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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第三楽章 黒と朱の狂詩曲
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紙言




魔大陸。

虹の大陸から東、大海を隔てたその先に存在する、広大な大陸である。

面積は虹の大陸の倍程、その中を様々な人種が犇めき合っている。

そしてその中でも最も多く、最も強大な力を持っているのが──虹の大陸で『魔族』と呼称される者達だ。

もっとも、『魔族』と一括りに言っても種類は様々である。

さながら獣人のように多種多様な部族が存在し、それぞれの能力、文化を持っており、凌ぎを削っていた。

そしてここは魔大陸最西端──砂炎の国エヴィメーラ。

大小十を越える数の国々が絶えず覇権を争い合う魔大陸の中でも五指に入る大国だった。

刻は──深夜。

月の光だけが世界を照らす。


「きっひっひっひっひっひっ、きひひひきっひっひっひっひっひっきひひひ♪きっひっきっひっきっひっきっひっ♪」


頓狂な鼻唄を奏でながら歩くのは──黒衣の女。

酔っぱらいか何かのようにてんで精細に欠ける歩調で、とある館の中を歩き回っていた。


「あー…………んっ」


女は手に持っていたそれを口に運び──僅かな音を立てる事もなく喰い千切る。


「ん…………、魔族はだいぶ濃厚な味わいね。今はいいけど、そのうち胸焼けしちゃいそうかも」


そのまま女はまるで柔らかいパンか何かのようにあっさりそれを──綺麗に斬り落とされたと見受けられる腕を口の中へと押し込み、そしてそれはあっという間に腹へと収まる。

…………もう、この館の中で生存しているありとあらゆる生命の数はほんの僅かにまで減らされていた。

動植物見境無しに、総ての生命(イノチ)が…………黒衣の女に奪い去られている。

そして。

未だ生存している幸運な者達の中で──その事に気付いているものは皆無だった。

黒衣の女がこの館に足を踏み入れて…………未だ、三分の時も経っていないのだから。


「殲滅戦は気楽でいいわね、見境も加減も何も不要だもの。片端から消していけば、それで終わり…………帰りどこかで寄り道でもしようかしら」


などと、既に自らの行いについてなど何の興味も在りはしないようで、彼女は益体もなき事ばかりを徒然思考しているのだった。

そして、足を止める。




彼女の目前には無駄に豪奢な飾り付けをされた扉が、月光を反射させ無粋に煌めいていた。
















●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●






砂炎国首都、ナバルイーリオ。

その中心──妖炎城ソレルニーガのとある一室にて。

重厚な円卓とそれを囲む五つの席の一つに座る少年(・・)と、その側に控える鎧を纏った騎士風の男が会話していた。


「アザク様……私はやはり反対です。裏の者共なぞ信頼できたものではない、あのような輩がおらずとも我々が──」


「くどいぞバルタール。おれとて好んで遣うワケではない──が、向こうが手段を選ぶ事なくかかって来る以上こちらも暢気に構えておられまい?」


「それで我が身を危険に晒されては本末転倒ではありませんか!いつ寝首をかかれる事になるやも…………」


「おかしな事を言うものだな?それを防ぐ為に貴様らがいるのだろうが、働け。それにどれも祖父様がおれの為にと結んでくれた契約なのだ、それなりの信頼はある。契約を反故にしては成り立たんというのが奴らの商売だろうが」


「三百年もの前の契約を一々護るほど殊勝な奴らですか…………」


「さあな?まあ貴様にも解らんでもあるまい、我等魔族の間では契約というものにはある程度の重みが生まれるのだよ…………あちら側(・・・・)に近い存在故な。──それ、来たぞ。呑まれんように精々気張る事だ」


その言葉が終わると同時に円卓の中心にある水晶が不穏な輝きを帯び──部屋の気温が数度下がったかのような歪な空気が漂い始める。


ゴクリ。


と喉を鳴らす音を耳にし、少年──アザク・ガルワリア・ラドルデイズは内心嘆息する。

なんだかんだ言ってお前が恐ろしいだけなんじゃねえのか、このヘタレが。

などと毒づきつつ。


(まあ…………それが正常なんだろうけどな)


今からこの部屋に現れるのはあくまでも朧気な幻影であり、単なる通信手段の一環でしかない。と一蹴することは容易い。

しかし、これからの結果次第では我等の命運が左右されかねない──というかほぼ確実に左右される事となる。

天国と地獄の別れ道。

これから彼らが向かうこととなるのは栄光か破滅か、それとも──


『──お久しゅうございますな、第一王子殿下』


まず席に現れた幻影は巨躯だった──しかし響いた声は老練さを感じさせる嗄れ気味の声。


「そうだな…………随分と久しい。祖父様の葬儀以来だったか?」


『おおっとあまり大声で言わないで貰いたいですな。慎ましやかな隠居人生、なるたけ穏やかに過ごしたいもので。この歳になって暗殺者を差し向けられるのは流石に勘弁願いたいものです』


「ちょっとやそっとの刺客に殺される柄か。妖怪爺め」


そう揶揄されても幻影は苦笑を漏らすのみだった。

──彼は招聘した四人の中でも唯一アザクと面識があり、また信頼関係を築いている者である。

何故かと問われれば単純な話で、彼は今回の元々の契約者であるアザクの祖父の盟友であり、従ってアザクも随分と世話になった者だからだ。

そして祖父と契約を結んだ四人の中で、唯一生存している者だから──とアザクは聞いていた。

魑魅魍魎入り乱れる裏業界を三百年もの間生き残っているというだけで、その実力を疑うものはいないだろう。


『まあ、我が《豺虎の牙》は全面的に殿下を支援させてしいただきます──今更改まって言う事でもありませんがな』


「違いない」


そもそもこれまでも影に日向に彼には助けられていた──祖父の縁もあるが、それだけではない、互いに築き上げた信頼がある。

バルタールにしたって彼を疑っているワケではなかった。

彼が警戒したのは──残りの三名。


『どうもどうもー。《雨法師》でぇーす』


『喚くな小娘が…………鬱陶しい』


『●●●●●●●●●●●●』


ほぼ同時に現れた三つの幻影。


一つはゴテゴテに装飾を飾り付けた華奢な少女の姿。

一つは鋭い眼光が光る男の姿。

最後の一つは──影も形もない、虚だった。


《雨法師》。

《金枯らし》。

無有(ムウ)》。


いずれも魔大陸の中でも有数の──闇ギルドである。


「…………よくぞ集まってくれた。まずは礼を言う」


『なははは、まあ来た理由はぶっちゃけ好奇心なんだけどねぇ?先々々々代の契約ってのは小耳に挟んだ程度だったんだけども!まさかホントにエヴィメーラ王家との契約があったとは、なかなかふざけたもんだったよ』


『不快だが、小娘に同意だな。そして──まさかそんな話をまともに持ちかけてこられるとは思わなかった。呆れた事だ。王子殿は随分と都合のいい考え方をお持ちのようだ』


「ほう?」


アザクは大した不快感も示す事なく、《金枯らし》の長へと目を遣る。


『三百年もの前の契約を盾に我等を顎で遣おうとは大した面の皮をお持ちだな?何故に只働きをせねばならん』


「…………」


『うぇー?』


その言葉にアザクは無言で応え、また『雨法師』の長は間の抜けた声を上げる。


『何々ぃ?契約反故にしちゃうわけぇ?うっは度胸あんねぇ!ちょっと見直しちゃったかもー。暗黙の了解ってものぐらいウチだって心得てるけどもねー?』


『黙れ知恵の足りん小娘が』


《金枯らし》がそう吐き捨てると、目に見えて《雨法師》の幻影がピタリと身動ぎ一つしなくなった。


『………………言うじゃんかよ。さーすが形振り構わず《金枯らし》の天辺まで上り詰めただけはあるってか?義理も人情もありゃしないってワケだ』


『笑わせるな、我等は皆日陰に蠢く屑虫よ。虫が下らん感傷に浸るなど滑稽でさえない』


『…………吠えるじゃねえか、成り上がりの餓鬼が』


その言葉で《豺虎の牙》が文字通りにその牙を剥く。


『そのやり口で生き残った奴らなんざいねぇぞ?辺り構わず噛み付く狂犬はいずれ駆除されるのが道理だ』


『敵対、駆除、大いに結構。別に我は長生きなぞは望んでおらん。どこぞの老害と違ってな』


「…………そこまでにしてもらえるか?貴様も口論をするためにこの席に着いたのではあるまい」


そこでアザクが険悪な空気に割って入った。


『ふむ、その通りだったな。では率直に言おう王子殿。我は契約を反故にするつもりは毛頭ない。ただ我としては割に合わない仕事をする気も無いということだ』


「ほう?ならばどれだけの代価を支払えと?」


(アザク様!?)


バルタールは内心驚愕した──目に見えて金を毟ろうとしてきている相手にそうあっさりと下手に出るとは。


『50000000エル──それで交渉の席に着こう』


「なっ!ふざけ──」


「黙れ口を開くなバルタール!…………随分と法外な要求だな?」


大陸通貨にして金板五百枚。

正しく「法外」と言える額だろう、国家レベルでようやく動くだけの金だ。


『そうか?王子殿なら工面出来なくはないだろう。もちろん無理だというなら降りてくれて何ら構わんさ。ただしその場合は口止め料として金板二百を要求するが』


『はあ!?なに言ってんのアンタ!』


『そんなやり口が通るとでも思っておるのか貴様──!』


『黙れ。我がどんな交渉をしようが貴様らにはなんら問題はあるまい?…………さてどうするね?王子殿下』


ふう、と嘆息し、アザクは口を開いた。


「なんとまあ強欲なものだ。よくもそこまで足元を見れるな?」


『古臭い契約だの掟だのを口実に我等をこき遣えると思っていた貴方に言われたくはないな。下らん風習がなんだと言うのだ。そんなものが何の役に──






『失礼するわよー』






と。

《金枯らし》の幻影から場違いなほどに呑気な声が響く。

円卓に着いた全員が、固まった。


『──貴様っ!?どこから湧いて出てきた!!』


『んー、そこらかしら?』


『ふざけ──』


『ふざけてんのはどっちだゴラー』


ゴスッッッ!!


と、鈍い事が響いた。

そこで、《金枯らし》の幻影が消え去る──しかし声だけは変わらず響き渡り続けた。


『ごっ……カ…………』


『随分な駄々っ子ぶりじゃない…………納得出来ないから、都合が悪いから、だから従うのはヤですって?まあ、正直理解はできるし共感もできるけど──』


メギャッッッ!!


『ぐ、ブぅ……』


『かといってそれで渡ってける程甘くないらしいのよねー世の中って。あーヤだヤだ』


グチャ!!


『ひ、ギィィィィ!?ごっの…………どうやっで、こごまで』


『真っ正面から。あんたいくらなんでも引きこもりが過ぎるんじゃないの?アジト片端から探し回ってようやくこの部屋を見つけたけど、お仲間の誰一人としてボスの居場所を知らないってのはちょっと流石にビビりすぎだわ。この部屋だってちょっとしたシェルターみたいな造りみたいだしね…………まあ、その完璧な密閉空間のお陰であんたは侵入者(わたし)にまるで気付かなかったってんだから笑い種だけれど』


きひひひ、と含み笑いが響く。


『だっ、誰っのっ差し金ダ…………』


『誰の、ねえ……?誰なんでしょうね、あいつ。私が教えて欲しいくらいよ。まあ…………私がここに来た理由はぁ──』


そこで。

女の声が、一段低くなる。


『粛清だ』


がぶり。


『ぐっっッッッっ──ぎぁああァぁあアアア!?』


『ん……ぅん?この味…………あなた人間じゃん。ははぁ、通りで…………んっ』


ブヂブチミチ、クジュグシュ。


『ああ゛ァー!がっがっがガがガあガバガア゛ババババババ』


『あーもーもがくのは止めなさいって。喰べづらいでしょ…………まぐ』


バチュ、ずるルルルルルルルルルル──


『ビャあああああああブァあ゛ア゛ア゛ぁァあアアア!?』


『きっひっ。…………………………中身、キレイじゃない。ん?何さこの水晶玉』


と。

そこで円卓の《金枯らし》が居た席に再び幻影が現れる。

ただしそこにあったのは──見知らぬ女のシルエットだったが。


『んおー、ナニコレすごっ。ホログラフィー的な?ファンタジーはいいねー便利で。ぅあっと口調………………コホン。お騒がせしたみたいね。ごめんなさい』


と白々しく溢す幻影。


「……………………謝るのなら、その前に名乗って欲しいものだな」


『それもそうね…………私は《凶黒(メラクリノス)》の者。依頼を受けてやってきたと思ったら、私の足並みを乱しかねない阿呆がいたので、粛清しにきた次第よ。名前は──『ハイマ』とでも呼んでちょうだい。さて、貴方の名前も聞かせて欲しいわね』


「…………アザク・ガルワリア・ラドルデイズだ」


『えっ』


と、素で驚いたような声を響かせる幻影。


『えっと、その…………今回の契約相手って事?ああ、この水晶はそういう…………ど、どうしよ……第一印象が……あー、えー、そのー…………』


途端に慌てふためく幻影だった。

当然、それとは比にならない程内心で混乱も動揺もしていたアザクだが、それらをおくびにも出さず質問を続ける。


「ハイマ、と言っていたな……………ではハイマとやら。お前も祖父様との契約を果たすため来たという事でいいのだな?」


『あー。そ、そうね。うん。その契約ってのをしたのは私じゃないけど。ウチのボスらしいんだけど。けどそれを果たしに私が来た。うん、それでいい』


「…………《凶黒(メラクリノス)》、ね。そんなお伽噺の住人とも繋がりがあったとは、祖父様は一体…………翁は知っていたのか?」


『話半分、ですかな。真偽の程はわからんままでした。あやつの言は正直胡散臭いものばかりでしたので』


呆れ声で言う『豺虎の牙』だった。


『えっと…………そういうわけで、この私も今回の仕事に参加させて貰うわ。頭数が一つ減ることになったけれど、穴埋めはするので心配は無用よ』


「だとしたら、尚更もう少し穏便に事を運んでもらいたかったのだがな。今戦力はいくらあっても多すぎるということはない」


『それはその、素直に、謝るわよ。ただ、裏のバランスをとるのも《凶黒(うち)》の仕事で…………(ったく面倒な役回りまで押し付けやがってあの白爺がブツブツブツブツ)』


「…………まあ、なんにせよ戦力としては頼もしい限りのようだ。宜しく頼むぞ」


『おおっと!それはちょっと気が早いわよ。まだ少し前置きが──ええっと、そこに《無有(ムウ)》ってギルドの、居る?』


そこで──虚が、微かに揺らぐ。


『ウチのボスからあんたらのボスに伝言よ──言っとくけど伝えろって言われた事そっくりそのままだかんね──「この件はウチで預かる。貴様は黙って地均しに精を出していろ」。以上』


その言葉が部屋に響き、そして──




『●●●          ●●●●●●●』




──虚な幻影は、円卓から姿を消した。


『はあ…………ったく私の知らないトコでゴチャゴチャと。面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い…………』


「おい、今のはなんだ」


『しらないわよ。お偉方同士で色々あんでしょ。現場の人員にどーこー言わないでもらえるかしら』


「戦力がどんどん削られていくぞ。どうしてこうなる」


『あーもー知らないっての!私がその分働きますとも!それでいいんでしょ!?あーくっそあのクソボス!くたばれ老害め!!』


と、毒吐き始めた幻影に、ため息混じりで訊ねる。


「まあ、その言が真実なら問題ないが……で、報酬はいくら望む?」


『んー…………』


と、不機嫌さを隠そうともしない口調で女は答えた。


『別に金はそんなに…………別に困ってないし、適当でいいよ。というより、金で済まされるのは割りに合わないかな』


「ほう…………では何が望みなのだ?」


『望み?望み、望みかぁ…………望みねぇ?んーそうね、敢えて言うなら──』


そこで、ブツリ。と幻影が途絶える。


「……?なんだ一体──」











「望みは──スリルと、ユーモアかな?きひひ」






「──っ!!」


咄嗟に真上を見上げる。   そこには。


漆黒にその身を染めた──しかし唯一の赤い瞳を煌めかせて、女が天井に直立していた。


「それじゃ──










     ──まずこの契約書にサインお願い」



しごと。






第三楽章開演。

お待たせしましたっ!(土下座)

二ヶ月もの時間が空いてしまい、ふがいない限りですが、今日より投稿再開です!

今章では2Pカラーな主人公でお送りします。

キャラ作ってはいますが上っ面だけで基本何も変わりませんのでご心配なく。

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