騙死数
黒々とした闇にその身を融かしつつ、私は往く。
脳裏には不快な稲妻が迸り、視界は赤黒く燃え、全ての感覚が影を落としたかのように暗く鈍ってきていた。
「あ~~~~~~~~あっあっあっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁああ゛ぅああ゛ああァあ~………………っっっとぉ!!キ、ヒ、ヒ、そろそ、ろヤ、ばくな、てきったんしゃらいのぉ?」
呂律が回らない。思考が廻らない。咽の渇きだけがただただ加速していく。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょちょちょぉちよっと断血しすきたからぁ?りりせ、りせっ、理性ろ方は案外残っとるぽいんたけと」
いや──血はついさっき吸ったばかりだ。量の方も丸々一人分を飲み干した筈なのに──渇きはまるで収まらない。
むしろ。
「かかかかきゃわっ!かわわ渇き乾きかわきりるりりかわきまわりまくりくるりくるし──」
熱い。 暑い。
沸々と。グツグツと。
ありとあらゆるなんでもかんでもが──煮たってきているかのようで。
「ヒャアアアアアぁアびゃあっはっはっはぼ、ひぱ、やばしあべしひるりりるひばいひんばいりんガ──」
うおおおおおおやべえ。
なにがヤバいってヤバいって思えてるトコがヤバい。
言う通りに理性自体は、普通に残ってる。
とどのつまり身体と心が、ではなく、感情と理性が解離していってしまってるワケだ──なるほどなるほど。
例の暴動のプロセスは、こんな感じなのか──自身の数え切れない程の数ある感情の僅かな数だけを、極端に、極限に、『増強』させ、『解放』させられる──
「ま。ま、ま、まみまみままぁああままぁ、わらしはひぶんれいと、ひといとのこぃとてててきにれきりやってるんたるんだで、いいいちが、きち、しちきちちちきちきぃちがいんにはいぇんかもらべるらけれどぅ」
う、うーわー、なんだこれ。
自分で自分に酷く客観的にドン引いてるというこのパラドックスな心情。
そこはかとなく不憫だ。
「ぁあぁあぁあんァんあんはんはらんのろんかばばばかきィへやぁぁァあァァォァビャアアアァァァァァたたたらたィィィィおィいいいィいイイイイイィィィいいいのいちいぎひ──ダァァァァァァああぁあア!!!!!!!!!!!!!!!」
ビギ、ギキキキビキキキキキビキ──
うお、なんか勝手に『改変』までしちゃってんだけど。
あ、あーあーあーあー…………美人が台無しになってくー………………
「血──ぢィィィィぉぅねぅぃにの無味ィウォゥウォまままみもみもざみもとのののまモノま蚤ま豆め簑ま──── 零 ォ ォ ォ ォ ォ おおおおおおおオ゛オ゛オ゛オ゛お゛お゛お゛お゛オ゛お゛オ゛お゛オ゛お゛オ゛お゛!!!!」
……………………うん。
もう嫁の貰い手は来ねーなぁこりゃ…………
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「──何か聞こえなかったか?」
「はぁ?何がだよ」
──ここは砂炎の国の暗部。
裏家業に勤しむ者共達の根城。
そこは侮蔑と恐怖を込めて──『吐き溜め』と呼ばれる。
とてつもなく広大な砂漠の地下。
不思議とポッカリと空いた大空洞──知らなければまず見つけられない、砂まみれのこの国自体を隠れ蓑としたアナグラ。
そこの数少ない出入口となる流砂、その手前に座る二人の男が会話していた。
「いや──なんか、なんつーか、そう、まるで──地獄の底から響く悲鳴みてぇな──」
「おいおい…………怪談ならガキ相手にやってやがれ。単なる見張り番だ、楽な仕事だろ」
「いや──だけどよ。なんか。なんかイヤな汗が、止まんね──」
カーァ。
と、間抜けとも聴き取れる鳴き声が響く。
「あ──あぁ?砂烏?」
頭上では砂色の烏が、数羽旋回している。
否──
「お、おい──んだよこれ、どこから──」
「な、何羽いやがんだ──?」
別名──砂漠の死神などとも呼ばれる、屍肉漁りの大烏が、どこからともなく次々と集まってくる。
「な、な、何か、やべえぞ。絶対にやべえ。間違いねえ」
「んなコタ見りゃ解る!直ぐにアナグラに引っ込むぞ「キヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒキヒヒヒキヒヒキヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒキヒキヒキヒキヒキヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒキヒヒキヒヒキヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒキヒヒキヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒキヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒキヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒキヒキヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒキヒキヒキヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒキヒキヒキヒキヒキヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒキヒヒヒキヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒキヒヒキヒキヒヒヒヒヒキヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヒャァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
「夢にしちゃあ随分リアルだよなぁ」
「まったくだ。まあ夢なんだろうけどなぁ」
『吐き溜め』内部。
腸を引きずり出されてそれが命綱のように引っ掛かり辛うじて地面への落下を免れた男と首が百八十度回転して地面に横たわっている男がそんな会話をしていた。
ブツン。
切れた。
落ちた。
グチャリ。
死ニマスヨ勿論。
ガツガツガツガツ
ムシャムシャムシャムシャ
モリモリモリモリ
パクパクパクパク
そんな光景がそのなかでは美術館のように閲覧可能でシャンデリアのような血溜まりが輝かしき虐殺場を飾り立てる。
いたいいたいと遺体が歌い上げまた吹き上がる血が砂を滲めに滲ませるばかりで。
「あー、あー、おかあさまおなかすいた」
そんなのいない。
いつだって白は染められるばかりで腐り不知の脳がまたふざけて飛び散る。
「みんな、やめて!!」
聴こえるワケもなく。
またいただきます。 こないごちそうさま。
羽が舞い千切れ飛ぶ四肢は継ぎ接ぎに追い剥がれまた嚥下。
ひた、ひた、ひた。
あかごがあるく。
はもんはにぶくゆらゆら全部をゆがめひずめてゆき。
あのこはキヒヒとわらつている。
あかいせかい。
がくろくかたまったころ。
「止めろおオおオお!!誰かアレを止めろおおおお!!」
まだ生きているのは『吐き溜め』の最深部に居座っていた、ならず者共の親玉とその取り巻きぐらいなものだった。
「なんなのだアレは!あんなものが!この世におっていいわけが無いだろうが!」
アナグラの中は既に蹂躙されつくしている。
「喰う」か、「喰われる」。
この内部で起きている事象は、ただのそれだけしかなかった。
「まだカラクリを信じたがってんだねぜんぶ赤黒く染まりかけたこの期に及んでもさわからなくもないけれど」
ソレは紛れもない、『罪』だった。
異常な長さの赤黒い髪を振り乱しながら、胸を突き破った肋骨が生き残りを探し蠢いている。
もはやヒトを模しているようになどまったく見えない。
ただただ恐ろしくてどこまでも気持ち悪くて──何故か、美しくもあった。
「いさぎよいのはやっぱかっけくてすごい。だけれど私はそれも収めたくなる空きっ腹な私はダメだなぁ」
既に数え切れないほどの命を喰い散らかしておきながら、『罪』はなおも餌を探して静かに歩を進める。
「みんながんばってんだってわかってるけどけどそんなの誰だってまでいわれたってどうなのよそれ」
『罪』が腕を軽く振るう。
刹那だけ延びた爪が、建造物を片っ端から真っ二つにし、中に隠れた者達を殺し尽くす。
「ああ。切らなきゃ切らなきゃいいんだ出てくるよべつべつに勝手してんだからいつまでだって問題なしなのだよわかってんなぁ」
『罪』は決して歩みを止める事は無い。
ゆっくりと、ゆっくりと、たどたどしく歩くばかり。
「霊術を撃ち込め!何をやってるかからんかグズ共め!!このままだと皆死ぬだけだぞ!!」
怒鳴り声が上がると、ようやく『罪』への一斉攻撃が始まった。
八方から射出される霊術。
炎、水、風、様々な凶弾が襲いかかり──炸裂する。
「ちがうって品ってないよなぁ。そんなの忘れるって、みんないつもどんどん先行くんだからもう可愛いのな」
『罪』は決して歩みを止める事は無い。
燃え上がり、引き裂かれ、砕け散り──しかし次の刹那には、何事も無かったかのように、ただ歩いている。
「霊術がダメなら直接殺せ!やれ!一斉にだ!」
半ばヤケクソになった者達が、今度は様々な凶器をもって『罪』に飛びかかった。
「私抱き締めるわそりゃあそれだけだもん愛し子はみえないけどだがしかしそれがいいの多分。上は何もなくして下をピカピカ舐めようね、約束破ったらまた鍵閉められちゃうからまた叩くまで」
ズブズブずぶズブリ。
這い出した肋骨の中の九本だけが踊って、まるで縫うようにして周囲の贄を貫いていく。
貫かれた者たちは悲鳴を上げる暇もなく、たちまち干からびて死ぬばかりだった。
「まだまだまたまた路線変更していくんだね。分岐は難しいくせに甘いのは誰だっておんなじ目をしてぐーすか眠るのだ」
肋骨はそのまま高く伸びていき、このアナグラの天井に突き刺さる。
「臭くて絵の具は混ぜない主義ならまた背負うだけさ。ぶー垂れた後もしくじっちゃだめなんだよ?こらこら」
九つの骨は円を画いて等間隔に突き刺さっていた。
「勘定とかしたってだめだっつーの。這い回るだけで信じてないからまったく右に交じってくぐって抱き締めあって量ってみろ」
ニ ッ タ リ 。
とした笑みを浮かべて目を閉じる『罪』。
「何を…………!?ええい呆けるな!今のうちに」
「何だって誰だってブツブツに転がったら捩れるに決まってんじゃん。それでもカスが立ち向かうってのが存外反感は買わないもんなんだな。さあ軋り合おうよしゃぶられちゃわないうちに。あ、あー、あれ?針土竜ってどんなのだったっけ。《吭裂》」
瞬間。
九つの骨が画いた円が、不可思議な紋様を浮かべ──醜悪な輝きを放つ光柱となる。
天まで届く光柱は全てを貫き滅ぼし──そして消えた。
「ゆっくり話してみなよ。案外みんな踊り上手らしいんだ、釘を直したって綻ぶのは櫛屋のみ。さあ抜かせ」
粘着質な笑みをその顔に張り付けたまま──空いた風穴の先。真上で目映く煌めく月に、目を細める。
「ば、バカなバカなバカなバカなぁ!地上まで、どれだけの距離があると」
「そうだね。無く哭くも亡いよね。結局梯子はかかってんだ、ただ塩潰せ。薬指が脂で蒔かれないようにしたければママを額縁に綴じなくちゃ始まらないんだぜ」
月光を余すところなくその身に浴びた『罪』は。
クレアレッド・フラムルージュは。
或いはハイマ・クローフィは。
満ちる事の無い空腹を満たすため、歩を進める。
『罪』が『罰』なのだとこの世界が自覚するには──もう少し時間がかかりそうだったけれど。
「過激なのは翌々ぐらいにきっと大丈夫に変貌し終わるに違いない。そればかりか季節が愚痴ってるのはなんとあなたが看取れないと知ったからなんだなこれが。いつまでたっても釦が焼き入れられる様子もないししくじった所でどうせ欠片も教えてくれないんでしょう?まあまあまあまあなんにしたってそれはともかくそれとしておいてそろそろいい加減くたばったらどうなんだって愚考してみちゃったりして私。《滅拳》」
無造作に振り抜かれたその拳は。
果たして誰に向けられて放たれたものだったのかは──その本人しかわからない。
ただ結果だけを言うならば。
一匹の化け物により砂炎の国を根城にしていた万に届く犯罪者は一夜の内にして皆殺しにされたのだった。
かたるしす。
……あれ?あんまバトってないぞ?
そんなワケで暴走回、つーか発狂回です。
書いてる途中でも流石にコレはどうかと思いはしたものの、結局もういいや行けるトコまで行っちゃえとなり、アクセルベタ踏みした次第です。
いいんだ、書いてて面白かったから。
あ、あとブクマがとうとう100突破してました!
今更ながらに振り返ってみるともう連載開始から一年以上経ってたりして、色々と感無量な書き手です!
ひとまずはこのブクマをキープするのを目標に、ひたむきに後ろ向きな平常運転で続けてきますね。
これからも一人遊び全開な内容でやってきますが、感想、ツッコミ、ダメ出し、何でも来いにどしどし募集中ですので何でも言って下さい!