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旅の終り、旅の始まり

作者: 長瀬美樹

登場人物:


和=高橋和子

美=大野美由紀

早=三浦早苗


車=車掌

受=ホテルのフロントの受付


綾=三浦綾菜



シーン1・電車の車内


和「いやー、旅行なんて久しぶりよね。ここんとこ仕事ばっかりだったし。特にこの3人で旅行なんて、何年かぶりじゃない?」

美「うん。それと、電車で遠くに旅行するなんて、あたしは、もしかしたら中学の修学旅行の時以来かも知れない。」

和「あれ、美由紀は高校の修学旅行とかはどうだったの?」

美「あたしが行った高校は、最初から最後まで、ずーっと観光バスだったの。」

和「え、それってキツかったんじゃない?」

美「うん、あたしはまだ身体が小さいし痩せてるから良かったけど。」

和「はいはい、美由紀は華奢で可愛いロリータちゃんだもんねー。それに較べて、あたしは息を吸うのもおっくうなFカップだし、おかげで取引先でもクライアントのセクハラ視線が常にあるのよね。あーあ、揺れる乳の無い人がうらやましいなあ。」

美「あ・の・さ(怒)、それってケンカ売ってる訳?」

和「あーら、考え過ぎじゃなあい? 世の中には色々な趣味の男がいるし、ひとつの価値観で全てが決まる訳じゃ無いもの。ね、早苗もそう思うでしょ?」

早「え…ええ、そうね…」

和「もう、何をしんみりしてるの? いい? これからあたし達は、理想の男探しの為の大いなるハンティングに出かけるのよ。」

美「ええ、そうだったの?」

和「今さら驚かないで。こんな美人で女ざかりの26歳が3人も揃ってるのよ。これなら言い寄る男は数しれず。

  気合を入れて望まないと、妙なの釣り上げる事になるわよ。それなのに、そんな覇気の無い事でどうするの!」

早「うん…そうね。頑張らないと…いつまでもこんな調子じゃ、せっかく誘って貰った意味が無いものね。それに、落ち込んでいても綾菜が生き返る訳じゃないし…」

和「早苗…」

美「早苗…」

早「二人とも気をつかってくれてありがとう。でももう、大丈夫だから…」

美「…と、ところでさあ、和子。今から行く海岸ってそんなにいいところなの?」

和「そ、そうなのよお。青い空とサンゴ礁で出来た白い砂浜が綺麗で、何よりもいい男が集まるので有名なんだってさ。たまに金持ちとか業界人もいるらしいの。ねらい目はそこよね。」

美「でも、そういう人は競争も激しいんじゃないの?」

和「何言ってるの。それでこそ腕が鳴るってものよ。彼氏いない歴1年8か月13日という汚名を今こそはらす時。年収100億以上のIT長者をこの手でふんづかまえて…」

車「失礼します。切符を拝見。」

和「え?…あ、ああ、はいはい…えーと切符は…あったあった」

美「はい、あたしの分」

早「お願いします」

車「はい、えーと…あとお一人の分は?」

美「え? あと一人って、そこに3人分あるでしょ?」

車「いえ、4名様いらっしゃるのですから、あとお一人…」

和「4名様って…あたし達3人ですけど」

車「え…1、2、3…あ、ああ、そうですね。これは失礼しました。では切符をお返しします。ご協力ありがとうございました。」

和「………何だったんだろう、今の…?」

美「さあ…単なる勘違いじゃない?」

和「勘違いねえ…どうしたの早苗? 顔色が悪いけど」

早「え…いえ…何でもないわ…何でも…」

和「ふうん…?」


シーン2・海を望むホテル街


和「うわあ、いい眺めねえ。」

美「ほんと。来てよかったなあ。」

和「まあ、本当に来て良かったかどうかは

  戦いが終わった後でないと分からないけどね。」

美「もう、和子、さっきからそればっかり。」

和「あはは。さて、それで、あたし達が今夜泊まるホテルはここ?」

美「えーと…あ、そうみたい。クーポン券に書いてあるのと同じ名前のホテルよ。」


シーン3・ホテルの玄関


受「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」

和「ええ、高橋和子で予約してある筈ですけど。」

受「高橋様…あ、はい。たまわっております。お部屋は1627(イチロクニーナナ)号室になります。3名様のご予約ですが、もう一名追加という事でよろしいのですか?」

和「え?」

受「あ、ご心配なく。追加分も予約割引料金にさせて頂きます。またご用意しているお部屋は、4名様でも十分広く使えますし、お食事は朝夕ともバイキング方式でご自由にお取り頂けますので…」

和「ちょ、ちょっと待って。追加ってどういう事?」

受「いえ、ですから、皆様が合計4名様…あれ? ……1、2、3……こ、これはとんだ勘違いでした。申し訳ありません。一体何故こんな…と、とにかく、すぐお部屋に案内させて頂きます」


シーン4・ホテルの部屋


美「わあ、本当に広々としていい部屋ね。オーシャンビューどころかオーシャンフロントよ。ベランダの真正面にずーっと海が広がってる。」

早「本当。凄く綺麗ね」

美「あ、ほらみて。あっちの崖の上に白い灯台が立ってる。あそこって有名な自殺の名所なんだってね」

和「ちょっと美由紀!!」

美「あ…ご、ごめん…え、えーと…パンフレットによると、この部屋って次の間があるんだね。あのドアの向こうかな……」

s.e.(遠ざかるスリッパの足音)

早「…自殺の名所…」

和「え?」

早「ううん、何でもない…ねえ和子。美由紀に悪気が無い事ぐらいあたしにも分かるから、あんな風に怒らないであげて。却ってあたしが申し訳なくなっちゃうし。」

和「うん、分かってる…ただ、それはそれとして、さっきからちょっと気になってる事があるのよね…」

早「気になってる事? 何かしら?」

和「何って、あなた、変だと思わなかった?」

早「(しどろもどろな様子で)…さ、さあ…何の事か良くわからないけど」

和「(怪訝そうな口調で) 早苗…」

s.e.(近づくスリッパの足音)

美「ねえねえ、隣の部屋にさ、全自動のマージャン卓があるよ。ちょっとやってみない?」

和「マ、マージャン? こんなとこまで来て?」

美「いいじゃない。 あたし最近ハマッてるんだ。丁度4人いる事だし、分からなかったらあたしが教えてあげるから」

和「美由紀、あんた今、何て言ったの?」

美「いや、だからあたしがルールを教えてあげるって…」

和「その前よ。丁度何人いるって?」

美「だから4人…の、訳ないよね…あれ…あたし、何でそんな事…」


シーン5・大浴場


美「あー、本当に広いお風呂ねえ。それに眺めも抜群。ねえ和子、この、ホテル最上階にある展望大温泉ってこのホテルの売り物なんでしょ? 早苗も来れば良かったのに、ここに来て頭が痛いなんて、やっぱり相当参ってるのかな。」

和「まあそれはそうでしょうね。高校を卒業してすぐに結婚した相手が、早苗と、生まれたばかりの娘を残して交通事故で死んで、そのあと、自分ひとりで娘を育てるって頑張ってたのに、たったの7歳で死んじゃうなんて…」

美「うん…綾菜ちゃんにはあたしも何度か会った事あるけど、可愛くて、早苗とはとっても仲良しだった。あんな娘がいなくなったんだから、確かにショックだと思う…」

和「……ところでさ、美由紀。どうもおかしいと思わない?」

美「おかしいって?」

和「気がつかない? 列車の車掌、ホテルのフロント。それだけならまだしも、あなたまでが間違ったとなると…」

美「…もう一人いる…という話?」

和「そう。どう考えても偶然じゃないわ。あたし達の他に誰かいるのよ」

美「ちょ、ちょっと止めてよ和子。あたし、そういうの苦手…」

和「いえ、それだけじゃない。」

美「え、な、何?」

和「早苗は何かを隠している。それもどうやら、問題になっているもう一人の存在に関係する何かをね…」

美「……和子…」


シーン6・ホテルの部屋


s.e.(ドアを開ける音)

美「ねえ、早苗。凄くいい温泉だったわよ。あなたも入ってこない?」

s.e.(障子を開ける音)

美「あれ? いない。売店に買物にでも行ったのかな。」

和「ちょっと待って。テーブルに置いてあるのは、手紙じゃない?」

美「あ、本当だ。えーと…これ…早苗が書いた遺書よ!!」



 和子、美由紀。

 こんな形でお別れするしかないあたしを許してね。

 でももう、これ以上待たせる訳には行かないの。

 綾菜があたしを迎えに来ているのよ。

 今だから言うけど、

 綾菜はずっとあたし達と一緒にいたの。

 あたしの目には、はっきりと映っていた。

 でも、他の人には見えなかったみたい。

 もっとも、気配を感じる人は時々いたらしいわ。

 ここに来る時の列車の車掌さんとか、

 ホテルのフロントの人、

 そして美由紀も、その一人だったみたいね。

 …そう、あれは美由紀が勘違いしたんじゃない。

 あの時、部屋には本当に4人いたのよ。


 綾菜は病気で死んだ…それは紛れもない事実。

 でも、本当の事を言えば、

 綾菜はあたしが殺した様なものなの。

 最近、小児科や産婦人科のお医者さんが

 とっても少なくなってるという話は、

 聞いた事があるでしょ。

 中でも、あたしと綾菜が住んでいた地区は

 少ないのよ。

 でも家賃が安くて…

 まるでギャンブルみたいな話よね。

 そして、賭けているのは…娘の命…

 

 綾菜が夜中に高熱を出して倒れた時、

 あたしは綾菜を車に乗せて、

 知る限りの救急病院やお医者さんを回った。

 でも、どこも閉まっているか、

 「小児科は担当医がいないので」と言われた。

 諦めて車に戻ってくる度に、

 倒した助手席で横になっている綾菜が

 どんどん弱っていくのが分かった。

 ようやく診てくれるお医者さんが見つかった時は、

 もう手遅れだった…


 お葬式の前後から、

 あたしのそばに綾菜がいる様になったの。

 何も言わず、

 ただ悲しそうな目で、

 じっとあたしを見つめているのよ。


 あたしには分かった。

 綾菜はあたしを恨んでいる。

 死んでも許すつもりは無い。

 きっとあたしが生きている限り、

 綾菜はそうしてあたしを責め続ける…


 だからあたしは、

 これから綾菜のところに行こうと思う。

 行って、綾菜に謝ろうと思う。


 さようなら、和子、美由紀。

 最後に

 あなた達とこんな旅行が出来て、嬉しかった。


シーン7・灯台が建っている断崖


早「…自殺の名所か。確かにここなら、確実ね。綾菜。もう待たなくてもいいからね。これからすぐに…」

美「早苗。ダメえ!!」

早「美由紀? それに和子…あなた達…

和「やっぱりここだったわね。美由紀がこの断崖の事を口にした時、あなたは異様に関心を持っている様子だった。正解だったわね。」

早「止めても無駄よ。もうあたしには生きている理由はない。それに綾菜も待っている。早く行って謝りたいから邪魔はしないで…」

美「バカ言わないで!!」

早「美由紀…」

美「綾菜ちゃんの事ならあたしもよく知ってる。あのコが、お母さんに死んで欲しいなんて思う訳がない。まして、綾菜ちゃんを助けようとして夜中に走り回ってたあなたを、どうして恨んでるなんて思うのよ!!」

早「だ、だって…」

美「あなた、目の前にいる綾菜ちゃんに、話を聞こうとした? 綾菜ちゃんがあなたに何を言おうとしているか、本当に聞こうとした? 単にあなたが勝手にそう思い込んでただけじゃない。」

早「美由紀…」

美「綾菜ちゃんはそこにいるんでしょ。だったら今、ちゃんと聞いてみなさいよ。綾菜ちゃんが、本当は何を言いたいのか。」


 早「綾菜…」

 綾「…おかあさん…ごめんね…」

 早「え?」

 綾「病気になって、ごめんね。死んで、ごめんね。

   もうおかあさんと一緒にいられなくて、ごめんね…」

 早「あや…な…」

 綾「ごめんね、本当に…ごめんね…」


和子のモノローグ:


あの時、綾菜ちゃんが早苗に何といったのか、あたし達には聞こえなかった。

早苗も話そうとはしなかった。

ただ、早苗は自殺する事は思い留まった様だ。今は、それでいいとしよう…

この作品は、アニメDVD「銚子電鉄を知っていますか?」の声を担当してくれた方々による音声ドラマのシナリオを、読み物として改修を加えたものです。音声ドラマもニコニコ動画上で無料公開していますので、お聴きになりたい方は、ウェブサイト「デキちゃんはトコトコはしる」にアクセスの上、メニュー選択して再生して下さい

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