重諦
霊力の閃光が収まり、視界がまともに見えるようになった時──
──既に私達は次の行動を終えていた。
「流刃・卯波」
「赤剣・赤燐」
赤色と水色。
二つの斬撃が、強靭無比な竜の鱗を斬り裂いた。
『グウゥゥゥゥゥェアアアアアアアアッッッ!』
「──うるせえよ。流刃・磯廻」
清水を纏った超速の衝き。
螺旋を描く水流により、抉り取るように竜の身を穿つ。
『ギアアアアアアアアアッ!』
いや、マジにうるせえな。
叫ぶしか能がねえのか。
ま、それよりも──
「あれが『霊刃七色』の一振り──水簾か」
カイレンの手の中にあるそれは、私の赤月と肩を並べる最高クラスの霊剣──水簾。
形状としてはカトラスに近い──その刀身はどこまでも美しき水鏡の如し、そしてその斬れ味は荒ぶる激流の如し。
「さあて、と。攻撃は何とか通るか…………じゃ、とにかくひたすら削ってからデカいので止めって感じだな」
「簡単にいうじゃん──なんならあんた一人でやる?」
「いやいやいやいやそれは無理っす。どうかお力添えよろしくお願いいたします!」
「はは、しゃーないねー。…………『血殲兵装』、全装備っと」
《血啜り女王》、《赤手空拳》、《赤い靴》。
つい先日破られたばかりだが、しかしそれでも私はこの装備を心底信用していた──何せ自分の血である。
私の一部である以上、光芒の霊力による攻撃には紙切れ同然ではあるが、単純な肉弾戦ではこれを着けて負ける気はしなかった。
何より、あの竜と真っ向から戦り合うには──
「──────はあああああああっ!」
『ガアッ!』
二度目の衝突。
しかし──
「っっっだらあっ!!」
何とか牙を往なし、後方へと受け流した。
全武装により、私の総重量は先程よりも格段に増加した──今なら竜の攻撃と言えども、踏ん張れる。
その際背骨が逝ったっぽかったが、まあ許容範囲内だ。
轟音を立てて壁面にめり込み──即座に抜け出し、襲いかかってくる。
が。
「いい加減──見切れるっつーの!赤剣・赤蝦!」
牙を跳躍して躱し──擦れ違い様に鋭い斬撃を叩き込む。
が、その空中に浮いた状態の私目掛けて、尾が追撃を加えて来た。
「させませんっ!《珀照楯》!」
ネレムの琥珀色に煌めく障壁に阻まれ、尾は数瞬その動きを止める──私が回避するには十分すぎる時間だ。
「ボサッとしてんなよ!流刃・垂水!」
そして私への攻撃により出来た隙に、真上から垂直に打ち降ろす斬撃が竜の頭部を抉る。
『グ、ガアアア──』
「はい、隙有りー。命散らし往く儚き風──《凩》」
巨大な風刃が竜へと目掛けて振るわれる。
通常ならば竜鱗には通じなかっただろうが、既に竜の鱗は私とカイレンにより、かなりの痛手を負っている。
そしてミネルラはダメージを与えるのではなく、その傷付いた竜鱗を剥がすように風刃を放った。
『グガ、オノ、オノレエエエニンゲンドモメェェェェ!!──グブッ!?』
「喧しいっての…………その口閉じてろ!幻日を抉れ、夕噛!」
橙色の鎖斧で、がなり立てるその口を縛り付ける。
流石に鰐のように口を開く力が弱いというワケでは無いようだが、それでもしばらくは封じられる筈だ。
一対一ならば大苦戦は免れなかっただろう。
しかし──我ながら歯が浮くようなセリフだが──私達は、一人じゃないのだ。
「静謐なる聖櫃よ、我が前に来たれ──《聖白牢棺》!」
ネレムが発動させた霊陣は、光の檻を具現化し、竜を捕らえる。
「あのダメージならほんの少しですが、動きを止められます──カイレン、クレアさん、止めを!」
「おーっけい!」
「当たり前だぜ!ロワーヌ!」
「わかってるわよ、少しは役に立たないとね」
そして──私達は同時に世界への接続を開始する。
「──我は歌う、美しき【死亡】への夜曲を。我は唄う、偉大なる【破滅】への邪曲を。我は謳う、無限なる【終焉】への戯曲を──」
「──世を成す万物は【流転】の輪廻を巡りて、終着の【融和】に回帰せん──」
私の右腕に宿る黒き紋章──闇絶紋。
そして。
その水色の紋章──水鏡紋は、カイレンの左頬へと浮かび上がってきた。
「いざ、無限の闇を我が躯へと。刈り取るは腕かいな平伏すは羊、生ける骸はただ目前の終わりに擦り潰されるがいい──」
「万象を揺蕩う久遠の奔湍、四海に眠りし朧な海門、弥窮をくぐりて今、明鏡止水に海鳴響かん──」
世界のシステムへと、霊契約を経て、今──
「──闇絶の窓、此処に開かれん!」
「──水鏡の窓、此処に開かれん!」
その詠唱が終わった瞬間、ネレムの障壁が砕け散る。
『──ゴオオオオオォォォォッッッ!』
その雄叫びを合図に私は駆け出し、そしてカイレンは──
「いくわよカイレン──はあああああああああっ!」
ロワーヌにハンマー投げよろしくにブン回され──投擲。
私は右腕に宿った終わりを振りかぶり、カイレンはその身を激流の弾頭へと変える──
「──《闇絶ノ死腕ハ只生ヲ摘ム》ッ!」
「──《玲瓏天籟霸氾水》ッ!」
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「ハアアアア………………つっかれたぁ……」
そのまま床へと突っ伏していた私だった──終わってみれば終始優勢の戦いではあったものの、しかし間違っても手の抜きようも無い、一つのミスで全てがひっくり返ってしまっていたであろう濃密な時間だった。
幸いすぐ側に炎禍の霊点がある。意識すれば湧き出る炎禍の霊力を取り込み、少しずつではあるものの回復する事が出来た。
…………あ、ちなみに竜は跡形もなく消し飛びました。
いくら竜──最強とされる種族とはいえ、世界を運行する八大星霊の内二つの力をまともに喰らってはひとたまりも無かったらしい。
「ふう…………確かに久々に冷や汗かいちまったな。ま、後はアレの処理さえしちまえば、任務完了だ」
「……………………そうだね。さっさと終わらそっか」
ゆっくりと立ち上がり──私は魔導炉へと静かに歩み寄っていく。
魔導炉は何ら変わり無く、膨大な炎禍の霊力を精製し続けている。
「…………絶ち凪げ──赤月」
そして私は愛剣をその手に喚び出した。
「お、おい──待てよクレア。お前何する気だ」
「…………んー?」
私は。
振り返らないままに答える。
「何する気かって?何する気かって、今そう訊いたのかな?きひ、き、きひひひひひひ、きひひひひひひひひひひ。んなの一つしかないに決まってんじゃんさ──」
私は極めて端的に回答した。
「──ブッ壊す」
「……………………」
「こんなモン世に出た所で、百害あって一利でしょ…………利権やらなんやらって言ってつまんない騒ぎの火種にしかなんない。だから壊す。ブッ壊すブチ壊す砂場のお城を粉砕するみてーに呆気なくいとも容易く完膚なきまでに──破壊する」
そこで。
ようやく私は振り返った。
「まさかとは思うけども反対するワケ無いよねぇー?勇者サマご一行……きひっ」
「するさ、しねーワケ無えだろうが」
カイレンは私に向かって一歩踏み出す。
「こんなもんブッ壊すってなりゃ一体どんな被害が出るやらわかったもんじゃねえぞ」
「きひひ……心配いらないよー。あんたらがこの島から出てってから壊すからさ。それにどんな被害が出るか分かんないのはこんなもんブッ建ててる時点でそうでしょうよ。現にさっきみたいな事が起きたワケだし?」
と言うと、今度はネリムが弁舌を振るう。
「たとえ安全だったとしても、壊す必然性は無いと思います。確かにこの施設は危険性を秘めてもいますが、同時に大いなる可能性も──」
「きひ、ひ、きひひひ、ひひ、ひひひひひ、ひひ、ひ──ヒッ」
私は掌で顔を覆い笑みを隠そうとする。
だけどもう無理だった。
可笑しくて可笑しくて──愚かしくて愚かしくてたまらなかった。
「きひひひヒひ、キひひひひひヒヒひ、きひヒヒヒヒ、キヒッ──キヒヒッ!キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、キィヒヒヒヒヒヒヒヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィ──キヒィッ!!……………………………はぁぁぁ」
大きく肩を竦めた。
「結局こうなんのよねぇ…………最初から──この諸島に来る前から分かりきってた事じゃあるんだけどもさ」
改めて。
私はカイレン一行に向き直った。
「もう止めようじゃないのさしょーもない腹の探り合いは。元々あんたらは魔導機兵──特にコレを確保するように命令されてこの諸島まで来た。そうでしょ?陽王国の雇われ勇者サマ?」
「…………勇者なんてアホな人種呼ばわりしてんじゃねーよ」
無表情でカイレンは答える。
「そういうお前は誰の依頼で此処に来たんだよ」
「私?私は自分の意思で来たんだよ。まあ一応表向きには依頼を受けてやって来たって事にしてるけどね。私の知る限り魔導機兵技術を闇に葬る──なんておバカな目的でここまでやって来たのは私だけだよん。てなワケで──」
今度こそ、真っ直ぐに目を合わせる。
「そこ通してもらえる?カイレン・ムノマテリナ」
おもて。
割かしあっさりドラゴン討伐。
だってボス(1/2)と一緒だもん。
戦闘への入り方からして姉妹で雲泥の差。
姉の方ほぼチンピラじゃん。