火為逆
歪んだ翼。
歪んだ紋様。
歪な──異形。
二度目となる、『罪禍』の解放だった。
「…………んだ、お前」
驚愕の表情を浮かべながら問う、カイレンだったが──
「あー、別にいいよそういうリアクションは。なんかもう飽きちゃった。さあてと、そんじゃ……」
コキコキ、と軽く身体を慣らす。
二度目の今になって冷静に自分を観察すると、一応翼が生えたという事もあって体構造自体が結構変わってるっぽかった。
ま、そうは言っても以前は特に意識せずとも普通に動けたので別段気にするまでもないようだが。
さて、と。
「…………は?」
「よいしょっと」
敵前へと移動し、攻撃。
やった事はただそれだけなのだが。
カイレンにはほとんど捉えていられなかったらしい。
「がっ、はっ…………」
前蹴りが鳩尾に食い込み、カイレンの身体をくの字に折り曲げる。
「カイレン!?」
「──キヒッ」
そのままロワーヌの頬を撫でると、そのまま錐揉みしながらスッ飛んでいき、壁に叩き付けられた。
「ほら、当ててみなよ──赤剣・赤貧」
不可視の領域まで加速した超速の一閃がカイレンを斬り裂く。
「カハッ…………」
真っ赤な飛沫が上がり──全身でそれを味わった。
「キヒ、キヒヒヒヒ!!……美味いねぇ」
「──!《凩》ッ!!」
そこで再び風の大鎌が襲いかかってくる。
────ズバン!
左腕が落とされた。
「おっ?この状態の私の腕を落とせんだ。さっきより威力上がってんじゃんか──キヒヒ。愛だね、愛」
ニヤニヤしながら『回帰』させる──二秒もかからずに腕は戻った。
「──ネレム!早くカイレン治して!」
「もうやってますよ!!」
ネレムが涙目になりながらカイレンに治癒術式をかけている。
それなりの深手を与えたはずだが、あの様子だと戦闘続行は可能のようだ。
「ま、あの程度でリタイアされちゃ困るよねぇ。同じ【黒】冒険者としてさぁ」
「…………よく言うねー。後で絶対にギルド連盟にクレームいれてやる…………こんなの冒険者にするなんて、それも【黒】の位階にまで上げるなんて、正気じゃない」
「うわひどーい。それ差別だよ差別ー」
おどけてみせるが内心は全くもってその通りだと思った。
うん。
もっと真剣に仕事しろよ、ギルド連盟。
「ま、クレームでもリコールでも好きにしなさいな。生きて還れたら、の話だけど──ねっ♪」
パチン。
私が指を鳴らした瞬間、無数の血色の牙が四人の目前に現れる。
「──なっ!」
「躱せるかなぁー?《天世牙血界国》」
牙は四人それぞれに向かって襲いかかる。
ネレム、カイレンは治療中。他の二人は距離がある。
さて──どう凌ぐ?
「くっ!《四風楓体》!」
四つの風のキューブが四人を瞬時に包み込んだ。
だが。
「甘いねぇ…………それは私の血であり、牙だよ?」
少しずつ、少しずつ、牙が四人に近付く。
「──まさか!」
「そのまさかだよん。私って食いしん坊なもんで」
何でもかんでも、喰っちゃうんだよねー。
──とうとう牙が風を喰い破り、四人の血肉を抉り。
そして。
「血?なんだよ、血かよ」
突如現れた水に包み込まれ、ピタリ、と停止する。
「血って事は──ほぼ水みたいなモンじゃねえか」
刺さっていた牙を血液状に分解。
そして自らの生成した水と【融和】させ──支配する。
「っ!…………なんだこの血?どんだけ霊力が貯まってんだ──よっ!!」
そして混じり合った私の血ごと、その水を瞬時に蒸発させた。
「ほっほー、お見事お見事。まさかそんな方法で攻略するとは」
流石は水の勇者の血を継いだ者なだけはある──てか。
「さあああああて。ここからどう反撃してくれんのかにー?わざわざみっともない『罪禍』まで使わされたんだから、楽しませて貰わないと割に合わないよ?キヒ、キヒヒヒヒヒ」
「お前の都合なんざ知ったこっちゃ無ぇっつーの…………お前ら、行けるか?」
「…………っ、ええ」
「いや行かないと死んじゃうでしょこれはー」
「はい──全力で行かないと」
「…………だな」
四人全員の目に、これまでで最も熱い覚悟の火が灯った。
ま、私に言わせりゃ熱いっつーか暑いんだけど。
或いは、厚い。
面の皮が。
「本気になった程度じゃ、どうにもなんないよ?一応忠告しといたげるけどさ」
「…………お前、実は案外親切なんじゃね?」
「案外とは何さ案外とは。私はハナから親切丁寧で自由と平等を重んじる謙虚極まりない慈愛に満ち溢れた美少女ですとも」
「言ってろ」
水廉を構えるカイレン──それに続く三人。
「キヒ──来いよ」
「ああ──行くさ」
同時に──駆け出す。
「赤剣・赤軍っ!」
「流刃・潮騒!」
幾度目かの衝突──が、即座に吹き飛ばす。
「真っ向勝負じゃもうお話になんないよ──それぐらいもうわかってんでしょ?てことはつまり──」
──ズパァン!
ロワーヌの拳を掌で受け止める。
「まだよ!」
「だろうね」
疾風迅雷、凄まじい速度で襲い来る拳撃の嵐。
が、今の私には容易くあしらえるものでしかない事には変わり無く。
「これも、時間稼ぎ──でしょ!?」
懐に飛び込み、赤月を衝き込む。
「──くっ、うぅ…………」
「…………へえ?」
紙一重で赤月に拳を打ち込まれ、急所を外されていた。
「──かますぞお前らぁ!!」
「んー!」
「了解です!」
と。
そこで後衛二人と後退していたカイレンの準備が終わったようだった。
「《水破轟々乱舞》!」
「《旋風雅方陣》!」
「《裂光輪転駆》!」
水弾の連射に巻き起こる竜巻、止めとばかりに大の苦手な光芒術。
確かに喰らえば危ないだろう。
だから。
「乱れ舞え罪禍の断片──《堕落の赤羽・輪廻》」
赤き罪禍の螺旋が私を包み込み──そのまま一気に広がっていく。
「──っ!!全員退がれええええぇぇぇぇっ!!」
流石に良い勘している──コレのヤバさに気付いたらしい。
赤羽の渦は放たれた霊術を喰い尽くし、周囲をも根こそぎに抉り去った。
「──キヒッ。ちょおっとやり過ぎちゃったかな……」
ガィン。
赤月が蹴り飛ばされ、私の手を離れる。
「ありゃ…………」
「これでっ、近接戦は半減ね…………!」
ロワーヌが薄く笑い──再び猛攻を仕掛けてくる。
「…………随分と馬鹿するねえー」
「多少の無茶ぐらいしなきゃ、貴女にはとどかないでしょ──!」
「あーいや、そうじゃなくってさ…………おっ、と!」
流石に片手間では応戦出来ずに、鋭い拳が私の顔面を捉えかける。
なんとかそれを上手く逸らそうと私は──
「──え゛?」
「…………ホレ見ろ」
ロワーヌの腕が、曲がらない方向に曲がっていた。
「──────っっっ!!!が、ああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!」
「あーりゃりゃ、もうリタイアか。不用意に赤月を手放させたりするからだよ全く」
赤月の特性は身体能力の【増強】と【解放】。
それを《絶望の赤》と組み合わせた時──どうなるか。
早い話が、制御不能になる。
まるっきり力加減が利かなくなる。
どーしょーもなく馬鹿力を暴走させるしかなくなる。
それを、赤月による剣術でなんとか誤魔化しているのだった。
それを余計なことして、まったくもう。
「ま、ちょうど良いから実験台になってもらおか──赤拳・赤楊」
メキメキィグシュ。
変な音がした。
嫌な音ではなかった。
「ゴッボ、ゲバァッ!」
血反吐を吐き散らし、崩れ落ちるロワーヌ、そして──
「死ね。《死凩殺凪》」
ミネルラの放った巨大な絶縁の死鎌が、私の頸を撥ね飛ばした。
「────────」
ゴロリン。
「──終わっ、た?」
「ネレム、ロワーヌの回復を──」
「待てお前ら!止まれ!」
「──え?」
ポン。
と、掌で触れる。
それだけで充分だった。
それだけで──ミネルラの左腕は木乃伊と化した。
「…………なに……これ」
「ちょっとばかし血を貰っただけだよん。…………あーもーまったく酷いことするなあ」
パン、パン、と床で汚れた頭を払う。
「キヒヒ、こうなると吸血鬼っつーか首無騎士みたいだけどもね」
私の腕の中で、私の頭は喋る。
「あ………………あ……………………」
「んな露骨にビビんないでよ傷付くなぁ…………」
ポン。ポン。
「うっ、あ……」
「キッヒッヒ。頭ポンポンもシチュが違えばこうなるか。──ま、安心していいよ」
ニッコリ嗤って、私は言う。
「今あんまり、腹空いてないからさ」
そして──そのまま掴んだ頭部を床へと叩き付けた。
そこからは、もうミネルラは身動ぎ一つしなかった。
「ふぃー…………ま、健闘はしたかな、うん。首チョンパはなんだかんだ大ダメージだった。存在ごっそり持ってかれたわ」
そこまで言った後、頭を首の上に納め直して──
「仕上げだね──キヒッ」
首を回しつつ、歩を進めていく。
「カ、カイレン…………」
「…………お前は逃げとけ、ネレム」
「い、嫌です!わたしも戦い──」
「あー、そういう寸劇は他所でやって?行くよもう」
床を蹴り──白い少女目掛けて駆け出す。
「んのっ──止まれぇ!流刃・波座!」
うねる剣閃が身体を斬り裂く──が、意にも介さない。
何ら衰えない速度で、ネレムへと迫る。
「く、う!駆けよ日輪、打ち払うは五更──《烈日聖輪》!」
「利くかあ!」
背の赤翼をはためかせ、光の車輪を掻き消す。
もっとも大弱点を突かれた以上、ダメージはダメージだが──何、もう直ぐに終わる。
「止まれって、言ってんだろうがぁっ!!」
グサリ。
水廉を腹部に突き刺される──が、止まらない。
「止まれよ!止まれ、止まれ、止まれぇ!」
「キ
ヒ
ヒ
ヒ
ヒ
ヒ
ヒ
ヒ
嫌だ」
「止まれええええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」
ニタリ。
「──《堕落の赤羽・悪趣味》」
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「キヒヒ、キヒヒヒヒヒ、キヒッキヒヒヒキヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒ──お、来た来たぁー」
全てを終わらせた後、夕日が沈むハケナ島の海岸にて、私は妹を待っていた。
「お待たせしました、姉さ──「会いたかったよマイシスタあああぁぁぁ!ああこのすべすべもち肌さらさら金髪吸血鬼にあるまじきお日様の香り!スゥゥゥハァァァクンカクンカクンカクンカうああああヤバいヤバい発情しちゃいそうなんですけれどこのさいお味の方も確認しちゃいますかしちゃっていいですかしちゃうしかありませんかペロペ──「死ネ」 「ぐふぅ!」
安定の腹パン。
~しばらくお待ちください。~
「あ゛ー…………で、全部終わったんだよね?一応訊くけどさ」
「無論ですよ。全て滞りなく終わらせました」
「フウウウウウウウウウン?きひきひひひきひ」
「………………随分と何か言いたげじゃないですか」
「そーお?べえええっつにぃー?きひひ、きひひひひひひひ──ほれ、こっち来な」
「…………」
てく、てく、てく、とゆっくりメリルは私に歩みより。
「……………………」
ポス、と私に頭から凭れかかってくる。
私はそれ以上何も言わず。
優しく、その頭を撫でてあげた。
「…………姉さんの方も、色々あったみたいですけれど」
「んー?別に、大したことは無かったよ?」
「…………姉さんは──ズルいです」
「さあて?何の事デスカナー?」
白々しくとぼけ、静かに妹の身体を抱きしめ──
「……………………」
「…………姉さん?」
「あ゛ー、ちょいタンマ。外すわ」
「?」
少し妹から離れ──懐の連絡符を取り出した。
「…………今良いシーンだったんですけど」
『知ったことか。仕事は終わらせたんだろうな』
「もちろんですとも。別に仕事じゃなくても個人的にやっただろうし」
『それでも依頼があったのならばそれは仕事になる。お前にとっても損は無いだろう』
「はあ。そりゃまあ自分の好きにやってお金貰えんなら万々歳だけどもさ」
『なら──今度は真面目な仕事の始まりだ』
「…………うっへー、めんどくさ。ま、仕事ならしゃーないけどねぇ。はいはいりょーかい、馬車馬の如く働きますとも」
『それでいい──今度の仕事では《凶黒》の顔役として動いてもらう事になる。「冒険者クレアレッド」はしばらく休業しろ』
「へえ…………そりゃまた厄介そうなお仕事で、感涙に咽び泣きそうですよ」
はああああ。と聞こえよがしに溜め息を吐く。
『準備が終わり次第海を渡れ──次の仕事場は、魔大陸だ』
『フ──たつ、メ』
かいぎゃく。
間に合った……!間に合ったぞ…………っ!!
これにて第二楽章終演です。
半年もの空白を空けておきながら、それでも見放さずにここまで読んで下さった方々に、全身全霊の謝罪と感謝を。
終演にあたって第二楽章を自分で読み返してみたのですが。
バ ト ル し か し て ね え ! !
なんということでしょう!
いくらなんでもバトルが多すぎますよね!(超今更)
そんなわけで次章は少しバトル抑えめに行こうかなーと思ってます。
メリルフリアの無双も、クレアレッドのフル凹も満足するまで書けたので。
再開までは何週か空くかもしれませんが、直ぐに戻ってくると誓いますので、少しの間お待ち下さい。
それではみなさん、第三楽章 黒と朱の狂詩曲 にてお会いしましょう。