雌雄羽
「はい、《赤の指先》ー」
銃血を老魔人の眉間へと叩き込む。
すると直後にその姿は歪み、掠れ、煙となって雲散霧消した。
「えーと…………煙魔族っていうんだっけ?」
「ああそうだ。その通り。煙を支配し、操る一族。…………戦禍に飲まれ、その血脈ほぼ絶えてしまったがな」
「ふーん。どーでもいいね」
そう吐き捨て、私は私の依頼人へと向き直る。
「さて、アザク──私が承った依頼。その内容は二つだ。『依頼人の命を護る事』、そして『依頼人の使命を護る事』。まず、あんたの命は私が護ろう。さて、ではでは次に──あんたの意志を教えてもらわなきゃあね」
「………………」
妹の手を握ったまま、アザクは目を閉じている。
「この二つの任務だけど、『優先順位』は決められていない。さてさて、私はどうするべきかな?人命第一?使命第一?どちらも護る気ではあるけど、それもまた依頼人次第──さぁ、命令を」
燃え盛る狂気の焔、祟りの火炎は延焼を続け、やがては皇都を、皇国を飲み干す事になるだろう。
その熱狂の中心地で、皇子は高らかに告げる。
「命令は一つさ、ハイマ──『好きにしろ』、だ」
「──キヒッ♡いーね。いーねいーね。好きにしろ、か。そーかそーかそれなら好きにしよう。好きを通そう、押し通そう、貫き通そう。無理を通して道理を引っ込めてやろう」
黒髪と黒衣を翻し、眼球だけを赤々と輝かせながら私はVIP観客席のガラス張りを軽く軽くノックする。
即座にそれは木っ端微塵にぶっ飛び、キラキラと瞬きながらイカれた阿呆どもに降り注いだ。
「んじゃあ往こうよお二人さん。まずは移動だ──あの子達の元へと駆けつけなくちゃあ。なんにしたってそれからだ」
「うわ」 「っきゃあ!?」
乱暴に兄妹をひっ掴み、私は。否々私達は舞い降りる。
狂喜乱舞なお祭り騒ぎ──その渦中へと身を踊らせた。
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「何処を取ってもお祭り騒ぎだ。なんとも素敵な見世物じゃあないですか。ねえ?翁」
「抜かせ、ステルニア。お前は結局看破出来なかった、あの餓鬼共の腹の内を」
皇都、時計塔の頂上。
奇術師と煙の翁は炎禍を見渡していた。
「他力本願ですねぇ、ワタクシだって所詮は一役者に過ぎないのですよ。脚本を書いたのは別人です。ワタクシは自らの役に徹するまでなのです…………はてさてあなたが立っているのはどちらですかね?舞台の上か、それとも外かな?」
「能書きはいい。現状を報告せよ」
その言葉を受けて肩を竦めた後、ステルニアは口を開く。
「『祟り火』はよく燃え広がっていますよ。皇都を包むのは時間の問題でしょう──ええぇーっと、でもすぐに消すんでしたっけ?勿体無いなぁ」
「当然だ。あくまでこの一件はこの国を建て直す為のものなのだ。滅ぼすワケにはいかん。とっととあの餓鬼共を捕まえ、クソッタレの皇を処刑させねばならん」
「随分な嫌いっぷりじゃーないですかぁ。親友の息子さん
らしいのに…………どうでもいいんですけどもね、ワタクシは」
「しばらくの時が過ぎれば掃除の時間だ。この国に溜まった膿を全て処理しなくてはな」
「へーほー。そりゃ重畳ですね。すんばらしい。ただ──」
奇術師の長は、空を見上げる。
「──そう上手く、事が運べばいいですけどねー」
その直後。
空が曇る。
「──何?」
「へーほー」
砂漠地帯のド真ん中。
砂炎の国へと──土砂降りの雨が降り注ぐ。
「なんだ!?この、雨、は──」
「へぇー。これはこれは──厄介じゃないですか」
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「間に合ったか…………!」
「きひひひひひ、やるじゃんあの子ら──」
降り頻るのは鎮静の慈雨。
狂気を包み込み、皹割れた大地を癒す冷たい時雨──
「とーっ!ちゃく!!」
待ち合わせ場所──皇都を囲む外壁砦、その東端へと私達は着陸した。
「おいーっす!ハイマちゃんアザクちゃんついでにラピカちゃん!レノワですよーっ!!レノワ・レーゲンマーチでっすっよー!!」
「帰れ」
「失せろ」
「消えて」
「はい安定の辛辣!それはさておき、頼まれてた仕込みは完了したよー!まあ中々に大変だったけどもさー」
「苦労したのはテメエじゃねーだろが」
「その通りだよアザクちゃん!アタシ見てただけ!楽チン!!」
「…………ほっときましょうよアザク。で、あの子らは……………?」
「向こうで待ってるよ~早く行ったげなよ~」
レノワが示した方へと向かうとそこでは、アザクが手塩をかけて支援してきた魔導技能院の技能士達が──
「…………死、死んでる…………!」
「いや生きてるだろ。殺すなよ」
その光景は正しく死屍累々。
目の下が隈だらけになった識者達が、そこら中に倒れ伏していた。
「──シャル!」
その中心。霊陣のド真ん中で仰向けにぶっ倒れていたシャルちゃん──本名、エイシアル・サンシュドル──にアザクが駆け寄った。
「あ…………アザク、様」
「よくやってくれた…………!お前達の技術によって、この国は救われる」
「も、申し訳ないです…………『祟り火』によって発生する炎禍の霊力、それによる放射熱を利用することで雨雲を生み出し、即座に水鏡の霊力を宿した降雨術式を発動させました…………けど、やはり『祟り火』発動からの術式作動までには、時間がかかってしまいました。犠牲者の数を、零にすることは……………」
「馬鹿を言うな。見事な働きだった。技能士諸君──ゆっくり身体を休めろ」
「は、い…………グゥー…………」
アザクの言葉を聞き終えた途端に、あっという間にシャルちゃんは眠りに落ちた。
「…………ホンット、御苦労様だったよー技能士さん方。ここ何日も寝ずに作業してたからねー。まあ術式の構築が終わって、霊陣の配置、作動はアタシ達《雨法師》の仕事だったけど!」
「そっか。感謝しなくちゃねー《雨法師》の構成員のみなさんに」
「ああ、構成員のみなさんにな」
「あはははは、なんか含みありげだねー気にしないけど!さて──」
と、そこでレノワは笑みを消す。
「──で、これからどうすんの?なんとか『祟り火』はシャルちゃん達の活躍で押し止めたけれど、限界はある。この雨も霊術である以上は無限に降り続きはしない。…………《雨法師》の識者が皇都中で絶えず霊力を注ぎ込んでるから、今しばらくなら持つだろうけどね。まあ良くて──あと半刻ってトコでしょ。どうすんの?」
「──キヒッ。愚問だね。半刻ぅ?そりゃ永遠にも等しい時間だ。全部を真っ平らにしちゃうには、充分過ぎる時間だよ」
「ん。りょーかい。じゃ、アザクちゃんラピカちゃんはアタシら《雨法師》が責任をもって預かっとくよ」
レノワは片眼でウィンクしてみせた。
「ハイマ。さっき言った通りだ、お前は好きにしろ──おれもそうする。皇子として、おれも使命を果たして見せるさ」
アザクはとてもとても真っ直ぐな、すごくすごく熱い瞳で、皇子としての風格をもってしてそう告げて見せた。
「オッケイ──じゃあ私もいよいよ行動開始だ。まずは!」
私は雨降りしきる砂炎の皇都へと駆け出し、叫んだ。
「あの、恩知らず小僧を──連れ戻す!!」
しゅうう。
舞台はととのいましたかね。