漆諦
「──くうっ!?」
視界を染め上げる霊光のなか、確かな衝撃を受けて私の身体は崖から宙へと飛ばされた。
瞬間。
──ドンッ。
数倍にまで私の身体が重くなり、一気に今まで苦労して登った高度を急降下していく。
「ぐ、ううう!?」
すぐさま『人外通力』でブレーキをかけた。
しかし。
速度が落ちた瞬間、私の身体を稲妻が貫く。
「──ガ、ぁっ!」
何処から、だ!
「《混沌の抱擁》っ…………!くっそ!」
ようやく霊光で眩んだ目が冴えてくると──
「…………畜、生!《赤手空拳》、《赤い靴》、《血啜り女王》っ!!」
『血殲兵装』による最硬防御を身に纏い、八方から飛来する霊術に備える。
同時に『人外通力』による空中ブレーキを解除する──下手に停止すれば格好の的だ。
そして──着弾。
一発、二発、三発、四発──空中で掻き消せたのはそこまでだった。
五発、六発七発──しかしそれも纏った重装甲を破る事は出来ず計七属性の霊術を何とか防御し切る。
そして。
八発目。
光芒の属性を宿した一閃が──《血啜り女王》を穿ち、私を射ち貫いた。
「………………カハッ」
ほぼ直感に任せ身体を捻ったお陰で急所──無論頭と心臓だ──は避けたものの、宿った光芒の霊力は確実に私の存在を蝕んでゆく。
…………《黒白生死波》には…………無反応だった。
そして今もまるっきり把握出来ていない、敵の位置。
おそらくは超長距離からの狙撃なのだろう──無属性の霊光による不可避の目潰し、そこからの地形を利用した分断に、弱点を虱潰しにする全属性による狙撃。
完っ璧にデザインされた策に踊らされている──ここまで見事に動かされたのは初めてだ。
そして、弱点は割れた──次に飛んでくるのは、もはや必然的に。
白光の死。
「──なっめんなああああああああっ!!いざ参られよ、鎖ざされし愚音!皹割れし旋律はあまねく亡者を劈かん!──《腐怨なる叫喚》!」
ズッ──と私の周囲が歪み、そこから見るに耐えないほどの赤黒き闇が噴出する。
イイイイイイイイイイイィィィィィィィィァァァァァァァァアアアアアアアアアアア!!
そんな悍ましい慟哭が鳴り響き、飛来する光弾を全て崩壊させていった。
「こ、のぉ…………!」
しかし、なおも追撃が止むことは無い。
光芒術を主体に、様々な霊術が群れを成して襲いかかってくる。
「発動持続──!おっ、りゃああああああああ!」
《腐怨なる叫喚》を途絶えることなく発動し続け──そして、私は崖の下まで転落した。
「………………」
霊術の気配は消えた──取り敢えず、これで追撃は終わったらしい。
「………………ガボボ、グブ」
ただ、問題は。
私が落ちた場所が、川のど真ん中だったという事だった。
ここまで狙っていたとするなら、大したもんだ。
「ブ、ホバボボボボ──ゴバッ………………」
駄目だ──クソ、まるっきり力が出ない。
溺死はかなり苦しいと聞くが、別にそんな事もなかった──もっとも吸血鬼の場合は酸欠で死ぬワケではないので、違って当然なのだろう。
私はただただひたすらに──
ねむくなった。
『馬鹿かよ君は?』
『いや、馬鹿なんだろうけどさ。言うまでもなく言われるまでもなく馬鹿なんだろうけどさ』
『溺死って、今日日溺れて死亡って』
『情けないにもほどがあるだろう──もっとも、吸血鬼としてはこれ以上無くふさわしい死に方ではあるんだろうけどさ』
『さあて、どうするべきなんだろうねえ?僕は』
『僕的にはこのまま見殺しにするべきだろうとは思っちゃいるんだけども』
『だけどもだけどもこんな面白みのない死に様を見せられちゃあ、逆にちょっとばかり同情したくもなるね』
『惨め過ぎるもん』
『みっともなさ過ぎるもん』
『やれやれ──ま、こうもあっさり死ねるってことは、すなわちまだ君の自殺願望ってのは尽きていないってことなんだろうな』
『タナトスって言うんだっけ?』
『君の前世の言葉から引用すればさ』
『ま、自分を殺したいなんて多かれ少なかれ誰だって思うことだろうから、他人を殺したいと思うのと同じくらいありふれた思考なんだから、そこについては別に何も言うつもりなんて無い』
『考えてみれば、「死にたい」だなんて願いほど人間味溢れる願いもないしね──もっとも、同時に吸血鬼味溢れる願いでもあるのかもしれないが』
『閑話休題』
『てなわけで、取り敢えずここでは君を生かす事にしよう』
『僕としては、君を見定めるにはまだまだ時間が必要だと思っているのでね──ま、本音を言わせてもらえば百年掛かったって見定めるなんて事出来ないだろうと僕はハナから諦め気味ではあるんだが』
『君を定める事なんて誰にも出来ない』
『君にも出来っこない』
『君にあるのはその呪われた運命だけだ──ま、んなこと今更偉そうに言うことでもないんだろうけども』
『とっとと起きて、妹を安心させてあげるといい──勝手に妹にしておきながら勝手に死ぬなんて無責任な姉もいたものじゃないか』
『つくづく君には自覚ってものが足りないぜ』
『あの君が妹と呼ぶ存在がどれだけ脆いのか、知らないわけでもあるまいに』
『いや、それを知らないからこその君なのかな?』
『もしそうだとすれば、やっぱり僕は君を見殺しにするべきだということになってしまうんだが』
『頼むぜ、ほんと』
『僕に「あーあ、やっぱあの時見殺しにしときゃよかったなー」だなんて思わせないでおくれよ?』
『君が背負っている責任──それに気付けとは僕は言うつもりはないけれど、まだ言うべきでは無いと思っているけど』
『それでも、君が君の意志で背負った「姉」という責任ぐらいは全うしたまえよ』
『自分の事なんだから』
『はやく最低限の責任能力くらい持ってくれなきゃ』
『いずれ、僕が君を殺す事になってしまう』
『無論、僕としてはそれならそれは、それでそういうことで、って感じなんだけど』
『嫌な事、辛い事、重い事、苦しい事』
『それらから完膚無きまでに逃げ切れれば──そんな楽な事は無い筈だろうけども』
『だけどもそんなつまらない事もまた無い筈なんだぜ』
『こんなありふれたしょうもない責任に潰されないでくれ』
『取り敢えず君は』
『自分が「生きている」という事をもっと自覚するべきなんだよね──』
しったい。
ものすごくあっさりやられる主人公であったとさ。
ダメだこりゃ。