美しい散り際を飾りたい
浅い森の中、剣戟の音が響く。
「隊長! 姫様の退避が完了しました!」
「よくやった! 早くお前も転移しろ!」
「隊長は!?」
「いいからっ! 私が時間を稼いでいる間に早く逃げろ!」
今日はお忍びでの外出だった。
姫様の外出を知っているのは極々少数に留め、親衛隊も大きく動かさないでおいた。
なのに漏れたのは、内通者が居るという事か。
「ふっ、甘く見られたものだな」
必ず仕留めきれると踏んでの襲撃だったようだが──
「この『白銀の剣』が居る限り、姫様に指一本触れされるものか!」
孤立無援で退路は無し。
敵は十数人。
ふむ、なんてことないな。
◇ ◇ ◇ ◇
「リーシャ! 大丈夫だった!? 怪我は無い!?」
城に戻ると、我が姫がそのお顔を悲壮に歪めて駆け寄ってきた。
「私は大丈夫です。姫様こそ、ご怪我はありませんか?」
「私は皆が守ってくれたから大丈夫。本当に、いつもありがとう……」
リアスシェーラ聖国第一王女、リア様。
私がお仕えする主にして、次代の王となる方だ。
「リーシャはいつもいつも無理をして……。自分を大切にしてね?」
「私は私のやりたい事をしているまでです。それに、いつ私が居なくなってもいいようにメリーを育てましたから」
「もう! そんな事言わないで! リーシャが居なくなったら、皆悲しむんだからね?」
ああ、お美しい。
まだ17だというのに、既に聖女の再臨とまで言われているのも分かる。だが、姫様はもっと高みへ登れる筈だ。
……そしてその隣に、私の姿は無い。
「リーシャもそろそろ22でしょ? 良い人見つかった?」
「そうですね……先の敵兵ではまだ足りないですし……」
「もう! 強い人じゃなくて、好きな人よ!」
「ああ、そうでしたか。所で姫様はどうなんですか? 最近隣国の王子と内密に連絡を取り合っているとかいないとか──」
「な、なんで知ってるの!?」
◇ ◇ ◇ ◇
幼い頃に両親から読んでもらった本がある。
英雄伝と言う、過去に生きた英雄の生まれから死に様までを綴った本だ。
ある英雄は竜に選ばれ、竜姫を守る為に命を散らせた。
ある英雄は有能だが非道な独裁者で、ある日唯一心を許していた腹心を守るために毒を飲んだ。
ある英雄は世界を救うため魔王と相打ち、死してまで世界を救った。
英雄伝に出てくる英雄の最後は、誰かを、何かを守る為に死ぬという結末が多かった。
幼い私はそれに涙した。凄いと思った。格好いいと思った。
幼い私は、子供特有の感化されやすさで、英雄伝に出てくる英雄のような死に様で最後を飾りたいと思った。
そして今。
その思いは、未だ心の内に強く留まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
だが!
居ない! 居ないんだ!
私の最初で最後の散り様を飾れるような相手が!
何かを守って散っていった英雄たちのように、姫様の護衛という立場に就いた。
早死しそうだったので、家督は弟に譲った。
お金も稼いで親に恩返ししたし、もういつでも散れるのに、肝心な相手が居ないんだ!
「はぁ……」
そもそも、今の時代は平和だしなあ。
国同士の小競り合いはあるが、世界を脅かすような敵も居ない。
「な、なんだ貴様ら! 我輩が何者か知っての狼藉か!」
「ローゼス公爵。貴方にはリア第一王女に兵を向けた容疑が掛かっている。
──捕らえろ」
「今回の襲撃、複数の貴族が絡んでいそうですね」
「ああ。親衛隊として、姫様から一時も目を離すなよ」
「はっ!」
ああ……どこかにいい敵は居ないものか……。
◇ ◇ ◇ ◇
『グフッ! ……ははは、まだ現世にここまでの使い手がいるとはな。だが、我は不滅。何度でも地の底から蘇ってこようぞ!』
「それなら。はぁ……何度でも、倒すまでだ……。はぁ……はぁ……」
黒騎士の鎧が崩れ、霧となって消える。
「リーシャ大丈夫!? 今癒すから、死なないで!」
「ありがとうございます、姫様……」
違う。
◇ ◇ ◇ ◇
『かつて覇を唱えた我が、こんな小娘に敗れるとはな!
愉快愉快!』
黄金の鱗を持つ竜が地に伏した。
「中々危険な相手だった……」
「竜殺しなんて凄いわリーシャ! 今癒すわね!」
足りない。
◇ ◇ ◇ ◇
『私は天使だぞ……? 僅かながらも神力を持った私が、こんな……』
「私が勝ち、お前が負けた。それだけだ」
純白と漆黒の翼を持った天使が霞んでいく。
「もうリーシャに敵は居ないんじゃないかしら?」
弱すぎる。
◇ ◇ ◇ ◇
「──リーシャ•エウラス。そなたは数々の災厄を退け、国や我が娘をその身を賭して守ってきた。
その働きはまさに、英雄として歴史に名を連ねるに十分であろう。
『白銀の剣』改め『白の守護者』よ。そなたの活躍、これからも期待しているよ」
一番最初に想った夢と初恋は叶わないものだ。
何故か行く先々で襲われる姫様を守り、隙あらば散ってやろうと思ったが、中々そうは行かなかった。
どうしてかいつもいつも邪魔が入り、最後には勝ってしまう。
その度に強くなり、敵う相手が居なくなるという負のスパイラル。
それに最近、毒が効かなくなっていた事が判明した。毒味をしたら苦味を感じ、検査すれば猛毒が入っていたらしい。
「これからも私の隣に居てね。リーシャ」
だが、こんな人生も悪くない気がする。
私はこのまま、姫様の親衛隊として──
「大変です! 北の山で邪神が復活したとの事です!」
──ほう?
「姫様、私はその邪神とやらの調査に行かなくてはなりません。
何せ邪神ともなれば、ここまできて姫様に危害を加える可能性もあるのです」
「なら私も付いていくわ。次期王として、国の事はよく知っておかないと」
「では、行きましょうか」
今回こそ、散れるかな?