戒栓
私は──否、私達は今、海原を渡る船の上にいた。
甲板にて潮風を浴びながら物思いに浸る──と行きたいところだったが、今は真昼なので姉妹揃って船室の中である。
一等客室だ。
「ババルノーア諸島に異常事態宣言発令。冒険者達は至急調査を依頼したい、ねえ」
ゴロリ、とベッドの上を転がりながら私は言う。
「白々しい依頼もあったもんだわ──ねーメリル?」
「白々しさも時には必要ですよ。もっとも、それを真に受ける人達もいるでしょうが…………」
ペラリ、と魔導学書を捲りつつ、メリルは続ける。
「例の件を知っているのはある程度の権力者だけとは言え、遅かれ早かれ誰もが気付く事になりますよ。どこからこの事態が発覚したのかは予想の域を出ませんが、百聞は一見に如かず。今は無知でもいざ目にすれば、誰だって同じ事を考えるでしょうしね」
「ふーむ…………この件に絡んでくる冒険者の数は、表向きは千名程だっけ?何人が参加してくると思う?」
「おそらくは百名にも満たないでしょう…………冒険者だけなら、ですが」
「とっくに島の方では始まってるだろうしね…………さて、どんな有象無象共がいることやら」
「向こうでのヘッドハンティングだってあるでしょうし、やはり結局の所は未知数としか言えませんが」
「いや、まあそりゃそうでしょ…………しかし、もう終了しちゃったりしてないよね?到着したらそこは後の祭りでしたー、なんてオチ絶対ヤだよ」
「まあそれも無くは無い──というか大いに有り得る可能性ですね……………………いや、それは無いようです」
「え?」
パタン、と本を閉じ、部屋を出ようとするメリル。
「ちょっと、どしたのメリル?」
「どうしたもこうしたもありませんよ──来ました。姉さんも働いて下さい、わたし達は船を沈められるワケにはいかないんですから」
「…………へーい」
ベッドから緩慢な動きで降り、私はノロノロと妹に追従した。
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「ウガー…………陽射しウザいー」
「文句を言わないで下さい…………夏真っ盛りなんだから仕方が無いでしょう」
「何でメリルは素知らぬ顔なワケ!?」
「わたし、別に平気ですもん」
「不平等だー!」
などと言い合っていると。
「お、お二人共っ!どうかしましたかっ?」
とてとてとて、と私達の方へと小走りでやってくる少女がいた。
「ええーっと、あんたは、あー………」
「クティナです!クティナ・ライノーレです!」
背に身の丈程の長剣を背負う栗色の髪の少女は、快活な声でそう言った。
「あーあー、そうだったそうだった。クティナちゃんね」
「はい!クティナです!」
「…………その敬語やめない?確か十七歳でしょ?タメじゃんさ」
「いいえ!【灰】如き我が身が【黒】であるクレアレッドさんや【白】であるメリルフリアさんに馴れ馴れしい口調を利くなど言語道断です!」
ピシリ!と敬礼を決め、ハキハキと喋るクティナ。
「はあ…………ま、別にいいけども。んじゃ、クティナちゃん。そろそろ騒がしくなってくるだろうから、身構えときなよ」
「ハイ?」
「…………来ましたね。二時の方角、二十秒後着弾します。属性は雷鼓。」
「おっけー。──《戦爆熱波》」
──閃光。
「う、うわああああああ!?」
爆発により船が大きく揺れる。
「クティナちゃん、他の冒険者に『敵襲だ』っつってきて。大至急でね」
「え、あ、う──りょ、了解です!」
さすがに一瞬慌てた用だったが、しかし流石にその歳で【灰】にまで至るだけはあり、素早く船内へと駆け込んで行った。
「っさーて、仕事しますかねえ…………距離は?」
「一キロぐらいかと。流石にそこまで詳しくは『術式還元』しきれなかったので、推測ですが」
「了解。さて、威力は中級程度だったけど…………お?」
視界に広がる海原から。
ザパン、ザパン、とそれが姿を現す。
「…………あれが例の魔導機兵ですか。興味深いですね」
そこからは。
鉄で形作られた機械の兵隊が、波を掻き分けてこちらへと向かって来ていた。
もっとも、人型をもしてなどはいない。
刃物をさながらチェーンソーのように円上で回転させつつ迫る斬撃兵。
同じく鉄槌を回転させつつ迫る打撃兵。
そして、刻まれた霊陣の中央に霊石を埋め込んでいる射撃兵。
どれもロボット然とした様相であり、人間を思わせる形状の物は無い。
「へー、下半身がスキー板みたいになってるなあ…………」
「動力はやはり『霊力』でしょうが…………いやはやどんな術式が組まれているものでしょう」
大気中の霊力を還元しているのか……?いや、あれだけの物を動かすにはそれぐらいでは到底足りない……
などと目をキラッキラさせながら語るメリル。
「…………ちゃんと壊してよ?」
「勿論です。…………ふむ、砲撃兵がかなり多いですね」
「何体?」
「数は三十強。防がれたのを見て散開し始めました。…………全方位から撃ち込んで来ますよ」
「んじゃ、それはメリルに任しましょかね。遠距離戦はお手の物でしょ?」
「ま、引き受けておいてあげますよ。…………射撃兵、打撃兵、斬撃兵は任せます。船には触れさせないで下さい」
「りょーうかーい。ま、私だけじゃないし大丈夫でしょ…………空は大丈夫なんだよね?」
「情報にあったでしょう。飛行兵までは開発されていないとの事でした。でなければ千年前、あそこまで苦戦はしなかったとの事です」
「へいへーい。んー、けど吸血鬼達泳げないからなあ。海上戦は苦手だよ」
「吸血鬼は流れる水を渡れない──でしたか?けど船や橋を使えばいいんでしょう?意味ありますか?その縛り」
「いや、私に訊かれても困るけど…………ま、水攻めは効くって事だから注意しなよ」
「ふむ、前に水攻めにしたことはありますが…………ま、覚えておきますよ。では、戦闘開始です──頼みましたよ?」
「そんな念押さなくってもいいってばー。船は私にとっても生命線なんだからキッチリ守るよ」
そう言うと共に、私達は戦闘準備を完了する。
「舐め殺せ──紅月」
「出でよ、我が揺り籠──照破紅柩」
私は愛剣第二の姿を引き抜き、妹は背負っていた柩兼霊展界機構を起動させる。
「空海を引き裂く弾頭、踊る災禍を貫き果てよ──《飛天海漣弾》」
メリルは船に仕込んであった迎撃用の霊陣を発動する。
霊陣は船の真上へと展開され──そこからは鋭い水弾が次々と射出された。
その水弾は遠距離から放たれる魔弾を一つ残らず相殺していく。
「『持続発動』、『自動追尾』、『自動迎撃』──そこか、波打つ嘆きは白浪を断ちて聖邪の秤を傾けん──《海覇絶淵》」
メリルが迎撃霊術の術式を発動させつつ、強烈無比な水鏡術を放つ。
瞬間。
海が、割れた。
「う、うあああああ!?」
「な、何が起きたあ!!」
船員や冒険者達が驚愕する中──なおもメリルは続けて霊術を放つ。
「大地よ、踊り狂いて天を衝け──《土巌尖塔》」
すると、裂けた海面の奥から土砂が現れ、船を高くへと押し上げた。
やがてそれは海面よりも高く高く聳え、海上の魔導機兵達の手には届かない場所へと船を固定する。
「──これで砲撃、射撃以外では船を傷付ける事は出来ないでしょう。もっともこの二つの霊術を持続発動していると流石に他には手が回りませんので、取り敢えずわたしの仕事はここまでです」
「充分過ぎるっての…………んじゃ、冒険者共ー!取り敢えず、よってくるヘンなのをぶちのめすよー!」
そう告げると、私は裂けた海面へと飛び降りる。
「…………裂け目に飲まれた数は三十ってトコかな。んじゃ──消えろぉ!紅剣・紅玉!」
円を描くようにして放った斬撃は、魔導機兵達を斬り刻みつつ──爆散。
三十の機兵は海の藻屑と消えた。
「ク、クレアレッドさん!お待ちをー!──標無き路よ、我が許に来たれ!…………てぇーい!」
そう言うとクティナは私を追って船から飛び降りる。
断割された海の裂け目に立つ私の所まで、空中を跳ねながらやってくる。
「ん…………それ、風蘭術?」
「はい!中級風蘭術、《飛踏天歩》です!クレアレッドさんのは何なのでしょう!?」
「んー、企業秘密」
「なるほど!そう簡単に情報は漏らせないという事ですね!」
「わかってんじゃん」
「いえいえいえ!で、この奇っ怪な連中はなんなのでしょう?」
背中の長大なロングソードを引き抜きつつ、私に訊ねてくる。
言うまでもなく、海上から私達を狙う魔導機兵の事だろう。
「さあ?だけども島の異常事態ってのはコイツらが原因なのかな?取り敢えず攻撃してくるみたいだし、黙らせよっか」
「了解しました!微力ながら、お力添えさせていただきます!」
「はいはい、お願いねー」
見ると、船からも他の冒険者がメリルの造った土砂の足場へと次々降り立ち、武器を構えていた。
「んじゃ、往くよー。船へ攻撃できる射撃兵を優先して狙おうか」
「はい!」
私のクティナは共に空を蹴り、海面の魔導機兵へと斬りかかる。
「──赤剣・赤羽!」
すれ違い様に機兵達を片端から撫で斬りにしていく。
「──はああっ!」
クティナも、その背丈程もあるロングソードを器用に振るい、機兵達を沈めていく。
「…………思ってたよりもずっとヘチョいなあ。【紫】程度の実力があれば充分倒せるレベルだよ」
クティナも、無傷のままにバッタバッタと機兵達を斬り倒していっている。
他の冒険者達も、高い防御力には驚いてはいたようだったが、攻撃自体は単調なものな為、すぐに対応し、撃破している。
この分では私の心配は杞憂で終わるか──とそう思った途端に。
ソレは、現れた。
かいせん。
今回から改めて冒険が始まります。
新キャラやらなんやら出てきます。