嵐置
「なんとか、辿り着けましたね」
ウェル島、マレグリーの町の宿屋の一室にてわたしは呟いた。
「相変わらず姉さんに連絡は付きませんか……まあ、いいでしょう。焦ってもどうにもなりませんし」
などと言っても、イライラは決して収まりはしないが。
溜め息を漏らしつつ、窓から外を眺める。
マレグリーの町は、事実上ウェル島そのものと言っても良い。
周囲を囲む広大な円形のウィル島とは違い、その中心に存在するウェル島は実にちっぽけな島だ。
そのちっぽけな島に建設された町がマレグリーである。
「ま、諸島の中でも有数のリゾート地なので防衛については不安もありましたが……杞憂だったようで取り敢えず一安心ですかね」
諸島に住まう人々の多くはやはりこの町に避難してきていた。
まるで一つの巨大な塔の如き姿であるマレグリーの町の防衛力は、たとえ一国の国軍クラスでも手こずる程だと言われているのだから、誰だってここが一番安全だと思うだろう。
「あ、メリルさーん!大体の見回りは終わりましたよー!」
と、窓から聞こえてきたのはクティナさんの声。
「お疲れ様です。丁度良い時間ですし、今から昼食にしましょう」
「あ、いいですねー!ついさっき良さげな雰囲気のお店を見つけてきたトコなんですよー!」
ぶんぶんと手を降るクティナさんの姿にクスリと笑みを溢すと、部屋のドアを開けて宿屋の玄関へと向かった。
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陽も暮れてきた頃、クティナさんの見つけてきたオシャレなレストランにて、少し早めの夕食を行うこととなった。
「そんなワケでして、何故だかこの町には魔導機兵の影も形も見えません──霊力の送受信先は間違いなくドンピシャで『ここ』で間違いないというのに、一体どういうことなんでしょうか?」
潮の香り漂う海鮮麺を予想以上に上品に口に運びつつ、クティナさんは訊ねてきた。
「そうですね……考えられる事は幾つかありますが」
わたしは海鮮グラタンに舌鼓をうちつつ言う。
「まず機兵の姿が見えなくなった件ですね。そもそもウィウェル島が霊力の送信先とわかった時点で、そして実際にこの町にまで辿り着いてみて、思うところはありませんでしたか?クティナさん」
「もちろんありましたよ。正直この町が原形を留めていた事に仰天しました」
「ですね。普通はそう思います」
どこかの馬鹿姉とのものと違いスラスラと流れる会話に、内心で感涙を堪えながらも話を続ける。
「魔導機兵の根城とおぼしき地点、先に到着している筈の冒険者達は音信不通、更には立て続けに起こった襲撃…………この状況下でまさかこんな暢気にディナーを楽しめるとは思っていませんでしたよ」
新鮮極まるエビを味わいつつ、側の窓越しに町を眺める。
夕暮れの町を歩く人々の表情は無論避難中という事もあり、不安や焦燥が感じられる──が、逆に言えばその程度だ。どうしようもない、先が見えない、といった深刻な絶望感はほとんど感じとれなかった。
「確かに……この様子を見ると、民間人の被害は実質ゼロと言って良いものだったのではと思いますね」
「いえ、事実そうだったのだと思いますよ、クティナさん。考えてみればわたし達は『民間人の被害』を一度も目にしていないんです。もちろん住居を追われてここに避難しているというだけで被害と言えるかもしれませんが、人的被害は皆無と言っていいんです」
「え、でも聞いた話だと……」
「ええ、行方不明者はいます。もともと諸島に駐在していた冒険者、傭兵、識者……などです」
「じゃあつまり……」
「戦闘能力を所有している者、ですね。あくまで霊力を調達するのが目的という事のようです。通信障害は恐らく二次被害でしょう。ジャミングが起きて使えなくなったというのも事実ですが、霊術以外のありとあらゆる手段さえも不通となったのは──」
「そもそもこっちの応答する人間がいなくなったから、ですか」
「避難がうまくいって、早々にこの町に人が引きこもったのも理由でしょうけどね」
「……じゃあ、あたし達が長居するとこの町に機兵達が」
「かもしれません。先着した部隊とはいまだ音信不通ですからね。ですが……その可能性は低いと考えます」
「……あの時船上で暗に先着部隊がやられていないって言った事に関係が?」
「おっと耳聡いですね。ええ、実は諸島に着くまでの間に何人かに仕込みを行っていまして……ようは対象の状態を監視する術式なんです。まあかなり大雑把な結果しかえられませんが、少なくとも生死は判断出来ます」
「プライバシーの欠片もないですね……」
「クティナさんには仕込んでいないのでご安心を。で、先着部隊は死んでいない事はわかっています」
「という事は何処かに捕らわれている、というのが妥当でしょうか。……あと、ジャミングされているのに状態がわかるんですか?」
「ああ、この術式は通信とはまた違う代物なので。情報を交信するのではなく、一方的に同期させるといいますか……まあ、それはともかく。確かに捕らわれていると見るのが妥当でしょう」
「だったら尚更危険なんじゃ……」
「ええ、危険でした」
「過去形なんです?」
「考えてみれば単純ですよ。わたし達以上に危険な筈の人達がいるでしょう?」
「…………ああそうか、襲撃者達ですね?」
「はい。わたし達よりも大人数の識者。それも相当な腕前。どう考えてもあっちに襲いかかる筈ですよ」
「だけどあいつらは強引とはいえ機兵を改造してたじゃないですか。身を隠す事ぐらい簡単なんじゃ……」
「簡単だから──だからこそ、危険は無いんですよ。わざわざ改造した機兵をご丁寧に視せてもらえたんです。……いつまでも追い回される程暇でも無能でもわたしはありません」
ヒク、とクティナさんが顔を引き攣らせる。
「えと……それはつまり」
「対魔導機兵用のステルス術式。機兵内の術式構造の大体を把握出来れば構築するのは単純でしたよ。相手の探知術式は見たこともない術式でしたが、所詮は千年前の骨董品です。……だからこそ逆に手こずったワケなんですが」
「なんだかもうなんでもありですねメリルさん…………」
「そうですか?わたしとしては機兵を一網打尽にできる方法を見つけたかった所なんですが……厭霊翡翠の存在がネックでしてね」
魔導機兵が遠隔操作で動いているなら機能停止はそれほど難しくはなかっただろうが、機兵達はあくまで内蔵された術式により動いている。
チャージされた霊力の転送もどちらかというと転送先を主体として行われているものだった。
「つまりあたしたちをこの町中で襲ってくるのは襲撃者達のみというワケですか……木を隠すなら、ですか?」
「どうでしょう?むしろ狙う側の方が有利だと思いますよ」
「無意味に脅さないで下さいよ。山道を狙っての襲撃、そして強引に改造した機兵を使ってまであたし達をこの町へ辿り着かせまいとした……表だって動けない連中というワケですか」
「ええ。ただの悪党共なら町へ入った後も追撃してきた事でしょう。しかしわたし達はこうしてのんびり食事に耽っています」
「…………この町を踏み絵代わりにしたと?」
「そんなところです。無属性術式を扱える相手なんてそうそういるものではありませんから。結果的に……概ね予想はつきましたし」
「酷いですね」
「なんとでも」
そこで互いに食事を終える。
「それで、機兵達の女王蜂の場所は結局わからずじまいですか?」
「目星はつけていますが……しかし確証はありませんね。確実なのはこの島のどこか、ということだけです」
少々情けないが、後は虱潰しに地道な捜索しかなさそうだった。
「では、明日からはそこの捜索ですか……この町を出た途端に襲撃、という線は?」
「十二分にあり得ますね。というよりはそれも狙いの内です」
「え……ちょっとメリルさん」
「いえ、心配しないで下さい。勝算はあります……クティナさんが協力してくれるなら、ですが」
真っ直ぐにクティナさんの目を見つめつつ、わたしは言った。
「何よりあちらには──姉を傷付けた報いを受けてもらわないといけませんし」
らんち。
……えー、お久し振りです!
言い訳はしません!
ほんっっっとに申し訳ありませんでしたぁ!!!
半年もの間待たせたんだから毎日更新してくれるんだよねえ?って方。
重ね重ね申し訳ありません!
週1~2回ぐらいの亀更新になっちゃうと思います……
それでも読んであげるよ!(ニッコリ)なんて言ってくれる神様?仏様?否々読者様!!!!がもしいらっしゃったら、暇潰しに読んで下さいませ!
もし毎週更新すらも途絶えそうになった時は、何サボっとんじゃこの屑がぁ!と罵って下さいませ!
どうかどうか、この先も真っ赤な吸血鬼を宜しくお願いいたします。