鎖吽
ジレガー山道を歩みつつ、私達姉妹は今回の仕事の裏についてを話していた。
「な、何ーっ!?ま、まさかこの依頼の裏にそんな事が隠されていただなんてぇー!」
「「知ってただろ」」
「はい!知ってましたー!」
即座に頭を下げるクティナちゃん。
「はあ…………んで、あんたの裏の依頼は何なわけ?」
面倒だったので単刀直入に訊くことにした。
こうしてあっさり認めるという事は、別に隠す気は無いのだろうし。
「あーいえいえ、別に依頼は受けてません。いえ、そういう仕事を持ってこられはしましたが丁重にお断りしました」
ペロリと舌を出し、頭を掻きつつ話すクティナちゃん。
「…………はあ。ま、そりゃそうか。私達とここまで仲良くよろしくやってられるんだから」
単なる真面目な良い子が、吸血鬼とやっていけるワケが無い。
「という事は、つまりお二人も?」
「ん、んっんー。それは秘密にしとこっかなー」
「…………ですね。もちろんクティナさんの狙いも特に話さずとも結構ですよ」
「いやだなあ、あたしは何も狙ってなんていませんよー。エヘヘヘヘ」
「そっかそっかー。キヒヒヒヒ」
「それは良かったです。クフフフフ」
「エヘ、エヘヘヘヘヘヘ」
「キヒ、キヒヒヒヒヒヒ」
「クフ、クフフフフフフ」
…………何やらドス黒い雰囲気が漂いだした山道。
美少女三人が微笑を浮かべつつ並んで歩いていた。
「ま、それはともかく今はウェル島へ辿り着く事だね。そろそろ山頂でしょ?」
「そうですね。もうじきです」
中々険しい山道だったが、全員この程度で疲れるような身体は持っていない
少々荒れてはいるものの、一応は道なのだ。私達にとってはなんの苦労も無い。
「んー……そろそろかな?」
そんなことを呟いた頃、私達の前にいかにもな吊り橋が現れた。
「この吊り橋を渡った向こう側は、もうウェル島ですよ。ご覧の通りに長い橋ではありますが、まあ別に魔物が襲って来るワケでは無いですし」
「ふーん。んじゃ、早く渡ろうよ」
「そうですね」
三人揃って吊り橋を渡り始める。
「おっわー。良い眺めだねえ。この景色を見れただけでこの道を選んだかいがあるってもんだよ」
「そうかもしれませんが、景色と言えば人気なのはカリューヌ洞窟の方ですよ。洞窟内で乱反射する光が非常に美しく、ウィウェル島──どころかババルノーア諸島随一の絶景との事です」
「へええええ。機会があればそれも見てみたいもんだねえ」
「──残念だが、それは叶うことは無い」
そんな無粋な声が聞こえてきたのは、丁度吊り橋の中心に差し掛かった所だった。
「んー、あんたら何処のどなた?」
私は橋の前後に立つ黒衣の集団に訊ねる。
「答える必要は無い」
「キヒヒ、そりゃそうだ」
そして次の台詞は、期せずしてまったく同じものとなった。
「「どうせここで死ぬんだからな」」
その台詞を言い終わるが早いか、黒衣達は吊り橋を切り落とした。
「まった定番だねえ!」
なんて言いつつも、私達三人は微動だにすることは無い。
切り落とされた吊り橋は、しかし私達の立つ部分だけ微動だにしないまま、中空に留まり続けていた。
「ファイト一発するまでも無いね……さて、二人は手ぇ出さなくていいよん。私にも見せ場が欲しいからね」
私は即座に宙を蹴り、駆け出す。
「絡めとれ愚昧なる餓狼。赤き蛇は怒りを以て今、原罪を天地に刻み込まん──《煌蝮煉連咒縛》」
煌々と赤く燃え盛る蛇が、前方の黒衣の一団を縛り上げる。
「グ、ぐぎ、ギァああああっ!」
叫ぶ一団を殺さない程度に焼き縛り上げ、後方の一団へと取りかかる。
霊力が練り上げられるのを感知し、急ぎ足で私は相手へと接近した。
「遅い!《渦浪連舞刃》っ!」
鋭利な渦の水刃が、数を成して私に襲いかかる。
「チッ…………」
この霊術は、敵ながら見事なものだった──見事に私の逃げ場を潰している。
もっとも今私が立っているのが空中でなければ、だが。
私は足場である『人外通力』による力場を消し、身体を重力のままに落下させた。
そして霊術を躱した後、即座に新たな力場を形成し、再び宙を蹴る。
黒衣の男達、五人の間合いへと──侵入った。
「っらああああああ!」
「おおおおおお!」
一閃。
刹那の合間が在り──黒衣の一人の頸から噴水のように真っ赤な血が吹き出す。
捕虜はさっき霊術で捕らえた奴らで充分だ──遠慮はいらない。
そのまま流れるように隣の男識者の胸を貫手で貫き、即座に抜き取る。
「貴っ様ぁ!」
「喚くなよ。プロでしょ?」
続いて両手に分厚いナイフを構えた二人が前後から急所を狙ってきた──しかし、暗殺の方法なら私は熟知している。たとえ目を瞑っていたとしても捌くのは容易だっただろう。
「このおっ!!」
背後の男が私の真上へと飛び上がった──まあ、狙いは悪くはない。
そして最後の一人も攻撃に参加してきた、三対一だ。
「まあ、それでも全っ然足りないんだけどさ」
リーダー格の男のナイフでの乱舞を全て空かし、トトトトトン、と全身を軽く指で衝く。
そして踵落としで隣の男の頭蓋を踏み潰し、そのまま跳躍。
空中の敵を、一撃で殴り殺した。
「ほいっ。終ーわりっと」
そのまま背後にリーダー格の男の気配を感じつつ、私は霊術を解放する。
「にじり寄る死の息吹は無知なる豚を慈愛にて殺めん──《遅々なる死音》」
霊文を唱え終えると、男は眠り落ちるかのように息絶えた。
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「あ、クレアレッドさん。お疲れでーす」
半焼けになった男達を横目に、クティナちゃんがねぎらいの言葉をかけてくれた。
「しっかしやり過ぎじゃないですか?虫の息ですよ」
「そりゃそうなるように手加減したからね」
かなりギリギリの所を狙ったからな。
もしかしたら全員死ぬかもなーってぐらいのノリだった。
私も少しは手加減が上手くなったらしい。
「えーっと火傷の死亡ラインって表面積の何割ぐらいだっけな…………ま、メリルいるしだいじょぶでしょ」
「結局わたし任せですか、まったく世話が焼ける」
「まあまあそう言わずに。で、喋れそう?」
「まあ、そうですね。三人は死ぬ寸前ですが、残る二人は少し治癒させれば喋れるでしょう。取り敢えず死にかけ三人の安全ラインを確保しておきますか…………白明よ来たれ、朽ち往く御霊を呼び戻せ──《癒命快復》」
まばゆい白光が満ち溢れ、三人の重度火傷がみるみる内に治癒してゆく。
「──っと、この辺にしておきますか」
完治には程遠いが、しかし命にはすぐに別状は無い所で治癒式を止めた。
「お見事お見事~」
私は妹を拍手で讃えた。
「…………?クレアレッドさん、どうしてそんな遠くで手を叩いてるんですか?」
「いやいや、べっつにー?」
いや、治癒式は吸血鬼にとっては単なる毒なんだよ。
「さって、んじゃ残る二人に訊いてみましょっか。誰の為の何の目的で私達を襲って来たか…………ま、だいたい予想はついてるけどさ」
クスリ、と笑った後、私は気絶中の男二人のまぶたを力ずくで開き、強引に目を合わせた。
とざん。
書き手は圧倒的山派です。
なんか自分、海で泳いでるとクラゲが寄ってくるんですよね。
ま、山は山で蜂やら蛇やら熊やら色々いますが。
何にしたってレジャーは安全第一です。