鉞阨
「ふう……ヤバいなぁ、遅刻しちゃった」
グクリの塒から帰る事自体はそう時間はかからなかったものの、目覚めた時点で既に夜明け寸前だった。
…………吸血鬼を純粋な打撃でトバすとか、どんだけだっての。
……考えてみりゃ、『回帰』もほぼ確実に見られてるんだよな。
何も言われなかったけど、斬撃喰らったって言うならまず間違いなく見られてる筈だ。
あえて、話に出さなかったという事か。
うーん…………
どーも、気になる。
まあ、悪いヤツではない、とは思うものの、どうも苦手なタイプだ。
ムムムムムムぅ。
「……………………ま、いっか」
今度あって、今度こそぶっ飛ばした時に訊いてやろう。
『──ああ、そうそう。そのうちにウチん地元でデカイ祭りがあんねん。そんときにゃウチも出よ思とったから、リベンジ歓迎やでー』
などとニヤニヤしながら言っていた。
「上等だぁ…………今度こそあのニヤニヤ笑いをぶん殴ってやる」
決意を新たにしつつ、私は宿、《椿燕》へと戻った。
「さって、我が妹の方は一体全体どうなったのかなー?」
もちろん、無事である事は勘でわかっているものの、一体何をして何を乗り越えたのか。
姉として訊ねておかねばならないだろう。
…………といっても、もうこの時間ではおねむだろうが。
窓からは燦々と陽の光が降り注いで来ていた。
あ゛ーうざってえ。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「うん、今帰ったよー…………え?」
目の前には。
眩しそうに目を伏せつつも、カーテンから射す光をその身に浴びるメリルフリアがいた。
「……………………え?え、ええ?ええええええええっ!?」
「わっかりやすいリアクションですね…………」
いつもの呆れ顔でそう言うメリルだったが──いやいやいやいや!
「ちょ!太陽!光!溶ける!」
「あーもう、騒がないで下さいって。御覧の通りに大丈夫ですよ」
腕を降って応えるメリルだが、私にとってはそんな軽い問題ではない。
私がこの五年間、どれだけ光に怯えながら暮らしてきたことか。
「か──影は!?影、出来てるの!?」
「いや、それは出来てないんですけど」
「はああああ!?」
なんじゃそらあ!?
「め、滅茶苦茶じゃん!因果関係がしっちゃかめっちゃかじゃん!」
「いや、影が出来たから光に耐えられるようになったかはまだわかってなかったじゃないですか」
「そ、そうだけど!」
そうだけど……なんだ?
なんだろうこの、嫌な感じは?
何て言うか、何と言ったらいいものか、その…………そう。
上手く行き過ぎている。
私に続きメリルも日光の元で動けるようになった──それは良い、うん、とても良い事だと思う。
だけど。
五年間悪戦苦闘してきた私としては──少々疑わざるをえない。
なんだ?この好都合は?
否、好都合と言うよりは。
まるで──ご都合主義だ。
お膳立ての上を、歩いていかされている気がする。
なんだ?
一体何なんだ?
私が疑心暗鬼に陥ってるだけなのか?
吸血鬼が疑心暗鬼なんて、洒落にもなりゃしない。
「………………」
「……どうしました?そこまで不安になることですかね?」
「いや……別に」
…………うん。
考えすぎ──だよね?
「まあ……うん、いいか」
「?」
うんうん。
考えたって解らないなら考えない方がいい。
いざとなれば、賢い妹がどうにかしてくれるだろ。
「んじゃ──食事の方はどうなったワケ?」
「別にどうも、適当に済ましてきましたよ」
「…………フーン?で、どう思った?」
「別に、何とも思いませんでしたが」
真顔でそう言う妹。
嘘を吐いているようには見えない。
「…………デスヨネー」
「はい。実を言えば、もっとこう、何か来るものがあるんじゃないかと思ってたんですけどね。本当に、掛け値なしにどうも思いませんでした」
「私もそんな感じだったなー」
別に、人間やらの他種族が食糧にしか見えなくなったーとか言うつもりは無いのだが。
しかし、いざ食事となればそこに忌避感等はまったく生まれないのである。
人間性の喪失──ね。
『山月記』じゃねえんだから、まったく。
「ま、そんなもんなのかな──誰だって飢え死にしそうになればペットの犬だって平気で食うだろうし」
「嫌な例えですけど、その通りですね」
で、そこからはお互いに情報交換。
したん、だけども。
………………
主人公みたいな活躍してるのね、マイシスター。
私はと言えば、ただ凹られただけなのに。
「そっかあ…………頑張ったんだね、メリル」
頭ポンポンしてあげた。
「………………」
メリルは少々頬を膨らませていたものの、黙って動く事はなかった。
「わ、わたしの事はともかく──姉さん、グクリ・キルブーと手合わせしたって本当なんですか?」
「え?うん、まあ、ホントだよ。嘘吐いても仕方無いでしょこんなこと。いやー接戦だったんだけどねー」
「嘘ですね」
「嘘ですけど」
私は肩を竦めて言う。
「……いやしかし、確かにギッタギタにされたけどさあ。なんで嘘って分かったの?」
「…………は?」
あ、メリルがいつもの目になった。
馬鹿を見る目だ。
断じて姉に向ける目じゃない。
「…………知らないんですか?」
「?何を?」
「ハアアアアアアア…………」
深ーい溜め息を吐き、メリルは言う。
「…………【鬼神】グクリ・キルブー。この大陸内に五人しかいない【虹】の冒険者──通称《五神》の一角──と言うよりは最古参の一人ですよ」
「っへえー。知らなかったわ」
「……小さな子供だってそれくらい知ってますよ。仮にも冒険者がなんでトップを知らないんですか」
「んー、興味無いから?」
ドスッ。
「ぐ、ふぅ……!」
鳩尾に貫き手をかまされた。
「上へ登り詰めようという人が何で上についての知識を持ってないんですか。標高も知らずに山へ登ると言っているようなものですよ」
「き、きひひ、例え上手いねー」
「まったく…………先が思いやられますね」
「ま、そう言わずに。だいじょぶだいじょぶ、これから姉妹の力を合わせていけば怖いものなんてありゃしないよ!」
「いい感じの台詞を言えば誤魔化せるなんて思わないで下さい」
「…………手厳しー」
苦笑を浮かべつつ、私はベットへと腰掛ける。
「んで、ここからはどうして行けば名前が上がると思う?取り敢えず二人とも昼日中から動けるようになったワケだし、いい感じの依頼を適当に請けていこうかと思ってたんだけども」
「それで良いと思いますよ。出来れば大事件が起きて、それを颯爽と解決する──と行きたい所ですが、そうそう上手くは行かないでしょうね。ええ、わたし達は断じて自作自演なんてみっともない真似はしませんから」
「ギクッ」
鋭っ!
「う、うんうん。やっぱし自分で自分の火消しをするのって色々と危険だもんねえ。やっぱちゃんと他人が起こした事件じゃないと矛盾が生じてきちゃうもんねえ」
「ええ、例えば邪眼を使って誰かたった一人を少しだけ操り、そこから少しづつなし崩し的に事件を大きくしていくとかでも、鋭い人にはバレちゃいますからね」
「ギクギクギクゥ!」
妖怪・悟りか!
「真っ当な手段で、成り上がって行きましょう。ええ。」
「…………ふぁい」
こうして。
既に少しづつ着想を得つつあった、ギルド連盟瓦解計画はこれにて哀れご破算となった。
私の妹は救世主である。
おちあい。
姉妹合流。
この章は姉妹の関係、およびメリルフリアを主軸に書いてます。
その合間にガス抜き的な意味でクレアレッドが凹られます。