虚音
何もかもが、欲しかった。
だから、何もかもを壊したかった。
全てを守り抜きたかった。
だから、全てを奪い去りたかった。
世界に臆病だった。
だから、世界に残酷になった。
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
△▲△▲△▲△▲△▲△▲△
「──ク、ティナ、さん」
「……何その目?止めてよね」
わたしの急所を的確に貫きつつ、クティナさんは吐き捨てた。
「あんたならホントは勘付いてたんでしょ?それなのにいつまでたってもウダウダグダグダと──そういうの、一番イラつく」
ブシュリ。
長剣が引き抜かれ──そこからわたしの血が噴水よろしく吹き出した。
「…………カッハッ」
バシャン──と水面に崩れ落ちる。
いや、水面ではなく──わたしの血の上か。
「…………クティナさ、ん」
「だから──イラつくっつってんでしょ。何?同情して欲しいワケ?」
不機嫌極まりないといった口調だった。
そのまま、長剣を振り上げる。
「さっさと死ね」
そして、必要ない筈のとどめの一閃を放った。
わたしを模した、複製に向けて。
「…………チッ。そういうことか」
ドロリと水面に溶けた血の人形から、背後のわたしに目を向け直す。
「致命傷で死んでない──ってことは、やっぱ人間じゃなかったみたいね」
「…………お互い様でしょう」
その身に絡み付く紫電の術式に、アメジスト色に煌めく瞳──
「……雷鼓の『迅魔族』──魔眼大戦にて片割れもろともに滅ぼされたと聞いていましたが」
「それは合ってるよ。幸か不幸かあたしは半端もんでね」
「…………混血ですか、なるほど」
奇妙な性質の霊力だとは思ったが…………絶滅種の魔族、それも混血となれば納得がいった。
何よりありとあらゆる行動に於いてのその迅さ──最速の種族の名を欲しいままにした迅魔族に相応しいものである。
「……………で、目的を訊ねても?」
「訊ねるまでも無いでしょ?あの魔導機兵を手中に収める事──」
「それだけじゃないでしょう。手中に収めて、それからどうしたいんですか」
「ずいぶん勘ぐるね。あんたこそどうしたかったのよ」
「…………さあ?わたしに訊かれても困りますね。あの姉は、どうもこの島に眠る全てのテクノロジーを闇に葬りたがっていたみたいですが」
「あっそ。まあ、あんたたちが分断された事はあたしにとっては僥倖としか言えなかったけど…………あっちは今、何をしてるわけ?」
「バカをやっています」
考えるまでもない答えだった。
「……………………まあ、何にせよ、今すぐには来られないんでしょう?来られるようならとっくにあの八人を始末してる筈」
「仰る通りで」
「随分な妹煩悩だったみたいだしね…………あんたを消したら、さぞかし怒られそう。まあ、その頃にはあの魔導巨兵を従えているでしょうから、恐るるに足らないけれど」
「それはそうかもしれませんね」
確かに──千年前、世界を包んだ最悪の戦禍。
『人竜大戦』。
圧倒的な戦力差を埋めるため、かの偉大な現代魔導識の始祖、ジールークが造り上げたとされる魔導機兵技術の総てを以てすれば──今の姉なら容易く消し炭に出来る。
「で──それでどうするんです?」
「………………」
わたしは、ただ、問う。
「わたしを殺して、姉を殺して、邪魔者全てを殺して、一国に匹敵する軍事力を手に入れて──それで、どうするんですか」
その先に。
何がある。
「無いわよ。何もね」
肩を竦めて、クティナさんは呟いた。
「目的なんてわかりやすいものであたしは動いちゃいない──意味も、意義も、理由も、あたしは欠片も持ち合わせちゃいない。ただ、なんとなく生きて──なんとなく死んでいく。だから、なんとなく力を欲しがった。そんだけ」
「…………本当に?」
「他に何が?」
「…………いえ、わかりました」
あなたが。
とても、とても、嘘を吐くのが苦手な人だということが。
よく、わかった。
「だったら──わたしのする事は、したい事は、一つですね」
照破紅柩を喚び出し──構える。
「へえ…………それは何?教えてもらえる?」
「決まってますよ。あなたをここで──止めます」
ピクッ。
と、クティナさんの表情が歪む。
「…………ウザいなぁ」
と。
更に纏う紫電を迸らせ、吐き捨てた。
「事ここに及んでイイコちゃんぶってんなよ。死にたくなけりゃ殺す気できな」
「イイコぶってる気はありませんよ──死にたがりを殺すのは、気が進まないだけですっ!」
《弾閃》を並列化して様々な角度から撃ち込む。
「…………ショボい」
そう呟くと。
全ての《弾閃》はクティナさんの身体を透り抜けた。
「…………何を」
「どうしたの?ドンドン来なさいよ」
今──何をした?
幻影の類いではない──あらゆる霊術に邪眼を光らせているのだから。
「──《連弾閃群》っ!」
さっきとは比べ物にならない数の光弾を撃ち込む──逃げ場は無い。
今度こそ、ダメージとはいかずともネタを見破らなければ──
「──!?」
直感に身を任せ、今立っている場所から飛び退く。
「──チッ。いい勘してるじゃない」
コンマ秒前にわたしの首が有った場所を剣で凪いだ後に、クティナさんが溢す。
「──そこまで、迅いとは…………」
正しく──目にも止まらぬ、というヤツだった。
この邪眼でも捉えられない程の速度──それを以て全てを回避し、そして同じ位置まで戻る。
種も仕掛けもございません。
純然たる──速度の差。
それだけ。
「くっ──天明綴りし閃こ」
「『遅いっての』」
「うくっ!」
勘任せに身体を捻る。
急所は避けたが、人間なら重傷間違いなしの刃傷が刻まれる。
「『再生持ちかしら?なかなか面倒かけさせてくれるじゃない』」
そのあまりにも迅過ぎる速度が理由か、どこか歪んだ声が零れて落ちる。
「く、そ…………」
魔導識のスの字も見せようものなら、即座に斬りかかり──そして即座に離れていく。
ありふれた、とも言えるヒット&アウェイ──ただ、『速度』の次元が違うだけでここまでの代物になるか。
どんな霊術であろうとも、霊力を使用する以上は全くのノーモーションというワケにはいかない。たとえ物理的な挙動を無くしたところで、その予備動作は霊力の動きという形で回ってくるからだ。
ましてや相手は【駆動】を司る雷鼓術者。ありとあらゆる『動き』を捉えられる以上──何をどうしたってスタートダッシュで勝つのは難しい。
そして、『よーいドン』の競争では──今のわたしに勝ち目は皆無といって良いだろう。
「後の先を取る──なんてスキルもわたしにはありませんしね」
くそ。
くそくそくそくそ。
なんで、なんで──
「『この程度かしら?だとすれば正直なところ拍子抜けと言う他無いけれど──それは流石にありえないわよね』」
「………………」
わたしは口を閉ざし、身体から力を抜き、立ち尽くす。
「『…………カウンター狙い?それでどうにかなる速度じゃない事ぐらいわかってるでしょうに──つまり、誘ってるってワケね』」
「ええ──流石にそこまでの付与術式を使い、他の霊術も使う余裕はないでしょう?あくまで貴女は直接攻撃するしかない。だから──勝算も、そこにしかない」
「『………………オーケイ。乗ってあげる。あたしの迅さとあなたの策──どっちが上回るか』」
そこで。
海上に巻き起こっていた空を引き裂く移動音が、ピタリと止む。
わたしの真正面に──クティナさんは立っていた。
「………………なんで、ですか」
「…………」
わたしの言葉を完全に無視し──クティナさんがその長剣を構え。
その剣の、真の姿を喚ぶ。
「唸り響け──紫雲」
「──!!」
『霊刃七色』が一振り──紫電煌めくその鋭槍がその手に宿り。
クティナさんの姿が消え失せる。
嗚呼──本当に。
なんで。
どうして、こんな──
「迅衝・霹靂」
どうやら、心臓を狙った一突きらしかった。
「け、ボォ……」
血反吐が喉から溢れて零れる。
わたしの存在が──紫電に焦がされ、灼かれていく。
「捕まえ、た」
吸血鬼の回帰力にモノを言わせた──イカサマ博打。
「──《輝烈閃堝》」
瞬間。
わたしの身体は光の渦に呑まれ──消える。
辺り一面を光熱が舐め、全てを焼き尽くしていく──
どぽん。
一面真っ白い霧に覆われた水面から、水飛沫が上がった。
「ハァーっハアッ…………信じらんない。イカれてるってあの人」
クティナさんが海面から顔を出し──憎々しげに呻く。
「あんな自爆、思い付く神経を疑うっての…………どうしたって察知できない身体の内側で術式を起動させるなんて。そしてそれをあっさり実行する──ダメだ、完璧狂ってる」
自らを臓腑の内側から光で焼き付くし、炸裂させる。
つまるところ、わたしがとった作戦はそれだった。
「海上だったのが幸いしたか──真下に潜らなきゃ流石に逃げ切れなかったかもしれない」
ふぅ、とため息一つ。
「だけども、なんとか凌いだ…………ったく、そこまでしてあたしを──止めたかったって?…………殺す気マンマンじゃない。本当に…………」
…………バカ。
彼女は確かに、そう呟いた。
「さて…………早く魔導巨兵のコントロールをモノにしないと…………いつ【暁星】が来るかわからな──」
そこでわたしは言う。
『……ノひ、ヨぅはぃデス』
「──!?」
即座にクティナさんは辺りを見回す。
「──クソ!どこよ!!」
しかし──わたしの姿は何処にも無い。
否、正確には──
何処にでも在る。
「この、霧──蒸気じゃない…………?」
そう。
霧ではない。
それは、わたしだ。
『ナ、で……ドしテ……』
なんで。
どうして。
なんで。どうして。なんで。どうして。なんで。どうして。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
『なん、で……どうして……そんなに、強いんですか』
わたしは言う。
自分自身へと負け惜しみを。
『でも、だって、それじゃあ──止められないじゃないですか』
こんな姿では。
涙だって、零せはしないけど。
『殺さなくっちゃ──止めようがないじゃないですか』
諦念と共に──わたしは晒け出す。
『我が名はメリルフリア・リルクリムゾン──紅き仇児。今こそ我が原罪を求めん』
紅い紅い──わたしの罪禍を。
『──《切望の紅》』
うろん。
ちょっと強くし過ぎた感あります。
まあ、書き手としては当初ここまで大物になるとは思いもしなかったので、いっそ嬉しいぐらいです。よくここまで成長した!
作者に決められるのは初期設定だけ、というどこかで見た言葉をしみじみ実感した今日この頃です。