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独人法師の唄 後編



どうしてこうなった?

『私』は未だにそんな未練がましい事を思い続ける。

『私』が一体何をしたと言うのだろうか。

などとずれた思いを捨てきれないでいる。

──確かに、『私』は何か過ちを犯したというワケではない。

何の間違いも犯さなかったし。

何の失敗も犯さなかった。

だけど『私』は──ここにいる。

『私』と共に、「私」と共に──ここにいる。

まあ、別にこんな状況になっても、実のところ『私』はさしてそんなに苦悩しているワケではない。

うん。

「何故」と思いつつも、いずれこんな時が来るだろうとは、ずっと思っていた。

ナニカに、捕まってしまう時が来るだろうと──そう。

だから『私』は、ホントのホントは──全部、知っていた。

全部、解っていた。

全部、悟っていた。

だから結局──『私』に何も出来る事は無いだろう。

『私』に出来る事があるとすれば──それは続ける事だけだ。

「私」が『私』で在り続ける事だけだ。

だから──もういい加減目覚めよう。

独人法師の唄から──

心地良い子守唄から──






▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

▼△▼△▼△▼△▼△▼△






吸血鬼の眼は光を必要としない、絶無なまでに光のない暗闇ならぬ黒闇だったとしても視界内の全てを視認する事が出来る。

しかし不意打ちで(殺気をまるで感じなかった故だ、とまたしても言い訳させてもらう)突き飛ばされた瞬間に事態を視認する事は不可能だった。

いや、そりゃそうだろう?死ぬ直前に突き飛ばされて焦らず混乱せずいられる筈がない。

だから私がそいつを確認したのは──そいつの血が床に広がっていくのと同時だった。


「………なあーにやってんのよ、小さいの」


返事は無かった。

返事は無かった。

返事は無かった。

赤い、赤い血が流れる。

床を染める、空気を満たす。

動かない、動かない。

ボロ雑巾よりボロボロだ、けれどもそれでもコイツは。

コイツは。


「キヒヒ」


わかってる。わかってる。

わかってた。


全部ぜんぶゼンブ当然とうぜんトウゼン当たり前あたりまえアタリマエ予定調和よていちょうわヨテイチョウワ自業自得じとくじとくジゴク地獄地獄地獄地獄赤い赤いアカイアカイ──


「甘えてんじゃねえっつーの………」


悲劇ぶるな不幸ぶるな偽善ぶるな偽悪ぶるな私は私が私な私で私でしかなく私私私わたしワタシ『私』──







 赤     朱   

    紅     緋





















………おっけい。

クールダウン終了。

ダウンロード完了。

なんてそんなことすらいみなどなけのだけれども。

何から考えよう?そう、まずは命の確保だ。

命は重い、思いのほか重い。

ダジャレではなく。

で、目の前の男を見る。

改めて剣を振り下ろしていた、つまりこのままでは私は真っ二つだ。

だが遅い、襲いかかってくるのが遅い。

………なんでダジャレってんだ私は。

まあどうせいつもの現実逃避か。

そんなことより目前のハナシ。

私へと剣を振り下ろす男────────────が、止まっている。

私を殺す直前で、停止している。

なんのことかと思ったがなんのことは無かった。

止まってなどいないのだ。

何故なら私の身体も──微塵も動かないのだから。

つまり何も止まってなどいない。

私の思考が──加速しているのだ。

凄まじいまでに。

ふむふむならば丁度良い。

ここで一つ──区切りをつけよう。

ケジメをつけよう。

では現状確認から。

………といっても大したことは無かったけど。

ただ私が殺されそうになって。

それをガキンチョリーダーが阻止した。

以上。

単純。

簡単。

明解。

当然。

それだけのこと。

それっぽっちのこと。

いつもどおりの、予定調和。

また私が。

またしても私が。

他人を害した、だけのこと。

傷つけた、のではなく。

犠牲にした、わけでもない。

害した。

まったく。

ホントに。

私は何処までも私だなぁ──

これは──私の責任だ。

私の、弱さだ。

他人に興味を持てない癖に。

他人を巻き込まずにいられない。

それだけならまだしも、自分で害しておきながらまるで他人に興味無しに勝手に自分を責めて、自己嫌悪してるってんだからこりゃもう救いようが無い。

自分が中心の癖に。

自分以外どうでもいい癖に。

自分しか好きになれない癖に。

自分しか愛せない癖に。

自分しか──眼中に無い癖に。

他人を害して──自分を憎悪する。

もう、やめにしたハズなのに。

終わらせようとしたハズなのに。

そんな事だから私は──






「そんな事だから私は──死ねないんだっつーの」






そこで現実が思考に追いついた。

一瞬で身体を横に捻り左腕を垂直に翳す。

剣閃はそこをなぞるように走り──


「んなっ………!?」


剣は私の左腕を中指と薬指の間から腕の根元までを両断し──そこで止まった。

本来なら更に私の身体をも両断しかねなかった剣が、だ。

何をしたかと問われれば簡単な事だった──といっても私にとってはだが。

剣が私の手を斬り裂き始めた瞬間に「元に戻る」力──これからは『回帰力』とでも呼ぶとしよう──を発動させた。

剣は私の皮を肉を骨を両断する──しかし両断された皮は肉は骨は「元に戻」ろうとする。

するとどうなるか?

剣は肉体を斬り裂くもその肉体は直ぐに「元に戻る」。

剣は斬り裂いた、しかしその端から「元に戻る」肉体に勢いを殺され続け──やがて止まった。

言わば腕一本での真剣白刃取りである。

男は驚愕に顔を歪める──そりゃそうだ、彼の腕には恐らくは私の腕を三本分程斬った感触があった筈なのだから。

──だがそんな所で驚いて貰っちゃあ困る。

ここからが──私の真骨頂。

化物の、怪物の真骨頂だ。

左腕の根元で止まった剣を私の腕の中に隠すように傷口に「収める」。

そして──再び回帰力を発動する!


「………もおおおおらああああったああああああああ!!!」


と、空いた右腕で男の手元を殴りつけ──同時に「左腕を男の腕から」引き抜いた。


「んな………な………な………」


男は───信じられないものを見る目で私を見つめている。

化物を見る目で、怪物を見る目で。

キモチ悪イものを、見る目で。

至極当然だ──というよりも地獄同然、というべきか。

目の前のモノは──つまりは私は。

剣を自分の左腕の中に取り込んだ──否、飲み込んでしまったのだから。

私の左腕は奇妙な形に膨れ、掌からは剣の柄が飛び出していた。


「キヒ、キヒヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


恐怖と嫌悪に身を震わせる男に渾身の前蹴りを食らわせる。

骨を砕く感触がした、防御した両腕がオシャカになったようだった。

勢いのまま部屋の端から端まで吹っ飛び壁に叩きつけられる、もう碌な抵抗も出来ないだろう。


「……キヒヒヒ」


これでいい。

怪物が人間のフリをするな。

今更──人間気取るな。

そうだ、だからもう辞めよう。

きっちりかっちり、ケジメをつけよう。

私は私のためだけに生きていき私のためだけに他人を害し続ける。

さあ、それじゃあおしまいだ。

人を糧としか思わない私へと──人を人としか思わない私へと。

幕を引こう。

そして幕開けよう。


私は掌の柄を掴み──そのまま引き抜いた。

私の血で真っ赤に真っ赤に染まったその剣を手に取り、歩を進める。

そして構えた。

幕引きと幕開けのために。


「お前は………なんなんだ?」


なんの悲壮感も無さそうに──心からの純粋な疑問のように男は尋ねてきた。

その表情は……とてもとても、滑稽極まりなかった。


「キヒヒ」


と一拍おいたあと──


「知るかよ」


そう告げた瞬間に、私は剣を振り抜いた。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

▼△▼△▼△▼△▼△▼△




屋敷の中を静かに歩き続ける。

襲ってくるものはもういないようだった──楽でいい。

いや、実は今は結構ヤバ目だ、もう『回帰』はできそうにない、今すぐこの街を出なければならないようだ。

そんな事を考えていた──つまりはガキンチョ共の事はまるで考えていなかった。

まあ捕まっていたガキンチョの縄は解いておいたがそれだけだった、後はどちらにも一瞥もする事なく部屋を出た。

リーダーの方は恐らく(曖昧なのはもう忘れかかっているからだ)顔を斬られていた筈だ──多分助かるまい。

ありがとう、とは思う。

助かった、とも思う。

だがすまないとはちっとも思わなかった。

まあ、私はこんなもんである。

こんな──なりそこないである。

私は私であり──私にしかなれなかった、私以外の何にもなれなかった、なりそこないだ。

私は──私でしかない。

私で在り続けるしかない。

そんな風に改めて決意しながら屋敷を出ると──


「………まじでか」


屋敷が完全に──包囲されていた。


数百人のチンピラ達──中には手強そうな者もいる。


「うっわぁ………こりゃあどーしょーもないわー………」


まあ相当広い範囲この十日間で暴れてたからなあ………恨み買ってるのがここだけのはずがないか………


「………やれやれ、ホント、自業自得だわ………」


まあそんなこんなで。

夜はまだまだ長いようである──






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「あーだめだ、こりゃ死んだわ」


街を命からがらで逃げ出してきたものの──傷は酷かった。

逃げに撤して逃げに逃げて何とか街の外へと逃げ出したが………余りに満身創痍。

満足に歩けもしない。

こんちくしょう。

ファンタジーな武器の味を身を持って知ることになった………

弓とかあれ、イメージより全然威力がシャレにならない。

一本ですんごいショックだった……それ以外にも槍やら斧やら文字通り出血大サービスな内容だった。


「ふーん………まあこんなもんか。終わってみれば、こんなもんか」


大サービスが。

ではもちろんなく──全てが。

そう、もう助からない。

今いるのは街を出てしばらくの平原──方角や地図を気にする間もなく飛び出した結果がこれだ、まったくもって自業自得。

あと二、三時間もすればこの平原を美しい朝日が照らす事になるだろう。

それで私は、ジ・エンドである。


「……………キ、ヒ、ヒヒヒ……」


終わり。

終わらせるまでもなく。

もう、終わる。


「キヒ、ヒ、ヒヒヒヒヒ、ひ……ひい……」


なんでだ?

一度ならず──二度も、潰えた命だというのに。

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで──


「い、いや、だあ………」


死にたく、なくなった。

終わりたく、なくなった。

いや──


「ち、ちがう──ちがうちがうちがう──はじめから──」


死にたくなかったとでもいうのだろうか。

終わりたくなかったとでもいうのだろうか。

もうわけがわからない、遂に私は──私すら見失った。


「た、た、た、た………」


待てよオイ。

それを言っちゃだめだろ。

それを言っちゃあ………おしまいだろう。

どれだけ他人を害してきた。

それだけは許されるわけがない。

なんでだよなんでだよなんでだよ。

あの決断──か?

人を人としか思わなくなって──それで、何が変わった?

だけどだけどだけどだけど──

今更過ぎる、なんで今なんだよ。

なんでだよなんでだよなんでだよ。

もっと早くに──この言葉を言えていたら──




私は──────








「…………………たすけて……」



















▼△▼△▼△▼△▼△▼

△▼△▼△▼△▼△▼△




とある平原に化物が独り倒れていた。

化物は独り言を独人法師で唄っていた。

やがてその唄も直ぐに消えた。

けど、その唄は──きっと誰かに届いていた。




この物語は独人法師の真っ赤な吸血鬼が、独りでなくなる為の物語である。



ひとりぼっちのうた




序曲、終演。

ここまで読んで下さった方々、どうもありがとうございます。

次話より、物語がようやく動き出します。

御覧の通り面倒臭い主人公ですが、許してやってください、流石に混乱してるようなので。

書き手としてはヘタレな主人公は好きですが、それ以上に真っ直ぐで馬鹿な奴が好きなので、まあそのうち立ち直るでしょう。

悲劇はあくまでスパイス程度を心掛けています。自分の力量だと鬱陶しいだけになりそうなので。

できることなら、この先の物語を見て頂きたいです。

どうか宜しくお願いします。

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