苑転
「メーリルー!帰ってたんなら連絡ちょうだ…………」
「あーはいはいはいカリサちゃんカリサちゃん。なにいってんのー?わたしはクレアレッドだよー?はいはいはい取り敢えず場所変えよっか?うんそれがいいそれがいい」
気分転換にお気に入りのレストランで休憩中の所に、まるで容赦なしに飛び込んできたカリサを即座に顔面鷲掴みの刑に処しつつ、適当に財布の中から引っ掴んだ金貨を会計口に投げ付けながら、わたしは逃げるように食べかけのランチを放置して店内への脱出を余儀なくされたのだった。
「なにす……ムグゥ。メメメ、めるりる…………モガグヒぃ」
「あーあーあー!ねえねえカリサちゃんちいっていー!?うんそれがいいねそうしよっか!さあしゅっぱーつ!」
今にも余計な事を口走りそうなカリサの呼吸を無理矢理止め、とにもかくにも視線を避けながら走る。
視線を避けながら。
避け、避け、避け──
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もうなんでこんな無駄に視線集めるのよあの阿呆姉わぁ!!)
すれ違う人々は一人残らず振り返り、遠巻きな視線は到底数え切れない程に突き刺さってくる。
それはもう一挙手一投足までためすつがめつにじぃっくりと。
わたしのようなインドア派には多大なるストレスでしかないのだが、あの馬鹿姉からすればこれが心地好いのだろうか?
わからないわからない。
「──よっ、と!」
バタム、と扉を閉める。
虹の大陸はフリシオン、冒険者の町アルムレイドの外れにあるカリサの自宅にまでは、流石に野次馬の足も届かなかったようで、ようやく一息吐いたわたしは周りの気配を探った後、『定義改変』にて元の姿に戻る。
赤色から紅色へ。
クレアレッドから──メリルフリアへ。
「ふう…………」
まあ。
ようするに、わたしが姉さんと別れてから主な拠点としていたのは、かつて姉が【黒】へと昇色を果たしたギルド連盟のお膝元だった。
冒険者として大陸中を飛び回るには、大陸のど真ん中に位置するこの冒険者の町以外にうってつけの場所はないだろう。
そしてその間、そこに住む自らの友人とは当然親しくしていたワケだ。
「…………やれやれですね。馬鹿のフリというのも存外疲れるものです…………だというのに、ああも容易く地雷を踏み抜いてくれるとは思いもよりませんでしたよ。これまで何回も注意しましたよね?カリサ。『クレアレッド』がこの大陸に居ないと知られると多少都合が悪いので、くれぐれもボロがでないようにしてくれと。だというのに何の緊張感もなく話しかけてはしくじって、その繰り返しじゃないですか。もう少ししっかりしてはくれません──か?」
「カ、カかっ──」
泡を吹きつつ白目を剥いて痙攣しながら気絶していた。
「帰って来ぉい!」
「ぐふぅ!!」
水月に貫手をかました。
「ふ、ぶ、ぶぉっ、ほぉゲボロロロロロロロロロロロロ…………」
「うっぎゃーーーーーーっ!!」
「えー、それはともかく…………」
「それってどれ!?いやまさかとは思うけれども人を絞め殺しかけた挙げ句に胃ぃぶち抜いて反吐吐かせた事じゃないよね!?流石にそれを『ともかく』とか言わないよね!?ねぇ!!??」
「と! も!! か!!! く!!!!」
「言い切ったー!!」
「もっと注意を払って会話してください、カリサ。まったく貴女という人は少々迂闊すぎますよ。ひょっとしたらあの姉もかくやというほどに。いやはやあの姉と離れて多少は羽を伸ばせるかとも思いましたが、とんだ甘い考えでしたねまったく…………」
「酸っぱい思いをして苦汁を飲むことになったあたしよりマシでしょ!それに比べれば何よ甘いぐらい!いいじゃん甘いの!」
「そうですかそうですか。あ、これこないだ仕事先で買ってきたお土産です。甘いですよ」
「わーいキャルバレル名産、アガレル豆の蜂蜜焼きだ!これ大好物──ってごまかされるかっ!」
わあ、ノリツッコミ。
この子、結構笑いのセンスを持っているようだ。
「まったくまったくまったくまったく…………あ、これあまうまいねー。甘さの中に仄かな酸味と苦味が混ざりあってて…………」
ガリゴリと土産を噛み砕きながら、改めてカリサはわたしに向き直る。
よし、ごまかせた。
「それでさそれでさ。例の仕込みってのはもう終わったの?」
「はい。あまり過剰に仕込むと、この大陸を帰って不安定にさせかねませんから…………本音を言うともっと置いておきたかったんですが、まあこの辺りが限度でしょう。後はわたし達姉妹がその時に働いて補う他ありませんね」
「そっかー…………まああたしが嘴を挟む事じゃないからそれは良いけれど…………いよいよ不安になってもくるかな。大丈夫なのかなーこの大陸は」
「ぶっちゃけ全然大丈夫じゃありませんね。積み木の家もいいところな砂上の楼閣です。しかも頭上じゃ雷雲がゴロゴロと騒いでる感じ」
「終わってるじゃん」
「終わってますし、終わりますし──終わらせます。それこそがわたし達の目的ですからね」
「…………ほんと、終わってる。まあ国が終わろうが大陸が沈もうがあんまりあたしは気にしないけれど」
「まあ…………確かに一市民からすれば規模が大きすぎますからね。あなたを一市民と呼べるかどうかは甚だ疑問が尽きませんが」
「ひっどい言い種ー。立派な市民だよ市民しみん──みんみん、ミーンミンミンミーン」
「意味もなくセミになるな」
「ミーン!」
ぶーたれるカリサだったが、まあその言は一応的を得ている。
今のところ彼女の肩書きは何処にでもいる町娘でしかないのだ。
わたしからすれば──恐るべき事に。
信じられない事に。
と、そう後ろに付けざるをえないのだが。
「まあ、ここの所不眠不休で働き通しでしたから、しばらくは休みますかね…………」
「ふミーン?」
「いや、セミはもういい…………まったく。姉さんがいればもう少し楽に、早く終わったでしょうに。いや、いたらいたでまた手間と苦労が増えるんですけども…………」
「ほんと、お姉さんに辛辣なんだねーメリルは。あたしからすれば尊敬しそうなもんだけどなー。美人だし、スタイル良いし、背ぇ高いし、スタイル良いし、強いし、スタイル良いし、有名だし、スタイル良いし、お金持ちだし、スタイル良いし、スタイル良いし、スタイル良いしスタイル良いしスタイル良いし──」
「そんなにかよ」
どれだけスタイル羨ましいというんだろう。
あんなの只の余計な添え物でしかあるまいに。
…………ちなみにわたしとカリサのスタイルは似たり寄ったり。
まあ、凹凸はほぼ存在しない。
「まあ、いろいろ厄介そうではあるけどさー。それでとカッコいいと思うよ?」
「…………え?今なんて言いました?」
「だからさ、カッコいいじゃんお姉さん──クレアレッドさん」
「んんん??か、カッコ?え?カッコいい──ええええ???」
「いや、なにその理解不能を絵に描いたようなリアクションは…………」
「いやだって、え?流石にそれは、か、カッコいいって?カッコいいってそれ…………ん?んんんんん??」
「いや、ハテナ浮かべ過ぎでしょ…………」
「いやいやいやいや浮かびますって。ちょっとカリサ、姉さんを見誤り過ぎじゃないですか?あんな、あんな──猛毒を以て毒を制すを旨とし、本末転倒を地で往く、支離滅裂な性格破綻者を」
「なにその凄まじい罵詈雑言…………いや、ほら、綺麗な薔薇には刺が在るって感じでしょ」
「いいえ。危険な馬鹿には毒が在るって感じです」
「踏んだり蹴ったりじゃん」
「踏み躙ったり蹴っ飛ばしたりですね」
「…………メリルさ。お姉さんの事、嫌いなの?」
「否定はしません」
「じゃあ、好き?」
「…………否定はしません」
「素直じゃないねー」
「知りません」
クスクスと笑うカリサを見て、わたしは顔を逸らす。
「ともかく。まあ貴女が助力したお陰もあって、なんとかわたしの役目は果たせました──後は姉さんを待つのみです。馬鹿のフリをするのもあと少しで済みますよ」
「またそんな事言っちゃってさー」
「ホントの事ですよ。わたしは私なんで、たが、たがらわた、私はわ──」
「………………メリル?」
「わた私たしわたししし私、わたしは私のわた私しににわた──私た私しわわ私たしたわ私のもわ私私みわ私た私し私が私わ」
あれ?
なに、これ──
「わ私た私し私わ私た私し私わた私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私わ私た私し私紅紅紅赤紅紅赤紅紅紅赤紅紅紅赤赤紅──」
「──メリルっ!?どうしたの!?」
「赤、あがっ!メリル、めりる、くれあ、れっど、くれありるめるりあれく──」
あ、あ、あ。
やばい。
引っ張られる。
引きずり込まれる。
──塗り潰される。
わたしが 私に。
紅、が 赤、に。
元に、戻る。
回帰、する。
血を、分けた、姉妹から。
単なる、血肉、へと。
妹から、姉へ。
奴隷から、主人へ。
元の、木阿弥──
「── メ リ ル フ リ ア っ ! !」
「っっっぶはぁぁぁぁぁ!!!!」
その声で。
メリルフリアを呼ぶ声により、存在を定義され──なんとかわたしはわたしに成る。
「ぇェっホ!ゲホ、ごほ──」
「大丈夫!?メリル!メリル!!」
「──ゲェっホ!!…………あ゛ー、何とか、戻ってこれました…………カリサの、お陰です」
「ちょっと!喋らないで、横になってて!ええっと、何をすれば──」
と、あわてふためく友人を横目に、言われた通りに横になる。
くそ──なんだ?
あの姉に、何があった。
あの姉は──何をした。
(あーくっそ。くっそクソクソクソクソ──)
わからない。
わかるのは、何かがあったということだけ。
何かわからない何かがあった、ということだけ。
つまり。
「あー…………もうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもう──
──行くしかないじゃん、魔大陸」
そのころ。
一週空けてしまいました。申し訳ありません。
姉不在時の妹はこんな感じ。
テンション高めだったりするのは姉の姿への改変に引っ張られてるからです。
で、多少悩みましたが参戦へ。
我慢できませんでした。