灰積
「──とうっちゃーく」
船が港の桟橋に付けられるのを見届けた後、私はそう呟いた。
「いよいよですね。お二人はこれから先どうされるのですか?」
「取り敢えずは定石通りに情報収集ですよ……それが可能なら、ですが」
メリルは目前に広がる閑散とした町並みを見ながらそう答える。
ここはババルノーア諸島第三の島、ヌムル島。
本来ならばこの諸島有数のリゾート地である筈の港には──他に一隻も船が無かった。
「ぜーんぶ沈められちゃったってことかな?」
「…………そうとは限らないでしょう。騒ぎが大きくなる前に逃げ出したのかも」
メリルが無表情に言う。
「キヒヒ、良く言うねえ。諸島外に逃げ出せたなら私達はこんなところに来ないで済んでたでしょうに。少なくともここ一月の内にこの諸島から出てきた者は皆無。だからこんな依頼が来たんでしょ」
「そうですね……やはりあの謎のカラクリ共が原因なのでしょうか?」
クティナちゃんは首を傾げつつ訊ねて来た。
「んー、まあ十中八九そうだろね。さて…………取り敢えずは『探索』、になるのかな?キヒヒヒヒ」
言いつつ私は桟橋へと船から飛び降りる。
「なんならクティナちゃん、一緒に行く?旅は道連れ世は情け~」
「ええっ!?いいんですか!?」
「かまわないでしょ。実力的には申し分無いしねー。ねーメリル?」
「まあ、そうですね」
肩を竦めつつメリルは了承した。
「でででではっ!?未熟者ですが、どうぞご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」
「あーいや、指導とかは無しで」
「はいっ失礼しました!烏滸がましい事をほざき、申し訳ありません!」
「あー……うん、まいっか。こんなキャラもありでしょ、うん…………では、改めて出発しよっか。もう──何人かは船から消えてるしね」
「えっ!?」
私が背後の船に目を遣りつつ言うと、クティナちゃんは目を丸くした。
「ど、どういうことですか?」
「さあーて……どういうことなんだろね?さっぱりちっともぜーんぜんわかんないや。キヒヒヒヒ」
「ふう……急ぎましょう、姉さん。クティナさん、ついてくるのは構いませんが、遅れないようにお願いしますね」
「はいっ!」
「やれやれ、冷たい事言うなあ私の妹は。もっと気楽に行こうじゃないの。ここはリゾートだよ、真夏のユートピアだよ」
「ユートピア、ですか。…………わたしにはディストピアに思えてならないんですけど」
冷めた目で港町を眺めるメリル。
「何はともあれ、行ってみなきゃ何もわかんないでしょ。んじゃ、でっぱつ~」
私は揚々と歩き始めた。
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「……だーれもいませんねえ」
「そうですね……町の様子を見るに、昨日今日いなくなったというワケではなさそうですが」
無人の町の酒場の中、カウンターに積もった埃を指で撫でながら、メリルは言った。
「最後にこの諸島から人が出てきたのはおよそ一ヶ月前、だったよね。この一ヶ月の内に何かが──恐らくはあのカラクリ達が関係している何かが起こって、住人達は消え失せちゃったってワケか」
「しかし、あのカラクリ達は何が目的なのでしょう?仮にあいつらが住人達を消し去ったとすれば、それは何をどうするために?」
「んー、流石に情報が少な過ぎるよね。取り敢えずは住人探しかな?わからないなら訊けばいい。訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥ってね」
「そうですね……わたし的にはもう一度あの機兵を調べてみたいですが。海の上では満足に調べられなかったので」
「防衛戦でしたからね、致し方無いと思います。ではこの先は、住人達及びカラクリ兵の捜索という事ですね」
「ん、いいんじゃないかな?ではでは引き続き探索と行こうか」
「はいっ!」
元気良く返事をしたクティナちゃんは、小走りで酒場から出ようと──
「──っ」
──したところで、足を止める。
「…………キヒヒヒ、噂をすれば影。んじゃ──なるべく壊さないように、かな?」
「どの口が言いますか…………姉さんは引っ込んでて下さい、どうせスクラップを増やす事になるだけでしょうから」
「むう…………否定出来ない」
私が渋顔をしていると、メリルが背負う照破紅柩に霊力を込め──
「いえ、メリルさん。ここは自分がいきます」
自身の身の丈以上の長剣を背から抜き放ち、クティナちゃんが前に出る。
「なるべく傷付けないように止めればいいんですよね?」
「ええ…………できますか?」
「おまかせ下さい」
そう言い残し──クティナちゃんは駆け出した。
「うお、速いなあ」
「言ってる場合ですか、追いかけますよ」
「ほーい」
続いて店から出る。
「んー、数は八か。海上で闘ったヤツらと同レベルなら問題ないだろうけど…………」
町の中を駆け回る槍装備の魔導機兵には車輪が付き、クティナちゃんを追い回していた。
「ん、んー。あんなリアカーみたいなのでどうしようってんだろね?対人戦には物量として利用出来るかもだけど……戦力としてはイマイチだよねー。何さあの漂うポンコツ臭は」
「いえ、千年前の物だという事を考えればやはり驚嘆せざるを得ませんよ。それに、あくまでも対抗しようとしての手段だったワケですから、実際に役立つかどうかは誰にも分からなかったと思いますよ」
「藁にもすがる、ってヤツね」
などと言ってる内に、クティナちゃんが勝負を決めにかかった。
八方から襲いかかる槍に、放たれた稲妻が落雷する。
「我が指に宿りし雷鳴よ、導く兆しを掻き乱せ──《不協和雷儡》!」
魔導機兵達の突撃をいなしつつ、自らを巧みに追い込ませたクティナちゃんが放った雷鼓術は、魔導機兵達の【連結】術式をしっちゃかめっちゃかに繋ぎ換え、魔導機兵達は一体残らず糸が切れた人形の如くに停止した。
「…………よし、オッケーですお二人共!」
眩いばかりの笑顔を向け、駆け寄ってくるクティナちゃん。
「お見事でした、クティナさん。あれらの主要術式が雷鼓であると見切っていましたか」
「はい!船に飛んできた砲撃が雷鼓属性だったので、それを元に海上戦の内に術式還元を済ませておいたんです。他にも色々複雑な術式を読め取れたのですが、詳しくはわかりませんでした。それでも主要術式が雷鼓であるのはわかったので、撹乱の雷鼓術で【駆動】の【連結】術式をバラバラすれば停止できるかなーと思いまして。氷麗術が使えれば、もっと楽だったんでしょうけど…………」
「氷麗の属性持ちは光芒、闇絶に匹敵するほど稀少ですからね…………クティナさんは見たところ、風蘭と雷鼓持ちですか?」
「はい!まだまだ未熟者ですが……」
「いえいえ、誇張抜きで感服しました。というか、なんで専門の識者にならないのですか?」
「えーと、まあ自分の才能では辿り着く先が知れているかなーと。幸い剣の才能はまだまだ伸びるようなので。まあ器用貧乏というヤツですが」
「そんな事はありませんよ、立派だと思います。どこぞの宝の持ち腐れ馬鹿姉よりずーっとずーっと」
「ちょと待ったあ!!」
私は怒鳴った。
「識者同士で盛り上がるのは結構だけどもさあ!私をおいてけぼりにするのは駄目!絶対駄目ーっ!」
何言ってんのかわかんねーよ!
何語喋ってんだ、コンチクショー!
「とーにーかーく!クティナちゃんが上手い事やってくれたんだから、メリルは魔導機兵調べるんでしょ!?速くしなよ!」
「はいはい、分かりましたよ。まったく何もしてない癖に偉そうに……」
「メリルが何もすんなっつったんでしょがあ!」
「さて、役立たずはほっといて、始めましょうか…………良ければクティナさんも手伝ってもらえますか?わたしは雷鼓術は専門ではないので」
「はい!微力を尽くさせてもらいます!」
「心強いですよ。あ、姉さんはもう引っ込んでてもらえます?邪魔ですから」
「うわああああああん!!」
赤鬼は泣いた。
かいせき。
新キャラちゃんは中々の実力者。