粗罰鬼
「何故に」
何が起こって。何が悲しゅうて。
「何故に私はガキの御守りをせねばならんのだろうか」
「依頼人の要望だからだろう」
素知らぬ顔で言ってのけるその依頼人。
「だったらその依頼人にお訊ねするけれど!どういう理由があって私をよりにもよって側付きなんかに任命してくれちゃってるのかしら?皇子サマともなれば護衛なんざ優秀なのがゴロゴロいるでしょうに!」
大国エヴィメーラともなれば、その戦力たるやどれ程のものとなるか計り知れない。
少なくとも虹の大陸のそこらの国とは比べ物にならないのは間違いないだろう。
「それ以前に暗殺者を堂々と連れ回すって如何なものかと思うわけよこれ。皇子サマとして、大丈夫なワケ?」
「はははは、案外生真面目なんだな」
快活に笑いやがる。
爽やかすぎて怒る気にもなれん。
「何、深い意味は無い。強いて言うなら好奇心だな。半ば伝説のように語り継がれる、かの《凶黒》の者を近くで見てみたいというのは可笑しな話か?」
不敵な笑みを浮かべつつ言う皇子サマを見て、気の抜けた私は肩をだらりと落とす。
「ふぃ~…………少なくともまともじゃないでしょうよ。ぶっちゃけ私もこんな風に直に依頼人とやりとりすんのは初めてだけどもさ」
「口調が崩れてるぞ」
「ぉうあっち」
気を抜きすぎた。
いかんいかん。
そんな私を見て、さらにくつくつと笑うアザ君。
「まあ、もちろん現実的な理由も無いことは無いのだがな。言った通り、暴動は規模こそ小さいものの非常に広範囲で頻発している。動ける者は皇都を離れるばかりだ」
「ん…………それって」
「そうだな。恐らくはそれも相手の狙いなのだろう。そして手の薄くなった皇都を一体どうするのか…………未ださっぱりわかっていないが、おれはおれに出来ることをするだけだな。この場合、身近に切り札を潜ませ、いざというときに備える、などだ」
「なるほどね…………いや、潜ませてないと思うけれど」
まあそこまで考えてるならその辺も計算の内なのかな。
灯台もと暗し的な意味での配置か、はたまた敢えてこれ見よがしに見せる事での牽制か。
「何にせよ、私が気にする事じゃない、か……………………にしたってぇ!!」
ギュッ。
と第一皇子にふさわしい豪勢な服を最後に正しつつ、いい放った。
「なああああああんでこの私がっ!あんたのおはようからおやすみまで面倒見る必要があるのかしらねぇ!?メイドにやらしときなさいよメイドに!」
「とか言いながらキッチリと細かい所まで整えている辺り本当に真面目だな…………理由だが、だから人手が足りんと言っているだろうに」
「メイドなんていくらでもいるでしょうが!適当にやらせときなさいっての!」
「もっともに聞こえなくもないが、この状況ではそう簡単な事でもない。この通りメイドだの執事だのは要人に非常に近しい存在だ。どこに敵が紛れているかわからん、また、誰が敵に寝返るかもわからん現状では、そうそう迂闊に身近に人を置く事はできん」
「もっともに聞こえなくもないのはそっちでしょうが!皇族ともなればんなもん今に始まった話じゃないでしょ!信頼できる使用人の一人や二人、幾らでも都合付く筈じゃん!」
「そう言いつつもテキパキ紅茶を淹れている辺りノリノリじゃないのか?」
「残念これは私のです!……あんたは?」
「クーブレラ。シロップも入れてくれ」
「はいよ。……………………ほい。どーぞ」
「うむ」
おし、取り敢えず私も一服。
………………ふぃー。
「あー落ち着く…………で?どうなのその辺?」
「うむ、旨いぞ」
「いや、味の方じゃなくって。他に使える人材くらいあるんじゃないの?」
「無論無いとも言わん。言わんが、お前は出来る限り目の届く所に置いておきたいというだけだ。色んな意味でな」
「は、信用出来ないんなら素直にそう言えば?」
「いや、信用はしているぞ?人を見る目はキッチリ鍛えられたからな。少なくともおれを裏切るだのなんだのをする奴だとは思っていない」
「……………………人じゃないけどね」
「はは、褒められるのが苦手と見える」
「うっさいわ。…………飲んだんならさっさと出るわよ。朝食用意してあるから」
「もちろんだ」
終始不敵極まりない笑みを浮かべ続ける依頼人に内心嘆息しつつ、私も後に続いた。
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妖炎城の一角にて朝食等の所要を終え、今日のスケジュールを確認する。
「えーっと…………午前は皇立魔導技能院にて暴動現場の解析結果を確認、及び今後の調査についての会議。午後からは皇に謁見をした後、先日これまでのものと比べると大きな暴動が起こったキャラギュラの街への移動……だってさ」
「ああ。把握している」
「だったら私が言う必要ないんじゃないの?」
「お前の為に言わせているのだがな」
「こんぐらい口に出さなくても覚えられるわよ」
「そういうな、様式という奴だ。…………では、出るとしよう」
「了解しましたアザク様ー
っと」
部屋から出て、先往くアザク様の数歩後ろに追従して歩く。
現状私は第一皇子アザクの側付き、と公的に認識されている。
お陰で面倒な事に立ち振舞い等にも一々気を遣わなくてはならないのだが、まあそこは仕事だ割り切ろう。
妖炎城から出て馬車に乗り込み、ようやく気を抜く事が出来た。
「ったく、単に移動するだけでも気ぃ遣わなきゃならないっていうのは面倒よね」
「慣れの問題だろう。それに、口で言うほどぎこちなくも不慣れにも見えなかったがな?むしろ様になっている位だと感じたぞ」
「…………あー、そー」
「身辺の世話も軽く説明しただけでそつなくこなしていたしな。既に経験していたかのようだったよ」
「その辺にしてくれる?互いの詮索は無し。当然のマナーだと思うけれど」
「そうだな。調子に乗りすぎた、省みよう」
まるで反省の色も窺わせずに、ぬけぬけと言う。
こういうトコが無ければ、まだ気楽に付き合えるのだけども。
「で、皇立魔導技能院、だっけ?流石にここ程の大国ともなれば、そんなものを建てる余裕も出てくるってワケかしら」
「そうだ。魔導識自体はこの魔大陸自体ではそれほど浸透していない。無論様々な理由有っての事だが…………ちなみに、お前は魔導識についての知識はあるのか?」
「ま、基本ドコロはだいたい押さえてるわ。実際に使うことは出来ないけど」
「そうか、なら話が早い……………魔導識の有用性は語るまでも無いだろう?ありとあらゆる文化に応用の効く、素晴らしい技術と言える。そんな代物を使わない理由はない──どころか、魔導識を利用し学んで行く者こそこの先の世界で勝ち残っていくこととなるだろう、というのが父上の言でな。また、我が国はこの魔大陸の最西端。魔導識の技術が発達している虹の大陸とも容易く往き来出来る。ことアドバンテージは生かさなくてはな」
「ふーん。まあそれ自体は結構な事だと思うけれど…………魔導識が人間種以外に浸透しない理由は知っているでしょ?この国で上手く技術開花出来るかはいささか疑問なんだけれど」
「それはこれから行く場所を見てから言ってほしいものだな…………言ってる間に到着したようだぞ」
──と、言うと足早に馬車から降りるアザク。
続いて私が降りると──
「…………へえ?」
見上げる程の大きさの、しかし非常に美しい建造物がそこには有った。
「あ、アザク様!ようこそおいでになられましたっ!」
出待ちしていたっぽい者達の中から一歩踏み出し、頭を下げる少女。
ブカブカの白衣を着ており、絵に描いたような瓶底眼鏡を掛けていた。
「久しいなシャル。今日はよろしく頼むぞ」
「は、はいっ!我等技能士一同、微力を尽くさせていただきます!」
ペコペコと頭を下げる瓶底少女。
だが、ようやく頭を上げた──
と思ったら、私を見てピタリと停止した。
「………………」
「ん?どうしたシャル」
「ああああ、いいいいいいえ。その後ろの方はどなたかと…………」
「ああ、すまん。言ってなかったか…………ハイマ」
「はい。……三日前からアザク様の側付きに任命されました、ハイマ・クローフィと申します。以後、お見知り置きを」
「ふぇっ!?」
ひきつった声を漏らす瓶底ちゃん。
「そ、そんな…………側付き……こんな綺麗な女性が…………ハワワワワ」
「……シャル?何がどうした」
「あのっ、その!そそ側付きと言うことはつまり、その、アザク様の隣に常に侍るとか、身の回りのお世話をなさるとか」
「まあ、そうなるな」
「ヒぐぇッ!」
鶏の頸を締めたような、という比喩がピタッとハマる声を漏らし、ひっくり返りかける瓶底ちゃん。
「お、おい?大丈夫か?」
「侍る…………お世話…………あ、あんな美人さんが…………凄まじい戦闘力を伴って…………む、無理です。敵いっこないですぅ」
…………人の胸を虚ろな目で見つめないで欲しい。
「おい?ブツブツ言ってないで早く院内を案内してくれ」
「は…………は、い。了解しました」
その後もやたらとブツブツ言いながら(具体的には『何度も院には来ている筈なのに案内って……美人さんの為?いやまさか案内を口実にデートを目論んで…………ふぎぃぃぃ…………』とかなんとか)ではあるが、私達は魔導技能院へと足を踏み入れた。
そばつき。
メイド服着せちまおうかとも思いましたが、流石にやめときました。