破隷堵
で、それから丸々一月が経った。
私達の働きが功を奏したのか、あれから暴動等の怪しい動きは見えない──少なくとも、今のところは。
他の連中は色々と陰になり日向になり、身を粉にして労働に精を出しているのだろうが、私はと言えばこの一ヶ月したことは──
「今日の予定ですが、午前中は邸内にて煌炎騎士団の予算案に目を通して頂き、午後からはフィロー伯爵領にて、会食の後に視察となっております」
「わかった。…………ふぅ、まあ今日を越えれば暫く自由の身だ。なんとか踏ん張るとするかな」
「ぜひ、その意気を維持していてもらいたいものですね…………さて、では朝食が用意できておりますので、しばしお待ちください」
「ああ」
と、まあ我ながら随分と板についてきた側付きっぷりで坊っちゃんの世話に甲斐甲斐しく励んでいた。
最初の頃は色々と煩わしかったものだが、一月もすれば流石に嫌でも慣れる。
そんなワケで今日も今日とて、秘書仕事に追われる事になりそうなのだった。
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「はぁ…………終わった…………」
「お疲れ~」
妖炎城の私室にて。
ベッドの上で仰向けになるアザクに、一先ず労いの声をかける。
「なんとか乗り切ったか…………明日いっぱいはここから動かねーぞ…………」
「口調崩れてるけど」
「お前もだろ…………いいから楽にさせてくれ。マジに疲れたから」
「はいはい…………」
珍しく年相応の表情を見せる依頼人に苦笑しつつ、紅茶を淹れる。もう好みはバッチリ把握しているので、手早く。
「はい、どーぞ」
「ああ、悪い…………あー、旨い…………落ち着く…………」
アザクは寝転がったまま器用に紅茶を啜る。
私にとっても仕事に一段落がついたワケなので、椅子に腰掛けゆったりと紅茶の入ったカップに手を伸ば…………
「兄様!お仕事が片付いたそうね!さあ約束通りラピカを城の外へ連れ出して頂戴!!直ぐに!!」
ドバン、と荒々しくドアを開け放ち、黒髪をツインテールに束ねた少女が部屋へと飛び込んで来た。
「……………………」
アザクは死んだ魚の目をしながら、紅茶を飲み続けていた。やや口元から溢れていたが。
「…………どうも、妹君様」
「あらハイマ、ごきげんよう!ちょうどいいわ、兄様をこの部屋から引きずり出して頂戴!」
「…………いえ、妹様。お兄様は今、ご覧の通り大変お疲れでして…………」
「そんなものラピカをこの数ヵ月包んできた倦怠に比べればなんでもないわ!さあ、皇子とあろうものが約束を違えるつもりではないでしょうね!」
そのままズカズカとベッドまで近付き、アザクの胸ぐらを掴み上げる。
そしてそのままベッドから引き摺り下ろし、部屋から出ようと歩き出した。
アザクはというと「勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ」と幽鬼のような顔で呟いている──残念ながら妹には届いていないようだったが。
「ふぬっ!ふんぬ!兄様!自分の足で立ちなさい!情けない!」
可愛らしい声を荒げるラピカだが兄は変わらずブツブツと泣き言を漏らすばかり。
「…………妹様、その辺で」
流石に見兼ねて助け船を出す。
「だけどハイマ!ラピカはもうずっと前から…………」
「妹様のご不満は理解できますが、兄君様のご苦労もどうかお察し下さい。ご覧の通りの疲労困憊。この状態では妹君様を楽しませる事も難しいでしょう。せめて明日まで待って頂きたく存じます」
「…………む~~~~~!」
ぷくー、と頬を膨らまし、しばらく地団駄を踏んでいたラピカだったが、どうにか納得してくれたようでアザクから手を離す。
「仕方ないわね!ハイマに免じて明日まで待ってあげるわ!」
「…………そりゃどうも」
「ええ、感謝して頂戴!ただし!明日の朝一番で出発するわよ!いいわね!?」
「あ゛ーーー………………はいはいはいはいはいはい。わーったわーった」
「約束よ!少しでも寝坊したら承知しないんだから!ではまた明日!」
ドバン、とドアを閉め、そのままドタドタと去っていく皇女サマ。
「…………相変わらず、暴風雨のような妹様で」
「言うな…………クッソぉ完ッ全に父親似だあいつ…………」
「上がチャランポランだと下がしっかりするって言うけど、その逆も然りってワケね」
「誉め言葉と受け取っとくよ…………もう寝る。少しでも休む」
「それが良いだろね。じゃ、おやすみ~」
そう言うと、私はベッドに突っ伏したアザクを尻目に、部屋を出たのだった。
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改めて、翌日。
アザクとラピカの護衛のため、当然私も二人の隣にいた。
「…………てか、大丈夫なのコレ?コパン何か今日休みだし、私一人しかいないけど」
と、小声でアザクに耳打ちする。
「充分過ぎるぐらいだろう。現在皇都は警戒体制だ、そこらで騎士団が目をいる」
と、辺りを見渡してみると、確かに赤い甲冑に身を包んだ騎士達がちらほらと目についた。
んなワケで、ラピカが疲れ果てた兄を引っ張り出して何処に連れ出したかと言えば、城下街。城から目と鼻の先だった。
そして今いる場所は城へと続くメインストリート。城からでもよく見える所である。
しかしこれでもお姫様にとっては充分なお出かけらしい──普段はまずもって砂炎城から出られることが無いとの事だから、仕方ないのかもしれないが。
まあ、護衛する側からすれば手間がかからず済んで願ったり叶ったりである。
とはいえ、この物騒なご時世ではたとえどれだけ姫がねだった所で、皇都から外へ出られる事は無かっただろうから、願うまでも無いことか。
「…………で、妹様は何をご目当てにここまで?」
「ふふ、しばらくすれば直ぐに分かるわよ!ああ、楽しみね!ずっと待ち遠しくしていたわ…………!」
と、随分とまあ期待に胸膨らませていた様子だった。
そんな妹の姿を見て、なんやかんやで兄も微笑ましそうである。
と、そこで言った側から──
「ほら、来たぞ──『ステルニア雑技団』だ」
そこで私が目にしたのは──輝かしき光の行進。
軽快かつ爽快な音楽を奏でつつ、まず楽団達が先頭を往き、その後ろからは目立つ衣装に身を包んだ芸人達が様々な技を披露しつつ歩んでくる。
空を跳ね回りながらの華麗なジャグリング。
墜ちてくる稲妻を軽快な踊りで回避。
口から吹いた火が蛇となって街道を駆け巡り。
そして──
「みろ!『死人遊び』だ!」
との何処からともなく聞こえる観客の声。
そこで現れた新たな演者は──
「わあ!見て、兄様、ハイマ!」
「いや、んなキラキラした目で見るものではないだろうアレは…………」
目線の先には。
絞首台を模した出し物が流れてきており、それには明らかに死人の血色をした人物が吊り下げられていた。
やがてその刑死者に向かって、処刑人の格好をしたものたちが矢を射ろうとする──のだが。
「わあ!」
「うお…………」
突如として目を覚ました刑死者が、放たれた矢を吊られたまま器用にそれらを避けて見せる。
と、その次の瞬間に刑死者は、首にキツく食い込んでいたはずの縄からヌルリと逃れ出て、今度は自らに襲いかかる矢をパシパシパシ、と全て掴み取ってしまった。
それが終わると同時に巻き起こる惜しみ無い拍手と台喝采──
「スゴ…………」
その後も続けられた色とりどりの曲芸の数々に、私はそんな呟きを漏らさずにはいられなかったのだった。
ぱれえど。
お待たせです。
アドリブだけで書いてるとドン詰まりますね。当然!
けど、もう今章内では数ヶ月も待たせません。きっと。