斧擲
私にとっては不愉快な純白の閃光が、会場を矢鱈滅多に駆け巡ってゆく。
ステルニア雑技団の皇都公演も、いよいよ最終日を迎えていた。
「いやはや、月日の経つのは早いですなぁお二方」
「確かにな、翁。二十日もの期間だったが、終わってみればあっさりだ」
「ラピカはまだまだ満足できていませんよ?兄様。この公演が終わったら、また何か楽しみを見つけますからね!」
「ああそうだな。おれも今日が終われば、役目にも一段落は付きそうだ。しばしお前と一緒に羽根を休めるかな…………もちろん、今日を何事もなく過ごせれば、の話だが」
言わずもがなここは皇族の為のVIP席。
居るのはアザクとその妹のラピカ。
そしてステルニア雑技団オーナーであり、暗殺ギルド『豺虎の牙』の長、更には長く皇家に仕えているらしい──流石に盛りすぎだと思うのだが──年老いた魔族。名をジュラン・ディエンソ。
最後に皇家護衛である私──クレアレッド改め、最凶闇ギルド《凶黒》所属のハイマが座していた。
老若男女、平民貴族皇家、全てがこの会場に集い、大陸最大の演劇を楽しんでいる。
「心配ならさずとも皇子。もう劇もいよいよ佳境を迎えようとするところです。恐らくは賊共も我等の力に恐れをなしたのでしょう。後は心置きなく残党共を摘み取ってやればよいのですよ」
「その通りなのだろうな、翁よ…………さて、いよいよクライマックスのようだぞラピカ。よく見ておけよ」
「はい!兄様!」
舞台上ではステルニアによる最後の芸が行われている真っ最中だった。
吹き荒れる炎、飛び散る水飛沫、様々な霊術が花火ののうに炸裂する会場を、ステルニアは踊るように駆け巡る。
観客達は皆が一様に驚きの叫びを上げ、この公演の終局がどのようなものになるのかという期待に胸を膨らましていた。
やがてピタリと霊術の乱舞は終了。舞台の中心でスポットライトを浴びたステルニアが静かに佇む。
前回とは事なり、女性ながらに燕尾服にシルクハットといったいかにもマジシャンめいた出で立ちは、奇妙なぐらいに似合っていた。
BGMも沈黙した静寂の中で、ステルニアは無造作にシルクハットを宙高く放り投げると──やがてそのシルクハットから、夥しい数のトランプカードが湧き出て、会場を埋め尽くさんばかりに拡散していく。
そして直ぐに雨霰と観客席へと降り注いだトランプ達は。
「It's Show Time!!」
ステルニアがそう告げて、手袋を付けた上でどうしてそんなに上手く出来るんだと問い詰めたくなるぐらいに心地好い音を指を鳴らして響かせた途端に。
既視感のある厭な炎に包まれた。
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「まあ、こうなるだろうなぁとは思ってたよ。実際さ」
普段の口調からは遥かにかけ離れた、そう、まるで年相応の少年ような口調でアザクは溢す。
「またいつもの『勘』ですかな?皇子殿下」
椅子に腰掛けたまま、当たり前のようにアザクの喉元に短剣を突き付け、老いさらばえた魔人は返す。
「勘──だけじゃなかったよ。色々根拠はあった。数え切れないぐらいにな。そもそもなぜ『暴動』という手段をわざわざ取ったのか、とかさ。確かに現状のエヴィメーラを引っ掻き回すには最適かつもっともらしいチョイスではあった。実際に暴動とまではいかなくとも、現在の皇家の政策、侵略を続け大陸統一を目指す、という方針に不満を持つものは多い。ただ、その割りには余りにもカモフラージュが露骨過ぎだわな」
「ほうほう。と言うと?」
「そりゃもう散々に、嫌と言うほど暴動後をほじくりまわしてもなんの手掛かりも得られなかった。ただの外敵が煽動した結果の暴動と思わせるには不自然過ぎる。こちらがそう思って必死こいてようやく尻尾を掴めたと思いきや、それも決定打にかける蜥蜴の尻尾。とにかく、徹底的な迄にこちらを煙に巻こうとしてるやり口だ」
「一国家を相手取るためには、用心に用心を重ねるのは至極当然の心持ちではないですかな?」
「煙に巻きすぎだったと言ってんだよ。ここまでされりゃあどうしたってこっちの調査能力、処理能力を把握しきった上で手を打ってきているだろうって事は想像が付く。そしてそうなれば疑う相手は悲しいことに、身内ぐらいしかいなくなる…………そして結果、当然疑心暗鬼に陥り、ますます視界が煙に覆われ、身動きが取れなくなっていく…………」
はぁぁぁぁ、と大きな溜め息を吐くアザク。
クツクツと笑いを噛み殺す老魔族。
「勘弁してくれ、幾らなんでも──『老獪』が過ぎるぜ、翁よ?ま、あんたからすりゃあそうして自らを疑わせる事すらも計算の内だろうさ。あんたは確証さえ掴ませなけりゃあそれでよかったんだからな。徹底的におれ達をおちょくりたおすだけでよかった。時間を稼げさえすれば──あんたには三百年という時間を経て蓄えてきた戦力と人脈がある。一国を転覆させるだけの力がな」
「おうおう、ご明察だよ。アザク坊」
好好爺めいた口調で微笑みながら応える。
「言い訳させてもらいたいんだがな?俺はまさかこんな事をやらかすために三百年もの間築き上げてきた力を振るわねばならん事になるとは思わなんだぞ?あの──戰狂いの馬鹿息子が生まれてこなけりゃあな」
吐き捨てるかのような一言だった。
「ガキん頃、クソッタレな戦に巻き込まれて全部失っちまった孤児達、そいつら纏め上げて馬鹿な大人共をぶっ潰し、戦なんざこの世から消しちまおうって魂胆で俺とアイツで叩き上げたのが『豺虎の牙』よ。俺はひたすら影に徹して、皇族たるアイツを守り立てて来た。結果、俺達の故郷は見事立派な大国として、戦なんざしなくたってやってけるようになった──と思いきや、だ」
怒りを隠そうともしないままに翁は捲し立てる。
「あの馬鹿息子は、まーだ足りねえってよ。もっともっと殺し合って殺し合って、奪い合って奪い合ってをやりたくってしょうがねえってよ。大陸丸ごとイカれた殺戮祭りに巻き込まなきゃあ気がすまねぇってよ!ああ、わかってるさ!あいつが──アビアスが赤子の頃からひたすらに戦火が巻き起こってた、いや巻き起こしてた!俺達が、勝手な理想の国を創るためにな!アビアスにとっちゃあ戦争こそが日常だった!そんな環境を生み、そんな環境で育てたのは俺達のエゴだ!あの怪物を生んだのは俺達だ!だから──だから俺が止める。アイツが死んだ今、アビアスを止められるのは俺ぐらいさ。いくら父親役にゃあ、力不足っつってもな……」
──沈黙。
静寂がこの部屋を支配する。
窓の向こうでは、狂気の炎により暴徒と化した観客達が、死んだり死なせたりを繰り返し続けていた。
長い長い無音が響き続けて、アザクが絞り出すように声を漏らす。
「……………勝手だよ、どいつもこいつも」
片手で絶えず妹の手を握りしめつつ、感情の消え失せた顔で、翁に訊ねた。
「に、兄様…………」
「大丈夫だ、ラピカ。大丈夫だから…………約束は守る…………で?翁、これからどうするつもりだ?」
「心配するな坊主。お前らにゃあ傷一つ付けねぇさ。お前らにはあの馬鹿息子の後釜を務めてもらわにゃならんからな。このままただ、しばらく待っててくれりゃあそれでいい。それだけで、直ぐに終わるさ…………」
「そうか…………それもそれで、有りだろうさ。おれも父上のやり方になんの疑問も抱かなかったと言えば、嘘になるからな。おれも妹も無事で、この先この国は戦争とは縁遠い道を歩む事となる…………うん、悪くないよ。全くもって悪くはない」
アザクは頷く。何度も何度も頷く。
「悪くはない。全然ちっともこれっぽっちも悪くない。悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くないが──」
アザクは。
椅子から仰け反り。
思いっきり悪戯心に満ちた笑みで。
背後の私に笑いかけた。
「だけどそれじゃあ──つまらないよなぁ?ハイマぁ?」
私も。
きっと同じような笑みを浮かべていたに違いないと思う。
おんなじ風に、微笑み返したと思う。
「だよねぇ?アザク。つまらないよねぇ?」
「ああ、つまらないなぁ。全くもってつまらない!なぁハイマ。このシナリオにスリルは在るか?」
「無い無い無い無いちっとも無いね!」
「だったらそれじゃあ、ユーモアは?」
「無い無い無い無いまったく無いよー!」
「おいおいこいつはどういうことた?何のスリルもユーモアもないじゃないかよ!困ったなぁ。これじゃ契約不履行ってやつだよなぁ?どうしよっかなぁ?ハイマ」
「どうしよっかねぇ?アザク」
「決まってるだろ」
「決まってるよね」
私達は、目を輝かせながら。
声を合わせて、謳い上げる。
「なっ──なっ──何を言っとるお前ら!一体、一体何をやらかす気だ!!」
ポンコツな極めつけの老害が喚くが、生憎そんなの聞こえやしないね。
「何をやらかすか、だってさ」
「そんなの決まってるじゃんかねぇ?」
さあさあさあさあ待ったなし。
声を合わせて、声を揃えて──宣戦布告とシャレこもう。
「「悪餓鬼らしく、遊んでやるんだよ──『It's Show Time!!』」」
ふてき。
お待たせしました……申し訳ないです。
前回『今章の終わりが見えてきた(キリッ)』とか言っといてこれですよ。
ずーっと自分が楽しめるシメ方を探してました。
多分見つかりました。
皆様も楽しんでもらえれば幸いです。