土雨死
『クフ──クフフ、クフフフフフフ、フフフフフクフ、クフフクフフフフフフフフフフフフフフ、クフクフフクフクフフフフフフクフフフフクフフクフ、クフフクフクフクフフフフクフフフフフフ、クフフフフクフフフフフフフフフフフフフフクフフクフフフフフクフフフフフフクフフフフクフクフクフフフクフフフフ、クフフクフフフフクフフフフフフフフフフフフクフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフクフフクフクフフクフフフフフフフフフフフフ──』
純白の濃霧が収斂し、存在を形作ってゆく。
「あ、んた──」
目を剥き、後退りするクティナさん。
それをよそにわたしの『定義改変』はひとまず──終了する。
「………………クフ。こんな定義になりましたか──まったく」
皮肉が効いていますね。
そう呟き、自らを見回す。
自慢の金髪には紅髪が混じり、肌には血色の紋様が刻まれている。
何よりも、右肩付近に──純白の翼が存在していた。
天使のような、と比喩するほどわたしはナルシーではないが、しかしそう言うと伝わりやすくはあるだろう──ただし。
翼には紅く禍々しい──霊字が現れていたが。
「何なのよ…………何なのよ、あんた!!」
「何なのか、ですか………………クフ、クフフフフ」
何なんでしょうね、ホントに。
だけど。
『今』は。
「『何』じゃなくって『何でも』って感じなんですけどねぇ…………よいしょっと」
わたしが軽く指を振ると。
膨大な数の白光の光弾が視界の全てを埋め尽くした。
「んなっ──」
「《怒涛弾閃膨群》」
到底数えきれない白の弾幕。
その総てがクティナさんへと牙を剥いた。
「こん、なもの…………!迅衝・稲妻ぁ!」
紫電の連閃を放ち、弾幕を弾き続ける。
が、それではもう到底──間に合わない。
「《四死沿滑沫刀》」
海面に四つの巨大な水刃が現れ、凄まじい速度で四方から襲いかかる。
「っ……!きゃ!」
当然クティナさんにそれを躱す余裕など無く、水刃が身体を斬り裂いていく。
無論──追撃は止めないが。
「まだありますよ──《業巌岩弩》、《岫刄戚揚》」
「っっっ!があああああああああああ!」
止めとばかりに岩石の巨大弓と刀剣が襲いかかり、赤みがかった水飛沫が上がった。
「………………………………本当に、迅いですね」
振り返ると──負傷はあるものの、大した欠損も無しに水面に立つクティナさんの姿があった。
「あれで四肢の一つか二つでも千切れれば、楽だったんですけれど」
「恐ろしい事をいってくれるね…………ま、ホントに恐ろしいのはあんた自身だけど。何よ今のは?上級霊術をああもポンポンと、それもノーモーションで。ぶっ壊れてるっての」
「そう思うなら降参しては?」
「やなこっ──」
た、の言葉が聞こえるよりも迅く、わたしの喉笛を紫雲が喰い破った。
「カっ…………」
「速攻で──ケリ付ける!迅衝・雷霆!」
絶え間ない紫電の衝きを浴びせてくるクティナさん。
しかし──
「無駄ですよ──一撃目で解ったでしょう?」
全身を蜂の巣にされつつ──わたしは言った。
「わかん、ないわよ──ワケがわかんない!」
衝きの連撃を打ち切り、わたしを睨み据える。
「何で生きてるのよ!あんた!」
「何で生きてるんでしょう?わたし」
傷一つとして無いわたしの身体。
もちろん、幻術なんて使っていない。
ただ──変えただけだ。
『定義』を。
「まあ、全く効いていないワケではないんですがね──いやはや流石は『霊刃七色』。これは余り悠長にしてる余裕は無いみたいです……わたしの罪禍は燃費が悪いので、もう残り時間三分在るか無いかでしょうし。すぐに──終わらせてしまいましょうか」
そこでわたしは身体を解く。
みるみるうちに身体が白霧へと変貌わっていく──
「──っ!クソっ!《雷戟烈断》!」
放たれる雷の断絶だが、あえなくそれは空を切る。
「このぉ!数多の迅雷彼方へ届──カっ!?」
『詠唱する暇なんて、在ると思ったんですか?』
わたしの右手だけが顕れ──クティナさんの喉を吸血鬼の剛力が締め上げる。
「ク…………ケっ!ご、アぁ!!」
バチバチ!と雷撃が駆け、再びわたしの右手が霧消する。
「ハッはっハッはっ──む、無茶苦茶じゃない。何よその反則業」
『負け惜しみは結構──次に捕まえれば即殺しますよ』
「…………次に、ね。どうして今殺さなかったのかしら?」
『…………』
「負け惜しみを言ってるのは、どっち?」
『………………もう回答は、不要ですね。今度こそ──終わりです』
瞬間、膨大な数の刃が染み出るかのように顕れ──クティナさんに放たれる。
『《血濡れ刃の群》』
「そんなのにも、化けられんのかよっ!」
紫雲を振るい、刃の群れを跳ね除けていくクティナさんだったが──
「──カハッ!」
途絶える事無く四方八方縦横無尽に顕れる刃の全てを躱せる道理など在るワケも無く──その内の一本が脇腹を抉った。
そしてその刃はまた姿を変貌え──種となる。
「──えっ?」
撃ち込まれた種は命を喰らい、紅き成長を遂げる──
『《死紅華・侵蝕》』
ミシ、ビキビキ、グシュ、ジュクジュク──
「がっ!う、ギャア!ぐくぅぅぅぅあああああアアアア!」
種は根を張り巡らせ、血肉と霊魂を糧として更なる進化を──
「っっっッッッ!!《鍼疵贄雷》!」
そこで落雷が降り、クティナさんを直撃する。
『生長する前に焼き去りましたか──いい判断です。じゃあ』
瞬間。
刃の群れ、その一つ一つが更に姿を変え──紅色の蝙蝠と成る。
『これはいかがでしょう?《紅百合蝙蝠》』
夥しい数の蝙蝠が全てを満たし、血を啜らんと躍りかかった。
「く、あああああああああ!」
学習したのか防御はせず、自慢の速度で逃れようとするものの──余りにも多勢に無勢。
物理的に完全に周囲を埋め尽くされては、躱しようも逃げようも無い。
やがてクティナさんの姿は蝙蝠に覆われて見えなくなり──
ガブ。
ガブガブガブガブ。
「くぅ、ふ、うう!ぃああああっ!」
失血死するかしないかの量を蝙蝠達が吸血した辺りで、蝙蝠を一所に集結させる。
そしてそこに顕れるのは──わたしの姿だった。
『………………クフフ』
「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ…………う」
『さて……次は何にしましょうかね?リクエストが在れば受け付けますが』
「う、うううううう」
『やはり霊術がいいですかね?まあ何にしろ、楽に殺してあげるつもりなのでそんなに怯えなくても結構ですよ』
と、そこで再び身体を雲散霧消させ──
「う、うあああああああああああああ!!」
とうとう悲鳴を上げながら──圧倒的迅さで、クティナさんは白霧の中を逃げ出した。
『ハア…………遅いですよ。もっと早くに決断してくれれば良かったのに』
溜め息を──吐きようもない姿なのだがまあ精神的に──吐く。
つくづくお互いに強情にも程があった。
ここまで来なければ──自らの鍍金を剥がせない。
わたしも、クティナさんも。
自分の本音に──気づけない。
最後の最後の──最期まで。
そっくりだ。
何もかも。
○●○●○●○●○●○●○●○
●○●○●○●○●○●○●○●
「何やってんだろ…………あたし」
全身全霊で尻尾を巻いて逃げながら、クティナ・ライノーレは呟いた。
「何がどうなってんだっけ…………何でこんな支離滅裂な有り様になってんだっけ」
一体どうして。
「逃げる」なんて選択肢を選んだんだっけ。
霧の中で、ひたすらに自問自答していた。
「死んで元々、とか思ってた、筈なんだけど」
駆ける、駆ける、駆ける。
逃げる、逃げる、逃げる。
逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる──
「──ははッ」
そこで一笑し、立ち止まる。
目前に、立っていたからだ。
「……掌の上ってワケ?」
『間違ってはいませんが、正確でもありませんね』
ニコリと笑い、メリルフリアは言う。
『正確に言えば掌の上ではなく──腹の中、です』
「…………この霧の事?これの届く所はあんたの領域ってワケ?」
『それもまた、間違ってはいませんが正確でないですね──わたしが何に変貌わっているのかを当ててみれば、自ずと解答は出ます』
「何に、って…………今は」
変わっていない。
あの翼の生えた異形ではあるものの、それだけだ。
『それだけなんですけどね、最初から。わたしの定義は最初に改変して以来、ずっとそのまんまですよ?』
「…………は?」
あれだけありとあらゆるモノに化けておいて、何を──
──そこで気付く。
思い起こす。
自分は、どれだけ逃げた?
最速で──真速で。
どれだけの時間、どれだけの距離を。
「………………ま、さか」
顔を青ざめさせ、一歩後退りする──
『そう。そういうことです』
耳元で囁かれたその言葉に、クティナは飛び上がりそうになり、瞬時に振り向き──そして振り向いたその視線の先には、何もない。
否。
在る。
全てが。
時間が。
空間が。
世界が。
メリルフリア・リルクリムゾンが。
其処に。 此処に。
存在している。
形創られている。
『定義』、されている。
『──《霧幻の園》。今のわたしは──この霧の世界そのものなんですよ。クティナさん』
「…………何それ」
ひきつった笑みで、クティナは零した。
それに満面の笑みで、メリルフリアは応える。
「…………はぁーっ」
すっかり険が取れた表情で、クティナは首を振る。
「こんなもんかな、人生って」
『どうでしょうね?ま、大丈夫ですよ──きっちり、幕は降ろしてあげます』
わたしが姉さんにしてもらったように。
「…………最期に一つ」
『どうぞ仰って下さい』
「あんたの事、あんまし嫌いでもなかったわ」
「酷いですね。わたしは貴女の事が大好きだったのに」
ガブリ。
どうし。
どチィィィィィィィト説明不要!メリルフリアTUEEEEEEEE!!
そんな回です。
いよいよもって主人公って何だっけ。
次話は正午に挙げますね。