プロローグ・アセンダンシィ
あれから十年が経った。その戦争の話をしよう。
エスプレッソの凝縮された香りが風に乗っている。ベーコン・サンドを手に取り、文字通りの片目で此方を伺う淡い銀色の髪を持つ女性が目の前にいる。ここは街角のカフェテリア。その路面に面したテラス席だ。幾多の人影が通り過ぎていく。
失った左目には清潔的な白い眼帯が被せられ、その秀麗な髪で更に覆われている。今日は風が強い。彼女の髪は時折なびく。なびく度に眼帯が顔を覗かせる。その姿はまるでフェアリー、妖精の様を思い起こさせる。
今では人々の記憶からは忘却が始まりかけている戦争。今も目の前に迫っているとは過言ではないが、急速に進んだ復興のお陰であの忌々しい記憶は既に捨て去りかけている。誰が正義でもなく、誰が悪でもなかった戦争。ただただ本能のままに血で血をを洗い続けた戦争。
彼女はその生き残りだ。
巨大国家であるヴォータル連邦が、更なる領地獲得と地下資源を求めて周辺国家に侵攻を開始した事を起因とするヴォータル戦争。長い戦いの結果として、こうして侵略と併合には成功したが人命、資源、資金と多大な犠牲を払う事となった。その大戦に於いて両軍全て戦果の中で最大の武勲を上げ、母国の勝利に最大の貢献をし、かつ軍の予算を食い潰してその名を轟かせた部隊がある。
命令が下されば敵味方関係なく完全に抹殺する。如何なる任務も百%の確率で遂行する。高度な電子機器と強大な攻撃力、空を縦横無尽に駆け回る機動力を持って全てから畏怖の対象とされた存在。
部隊名アセンダンシィ。正式名称は戦術航空軍第二十四航空師団第九飛行部隊。支配、優勢を意味するコードを冠し、最新技術の粋が結晶化したとも言える超高性能戦術戦闘機XMF-1040HAを操り、文字通り戦場を支配、優勢に導く。近年に於いて公開された資料では、航空師団に所属する一部隊でありながら、実際には一師団レベルの存在であったとされる。運用する機体は様々な固有の機体色に染め上げており、その特徴的な姿から搭乗員は死をもたらすとされる凶鳥“レイヴン”とも呼ばれた。
「天国に一番近い場所なの。毎日、死人が出る。死神とセックスしている。現実の先へ行かねばばらないんだ。戻った瞬間、誰もが死んで行く。理性のネジは嵌めるネジ穴がない。自身が無機ではないコンピューターとして飛び続けるしかなかった。交戦規定は存在しなかった」
彼女はベーコン・サンドを頬張りながら此方を向いて笑顔でそう語った。挟まれていたレタスとトマトの一部が放り出されて地面に落下していく。それを儚げな顔で少しの間、目を移した。
私は砂糖を大量に溶かしたエスプレッソを口に流す。それ美味しいの、と怪訝な顔をして尋ねる彼女に対して、飲んでみればいいと通りがかったウェイターに同じものをもう一つとオーダーする。
地面を這っているレタスとトマトにカラスが群がる。ここのカラスは何故か利口だ。人が持っているものは狙わず、落ちたものを片付けて行く。人もまたカラスに敵対しない。お陰で町は綺麗に保たれている。
彼女の名はアリス・スティングレイ。空想小説にありがちな名前だが実在する女性だ。こうして目の前にいる。もっとも本名かは分からない。
アセンダンシィ、部隊最年少にして現在に至るまで搭乗員としては唯一の生存者。四番機の電子戦オペレーターを務めていた女性だ。現在では機体を建造できないと言われるほどのオーバーテクノロジーと技術者の狂気が作り上げた史上最強の凶鳥の後部座席に身を置いていた一人。
私が追い続けているアセンダンシィ。その存在は現在も公式には認められていないが、軍事関係者の間では公然の秘密といった存在。どの文書にも存在する正体不明機、そしてその機体に狙われた者で生きて帰った者はいないと言う逸話。数々の作り話と疑うかのような交戦記録。
終戦から十年が経過した現在、その記憶も薄れつつある今、私は大きな物語の核心部分に辿り着こうとしている。こうした現在の世界を作り出し、その刃を振るい続けた人々の物語を。その圧倒的な力で全てを滅し続けた者達を。
未だ謎が極めて多く、研究対象となっているヴォータル戦争。その戦場を飛び続けた人間達の物語をここに記そうと思う。記されるのは物語のほんの一部かもしれない。しかし意味はあると考える。
ウェイターの手によってエスプレッソが運ばれてきた。彼女はワンショットのエスプレッソカップに大量の砂糖を流し込む。芳醇な香りが辺りを包む。黒い液体の表面を覆うクレマへ砂糖が消えていく。
「雲へ突っ込むみたい」彼女が口を開いた。
その言葉は取材に対する皮肉だったか、それとも己の記憶の一幕なのか。
それについてもじっくりと聞いて行く事としよう。
ハロー、グーテンターグ、ニーハオ、モシモシ、ボンジュール、チャオ。はじめまして。アイシェードです。
この小説を簡単に解説します。魔法出ません。ミサイル出ます。ハーレムありません。泥臭さはあります。作者が自分で作っておいて気に入らないキャラは容赦なく殺されます。死ぬ予定じゃないのに途中退場。フラグ回収は適当。何となくの脳内プロットだけが存在し、絶対にありえないぶっとんだ展開。そーいう小説が読みたくなり自分で書いてしまう事にしました。
ここまで読んで下さりありがとうございます。ライトノベル全盛の中ですが、ただのメカ小説で何処まで行けるか試していこうと思います。ライトノベルのお約束的展開を持ちつつ、直ぐに打ち壊される絶望感。様式美を簡単に裏切っていくスタイルで行きたいと考えています。
本人の考え次第で何ともなるので、最終的には屈強な男たちが魔法を使って敵を薙ぎ倒すストーリーになるかもしれませんし、メカが人間に対しての反乱を起こすかもしれません。本当に分かりません。
更新は不定期になりますが宜しければお付き合いください。評価、意見などを頂戴すると足元に諭吉が落ちていた位に喜びます。
最後に、これを読んで下さったあなたにとって価値ある時間を提供できれば幸いです。