第一章①
そもそも結婚話 (たぶん)が出たのはいつからだったろうか。
「あんまり会えてないよねー……」
池田葵はストローでアイスコーヒーの氷をくるくると混ぜながら、目の前に座る恋人に言った。
「葵も俺も忙しいしね。特に葵は、営業部のエースで、次期部長候補だし」
苦笑いしながら恋人の藤本夏雄が言うのに、葵はそんなことないって、と返す。アイスコーヒーを啜ると、ほどよく冷たかった。
業界では最大手と言われる大手医療危機メーカーで葵と夏雄は働いている。
当然、仕事は忙しいがそのぶんやりがいがある。だが、忙しい。とにかく忙しい。どれくらいかと言えば、一ヶ月ほどまともに会えない日々が続くのが日常化するほどには。
同じ会社に勤めていても葵は営業、夏雄は経理と部署が違う。仕事の合間にこっそり、なんてできるはずがない。
今日も仕事が一段落しての二週間ぶりのデートだった。
「やっぱり、気軽に会えるようにはなりたいよねぇ……」
入社して三年目。葵がこう言うのは初めてのことではなかった。
「じゃあ、結婚でもする?」
だが、夏雄がこんなことを言うのは初めてのことだった。
あまりに気軽に言われた言葉に、葵は反応が遅れた。
「……え?」
「俺たち今年で二五だしさ。貯金もあるし、そろそろ良くない?」
葵は何を言われたのか理解して、どうにか言葉を返す。
「……まあ、そうだけど」
「でしょ。それに、結婚すれば嫌でも顔会わせることになるんだしさ」
「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
「?じゃあ、どういうこと?」
どういうこと、と訊かれて葵は返答に困ってしまう。
だが、恋人と決定的な何かがすれ違ったことだけはわかった。




