不裁
「いいですか姉さん?く、れ、ぐ、れ、も!軽率な行動、言動は慎んでくださいね?」
「きっひぃひひ、またまたそんな事言ってくれちゃってぇメリルはぁー。『慎む』って私から最も遠い位置に存在する言葉でしょそれ、わっらうわー……」スパァァン!
…………
はたかれた。
「いいですか姉さん?く、れ、ぐ、れ、も!軽率な行動、言動は慎んでくださいね?」
「えぇ、そこからコンテニューですカ」スパァァン!
…………
勇者かよ私は。
『はい』以外の選択肢は選ばしてくんないのか。
『はい』 『いいえ』
>『はい』ピッ 『いいえ』
「いいですか?姉さ……「わかったわかったわぁかったってば!事態の解決へ向けて最善を尽くします!」
「…………なにかやたらと白々しく聞こえる返答ですが、まあいいでしょう」
軽く鼻息を鳴らして、もう一度ギロリ、と睨みを利かせる。
「…………今回の仕事自体はわたし達にとって渡りに船なものでしたが、今『クレアレッド』がこの虹の大陸から離れるのはあまり好ましくありません」
「まあ、下拵えが忙しいからねー。それに『クレアレッド』が消えた途端に『ハイマ』が活動し始めたりしたら、勘づく奴まではいなくとも疑惑は湧くかもしれないし」
「しかし、魔大陸の情勢等も気になるところではありますし──なにより砂炎国とのコネクションを作るチャンスを逃す手は無いです。魔大陸最西端──即ち虹の大陸との玄関口ですからね。そこを抑えられれば今後様々な利点があるのは言うまでもありません」
「だからといって虹の大陸から目を離すワケにもいかない──即ち、二手に別れるしかないって事か」
まあ優先順位なら虹の大陸での下拵えの方が上なのだが…………《凶黒》の仕事を疎かにすると後が怖い。
恐ろしい。
…………ガクガクブルブル。
「姉さんは『改変』がド下手くそですし、裏作業に向いている性根でもありませんしね。わたしなら完全に姉さんを演じる事だって難しくありません。下拵えだって、これまで殆どわたしがいたからやってこれたようなものですし」
「むう…………」
正論なので否定はしないが。
メリルの『改変』は私とは段違いの性能だから、私に化ける程度何の負担にもならないだろうし(ていうか、元々似てるし)、他の細々とした雑事だってあっさりとこなしてのけるだろう。
「けども、メリル──根本的な作業自体は全部私がやってきた、やるべきだったじゃん?だったら──」
「わたしにだって出来ない事ではありません。それに、だからこそ姉さんが行くべきなんですよ。魔大陸でも根を張るのは必須です。それに、確かにわたしがやるのでは性能自体は落ちるかも知れませんが……わたしだからこそ出来る事もあると思います。姉さんの仕事はもうほぼ果たせていると思いますし…………後は仕上げが残るのみですよ」
「うむぅ……それでもお姉ちゃんは心配なんだよ」
「…………もう、そんなに気にしなくても」
「メリル無しで私が上手くやっていけるかどうか心配なんだよ」
「……………………」
ひぇー、ゴミを見る目になった。
「…………ま、泣き言ばっか言ってる場合じゃあないよね。腹を括りますか」
やれることはやった。
そう思おう。
細工は流々仕上げを御覧じろ──か。
「…………無駄を承知で言いますが、なるべく敵を作らないよう心掛けて下さいね。向こうに渡ってしまえば後ろ楯なんてあってないようなものなんですから」
「そだねー。っどーーーっせあのボスは一から十まで私に丸投げする気しか無いんだろうし…………」
ため息を吐く。
ちったあ部下のサポートぐらいしてもいいだろうに。
とんだブラックギルドに入ってしまったものだ。
と、そこでメリルが懐中時計───兼非常時の為の小型霊展界機構──を取り出す。
「…………そろそろ時間ですね。では姉さん、しばしお別れということで」
「ん。ちゃちゃーと終わらして帰ってくるからさ」
「駄目押しにいっておきますがくれぐれも──」
「わーかーっーたーってば!ま、せめて依頼人ぐらいには愛想良くするつもりだからさ、心配ご無用だよ」
──そして、私は魔大陸へと旅立ったのであったとさ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そんなワケで現在に至り、依頼人ともキッチリガッチリ契約を交わしたその翌日。
再び妖炎城の円卓の間へと足を運んで、依頼人と本格的な仕事についての話をすることになった。
「では、改めて宜しくお願いするわね。アザ君」
「なっ!貴様誰にそんな気安い口を──」
「構わんさ、バルタール…………こちらも宜しく頼むぞハイマ」
バスタブ…………だかなんとかいう騎士を鷹揚な態度で諌め、私の握手に応じてくれた依頼人。
この砂炎の国エヴィメーラの次期国皇たる第一皇子、アザク・ガルワリア・ラドルデイズだが──その大層な肩書きに反して、見かけは赤毛の(ちょっと親近感)少年である。
外観年齢は人間でいうなら十代前半だろう。
無論魔族──炎を司る炎魔族、その上位種たる燈焔魔族。らしかった。
「さて、では仕事の内容から話すとするかな──今この国、エヴィメーラの情勢については知ってるか?」
「正直、殆ど知らないわね。第一皇子が戦力を求めるということは…………皇位継承権とかそういう類のゴタゴタかしら?」
「当たらずとも遠からず、といったところだな」
笑みを浮かべつつ説明してくれる。
いい子だった。
「まず、現在、というかここ五百年程、この魔大陸は戦乱に包まれている──そこかしこで戦火が上がり、国々が互いを喰らい合う。群雄割拠の時代が今というワケだ」
「うん。まあ流石にそれぐらいは知ってるわね」
「そして二百年程前、他所の大陸にそれが飛び火したこともあった──ある暴帝が大陸一つを我が物にしようと、二つの大陸を股にかけ大禍を撒き散らした。我が国はその今は亡き大帝国の跡を埋めるようにして興った国だ」
「ええ、それも──知ってるわ」
虹の大陸にて侵略軍が討たれ、遺された国は周辺国からあっという間に滅ぼされてしまった。
その大帝国の跡地を最も多く自らのモノとしたのが目前にいるアザ君のお祖父さんらしい。
やがて周辺国との戦を勝ち抜き、現在の大国、砂炎の国エヴィメーラが誕生したというワケである。
「で、問題は現状だ──皇、父上はこれからも戦い、国土を広げ、ゆくゆくはこの大陸を包む戦乱を収めたいと思っておられる──また、おれもその為に力を尽くしたい」
「うん。まあ、いいと思うよ」
確かに現状でも魔大陸有数の国力を持つ砂炎国なら、その想いを遂げるのは決して不可能ではない。
「…………その為に力を貸せっていうんじゃないでしょうね?《凶黒》は暗殺専門で、傭兵じゃないんだけど。そもそも長期雇用はナシっていうスタンスだし」
「もちろんそうは言わんさ。今回お前たちを雇ったのは情けない事に、国内のゴタゴタが原因でな」
ふう、と憂い顔を浮かべるアザ君。
流石美少年。絵になるぜ。
「早い話、最近反戦への声が起こって来ているんだ」
「ははぁ」
なるへそ。
まあ確かにもう充分大国だもんな…………これ以上ワザワザ戦争する必要なんざないって声も出るか。
「いや、その事自体は別段構わんのだ。国民の意見自体はなんら問題ない。その事はまあおれたち皇族に課せられた当然の責務なのだが──その主張の方法が問題なのだ」
「というと?」
「──暴動が起こっている」
ふうぅ、と大きな大きな溜め息。
「あららら、それはそれは」
「繰り返すがその事自体は皇族が四苦八苦すべき事で、お前たちには関係無い──お前たちに頼みたいのはその根幹なのだ」
「こんかん?」
どゆことだ?
暴動なんて言った通りに政の問題でしょうに。
何故に暗殺ギルドが出ばる事になる?
「何故暴動なぞ起こせたのか。それが問題だ」
「あー…………なるほど。裏になんか居るってワケね。善良な国民を煽ってる輩が」
「そうだ。他国か闇組織か知らんが、必ず居る。その害悪共を消してもらいたいというのが今回の依頼だ」
なるへそ。
それなら確かに私達の出番だろう。
「心当たりはあるの?」
「ありすぎる、というのが本音だな…………この百年で砂炎国は大きくなりすぎた。どこの馬の骨が噛みついてきてもなんら不思議はない」
だとしたら、面倒だな…………つまり、相手が複数ってのも有り得る。いやいやむしろその可能性の方が大きいぐらいだろう。
「その暴動ってのはどのぐらいの規模なワケ?」
「規模自体は小さいとも言えるが…………問題は頻度だな。国内のありとあらゆる場所で絶えず起こり続けている。しかし継続することは無く国軍が動いた頃には音沙汰も無く消え失せた後だ」
「はあ…………なるほど。確かにただの国民に出来ることじゃないわね。それにしたって何の痕跡も無しって事はないんじゃないの?」
「痕跡自体はないわけでは無い。問題はその痕跡を辿っても、尻尾を掴めんということだ」
「それは──」
完全に消し去る事ではなく、ある程度割り切ってそれを隠す事を考えている、か──
俗に言う、隠蔽工作。
それはもう、確実に、完全に、プロフェッショナルの仕事じゃんかよ。
「……それはまた、随分と面倒な仕事になりそうね」
「まったくだ。手を焼かせてくれる」
「んで?それを所詮は第一皇子でしかないあんたがわざわざ闇ギルド使うなんてリスクしょってやる意味は?」
「ふむ。半分は愛する母国の為だな」
「もう半分は?」
「皇位継承の為の点数稼ぎ」
「ぶっちゃけるね。きひひひひ…………まあオッケイ。話はわかった」
と、そこで私は席を立つ。
「取り敢えず肝心の仕事は今のところ調査でいいのかしら?」
「いや、それについては他に任せておいてくれればいい。どうやらお前がこっちの手札では最強のようだ。無駄な使い方はせんよ」
「お、気が利くねぇー」
こりゃ思ったより苦労はしないかも……
「ああ、一先ずは──おれの側付きとして働いてもらうとしよう」
「は?」
ふたて。
そんなワケで、今章ではメリルフリアは少しお休みです。
前章で暴れさせ過ぎた気がしたのと、便利キャラがやや行き過ぎた結果ですね。
まあ、本当の理由は他にあるのですが、ネタバレは無しで。