新セカイのレジスタンス
――――囚人 よ。 起きろ。
機械で作り上げられた声によって、諭されるようにボクは起こされた。閉じていた目を少しずつ開けていくと共に、瞳の中に映し出されたのは灰色の寂れたような、殺風景ななにもない部屋だった。あるのは自分の前にある机と座り辛いパイプイスだけ。
「う、ううっ……」
なぜ、こんなところに?
考えても、考えても思い出せない。いや、記憶がない。ここがどこなのか、自分が何者なのか……目の前にあるのが机と呼ばれるものであり、自分の手に嵌められているのが手錠と呼ばれる物であると言う事も用途も知っている。
そしてこの手錠を嵌められていると言う事は、自分が犯罪者だと言う事も。
「(けど……なにも思い出せない)」
頭がずきずきと痛み、考えがまとまらない。
――――起きた みたい だな。 囚人。
「囚人……とは、ボクの事か? ここ……は?」
――――質問 は 許されない。 囚人 には 答える 事 しか 許されない。
ボクを眠りから起こしたその冷たい機械音声は、ひどく冷めた言葉で突き放すように言っていた。そしてそんな最中、天井からゆっくりと映写機が降りて来て、光が床へと投影される。投影された光は床に映し出されると共に、1人の黒いスーツを着込んだ、いかにも仕事が出来る女性の姿へと収束されていく。
「その姿は……なんですか?」
――――人間とはなんとも身勝手な、不完全な存在だ。このような存在に意味があるとは思えないが、人間とはこのような自分に近しい存在の方が話しやすいのだろう。であるから敢えてこのような姿にしてみた。
これは記憶にあった、とある女刑事の姿を模している。君くらいの年頃の男ならこのくらいのお姉さんの方が接しやすいだろう。
――――なぁ、田井中准よ。
機械で出来た人工音声の女刑事が語るその言葉が、自分の名前であると言う事に一瞬気付かなかった。しかし納得すると、不思議とその言葉を頭の中で繰り返していた。
「(……そうだ、田井中准。それがボクの名前だ。仲間からもそう呼ばれていた……)」
……仲間?
そうだ、ボクには仲間が居た。気の合う、同じ目的を持った仲間が。
彼らは無事だろうか、それともボクのように捕まっているのだろうか?
――――聞いているのか、田井中准。質問に答えよ、田井中准が自分の名前かどうかを。
「……あぁ、自分の名前だ」
――――ようやく自分の名前だと認めたか。こんな確認作業で随分と時間を無駄にした気がする。この名前は有名だ。世界を壊す反逆者、そのリーダーの名前と言う重要な名前なのだから。
殺人未遂に誘拐、さらには大勢の人間を巻き込んだ悪徳宗教の創設者。お前のために作られた特別な法律、世界破壊罪という世界一の大罪を含まなくても、十分すぎるほどの罪を犯しているがな。
「(世界を壊す反逆者……?)」
もしかしてそれはボクの事だろうか? なんだろう、その言葉を聞いていると頭の中がずきずきと痛む。まるでそれは違うと、脳が訴えかけるような……。
――――まぁ、良いわ。どうしてそうなったのかは、これから話して貰いましょう。
あなたの記憶を失う前までの、先程までの話が本当なら……この世界が神が落とした王冠によって世界が侵食されて、その王冠の持ち主が望む世界へと変わって行く、というのは本当なのでしょうか?
それが本当なら一個人の望みが反映されてしまった、歪んだ世界になってしまうと言う事でしょう? そんなふざけた話があり得るのかしら?
彼女はそう言うだけ言うと、机の中から1つのファイルを取り出していた。
――――本当かどうか、その判断はこの尋問の中で明らかにしていきましょう。
まず第一にあなた達が倒したという男、喜界島新。3年前に行方不明となったこのIT会社の課長とどのような接点があったのか、そして彼は助け出された時にあなた達の事を話していたわ。まぁ、あなたの名前までは言ってなかったけど。
まず、彼の話から順に初めて頂戴。
そうしてファイルをめくって、ボクは思い出しながら語り出す。
あの日、初めてあの不思議な世界に迷い込んだ時の話を。
☆
あの日は土砂降りの、今月最低の日だと言い切れるくらいの雨模様だった。風も強く、見通しも悪く、テレビでは外に出ない方が良い日だと、最近結婚したばかりの女性アナウンサーが派手な傘にしがみついたままそう言っていた。
多分、ほとんどの人間はあまりの雨にうんざりして、用が無い限りは外に出ようとしなかっただろう。勿論、いつものボクだったら外に出なかった。
しかし、その日はどうしても外に出なければならなかった。
親の出張。父親が海外の支部社に出向される事を母は凄い名誉な事だと自分の事以上に褒め称えていたが、僕にとっては普段からあまり家に居ない父がもっと居なくなる、その程度の事だと考えていた。
父は出世の道が近そうだと笑いながらそう言い、それと同時に来週には"母も海外に一緒に行く"と言う爆弾発言を残した。
ボクはあまり家事が得意な人間ではない。作れる料理は炒め物と目玉焼きというくらいの、料理が得意な母が居なければ毎食コンビニ飯しか食べないくらいの、そんな生き方を地で行いたいくらいのどこにでも居るような男子高校生だった。だからてっきり父一人で海外転勤するつもりだと高をくくっていたボクからしてみれば、それは晴天の霹靂だった。
一人では生きていけない、それを自他共に認めている僕と両親。両親はボクを田舎の親戚に預けて、自分達は海外行き……まぁ、そのせいでこんな2月という微妙な時期にも関わらず、その親戚の家へと雨の中向かっていたのだ。
そう、そこまでは普通だった。
ただの高校生の、聞いた事があるようなそんな話。
「だが、これは……」
"目が覚めたら雪国だった"、そんな書き出しの名作も存在するが、ボクの場合は"目が覚めたら牢獄だった"である。唯一の出入り口には頑丈そうな鉄格子がはまっており、上の方に光を取るための小さな窓がある。背筋を伸ばしてぎりぎり覗くと、窓の外からは多くの黄金のビル群が立ち並び、多くの人々が黒いスーツ服に身を包んで忙しなく動いていた。
「いったい、なんなんだ……。僕が向かっていたのはこんなきらびやかな都会なんかじゃなくて、もっと田んぼがいっぱいある田舎だったはず……。それに、なんだか変だぞ?」
窓の外から見えるビル群。しかし、そのビル達の名前が可笑しい。
《25時間コンビニエンスストア》、《ノー残業ノー休日株式会社》、《社員は会社の奴隷商事》……どれもこれも頭が可笑しいとしか言いようがないくらいの、変な聞いた事もないような会社名ばかり。
街を歩いている人達も目には物凄いクマがあり、服もよれよれ、身体を猫背にしたりと今にも倒れそうな方がいっぱい、いや全員そうみたいだ。今、1人その場で疲れ果てたおじさんが倒れたが、街の人々はそんなの気にせずにまっすぐ目的地へと一切の乱れなく歩いている。
「ここは一体……」
「ここは《カリコク》だぜ、お隣さん」
辺りを見回していると、大きな声で男の声が聞こえてきた。
「あんたは入った口か? それとも連れられた口か?」
「入った? 連れられた? すまないが、目が覚めたらここに居て……」
「あぁ……じゃあ、連れられた方か。それなら戦力として期待出来そうにねぇな」
心底ガッカリしたような声で、男の声は落胆の声を出す。
「俺はここに入って2週間だが、ここは《カリコク》としてはぶっとんでいる。他の《カリコク》はまだマシな部分もあったが、ここの王の方針はあまり良くないな。正直、俺はこの《カリコク》が本物になるのは避けたい。それだから、協力者が必要だった。だが、お前はそうではないみたいだな……」
「一体、何のことだ? 訳が分からない」
《カリコク》? マニュフェスト? 協力者?
何を言っているのかさっぱりだ。
「アニメの見すぎじゃないのか? 何を言っているのか、さっぱりだ」
「残念だがこれは現実だ。そしてもうすぐ、これが本物になる」
「現実で、本物……?」
「……力にもなれないような一般人に、説明している暇はないんだがな。簡単に説明してやろう。
ここは現実ではない、1人の人間の妄想や空想が生んだ世界だ。ここではその人間の考えが、"世界がこうなれば良い"という想いがこの世界を形作っている。確か……ここのマニュフェストは《貧しい者は働け、富める者は休んどけ》という世界だったな。上に立つ者が下に立つ者に過重労働を強いり、その報酬を全て上に立つ者が搾取する世界」
「窓の外から見えるだろう」と男はそう言う。
「皆疲れた顔をしているだろう? それがこの世界を作った者が設定した、"貧しい者"だ。彼らはただ働くことだけを強いられる。彼らに給料なんて物はほとんどなく、ただ上に立つ者にお金を払うためだけに存在する。まさしく奴隷だな。今日だけで、いったい何人の人間が過労死する事やら」
ひどい、と言う言葉が自然と出るのは当然だろう。
「こんな世界は間違ってる!」
「その心意気は買うが、この世界をこのまま放っておくとこの世界が現実となるのだ。この、労働法を完璧無視した、富豪がさらに富む世界が……ね。まぁ、それを阻止するためにこの世界に居るのだが、そしてそれを止める方法と言うのが――――」
その方法を聞く前に、どんっと大きな音が牢獄に響き渡る。
――――起きろ、囚人よ!
自らの存在、そして強さを誇示するように、そいつは大きな声をあげて牢の扉を開けてどかどかと入って来る。
「あれ……?」
その人の顔を、ボクは知っている気がした。知り合い、と言うまでもないが、顔はなんとなくだが覚えがある。しかしどこで見たかが全く思い出せない。
丸い銀縁眼鏡に小太りの身体のその男性は、赤い血走った目をうるうると感激させながらボクの方へと詰め寄って来る。
――――遂に! 新しい奴をこの世界に引きずり込めたぞ! これで720時間ぶりに10分の休憩時間が貰える! さぁ、早くこの世界の賛同者となれ!
「……賛同者?」
――――この世界を支持しろ! この世界が、この素晴らしい労働万歳国家が現実の国となるために!
そう言って、慣れた手つきで扉の鍵を開けてずかずかと入り込んだ男はボクの首筋をぐいっと掴む。そのままどんどん、力を入れて首を締め上げていく。
「く、苦しい……」
――――ハハッ、そうだ……。賛同者にならないのならば、この男を殺せば良い……。そうすれば尋問で、5分休憩を貰える。この際、それでも良い。休憩、休みを貰えるのならば!
と、狂ったような顔で笑いながら男は首を絞める。
「どうする? そのままだと本当に首を絞められ、そのまま死ぬぞ?
ここの連中は度重なる労働、大きすぎるストレス、高すぎる目標……そんな過重労働、いや過酷労働から逃れるためなら何でもする。こんな狂った世界を現実の物とするために誘拐を、さらに頭がイカレたその男は他人を殺してでも休みを得たいとも言う。
お前を連れ込んだその男も、こちらの世界に連れられて賛同者になる前は普通の社会人だった。けれども賛同者となり、働き続ける人間となってこうなった」
男の声は、そう高らかに笑いながら説明を続けていた。自分はまったく関係無い、自分で何とかしろ、とでも言いたげに。
「その男がお前に与えた選択肢は、2つ。賛同者となりてその男のように精神が廃れた廃人となりうるか、もしくは黙って死ぬか。その2つのみがお前に今、与えられた選択肢。
――――まぁ、どちらにせよお前に与えられた未来は暗い。いや、"狭い"とでも言うべきか。誰だってこのままは嫌だ、これを打開すべき選択肢は誰だって取るだろう」
"お前にその選択を選び取る度量があればの話だが"。
そう声が聞こえると共に、ボクの前に一枚のカードが、いや白い札が転がり込む。その白い札には良く分からない、記号にしか見えない文字が書かれていた。
「こ……れ……は……」
「その文字が読めるか? この状況を打開する第三の選択肢、今投げた札にはそれを打開する術が描かれている。それを読む事こそが、これを打開する最後の選択肢。
――――それが出来れば、お前には生き残る事が出来るだろう」
そうこうしている内にも、ボクをこちらへと連れ去ったその男は強く、ただ強く首を握り、絞めて来る。
「か、はっ……」
「さぁ、選び取りたまえ。強い意思と、心で、掴み取って見せるが良い。その力を、いや本来全ての人間が持っているその力を!」
「(そうは言われても読めないものは……どうしようもない……)」
段々首が強く絞められ、意識が……どんどん……。
「(これから逃れるには……あの札を……読めば良いんだろ……)」
あの文字がなんと読むのか、それはボクには読めなかった。
"でもその時のボクは、それが読めた"。
「……アシュ……ラ……」
そう読むと共に、その札が光り輝く。光り輝くと共に、そこからなにかが這い出てくる。
札から現れたのは赤く鍛え上げられた美しい筋肉を持つ巨体に、4本の屈強な腕。そしてその顔は決意に満ちた漢の顔。4本の腕に4つの大剣を携えし、その男はこちらへと近付いて来る。
【我が名はアシュラ。そなた、田井中准に力を貸すために現れし式神。今、そなたの身と一つとなりて、そなたの力となろうではないか】
するりと、まるで幽霊のようにそいつはボクの中に入って来る。
「人間は天までへと続く塔を作り上げた。その時代、人々の言語は一つだった。いや、人だけでもなく、悪魔も、そして神も。言葉ってのは重要だ、力を持つ者の言葉はそれだけで強力な能力となる。
今、お前が読み上げたのはそれ以前の、神への塔が崩れ去る前の言語。まだ人と神との距離が近かった頃の言葉。それを読み上げた事によって、あなたは力を得た。
この狂った世界を、変えるための力だ。その力で君は掴み取るのだ。
この世界を作り出し、人を狂人と変える、罪の王冠を。奪い取るのだ、世界のために」
これは1人の少年の反逆の物語。
王を倒し、世界を救う。そんな物語である。
ピカレスク、それは社会批判者や悪党などおおよそ犯罪者と呼ばれる者達を主人公とした作品であり、分かりやすい例を挙げるとすれば「ルパン三世」や「怪人二十面相」などでしょうか。
今回の作品では反逆者、このような狂った世界を壊すためにレジスタンスとして活動する事になった主人公を軸に物語を展開させていこうかなと思いまして、まだ詰めるところはありますが一度短編として書かせていただきました。
もし、お時間がおありでしたら感想でも、活動報告でも良ろしいので、ご意見をいただけると幸いです。
【2016年11月29日 アッキより】