が過ぎる。晴臣はスキットルを取り出し、それを飲もうとする。

 「それなんですか」

 「ブランデーだ。飲むか?」

 冗談めかしてそんな事を言ってみる。

 「飲みます」

 「冗談よせ、お前にはまだ早いよ」

 「そうですか…」

 残念そうな声だった。

 「後一年くらいすれば飲めるんじゃないのか」

 「その時、大尉が飲んでいるそのブランデーがあるとは限りません」

 「随分と哲学的な事を言う」

 「フフン…そ」

 突然の凄まじい爆音。ヘッドセット越しでもそれは強烈な主張を伝えてくる。前方にいても分かる圧倒的な衝撃派。それは地を揺らし、空を掛ける稲妻。凶鳥の羽ばたき。マキナはJFS、APSを備え、地上設備に依存しない単独での起動が可能である。このエンジンテストはそれらの作動試験も兼ねている。

 右エンジンに続き左エンジン始動。音量は倍だ。ただでさえ超高推力のエンジン、単発でも小型戦闘機であれば十分すぎるどころか上回る程のパワーだが、それを二基も搭載したマキナは凶暴という言葉が相応しい。

 晴臣はタリオニスを指さす。アリスと二人で目をやる。

 目の前で繰り広げられる幻想的な光景。


 翼だった。赤く、青く、オレンジ色の獰猛で慈悲無き翼。凶鳥の魂にして鋼鉄の唸り。アフターバーナーオン。その光に照らされて機体の輪郭が浮かび上がる。流麗なライン。凄まじい光。アリスはこんな凄まじい機械に私は乗っているのだと再認識する。その光景は五秒もせずに終了するが、脳裏に焼き付いて離れそうにない。永遠に止まりそうにないにない唸りが地上越しに二人を包み込む。

圧倒的パワー。それがマキナの本質だ。全てにおいて圧倒的。それがマキナである。

 エンジンカット。一気に辺りに静けさが戻る。ヘッドセットを外す。キュインキュインというベクタードノズルの作動音が響いている。

 「どうだ。星は見えたか。とびきり最上級の」

 晴臣は整備クルーに対して残っているハンバーガーをせっせと作業をする係員に渡す。エンジンの冷却まで少し時間を待たねばならない。

 アリスはじっとタリオニスを見つめていた。本人が語った星ではなく、じっと、その身を委ねる機体を。あの光景が離れない。人が産み出した機械、その機械がまるで生命を持っているような、何かを秘めているように感じさせた。馬鹿げて、それでいて最高のシーン。機体の背後、暗黒の空には無数の光を放つ星が映っている。しかし今はその有機的な輝きではなく、誘導灯に照らされる目前のタリオニスこそが彼女の心を奪うものだった。晴臣は何も言う事はしなかった。

 「テスト結果は」

 「良好です大尉。システムノーレッド。正常です。APS、JFS共に作動確認。その他システムにも問題ありません。アスレティングフック異常なし、アフターバーナー点火も動作確認。ノズルテストパターン正常」

 「ご苦労さん」

 程なくして、再び機に乗り込む。クルーは例のハンバーガーを胃に収め、牽引車に定員オーバー乗車、車体から突き出すレールに掴まっている者もいる。

 能ある鷹は爪を隠す。晴臣の祖国ではそういう言い回しがある。タリオニス、マキナシリーズは正にそれだ。地上での存在感、その姿が放つ迫力は凄まじいが決して攻撃的ではない。しかし一度、空へと舞えば己の能力を完全に発揮して全てを駆逐する天性の狩り。そんな事を晴臣は考える。赤色灯がエレベーター内を照らしている。

 地下へと下がっていく。やがてそれは終わりを迎え、第一隔壁解放。シャッター解放、機体と車両が前進。前進後、シャッター閉鎖。続いて第二隔壁解放、シャッターオープン。ハンガーが姿を現す。様々なカラーリングのマキナが彼らを迎える。動じず、しかし供給される電力によって生命は保ち続けている。こうした措置はマキナシリーズのみに行われており、常にマキナは意識を持ち続ける。そしてその飛行挙動やシステムの演算を行い続ける。自身の飛行記録や任務記録から更なる最適解を見つけ出すのだ。その結果は中央コンピューターに集められ、次々と改良やテストの提案が行われていく。マキナは常に進化する。

 第二シャッター閉鎖。二人は完全に地上から地下空間に戻る。これでまた、籠の中の鳥という訳。

 機を降りてもアリスは何も言わなかった。語らない、といった具合よりかは何かに酔心するようと表現した方が妥当だろうか。

 気を付けて帰れよ、今度こそ迷ったりするんじゃない、と声をかける晴臣に対し

 「わざとです」

 そういうアリスの声は今まで聞いた事がない物だった。そして、通常よりやや低いトーンの声でこう付け加えた。

 「私は私と言う存在にようやく気付いたのかもしれない」

 その言葉の意味は良く分からなかった。私と言う存在がどんなものなのか、そしてアリスが認知した存在とは如何なるものなのか、晴臣には理解が出来ない。当たり前だが、と彼は思う。

 「良く分からんが星は見れただろ。感謝しろ」

 「大尉にはそれほどですが大尉の無茶に応えてくれた整備員の方々には感謝します」

 何時ものアリスだ。直ぐに元に戻った。この少し生意気で理屈っぽく、それでいてその表情で堂々と言われると何処か言い返せない部分がある。極めて厄介。

 「そりゃご立派な事だ」

 「でもありがとうございます」

 「たまには素直だな。良い事だ」

 「星を見る事が出来たので」

 「空の星もいいが地上の星もいいだろう?」

 「いいですね」

 彼女は微笑みを浮かべた。晴臣、周囲のクルーが初めて見る、アセンダンシィに配属されて彼女が最初に人前で浮かべたであろう笑みだった。


 停機位置に移動後、ふと気づくとタリオニスの向かい、十番機のムーンライトに飛行装備を身に着けた二人とクルーが乗り込んでいく。晴臣とアリスの代わりに“公式に”飛ぶ事となった月光のコールサインを持つ最終型機。随分と早い発進だ。まだ早朝にもなっていない。

 晴臣は敬礼。続いて手を挙げてグッドラックのサイン。貴機の幸運を祈るとの意思。軽度ながら武装している為、そのセーフティーの為に手を機外に放り出しているムーンライトドライバー、ライダーも同様にして応える。地上では誘導員がサインを送り、整備員が各種最終確認を踏んでゴーサイン。誘導員が許可を出し、その鋼の巨体がゆっくりと牽引されていく。その後姿を見つめている。キャノピーはオープン。これは搭乗員の好みが分かれるところだ。最後の最後まで開ける者もいれば、晴臣のようにハンガー内で閉める事が多い者もいる。

 今度こそ寝る事としよう。晴臣はそう決心してハンガーを後にする事にした。そういえばアリスは…と見渡すとその姿は既に消えている。足がとにかく速いヤツだ。

 スキットルに口をつける。口に含ませる。飲酒も甚だしい。口の中で香らせる程度ではあるので飲酒と言う程でもないが、それでも通常部隊では御法度等と言うレベルではないだろう。そもそも用もないのにハンガーに足を踏み入れる事もない。シャッター前に到着した十番機に合わせて隔壁が解放されていくのが確認できる。

 「人生に予備はない。俺にも変わりはいない。お前もいない。アリスもだ。どう思う」

 愛機のレドームに触れる。ひやりと冷たい。ケーブルに繋がれた鋼の巨大な翼は格納庫内の喧噪の中、一切の言葉を発さない。当たり前ではある。機械。

 かすかにチッチッ…という音がする。タリオニスの演算が行われ、そのデータを中枢へと送り込んでいるのだった。こんな予定外の時間にテストが行われた事も興味の対象なのだろうか。彼、もしくは彼女に意識があれば驚いたりとか、そんな事も可能なのだろうかと考える。ラダーを登ってコクピットを除くとその模様を見て取れる。目まぐるしいスピードで連なるプログラミング。晴臣には理解不能。

 アリスが赴任して約一週間。それは果たしてこの部隊(アセンダンシィ)愛機(タリオニス)、そして自分(島晴臣)にとって良い結果をもたらすのだろうか。その結果は彼の千里眼にも似た戦局を見る眼でも予想がつかない。もう一度機体に触れる。

 冷たい。熱を奪われる感覚。自身を吸収される感覚。

 まるでそれは「結果は私が知っている。君が知る由はない」と彼に訴えるようだった。

 ここまで生き残ってきた。その為に無数に殺した。敵だけでなく、自身が生存する為に必要な障害は全て排除してきた。だからこそ今、自分はここにいる。いままでも。そしてこれからも。

 未確認後部領域。そこに座る者の資格が彼女にはある。

未確認後部領域は終わりになります。戦闘機は結局ほとんど出てきませんでしたね。二章からはもっとドンパチさせたいです。今後ともよろしくお願いいたします。

あなたに価値ある時間をもたらす事を祈りつつ。

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