時夜睡
夜闇の中にて飛び散り、鈍く光る火花。
暗殺者と獣人の交戦は、大詰めを迎えつつあった。
「思っていたよりノロいなあんた」
「あぁ!?言ってろクソガキ!!」
纏わりつくかのような間合いを保ったままでありながら、縦横無尽に飛び回り剣閃を浴びせかける少年。
無論、高い身体能力を誇る獣人。その中でも抜きん出た実力者であるヴォーバートはそれらを見切れぬ程愚鈍ではない。
躱し、防ぎ、逸らし、弾き、往なし──結果、未だ一つの傷も追ってはいなかった。
が、それは相対する暗殺者も同様。
「んの──うっぜぇなぁ!!チョコチョコと撫でるだけかぁ!?」
「そりゃウザい立ち回りしてんだから当然だ。分かりやすく熱くなってくれて助かるぜ──」
そこで暗殺者は、纏う外套の両袖から取り出した新たな得物へと持ち帰る。
「──牙蛇羅」
形状はあらゆる刃物を結び付けた縄のよう──しかし、鞭などと比べると明らかに長過ぎる。
とてもまともに振り回す事は不可能な長さだった。
「ハッ…………んなモンでどうやってやり合う気だよ?」
「見てりゃあわかるさ」
「そりゃそうだ」
再び駆け出す暗殺者──そのスピードを以てしても長過ぎる武器は当然地面に引きずる形となる。
そして、前と同様に付かず離れずの間合いで──
「──そういうことかよっ!!」
「遅ぇっての。ま──気付いたって逃さねえけど」
その武器は決してヴォーバートに襲いかかるワケではない。
引き摺られるだけ。
暗殺者の高速移動──その軌跡を辿るようにして。
それだけで、もう充分。
合間を縫うようにして乱れ舞う暗殺者、それに追従する長い長い牙蛇羅は──刃の結界となり、ヴォーバートを傷付ける。
「こ、ん、の…………ウッゼェェェっつってんだろがああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」
大気を揺るがす咆哮を放ち、傷付く我が身を厭う事なく、無理矢理ヴォーバートはその中から抜け出した。
「ガキぃ…………!!ガキガキガキガキガキがぁっ!!チクチクチクチクとカトンボ気取りか!!利かねえんだよんなもん!!」
「まともに殴り合っても分が悪そうなんでな。…………ホラ見ろ」
獣人としての高い治癒力、生命力により、既に流れる血は止まり始めているヴォーバートを見て、鼻を鳴らす。
「分が悪いってわかってんならとっととくたばれ!」
「やーなこーったー」
と、煽る暗殺者だったが、しかしヴォーバートの内心は至って平静である。
(ガキとは思えねぇ老獪な手だな…………こっちにゃ時間制限がある。それをわかって粘着質な手を打ってきてやがんだ)
あの真っ黒な化け物がここに来た時点で、ヴォーバートの命運は尽きる──無論、そうさっさと戻ってくるとは思えない。自分達の隠れ家へと踏み込んだというなら距離的にも物量的にも相当な時間がかかる筈だ。
筈。
そう、確証はない。
何らかの気紛れか勘違いがあれば、それだけで終わる、そんな浅はかな希望的観測──実際はいつ戻ってきたところで何もおかしくはないのだ。
明らかにそんな状況を見越して、此方の焦り、苛立ちを引き出そうとしての立ち回りかただった。
(まあ、そうアッサリと隙を見せてやる気はねえものの──笑ってられる状況じゃあねえってのには変わりねえよな)
このまま膠着した戦況が続けば、やがて必ずその時は来る。
それは何をどうしたって疑い用のない事実なのである。
「ケッ──だったらしゃあねえよな。本領発揮と…………いこうじゃあねえかあああぁぁぁ!!」
今宵は満月。
狼が吼える。
「さーて…………《獸星》のお出座しときた。ったく厄介な…………」
「うぅぅぅぅゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォオオオオオオン!!!!」
メリメリと体躯が盛上がり、外観がより獣へと近づいて行く。
ヴォーバートの姿は、正しく獣であり、化物。
「ゥ ゥ ゥ ゥ ──ガァァアァアアア!!」
そう一声叫んだ次の刹那には──その姿は消え失せる。
「──っ!!ぶねぇぇぇ!!」
微かな風切り音と勘を頼りに、少年は身を躱す。
即座に一瞬前に立っていたその場所に、丸太のような太さの剛腕が降り下ろされた。
民家の全体に皹が走り、やがて崩壊へと達する。
「なんつー馬鹿力…………っがぁ!!」
愚痴る暇さえ与えられない。
何とか防御したものの、いつのまにやら目前に現れた人狼から放たれた蹴りに、呻き声をあげる。
「ォォォォォォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
「ぐ、が、コボっ…………!」
そこからは、一方的。
眼にも留まらぬ速度にて放たれる連撃に、成す術など有るわけもなく。
五秒後には少年暗殺者の心臓は停止していた。
「…………終いか、骨がねえな」
一言呟き鼻を鳴らすと、即座に夜空へとヴォーバートは身を翻す。
「なら、とっととトンズラといくか──正直一分一秒が惜しい」
畏るべし速度で移動するヴォーバート──野生の勘が絶えず頭の中で警鐘を鳴らし続けているからだ。
夜闇の中、風より速く跳び、飛び、翔び──
と、び。
ガシャアン!
と、ヴォーバートは宙から転落した。
「な、ぁ──?な、なんで、なにが」
ガクガクと痙攣し、いうことをきかない手足に驚愕するヴォーバート。
どころか視界も霞み始め、あろうことか吐き気までもよおしてきた。
「ばばばはが、なぁ──!あイづ、のどく、ばぁ」
──無論、知らない筈は無かった。
相手取った少年暗殺者の奇矯な武器から漂う不穏な香りを、ヴォーバートの鼻が逃す筈が無かった。
そして嗅覚にて感じ取った情報から、それがどんな毒かを見切り──そしてそれが自らの生命力なら怖れるに足らない代物だと判断した。
だからこそ時間を惜しみ、リスクを飲んで即座に決着を付けにかかったのだ。
「ぐ、グゾ、なッデ…………アんでいどどドぐで………」
まるで動かない四肢をどうにかしようとするも──手足は惨めにもがくだけ。
「ぢ──じぐしょ。ぢくちょ──」
「──キヒッ♡」
絶望が、顔をみせた。
「アラアラアラアラらららららー。にゃにおこーんなトコで蠢いておられんのかぬ?ぼーばーとはん?」
「デ、でめ、は」
「いやいや気にしない気にしない。心配はご無用。大丈夫だから、だって私だもんオッケーにきまってるもん」
ゆっくりと。ゆっくりと。
ほんの微かな音も立てず、クレアレッドは近づく。
「いや、なんでそんな顔しちゃってくれちゃってんの?もー邪推なんかするもんじゃないよ何の根拠もないってのにね一目瞭然じゃない私が私なんだから何も案じるこっちゃないってほら何も可笑しくない変じゃない至ってまともだ真っ当だ問題ナシナシ大丈夫大丈夫大丈夫だからいや大丈夫だったのになにさその眼は?まったく駄目だよそんな反抗期的な視線は宜しくないってそんなこんなじゃあっさり決壊しちゃうじゃないの困ったちゃんね仕方無い子ね死にたかない子ねうんうんわかったわかったそういう態度とるってんならああこっちにだって折衷案ぐらい出せないこともないんだから最初からそうとさえ言ってくれてれば円滑な対応が求められてたのにそれでも取り敢えずはもうちょいなのさあとちっとばかし欠片で露な一滴を拝借できりゃあそれに越したことはないってかそれしかないってかそこまで言われちゃやるせかたないなあけどいいよ大丈夫だもん正常だしねぇ?そらきた語彙もこんなに湧き出てるもんねおおっとズレてるズレてるテンプレートに乗せ直そうええっとなんだっけなんだっけそうだったゴハンだったお食事だったんだそうに決まってるんだったそれっきゃないんだったホラ絶妙なデコレーションが垂涎だよまったく憎い演出だ筆を持てい手紙に挟んでおかなくちゃだろうこんなんけどけどぎとぎとになっちゃ黙阿弥だぁってわぁってるってばそれじゃ失敬ってもんだから取りあえずふりかけてまぶしてほどこした後からびだだぎまあああああああああああぁぁぁぁああああぁアぁアあァあァあアぁアあァあァァぁアァぁアアアぁアアアアァぁアじュゥゥゥゥゥゥゥゥう!!!!」
ズグ
ズグぅ
ドブ
ドギョ
ぱん
バパ
ビチャチャ
ドチャ
バキ
メキキ
グチャ
グチャ
ゲチャ
ブチン
ズグォ
ズグ
ズギュ
パン
ギコギコギコ
ザシュ
パァァァァァン
スパン
パキ
ジャオ
ガギャ
ギリュ
ズプ
ザリィ
ドガァ
ガブリ
ゴクン
ザン
ブシ
ドパァ
ズチィ
ズギュオ
ザン
ズグ
ビッ
ザン
ジュル、じュズルルルル
「うオーイ…………近付いてだいじょぶか?」
かけられた声に振り返ると、暗殺少年がやや離れた位置で引き気味に立っていた。
「ん、だいじょぶだいじょぶー。もう収まったよ、多分」
「多分ですかそうですか」
辟易したように溜め息を吐きつつも安全だと判断してくれたようで、少年は側まで歩み寄って来てくれた。
「しっかし…………随分とマア綺麗な食べっぷりだな。髪の毛一本、血の一滴も残っちゃいねぇ」
「そりゃあモッタイナイからね。キッヒッヒッヒー、いやーしっかし我ながらムチャクチャだったなーありゃ。禁じ手決定だね」
「ムチャクチャなんてもんじゃねっつの。なんだよありゃあ?控え目に言ってもイカれてたぞ」
冷ややか且つ辛辣な目線と台詞だったが、無論否定の言葉など見つかるワケもなく。
「キヒヒヒヒ。ちょっとあの術式、私には相性が良すぎたのか効き目バツグンだったわー。ま、あくまで左手遣って私流にコンバートした代物だったから、当然っちゃ当然なんだけどね」
「いや、だからってなんでよりにもよってお前自身に遣うんだっつの。適当なの他にいるだろ」
「いやいや、どういうモンなのか知るには実体験が一番でしょ?結局アレがどんなのなのかってのは身に染みて理解できたよ。もう一杯食わされるこたないね」
「ホンっト結果オーライだな…………こっちにゃなんの被害もなかったからいいようなものを」
「結果オーライが平常運転だかんねー私ゃ」
「自覚してんならちったぁ改めやがれっての、馬鹿が」
毒づいてくれんねー。
正論だけどさ。
ま、意趣返しはさせてもらおう。
大人げナッシング、それが私!
「でぇー?あの時ボコられて死んでらっしゃりませんでしたかね君ぃ?どういうカラクリかね?ん?ん?」
「…………別に、お前みてぇな不死身ってワケじゃねえよ。単なるトリックとペテンだ」
「ほほう?あの《黒天十二星》の十位をあんなチープな毒で仕留めたのも、トリックとおっしゃる?」
「おおともよ。ぜーんぶチャチな小細工さ。お前が気にすることじゃねえ」
「…………ふーん。教えてくんないんだ」
「教えてもよかったけどな──知ってるって事はお前、眺めてたな?」
「ぎく」
視てました。
「助太刀入れよ。愛想ねえ女」
「いやいや、あれぐらいゆよーで畳めるだろうと思ったんだって。信頼じゃんさ。事実だいじょぶだったし」
「はいはい、どーもどーもっと」
ボリボリと頭を掻きむしり、面倒そうに少年は歩き出した。
「あーこら、待ちなよ少年ー。一緒に行こうじゃない仕事仲間なんだしさ」
「………………ン」
「ん?何か言った?」
「…………パンだ」
「??」
「コパン」
「こぱん?」
なにそれ?
パン?
「…………………………名前」
「?コパン?名前?」
コパン。
名前
………………………………………………
「………………ぷ、プハハハハハハハハ!きっひ、きぃひひひひひひひひひひ、きひ、きひひ!!コパっ!コパン!?コパンって!かっ!かっかっかっ…………可愛い…………」
「うるっせえええええええええええええええええっ!!」
とまあ、そんな感じに。
私達の仕事に、ひとまずの区切りが付いたワケである。
じゃすい。
一ヶ月もの間空けてしまって、申し訳ありません。
なわけで、今章の相棒キャラ。コパンです。
ここまで引っ張る事となるとは思いもよりませんでした。