魚産
夜。
砂炎の国の中の、とある町にて。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
乾いた砂を踏む音だけが、イヤに耳障りに響き渡る。
「…………ふぃんふぃん、いとますぃーかんぱそんたーなしぃと」
その人物は、ブツブツと意味の不明な言葉呟きつつ、ただ歩を進める。
「こるりでざんか、いめめだったきゃぬー。きっかでぱってもかっこわらりがむぬえで。じごじどらんらーらひゃら、じあかびびげどう」
その人物が一体何者か、知るものはこの町にはいない。
「…………ぶぅ?」
色も材質もてんで出鱈目な、膨大な数の布切れをめったやたらに身体中に巻き付けたような、その姿。
結果、その奥にあるであろう素肌など、僅かも外気に晒されていない。
ただ。
頭部とおぼしき位置に、一ヶ所だけ空洞が存在し。
そこから、寒気を感じさせる眼光だけを覗かせていた。
「みゅびゃびゃー。のののうあでぃだだ。ぞーぢっほよーやえっととのったんなーなべんと」
肩を竦めた──ように見えなくもなかった──それ(・・)は回れ右をし、足早に立ち去っていく。
「らぁ、ぃぉうほぅごくげほかたほってひぱまや。かげんどもににだけんぢおぽきやゆやざおじげん。すきよへるっくでずーずーぬてきちゃ」
やがてそれは暗い路地裏へと向かってゆき。
闇に溶けるように姿を消した。
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「準備は出来たかー?」
「無論だ。いつでも良いぞ」
同時刻。
その町には、二人の男が集っていた。
「ったく。つまんねー仕事だぜぇ。毎回毎回おんなじ事の繰り返し。それもちっと火付け役をやりゃあ後は勝手に終わるってんだからよ」
「結構な事だろう。対して働きもせずに報酬が入るのだ。何が不満だというのか、理解出来んな」
一人は白銀の鬣をたなびかせた、狼型の獣人。
もう一人は大柄ながら、厳かな雰囲気を漂わせる魔族。
二人は町のとある建物の屋上にて会話する。
「あんたみてぇに金カネ金カネ言ってるヤツにはいい仕事なのかもしれんがよ?こちとら楽しむ為にやってんだぜ?興醒めも良いとこだったく」
「ズレた事を抜かすものだな?仕事とは報酬を得るために行うもの。楽しみを得るために行うものは趣味だろう」
「おーともよ。つまりはそういうことさ、わっかってんじゃねえかよ?おりゃあ趣味でやってんだ。金なんざそこそこ食ってけるだけありゃあ十二分なんだよ。そんだけもってりゃああとは何が生を潤してくれる?趣味しかねえだろもう」
「真面目に働いているものの隣で遊ぶ事ほど不謹慎な事はないと思うがな」
「だぁから遊ばねぇでやってんだろうが。だからつまんねー仕事だっつってんだろうが」
「なるほど、納得だ」
「ああ、そうだろうともよ!ったく、皇家はまーだ動かねぇってのかね?これだけやってまーだ『鎮圧』一択しかねぇとは、不真面目な奴らだ。あんたの爪ん垢を煎じて飲ましてやりてぇね」
「誉め言葉と受け取っておこうか…………さて、始めるとしよう」
そう言うと、魔族の男は何処からともなく魔導書を取り出し、開く。
そして──霊媒とおぼしき、一枚の栞を現した。
『ビガルジョ、フニカルケリソウコ、ボウギカガレ──《祟火化炎怒》』
その栞を魔導書に綴じると、魔導書から不気味な赤い光がほとぼしり──そして消える。
「──完了だ」
「ほい終わりとくらぁ。あーあー、つっまんねぇ──」
と、男が言えたのはそこまでである。
──ギィン!!
と、不快な金属音が響く。
「──へえ、腕の一本はいけると思ったんだが…………流石だな」
「────ハァ!!待ってたぜぇ!!こういうのをよぉ!!」
瞬時に現れた刺客からの奇襲。
それをギリギリで捌いた白狼の獣人が吼えた。
艶消しが施された漆黒の短剣と、月光を反射し煌めく狼の爪牙がつばぜり合う。
刃の持ち主である刺客は──赤い包帯で目を覆った、盲目の少年。
「んん?その包帯…………あー、テメェ聞いたことあるぜ。『豺虎の牙』ん新人だなぁ!?」
「さぁな」
「シャアっ!!」
即座に刃を切り返し、爪撃を放つ狼人。
しかしその爪が裂いたのは空気のみで──標的は既に後方に跳び、間合いを取っている。
「いい動きだ!牙が疼くぜぇ……!おい、オメェは手ぇ出すなよ──」
「ええ、最初からそのつもりだから、気にしないで続けて?」
と、予想と違う声色に、狼人が目線のみを移すと──
ヂュー、
ヂュー、
ヂュー、
ヂュー。
と、仕事仲間であった魔族の男が、木乃伊にされている光景を目にした。
「な゛っ…………な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛な゛ナナナナナナナ゛ナ゛ナ゛ナ゛ナ゛ナ゛」
「はいはい暴れないの。苦しむだけよ?リラックスしてれば、すぐに楽になるから…………」
「あ、ば、ひゃ、ア、あァァアあふアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアア…………」
と、徐々に縮こまっていく断末魔が響き──
やがて男は完全な骨と皮のみになってしまった。
「…………げふ。あー、やっぱなんか、魔族の血は濃っゆいなぁ。ホント胸焼けしちゃいそ…………口直し、しよっかなぁ?」
ニッコリ、と艶やかな笑みを浮かべる黒の吸血鬼。
しかしそれを見ても、狼人はそれを美しいなどと思う余裕などなかった。
ただ、身体の震えを抑えるのに──必死だった。
「なんてね。まあ…………それはいいわ。ちょっとはしたないかもだけれど、今は質より量って気分だから…………なにしろ随分な時間、断食するハメになっちゃったものだかりゃ…………もう、ノド、がァ、かぁ、わいちゃ、っっっっって、てて、ててててて、ててててててててててててててててぁうああいあうう、うぎがうぎびぃううこけう、ぅゥゥゥゥゥウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!………………………………っとぉ!フゥ……あっぶな、トんじゃいそうだったわー。まだ我慢まだ我慢」
キヒヒキヒヒヒヒ。
と、裂け目のように割れた口元から漏れる笑みに──一層戦慄を深める。
「…………頼むから、俺まで襲うなよ?」
「わぁかってるってぇ少年。さて…………メインの実行犯はあんたら二人みたいだけどさぁ?まさかあんたらが全員ってワケでもないでしょう──アジトかなんか、あったら教えてくれないかしら?」
「………………」
「あら、黙秘?それとも恐怖で声もでない?ま、アンタが言わなくても別に構わないんだけ、どぉ……………………『目覚めよ我が下僕よ』」
その言語を受けて──足元に転がっていた魔族だったものの抜け殻に、偽りの命が宿る。
『ヒィ──ァアアアアアアアアアアアァァァァァ…………』
「おー、よしよし。成功成功。いやー、流石は我が妹考案の霊言語だね。ややこしい眷属化もスマートだ──んじゃ、案内よろしくー」
『フ──ィィリイイイキイイイイイィィィ…………』
そうして、魔族だった男は歩き出す。
「おーおー、劣等鬼でもちゃんと記憶遺せてるか、上々上々。後でメリルに報告しとかないと…………んじゃ、少年。それは任したー。私ノド乾いてるから、数多い方いくね」
そうとだけ言い残すと、真っ黒な吸血鬼はそのまま下僕と共に闇へと消えた。
「…………ハァ。ったく本人だけが緊張感の欠片も持ってねぇな。それじゃあ、やるか?──ヴォーバート・エルリリー」
大きな溜め息を一つ吐き、少年は標的へと向き直る。
「…………一秒でも早くテメェを殺してトンズラこく。それしか生き残る道はねえみてぇだな」
「浅い計算だな──そりゃ無理な話だよ」
お互いにこぼした言葉はそこまで。
次の瞬間には──爪と刃がぶつかる音が、再び高く響くのみだった。
ぎょうむ。
謎すぎるキャラの登場。何言ってるかわかったらスゴイヨ。
ま、それはともかく。
さあ!
次回、ついにとうとうやっとようやくバトりまっすよーい!!