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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第二楽章 赤と紅の交響曲
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朽憂






叩き込んだその四連斬は、私の最高技だったと言っても良いだろう。

タイミング、間合い、連結、全てが噛み合い、ようやく振るえた怒濤の乱舞。

『霊刃七色』の一振りたる、赤月のポテンシャルを今の私に出来る最大限の力を以て引き出した。

その上での、私の能力と赤月の能力を組み合わせ、昇華させた会心の剣技。

だから。

詰まる所、この結果は。


「…………完敗ってヤツかな」


全身全霊を込めた連撃。

目の前の相手は──その全てを真っ向から捌き切った。

あの赤い刹那の中で振るわれる、巨大なハルバードの舞踊。

ほとんど、見切れなかった。

この吸血鬼の眼でさえも。


「…………うんにゃ、完勝とは言えんよ。ハハー、刃傷なんざ何十年ぶりかいな」


ペロリ、と。

グクリは、頬に出来た小さな斬り傷から流れる一筋の血を舐め取った。


「こいつはホンマに大したモンやわ……いやはや、ええ弟子なんてモンちゃうな。たった五年でそこまで昇るか。おったまげたわぁ」


心の底から──末恐ろしわ。

目を見開いたまま、グクリは言った。


「ま──それでも発展途上っちゅう事で。取り敢えず、終いや」


ヒュ──と風切り音を立ててハルバードを構え。

やがて姿が霞み、声だけが響く。


「咬激──遊咬、繋ぎ、音無咬」


多分、手加減はしてくれていたのだろう。

それでも、それだからこそ、声を大にして叫びたい。

──殺す気かよ!?

感覚としては打撃だった。

つまるところ、柄や石突での打突と、体術による連撃だったのだろうと推測できる。

ここからは吸血鬼の謎の記憶力による、「後から思えば」「恐らくは」という感想なので事実とは違う所もあるかも知れないが、そこには目を瞑ってほしい。

自分のリンチシーンなんて、本来思い出したくも無いのだから。

──初撃、石突による顎打ち上げ。

一瞬真上へ吹っ飛びそうになったが、そんな暇もなく次の一撃。

脇腹に爪先が突き刺さる。

口内まで、血が上って来た。

が、それをまともに知覚する暇もなく脳天へと肘鉄を叩き込まれる。

視界が、熔けた。

ぐにゃぐにゃになった視界の中、柄による殴打を全身へと浴びせられる。

体格の違いがこれでもかというばかりに猛威を振るっていた──数人がかりで袋叩きにされている気分である。

そこからは理解も及ばない程の速度でひたすらにひたすらにひたすらにひたすらにひたすらにひたすらにひたすらに──めったうちにされた。


「………………!」


「これでぇ……おし、まいっとお!」


そんな声が聞こえるか聞こえないかの刹那の後。


私の意識は、ブツリと途切れた。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「ハハー。目ぇ覚めたかあ?」


「……………………」


不愉快極まりない陽気な声と共に、私は瞼を開いた。

ベッドの上──なワケがなく、地べたの上。

目の前には味気無い土の天井が広がっていた。


「…………」


むくり、と身体を起こす。


「そんな仏頂面しなさんなっての。ちょろーっとやり過ぎてもたのは謝るって」


最早言うまでもなく、嫌なニヤニヤ笑いを浮かべながらグクリは言う。


「うんうん、やっぱしラストの逆袈裟ぶった斬りはちょっと酷すぎたわ、ゴメンちゃい」


「……はあ!?ぶった斬られたの!?私!?」


「いや、アレやで?ぶった斬ったっちゅーても別に一刀両断したワケちゃうで?フツーにこう、ズバーっと斬っただけで。急所も外しといたし」


「知るかあ!」


「あーもーそないにカッカしなさんなって。そもそも一撃目でオトすつもりやったのに、自分が無駄に粘るからやろ。なっかなっか気絶せえへんから、ちょいムキになってもうただけやって」


「責任転嫁すんなぁ!ムキになって斬り殺すって単なる殺人犯でしょうが!」


「いやいやいやいや、そこはホレ、自分を信用したんやって。アレだけ凹っても倒れんかった自分なら、久し振りな黄威の試し斬りに丁度ええかなーって」


「それが信用ってモンなら私はもう一生涯誰も信じねえよ!!」


他人にツッコんだのは久し振りだった。

基本ボケだからなー、私は。


「……ま、しかし確かにルティの弟子ってだけあるわ。ぶっちゃけ師匠越え、そう遠くないんちゃう?」


「んなワケないわ!まだまだまだまだ師匠の足元にも及ばないっつーの!」


「ふーん。ま、それわかっとったら別にええわ」


あくまでニヤニヤ笑いを崩さずに、彼女は土で出来た椅子に腰掛ける。


「見かけによらず、傲慢増長には縁が無いみたいやな?変に地に足付いとるっちゅーか。一歩距離を置いてから物事に臨んどるっちゅーか」


「…………」


「ハハー。やっぱルティの弟子や、よーう似とるわ。根っこの部分が、特にな」


「……知った風な口」


利かないでよ。

そう言って私は目を逸らした。

不愉快だったから。

というよりは──不都合だったから。

しかし、それを見て更に愉快そうな表情を浮かべるグクリ。


「その分やと、アイツもさして変わっとらんみたいやなぁ。つくづく変なトコで幼稚なやっちゃで。弟子取ったって言うもんやから一体何があったかと思えば……ハハー」


何が面白いのか、そりゃあもうこれ以上神経を逆撫でする表情は無いだろうって程に不愉快な笑みで、グクリは呟く。


「……改めて訊くけど」


目を逸らしたままで、私は訊ねた。


「師匠と、一体どういう関係?」


「んんー?いやいや元カノやって。あーん♡な事やこーん♡な事をしちゃった仲よ」


「こーん♡ってなんだよ」


とうもろこしか?

スイートコーンなのか?


「……改めて話を聞いてると──恋仲って風にはあまり思えない」


「ふっふーん、言うやないの。男と女の仲を理解できる歳とは思えんけどなあ?」


「別に、思っただけだよ。ただ、そう、言葉にするとしたら──」


私は少しの間だけ目を閉じて、そして言った。




「──家族、とか」




「いや、全然違うけど」


真顔でそう返された。


「家族って。そもそも魔族と鬼人族じゃ別モンやろ。ま、確かに鬼人族(ウチら)は魔族と混同されやすい種族やけども、それでもちゃんと学術的に区別されとるってどっかで聞いたで?いや、知らんけど」


「………………」


えーっと、いや、だから思っただけだって。

本気にされても逆に困りますよ、はい。

まったく、そうマジになんなよダッセーなぁ。


「──ま、なかなか嬉しい事言ってくれるやんけ。思わず目から汁が零れ落ちるトコやったわ」


「汁って言うな」


せめて汗と言え。


「家族…………ねえ?ハハー。ま、いっそそう言うてもたらええかもな?もう二百年以上の付き合いやし」


そう言うと、ようやくニヤニヤ笑いを消す。

その後には──どこか懐かしそうに空を(いや、洞穴ん中なんだけど)見上げる姿があった。


「二百年以上…………じゃあ」


「そ。まあ、『大戦』時からん付き合いよ。…………気取った言い方するんやったら、『戦友』言うやっちゃな」


……『魔眼大戦』。

この《虹の大陸》で三百年前に勃発し──そして二百年前に終結した百年戦争。

侵略者たる魔族と、大陸に住まう全ての種族がぶつかり合い、傷つけ合い、殺し合った──いまだこの大陸に大きな爪痕を残す大戦争だ。

その戦いと言うには余りにも永過ぎた百年は──とある六人の英雄達により、終止符が打たれる事となった。

かの魔族の帝王──【魔眼大帝】との血戦に勝利し、ようやくこの大陸には平穏が訪れたというワケだ。

さっきも言った通りに、まだその影響は残っているものの──しかしまあ、種族間の壁を乗り越え、人々が手に手を取り合い、そして遂に邪悪の権化を討ち倒し、虹の大陸は以前よりずっと平和になった。

めでたしめでたし──と言っても良いだろう、きっと。

無論、だからといって全てが万事いい方向に向かうなんて事はなかったのだろうし、この二百年の間に新たな戦火が燃え立つ事だってあったが、少なくとも二百年前の『魔眼大戦』という出来事にはもはやエンドロールが降りている。

筈だ。


「確か、オババもなんかそんな事を言ってた時があったっけ……あんま覚えてないけど」


「オババ……ハハー、リギューの姐さんか。あの人は確かに色々あったからなあ。懐かしわ……しょっちゅうルティと殺し合っとったなあ、そう言えば」


「…………え?今何て?」


「んんー?いや、闇森人(ダークエルフ)が『大戦』時に特に魔族にぶっ叩かれてたんは知っとるやろ?」


「はあ、聞いたような聞いてないような……って!それじゃあつまり」


「んあー、いや、別にルティが闇森人を襲っとったとか言うワケやないよ。まあ、その辺は色々あんねん。色々とな」


「…………」


色々。

まあ、色々、あるんだろう。そりゃあ。


「どうやらあんまし──ちゅーか全然聞いとらんみたいやけど、まあルティが言っとらん事をウチが言わなアカンって事あらへんやろ。結局二百年も前の事やしなあ……もうウチらが最後の世代になってもた。この大陸におるほとんどのヤツは知らん事なんやし」


「…………だね」


済んだ事。終わった事。

それも二百年も前の出来事だ──んな事ほじくり返したって何にもならないだろう。


「ま、あん頃はルティもグレとったからなあ。可愛らし弟子に知られたくないんとちゃうか?いじらしやっちゃでホンマに」


「グレてた師匠かあ…………」


あのアウトロー宣言は、どうやら本当の事らしい。


「………………って言っても師匠でしょ?」


「………………って言うてもルティやしな」


「そういう事だよね?」


「そういう事やな」


そういう事らしかった。

ったく。


「つまりあんたは──貴女は、旧友の弟子の顔を見ようって気だったワケですか?」


「敬語いらんよ、めんどくさいし……ま、そんなモンやな。顔合わせだけちごて手合わせも兼ねとったけど」


それに関しては予想以上やったわ。

そんな風に言って、飴玉をどこからともなく取りだし、口に放り込んだ。


「いるか?いっぱいあるで、好きなん選びなあよ」


「……まあ、何でもいいよ」


そう言うと即座に目を狙って飴玉が飛んできた。


「!」


何とか口でキャッチした。


「ふぁふふぁいはあ!」


「そんくらい止まって見えるやろ、自分やったら。ま、とにかく安心したわ。この分なら上手い事アイツんケツも叩いたれるやろ」


「…………え?師匠、そういう性癖が?」


「ブハッ」


飴玉を吐き出すグクリ。

あらら、もったいない。


「ククククク……笑わせてくれるやん。ま、それはともかく」


何故だかさっきとはうってかわって、輝くような笑みを浮かべつつグクリはそう言ったのだった。

そして──ポン、と私の頭に掌を乗せて、呟く。


「ルティん事──よろしく頼むわ」


どこか遠くを見るような目で、グクリは言った。


「よろしくお願いするのは、私の方だと思うんですが……ま、承け負いましたよ」


肩をすくめながら、私はそう応えたのだった。



きゅうゆう。




結論。

姉は馬鹿。


いやースッキリした。

珍しく書き手としては色々と気に入ってる回。

フルボッコは再生能力持ち主人公の定めですね。

これからも隙あらば凹っていくのでお楽しみに。

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