錠離苦
「お、ウィウェル島見えてきたかなー」
ヌムル島の港町中をくまなく探して見つけたややオンボロな漁船を引っ張り出して来て、一日。
厳しい真夏の陽射しの中、私の目には大きな島が映っていた。
「よ~やくか。ああ……陽射しウザい太陽キモい」
「これっぽっちも働いて無い癖してグダグダ言わないで下さい。魔導機兵が出てきた時まで船内に籠って……船から放り出そうかと思いましたよ」
「いや止めて!?死んじゃうから溺死しちゃうから!!」
「あはははは、お二人は本当に仲がよろしいんですねー」
ケラケラ笑うクティナちゃん。
「ま、とにもかくにもウィウェル島にあるだろう魔導機兵の巣か何かをぶっ潰せばいいワケだ。ちゃちゃっと行ってちゃちゃっと終わらせてこよう──と言っても、もう終わっちゃってるかもねー」
「ですね…………クティナさん、そろそろ通信可能な距離ですので向こうに冒険者の専用周波で連絡してみて下さい。調律術式は0448の青です」
「了解しました、メリルさん。…………天乱の調べは彼方の絆を結び止めん──《天通雷波》」
クティナちゃんが左手を島へとかざし、右手を自分のこめかみへと当て、通信の雷鼓術を発動させた。
「──ッ!やっぱり、予想通りに、不協和術式が酷いですね…………音信不通って事で予想はしていましたが、諸島全域に魔導機兵の通信術式が張り巡らされていて、それが遠隔術式を妨害しています…………わざわざ事前に組み上げた対ジャミング用の周波でこれでは、通常の術式はまるで役にたちませんね」
「まあ、そんな所でしょうね…………通信は無理そうですか?」
「いえ、もう少し距離が縮まって、向こうがこっちの通信に気付いてくれれば繋がると思います」
「なるほど…………遠隔術式を使いたいなら、物理的な繋がりが無いと厳しそうですね。良い感じの霊媒を造っておきましょうか」
「あ。あたしもお手伝いします――」
「ありがたいですが、それは後ですよ。クティナさんは取り敢えずそのまま通信を試みていて下さい」
「はいっ!」
元気良く答えるクティナちゃん。
実年齢はともかくとして、表向きに私は十七才、メリルは十六才となっている為、私とタメであるクティナちゃんはメリルより歳上という事になる筈なのだが、会話だけ聞いていると十六才より数歳年下のように感じられる。
ま、実際に見てみればただの仲良しな女子二人なんだけど。
身長も同じくらいだし。
しかし。
「…………ねー。私は何かやることある?」
「無いです。スッコンでて下さい」
「にべも無いなあ!二人が何かカッコいい事言いながら働いてるんだから、私にもなんかさせてよ!」
「ク、クレアレッドさん、さっきまでだらけてたじゃないですか。雑事はあたし達が全部やっておくので、お気になさらず寝てていいですよ」
「ダメだね!ダメダメだね!んな事してたら私が要らない子状態になるでしょうが!」
「え、ええ…………」
「なんかこう、私にしか出来ないこととか無いのー?」
「わたし達の邪魔をしないことですかね」
「逆説あんたらの邪魔するのは私しかいないって事だよねそれ!?」
「単なる事実です」
「う、うぐぅ……そ、そうかもだけど」
「『かも』?」
「そそそそうだけどさあ!」
一々ツッコンでくるなあもう!
「…………クティナちゃーん、ひょっとして私、妹に嫌われてるのかなあ?」
「え゛?あー、いや、その、あ、あははははははは…………」
「いや否定しようよ!お茶を濁さないでさあ!」
も、もしかして…………
もしかして、私の味方はいないのか!?
否──もはや私には敵しかいないと言うのか!
「ふ、ふふふふふふ、あーキレイな海だなー。死ぬときはこんな海に沈んで死にたいもんだなー」
「メリルさん、あんなことをおっしゃってますが」
「無視していいですよ、どうせ口だけですから。溺死なんて苦しい死に方を選ぶ勇気なんてありゃしません。構って欲しいだけですよ、目を合わせたら負けです」
「……………………」
一瞬本気で死にたくなった。
まあ、確かになっただけなんだけど。
死ねるようならとっくに死んでる。
もっとも、それはお互い様だけれど。
「えー、じゃあ、到着までは後どれくらいかかるのかな?」
「もう一時間もしないうちに着きますよ。心配せずに寝てて下さい」
「…………いっそ黙って寝てろってはっきり言われた方が楽なんだけど」
「黙って寝てろ穀潰し」
「オプション付きで注文に応えたー!なんというサービス精神!」
全然嬉しくないサービスだけど!
「とにかく、到着までは後少しです。寝れないのなら周囲の警戒でもしてて下さい」
「いや、もうメリルが感知術式展開してんじゃん…………」
「文句ばっか言ってんじゃねーよクズが」
「もはやキャラが崩れてる!!」
とまあそんなこんながありつつ。
一時間弱の後。
ウィウェル島上陸の時である。
「で、通信は出来たの?」
「いえ…………流石に信号は届いている筈なんですが、反応が有りません」
「ん?それってつまり、もうやられちゃってるって事?」
「いえ、それも可能性としては有りますが…………霊力を切らしているとか、戦闘中とか……なんらかの理由で応答出来ないという線が妥当かと」
「ん、ん、んー。まあつまりなんかが起こってるてのはほぼ確実ってワケだ──キヒヒ、まだ楽しませてくれそうじゃん」
「では…………取り敢えず目指すのは島の主要都市、マレグリーですか。他の島の住民達が避難しているというならあそこでしょうし」
「そうですね、あそこなら魔導機兵達の侵攻にも耐えられます──その代わり、袋の鼠でもありますが」
「ん?どゆことそれ?」
「…………仕事先の地理も知らないんですか」
「いや、知らないっていうか──」
「あーはいはい、どうでもいいんでしたね。訊いたわたしが愚か者でしたよ、無駄な問答をさせて大変申し訳ありませんでした、心から謝罪させていただきます」
「う、うぐぅ…………」
その言い方は無いだろうと言いたいけれども私に非があるから何も言えない!
ディスイズ因果応報!
「えーと、説明しましょうか…………?」
「お願いしますクティナちゃーん!」
泣きついた。
「ええっと……まずこのウィウェル島というのは、実質二つの島から成っています」
「ん?二つの島?」
「はい。今私達が着岸したのが、外側に位置する島──ウィル島。このウィル島の内側に存在し、さっきメリルさんの言ったマレグリーがあるのがウェル島です」
「ははあ、なるほど」
「つまりはウィル島が天然の要塞のように、ウェル島を取り囲んでいるのです。そしてウェル島へ辿り着くにはウィル島の限りある道を行くしか方法が無いのです」
「なるへそ、もう大体わかった。そしてウェル島へと通じる道には厳重な警備が敷かれているワケだ」
「はい。大きく分けてウェル島への道は三つあります。ウィル島の北西部に存在するカリューヌ洞窟をくぐり抜ける道。南西に存在するジレガー山道を越える道。そして東に存在するウィウェル門から入島する道。正規のルートは無論最後のですね」
「ふんふん、今私達がいるのは南よね?んじゃ、一番近いのはジレガー山道ってとこか」
「しかし、ジレガー山道は一番時間がかかる道でもあります。確かカリューヌ洞窟は引き潮の時しか利用出来ないのでしたね?」
「あ、はい。もっとも手段を持った識者や魚人ならいつでも通れますが」
「こっちはカナヅチが二人もいますからそのルートは無しですね。となると正門か山道か…………」
「んー、正門っつっても多分閉めてるだろうしねえ。確実性なら山道か。その山道って危険だったりするわけ?」
「わたしは詳しくは知りませんが…………どうなんですか?クティナさん」
「うーん、魔物は出ると聞きましたが…………すみません、あたしも詳しくは無いです」
「ふーん…………ま、私達なら大丈夫でしょ。門行って通れなかったら癪だし、山道通ろうよ。ずっと海の上だったから歩きたい気分だしねー」
「そんな理由でですか、まったく……」
「あはは、良いじゃないですか。それじゃ、一応住民の捜索と調査をしつつ向かいましょうか」
「そだね。んじゃ、しゅっぱー!」
にこやかに私は告げた。
背後からの鋭い視線に、気付かぬフリをしつつ。
じょうりく。
果たして何が待ち受けているのか!
あまり期待せず待ってて下さい!