偶仰
グツグツグツグツ。
ボコボコボコボコ。
そんな感じの効果音が何処からともなく聞こえてくる中を私達三人は歩いていた。
「おいこれ…………確実に潜って行ってるだろ…………さっきから下り坂オンリーじゃねえかよ」
汗なんかもう滝の如しに流れ出ちゃってる暗殺少年が言う。
「知らないってのよ…………文句あんなら一人で引き返せばいいんじゃないの?いいよ別に」
半ば独り言のように私がそう漏らす──そんな声も遥か下方から轟くマグマ沸き立つ音に掻き消されてしまうのだが。
今私達の歩く道はまるで橋のように聳える崖道──地下でありながら何処からともなく燃え盛る火炎と眼下で蠢くマグマにより、煌々と照らされるその中を歩いていた。
「ざっけんなこんちきしょう…………んなもんただの、自殺行為だろが…………もうこの先になんかあることに期待するしかねえっての」
言うまでもなく、毒を吐くその声にはもう力が無い。
どれだけ鍛えているかは知らないが、炎熱に耐性が無ければこの環境はかなり厳しいものだろう。
「この先、か…………今のところ煮えたぎる熔岩の海しかなさそうに思えるがな…………」
「はぁいアザ君不吉な事言うの禁止ー」
対して炎熱には耐性どころではないほどの相性があるアザクは、単純な体力の問題に直面しているようだった。
下り坂なのが幸いか(いや、全然幸いじゃねえんだけども)もはや坂を降りるというよりは落ちるといった方が正しい感じの歩調でなんとかかんとか歩を進めている。
「キヒ、キヒヒヒヒヒ──いや、そろそろ洒落んなんなくなってきましたわコレ…………」
私自身は体力を初めとして、大体の問題はスルーできるとはいえ、流石に他の二人はかなりキツいだろう。
今私達が獄火山の何処に居るかはさっぱり把握出来てはいないが、まあかなりの深部に居ることは想像だにかたくない──事実、かつてない莫大な霊力の奔流がこうしている間もひしひしと感じられる。
が、問題はここからどうやって脱出するか──登山等で遭難した際は動かず救助を待つのが最良だというが、こんなとこまで来てくれる救助隊がいてくれる筈もなく。
ゲームの話ならとっとと脱出魔法でもアイテムでも使って撤退してるが、笑える事にこれは現実な話なのでそんな便利なものはない。いや、この世界なら案外あるような気もするが、少なくとも私らは使えない。
となると自力でどうにか地上へと這い出るしかないというワケなのだが。
「くっそぅ…………メリルがいてくれればなぁ…………」
あの完璧超人な痒いところに手が届く万能型妹がここに居れば、たちどころに解決してくれるだろうに。
しかしここにあの子は居らず、居るのはバカでダメな愚姉なのである。
くそくそくそぅ。
なんでこんな目に。
いや、例によって例の如くいつも通りな平常運転で私のせいなんですけども。
無鉄砲の行き着く果てはいつだって袋小路なのだ。
当たり前。
「あ゛ー………………けどあれだね。魔物は全然出て来なくなったね」
「流石にこんなトコじゃ魔物も出てこれねぇのかもな…………笑えねぇ」
何処からともなく取り出した水筒をあおりながら暗殺少年が返す。
あーそうか、水かぁ…………そういや吸血鬼となった今じゃあ只の水って飲料としては丸っきり縁がなくなったなぁ。
水分補給が不用になったってのが勿論第一ではあるけども、他にも只でさえ希薄になった味覚に普通の水じゃ真の意味で飲んだ気がしないし、あと水に写らないってのがバレたりしたら色々面倒そうだし…………そもそも吸血鬼って普通に水が苦手っぽいし。
まあそんな事を考えてたらちょっと思い立ち、少年にあるものを放る。
「…………んだよコレ?」
パシッと少年が受け取ったのは、ガラス瓶。
「あげるー。あんま覚えてないけどなんか高いジュース。酒じゃないから適当に飲んどけば?私いんないから」
「俺も要らねえっつの」
「じゃあ捨てれば?」
「…………王子殿下は」
「おれも不要だ。そもそも種族として、あまり水分を摂る必要がないのでな」
「そっすか…………ま、貰っといてやるよ」
「んー」
そう言うと、少年は早々に瓶に口を付ける──やっぱ喉渇いてたか、はは。
と、思いきや。
「…………ッ!?ゴホ、ゲッッッハァ!!えぇっぷっ、ゲッホゲホ!!」
「…………あり?」
ラッパ飲みしてた少年だが、数秒経った途端に噎せて咳き込み出した。
「お、おまっ…………!!ゲェッホ!!な、なんてもん飲ませてんだごの…………ごほ!」
「え?え?え?普通の飲みもんだった筈…………」
「これが普通なら毒薬だって普通だこんちくしょ…………ゲホ!!な、なんだこれ!!甘過ぎ…………と思ったらエグい酸味が襲ってきて…………飲んだ後も変な苦味が残って…………何より滅茶苦茶喉に絡むっ…………!?」
「?そんなだっけ?ちょい貸してみ…………」
瓶を取り返して飲んでみるものの、あんまし変な感じはしない。
むしろ分かりやすい味がして美味しいぞ?
「美味いじゃんさ」
「まっっっじーんだよボケ!」
「ひどっ!ヒトの善意を無下にしてっ!」
「悪意だろ!仮に善意だったとしたら尚更質が悪いわ!最悪意だ!」
「元気だなお前ら…………この状況で」
呆れ顔をしつつ先に降りて行ってしまうアザク。
「おっと先々行かれちゃ困るっての…………ほら呑気してないで早く行くよ」
「おまっ、誰のせいだこの…………」
「きひひー」
とまあ、そんなやり取りを挟みつつ。
私達三人は、更なる深奥へと足を踏み入れていく事となる──
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長い間地下で過ごしていると時間感覚がすっかり鈍ってしまう──なんてことは私には無い。
まあそもそも性格的に細かい時間を気にしたりしないというのも大きいが、どうやら吸血鬼にはちょっとした体内時計的なものが備わっているようなのだ。
と言っても正確なものではない。
ただ。
現在が昼か夜か、というのが何となく理解できる。というだけだ。
吸血鬼としては死活問題だからね。
で、その二択時計から察するに──今現在、芋虫の腹から出てきて、五回目の夜。
程々に休み休みしながらではあるものの、炎燃え盛り熔岩煮えたぎる中を進んできた。
結果。
「…………ま、こうなるわな」
終点。
私達の前に在ったのは──有り体にいって行き止まりだった。
無体に言っても行き止まりか。
「ふぅ…………」
「ふむ…………」
「………………」
誰からともなく、その場に座り込む。
とどのつまりはどん詰まり。
途方に暮れるしかなくなったワケだ。
「…………取り敢えず、食料とかはまだ残ってるよ」
「そうか…………まあ、そりゃ良いことだ」
「…………魔物の気配も、取り敢えずは無いようだな」
「そだねー…………ひとまず、休憩かな。…………あー私は周囲見て回ってくるから。二人はゆっくり休んでね」
「おう」
「ああ」
そう言い残し、私は早々に立ち去る。
「……………………あー…………クソが」
なーんか…………めんどいなぁ。
何が面倒なのかは具体的にはわからんけど。
「…………キッヒッヒ。キヒヒヒ…………」
なにがあるでもなしに、ただ歩く。
今いる場所はまるで巨大な亀裂の中のような空間で、見えるのは岩肌のみ。
気温は相変わらず焼けるような熱さだが、少なくとも周りに熔岩やらは無いようなので多少はましだ。
かといって、現状が変わるワケでもないが。
お先真っ暗だが。
絶体絶命だが。
「…………熱いなぁ」
と。
そんな思わずして口をついて出てきた言葉に、自分で驚く。
熱い、だ?
この吸血鬼が?
んん?
「…………うー、ん?」
あれれれれ?
なんか、なんか力、抜けてきたぞ?
なんぞこれ?
「あー…………くっそ。なにさ、なんか、なんか………」
熱い。
と思ったら、眠い、ぞ?
──ン。
────クン。
──────ドクン。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン──
コレハ、
ナンノ、
オトダ?
ダレノ、
コドウ、
ダ?
『私』ノ?
『私』ノ?
私、ノ?
チガウ。
ダレノ、ダ。
ダレノ。
オマエハ、ダレ、ダ。
『──みっつめだ。』
──誰?
誰、誰、誰?
あなたはだれで、
ここはどこで、
私は、
わ、た、し、は────
──ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!
そんな分かりやすい爆音で、目が醒める。
「───!?」
咄嗟に飛び起きて、一拍置いた後に周囲を見渡した。
「──アザク!?二人共、何処へ」
「ここだボケ!」
と、真後ろから後頭部をはたかれた。
「あ、少年──アザクは」
「ここに居るぞ。…………ったく、長い間眠りこけておいて今更騒ぐな」
と、目線の下にアザクも居る──二人共目立った外傷なども無く、ひとまずは無事なようだ。
「ちょ、いったい何が──」
「おれが聞きたいくらいだ、突然壁が爆発──」
そこでアザクが口を閉じ──直後に目を見開く。
つられてアザクの視線の先に目をやると──
「…………っそだぁ」
そこには。
獄炎を身に纏った──真紅の巨竜が岩壁をぶち破り、姿を現していた。
「な、なんかデジャブ──」
などと呟くが、それは的を得ていない。
デジャブなどと、とんでもない──今眼前に存在する巨竜は、以前屠った火竜などとは桁違いの霊力を撒き散らしていた。
うわあああああああ。
今度こそもうダメだ……おしまいだぁ。
と、ヘタレ王子よろしくに諦めかけた途端──
『──迎えに参った』
と、いつかとはうってかわって流暢な(竜だけに?)言語で竜が喋った。
『赤き堕とし仔よ──我等が王、炎星龍が貴様をお待ちだ』
ぐこう。
プチ挫折って感じな回ですかね。
まあこのぐらいじゃ到底懲りるには至らないぐらいにはどうしようもないやつなワケですが、はてさて。