数移擦
「さて──では、各々の進捗を聞かせてもらおう」
砂炎城ソレルニーガの一室にて。
第一皇子アザク・ガルワリア・ラドルデイズとその側付きである砂炎国騎士団長、バルタール・イレンマ。
更に最凶の闇ギルド《凶黒》メンバー、ハイマ・クローフィ。
大手闇ギルド《豺虎の牙》の次期エースと名高い盲目の少年暗殺者、コパン。
そして《雨法師》の──
「ボスでぇーっす!レノワ・レーゲンマーチちゃんでぇぇぇぇぇす!サインはぁ!あぁ!とぉ!でぇ!えへっ♡」
「消えろ」
「死ね」
「失せろ」
「帰れ」
「うぅっわ停滞!じゃなかった手痛い!なにさなにさー盛り上げたげようと思ってでばってきてあげたってのにさぁー!」
「いや死ね。死ね死ね死ね死ね死ね」
アザクの隣に立つハイマがぶつぶつと呟く。
「えぇ!何々ハイマちゃん!なんでそんなに敵意剥き出し殺意丸出し!?こっわー!」
「ガチで死ね。つーか死ぬよ?キャラ丸カブリだもん。もう死ぬしかないってややこしくなるもん」
「ええーっ!?誰それ誰それ!?この私とカブッてるていう愉快な人は!?忠告したげるけどハイマちゃん!そいつ十中八九碌なヤツじゃないから縁切った方がいーよ!?」
「…………マジにくたばれ」
「嫌でぇーす!生きるしぃ!曾孫の顔見るし!そんで皆に惜しまれながら安らかに老衰で昇天するし!」
「生きんのか死ぬのかハッキリしろ」
「生きてから死ぬ!」
「当たり前じゃん」
「そうだよ当たり前だよ!当たり前を学べて良かったね!一つ賢くなれたねハイマちゃん!えらいえらーい!」
「…………汚泥を啜りて血肉を穿て──《黒喇──」
「止まれハイマ」
「──(ビキビキ)」
青筋を立てて詠唱を始めたハイマを流石に制止し、アザクがレノワを諌める。
「…………あまりコイツをおちょくるな。殺されるぞ」
「うへへへ、いやはやウチはそういう相手にこそ弄り甲斐を見出だしちゃうもんでねー。ま、流石にこの辺で自粛しとくけどさー」
ジャラジャラと身に付けたゴテゴテの装飾品を鳴らしながら、含み笑いを消そうとしないレノワ。
そこでコパンが口を開く。
「しかし、いちギルドマスターであるアンタがわざわざここまで足を運ぶとは思わなかったな。まあ、アンタは他と比べて露出の多い人物だから顔出しのリスクは確かに薄いだろうが…………」
「露出ぅ?あーらやだアナタ思春期だねぇ。なんならウチで働いちゃうぅ?」
「くたばれ」
「嫌でぇーす!生ぃーきぃーるぅー!」
ケタケタ笑うレノワ──何を隠そう、この人物はこの魔大陸の各地に点在する巨大賭博場──「虚飾の栄光」のオーナーなのである。
それだけに留まらず様々な事業に手を伸ばし、大陸外にさえ強大な影響力を持つ彼女は言うまでもなく世間では有名人だ。
顔は言うまでもなく知れ渡っているし、彼女程の人物になれば黒い噂など何をせずとも付きまとう。
「でぇ、たまたま皇都に寄っててたまたまスケジュールに暇が出来たから、ちょろっと顔だしたってだけだよーん。ここ最近の裏の方の事業で一番でっかい案件なもんで」
「まあ、その姿勢は素直に有り難いがな。では、お前から聞かせて貰おうか?」
「はーいはいはいはいー。ウチはまあ人手はあるし?荒事はハイマちゃんらが担当してくれてたし?主に人海戦術で情報収集やってましたぁ」
「まあ、それは助かんな。《豺虎の牙》は暗殺専門だから、情報収集も必須技能だが…………職業柄おおっぴらには動けねえ。あんたらなら表裏関係無く活動出来るだろうし」
「ケッ…………で?成果はあったんでしょうね?」
渋顔のまま訊ねるハイマに、あくまで笑顔を崩さぬままレノワが答える。
「もちろんだよーハイマちゃん」
「ならさっさといいなさい」
「『情報が無い』って情報を収集出来たよー」
「ならさっさと死になさい!」
「まてまてまてまて殺すな殺すな殺すな殺すな」
再びのアザクの制止に、ギリギリと歯軋りしながらなんとか留まるハイマ。
「役立たず!」
「率直に言うねーハイマちゃんは。だけども結果は結果だしねえー。まぁそれでも成果がないわけでもないよ?」
「あん?」
「ウチらの組織力でも情報がさっぱり掴めないって事はぁ──」
「その組織力を掻い潜るだけの情報戦における能力を持った相手──或いはそもそも収集出来る情報なんざ存在しない、って事か」
「コパンちゃんせいかーい。どのみち厄介な話になってくるワケだけども、前者だとするならおそらく国家レベルのパワーを以てしての情報統制が行われてることになるねぇ」
「国家レベルのパワー、ねぇ…………」
このファンタジー世界なら、んなもんなくともどうとでも出来そうなものだけど──と小声で零し、ハイマは黙りこむ。
「情報収集というのは、無論この砂炎国以外でも行ったのだろう?」
代わりにアザクがレノワへと訊ねた。
「そりゃモチロン。ウチの主な活動範囲、この魔大陸全土であらゆる方面から調べまくったよー」
「ふむ…………となると──」
「後者。『情報が無い』が有力な線でしょうね」
「ああ。情報工作はまともな方法でやるならどうしたって限界が出てくる。それも《雨法師》の情報力も及ばない程にとなれば、まともじゃねぇ方法で『情報を消した』って方がしっくり来るな」
「そして、相手には『人心を操作する』ヤツがいるってのがわかってる。となれば、そう考えるのが自然よね」
「となると、いよいよ袋小路に入るワケだが…………」
情報を掴まなくては相手を捕まえられない。
相手を捕まえなくては情報を掴めない。
「けどけどけどけどけとけどさぁ?ハイマちゃんとコパンちゃん、なんかお手柄立ててくれちゃったみたいじゃん?そっちの方はどんな感じだったのー?」
丸で悪びれもせずニヤニヤと笑いながらレノワは訊ねる。
「まず、『煽動者』──クーデターを煽ってた実行犯達は捕まえたわよ。で、塒まで突き止めて、そこの全員にも洗いざらい吐いてもらった」
殺した後に、だけれど。
と、付け加える事はしなかった。
「けど──肝心な情報は得られなかったわね。肝心な情報だけ、みーんな『知らない』『わからない』だった。知ってる筈の情報の中で、重要な肝心要がスッポリと抜け落ちてるみたいだった」
「となると──」
「ええ、さっきの仮説が信憑性を帯びてくるわね──と、ここでトドメの駄目押し。煽動に使用された術式についてよ」
そこでハイマは会話を止め、左手を目の前に翳す。
やがてその左手から鈍い赤光が漏れだし始める。
「──ハイっと」
ボボボボボゥ。
と、厭な輝きを放つ、妖しい炎がその手から生まれた。
「…………」
「へーえそれがその術式ってヤツー?」
「いや…………違うな。術式と呼べる程凝った炎ではない」
「はいアザク様正解。さすが燈焔魔族。この炎は言ってみれば、その術式の原型みたいなものかしら。指向性等を持たない、その本質のみを剥き出しにした霊力の塊よ」
そこまで言うと、ハイマはその炎を掌で握り潰した。
「で、その本質ってのは何か──なんてのは考えるまでもないわよね?炎禍の因子は『増強』と『解放』。そしてその対象は、心の中身」
「んー。けどさけどさー。それじゃ暴動は起こせるけど情報操作は出来ないでしょ?他の手段を使ったってこと?」
「いや、十中八九同じ方法でしょうね」
「その根拠はー?」
断言したハイマに、当然ながらレノワが問う。
「この霊術、さっきは『術式』って言葉を使ったけど、正直その表現が正しいかどうかはわからない──既存の霊術からは外れた所に存在する代物みたいだから」
「へぇ?てゆーか焦らさないでさっさとおせーてよー」
「はいはい──どうやら、私達は霊術の新しいステージを目撃しているみたいよ?始源能と魔導識。本来交わらざる二つが折り重なった領域をね」
すいさつ。
現状のまとめですかね。
飛ばしてオッケーです。