剣華
「ジューイ、自分はとっとと走ってこい。いつものメニューこなしとけ」
「わかったよ、ったく礼の一つも言いやがらねえのな」
「ロハで鍛えたってるウチに何を言うか。グダグダ言うんなら月謝とるぞ月謝」
「あーはいはいわかったっつうの」
面白くなさげな表情で、少年──そういえば名前も聞いてなかったが、ジューイというらしい──は荒野を走っていった
「──別に自分と違て弟子っちゅうワケちゃうんやけどな。まあ、世話んなったから適当に鍛えてやっとるワケや」
「はあ」
いや、至極どうでもいい。
「まあ入れや。謙遜無しにキッタないトコやけども、まあルティんトコで過ごしとったっちゅーんやったら大して気にせえへんやろ」
手招きをした後、スタスタと洞穴の中へと歩き出す大柄な鬼人女性。
一瞬迷ったものの、私もそれに続いた。
○●○●○●○●○●○●○
●○●○●○●○●○●○●
中は、予想に反して随分と小綺麗なものだった。
勿論、ちゃんとした家屋とは比べられないが、洞穴の内装としては充分に思える。
「取り敢えず座れや、茶ぁぐらい淹れたる」
その言葉を受けて、私はその場に腰を降ろした。
かなり薄汚れていたものの、しかし床(っつうか地面)には絨毯が敷かれていたのでそこまで気にはならなかった。
いや、それ以前に床にも壁にも(床でも壁でも無いけどもう別にいいよね)凹凸が殆ど無い。
「…………うアッツ!あーくそ溢してもた腹立つわあ、いるかこんなモン!」
ガチャン!
……陶器の割れるような音。
………………
気にしないでおく。
「はーい、お待たせえ。遠慮なく飲めや」
コップを手渡される。
中には透明の液体が入っていた。
つーか、水だった。
「………………」
「……ん?どないした?変なもんとか入れてへんで?」
「……でしょうね」
考えるな……
無の境地へと至るのだ……
私は平静を保ったままコップを受け取り、それを飲んだ。
「…………………………」
砂糖水だった。
…………入れない方がマシだ。
下手な小細工を弄してんじゃねえよ。
「心配せんでええて。それ、さっき蒸留させたばっかしやから」
「………………」
さっきのアレはそういうことか。
だったら茶淹れるとかいうなよ。
お茶に謝れ。
「なんやなんや、無口やなー。師匠のが移ったんか?若いんやからもっとテンション上げてこーや、おばさんが盛り上げていくんわ限度があるからなあ。それにウチ、無口やから中々話が続かんねん。断続的にしゃべくる事ほどお寒い事無いからなぁ。やっぱこの歳んなるといちいち口動かすんも億劫になってまうんやわ難儀なもんやで。昔はこんな事無かったんやけどなあ、今じゃなんどかどにつけて疲れてまうんやわあ。それに比べたらええわなあ、自分らの間は一番馬力が有り余っとる時期やろ?何につけても全力でかかれるっちゅーんはええもんやでぇ、いや、自分らの中はそれが当たり前なんやろうけどな?歳いってくると日にちにつけて身体動かへんようになってくるんやわあ。今のうちにやることやっとかなあかんよ、歳いったらやりたくてもやれんようになるんやから。あー、そういえば茶請け無いなあ。飴ちゃんやったら有るけど、食べるかあ?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………」
疾・風・怒・濤!!
もう誰にも止められない!
無口ってどんな意味だっけ?
鶏とかを指す言葉だっけぇ!?
「んー、なんかどうも遠慮しとるなあ。まー緊張すんのもわかるけどなあ、そんな気ぃ張らんでもらっくにしとけばええんやで?礼儀正しいのはええことやと思うけどなあ、やっぱよそよそしいだけになったらあかんよ。まあ、ルティは行儀作法っちゅうもんにほとほと縁の無いやっちゃから反面教師にしたんかもしれへんけど、それはまあええことやとも思うけど、あんま気にしすぎてもあかんよ、ちょうどええトコで止めとかな。いや、そこは普通に師匠譲りかなあ?あいつは変なとこで気にしぃやったからなぁまったく」
「えー、いや、その、まあ、何と言いますか」
いやいやいやいや、ちょっちょっちょっマジで待って。
あんたの舌はかっぱ〇びせんか。
私がどうとかいう問題じゃねえってば。
あんたが私に喋らせる余地を与えてくれないだけだっつーの。
「そもそも私、貴女が誰だかもわかってないんですが……」
何せ名前すらまだ聞いてない。
ふーあーゆーだ。
「ウチ?ウチはグクリやけど?」
いや、知らねえよ。
「グクリ・キルブー。師匠から聞いてないんか?」
「いえ、まったく」
「かぁー!マジかいなあいつ!もーほんっとに愛想無いやっちゃなあ、まったく呆れるわ!艱難辛苦を乗り越えた仲やっちゅーのに弟子に話もしてないんかいな!変われへんなあ変わってへんなあ、師匠っちゅーんならもうちょい腹割れや!」
「………………」
随分と師匠に対して馴れ馴れしい口を利くなあ。
「……師匠とは、いったいどんな関係で?」
それが、一番重要な事である。
「んんー?ウチとルティの関係?んー、そうやなぁ、敢えて言うとするんやったら………………」
たっぷりと間を置いた後。
彼女は、またしてもニヤリとした嫌な笑みを浮かべ──言った。
「──元カノかな?」
「──死ネエエエエエエエエエッッッ!」
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飛び上がっての頭への右脚でのハイキックは、軽々しく右手で受け止められる。
「うおっ──ははっ、ええ蹴りやんか」
「──っらあ!」
中空でそのまま左手での手刀を脳天へと叩き込む。
だがそれは、僅かに頭をずらしすだけで防御された。
──額から生える角によって。
「っち!」
こんどは顔面に膝蹴りをかまそうとするも──
「ハハー、脚癖のわりやっちゃなあ」
掴まれていた右脚に力が入ったと思った次の刹那。
視界がブレた。
「──ぶわあ!?」
ドゴォン、と洞穴に轟音が響く。
天井からパラパラと土煙が降ってきた。
「くっそ……」
なんだあいつ!
師匠の──元カノだぁ!?
ざっけんなこんちくしょう!
「いやーはっは、あれでキレられるとは思てなかったわ。可愛らし弟子やんか、あん果報モンが」
ニヤニヤとした笑みのまま、女──グクリは言う。
ムカつくぅ!
「ま、ええわ。腕試しは元々するつもりやったしな。ほら、殺す気で来なあよ」
「当たり前じゃあ!」
「おお、殺る気まんまんか。熱いとこは師匠とは正反対やなぁ。ま、アイツは態度に出やんだけやけども」
「うっさい!絶ち凪げぇ!赤月!」
赤きバスタードソードを喚び出す私。
「…………赤月、譲ったんか。へえ……」
などと、急に無表情で呟くグクリ。
「──ま、喜ばしい事なんやろけどな。さて……そんならウチも喚ぼかな」
パン、と手を合わせ、グクリは口を開く。
「握り潰せ──黄威」
黄色い閃光が疾駆り、手を開いたそこには、その大きな身体にピッタリのサイズ──しかし通常からはかけ離れた長さの黄色いハルバードがそこにあった。
……んだあれ。
軽く五メートルはあるぞ。
「んー、流石にここじゃあ手狭やな。…………広げよか」
そう言うと、ハルバードの穂先を床へと突き刺す。
「耕せ、黄威」
瞬間、さっきよりも更に大きな振動が洞穴を襲い──
洞穴が、凄まじい速度で大きく成り始めた。
まるで漣のように周囲がうねり、広がっていく
「んなっ──!?」
床に穴が空いたのではと一瞬思った程だったが──ものの一分で、全てが終了した。
「…………!?はっや!」
すでに洞穴は洞穴ではなく。
異様に整った地面。二、三十メートルはあるドーム状の天井。
広さはざっと直径百メートル以上か。
「──ここならおもっきし闘り合えるやろ。まだ狭かったらもーちょい広げるけど」
「……充分だよ」
「そりゃ結構」
そう言うと、ブン──とそのハルバードを振るうグクリ。
「んじゃ、どっからでもかかって来なぁよ。クレアちゃん、やったよな?」
「ちゃんは要らない」
「んー、そないにつっかかってこんでもええやんか、素っ気ないなぁ」
「うっさい──っての!」
私は地面を蹴った。
「──赤剣・赤卒!」
大振りと見せかけたフェイントを入れての、喉笛を狙った鋭い衝き。
「ほいっと」
しかし、それは容易く弾かれる。
「速さはまあ及第かな、んじゃ防御はどうかなっと」
そんな事を呟き、握るハルバードの柄に力が入ったのが見えた。
攻め立てられる前にこっちから攻めるか──と思った次の瞬間。
真後ろから、声が聞こえてきた。
「咬激・荒咬」
「──っ!!」
ほぼ直感に任せ、赤月を頭上へと掲げた。
──ッッッガィィン!!
「ぐぅっ……!」
「ほー、反応も良しっと」
ニヤニヤ笑いのまま、面白そうに私を眺めてくる。
それに対して、私は我ながら似合わない苦笑いを浮かべていた。
…………んだよ今のは。
あの距離から気付いたら背後に回り込まれていた。
何とか防御したものの、両手がもげるんじゃないかって位の衝撃。
吸血鬼の握力と感覚が無ければ、確実に赤月を取り落としてた。
「んの──やろっ!渦巻く災禍を嘶き告げろ、灰塵の螺旋は臥せる弱者を撫で殺さん──《灰縺鎖螺》!」
鉄をも溶かす死の灰を渦巻かせる上級炎禍術。
「ほー、霊術まで遣えんのかいな」
少し驚いた表情を見せ。
「暴禦・衙禦」
ハルバードの石突で地面に円を描くと、そこから次々と岩石が突きだしてきて、私の霊術を阻む。
「ちぃ…………なら」
付与術……いや、無理だそんな時間は無い。
リーチと腕力では完全にこっちのボロ敗けだ。
まともに打ち合ったら、まず勝ち目は無い。
どうにか懐に潜り込んで──一撃で決める。
大まかな作戦を頭の中で立て、霊術による灰が消え去ったその場所を見ると──
「!?いない──」
がしっ。
足首を掴まれた。
「っ!地面を潜って──」
「ほい、捕まえたー」
足元から聞こえるその声を聞き、即座に愛剣の姿を変える。
「灼き呑め、朱月!──朱剣・朱衣!」
自ら朱月の炎を纏う剣術。
少々私も焼かれるが、この際仕方無い。
「うおっ、あっつぅ!」
……そんなさっきの蒸留の時とさして変わらないリアクションだったものの、僅かに掴む力が弱まる。
「っらあ!朱剣・錆朱!」
そこを狙い、地面から飛び出した腕目掛けて、炎の衝きをおみまいした。
「…………ぶっわあああ!あ、あつー!あちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!」
リアクション芸人みたいなノリで、地面から飛び出して来るグクリ。
「そこっ!舐め殺せ紅月──紅剣・紅隈!」
顔面を狙っての紅炎を纏った一閃。
殺った、と思った。
が。
「うっわ!あちちちち、ったく炎禍属性持ちはこれやから嫌やねん!火傷するやろが!」
……素手で紅月を掴みつつ──んな事を言う。
ば、化けモンかこいつ。
「ま、ええか。んじゃあそろそろ〆といこかぁ?」
片手で紅月を掴みつつ、もう片手でハルバードを回転させつつ──嫌な笑みを浮かべつつ、鬼は笑った。
くっそ、鬼は私の方だっつーのに!
「咬激・石咬」
ハルバードにて地面を抉るような一閃を放つと、地面から石の弾幕が放たれる。
「──!赤剣・赤衣!」
防御剣術にて石弾を斬り飛ばしていくが、もう遅い。
すでに相手は──自分の最大限の腕力を活かせる間合いへと踏み込んで来ていた。
そして──そこは私の間合いの外。
「咬激・廂咬!」
遠心力やらテコの原理やらによって加速されたそれは、吸血鬼の眼にすらも捉え切れなかった。
またしても、視界がブレる。
──ブンッッッ!
空を切る音。
「あ?」
「っ──ここだあああぁぁぁ!」
毎度お馴染み、《眩む炎幕》。
渾身の一閃を躱し、ついに懐まで入り込んだ。
「赤剣──赤烏!」
「ぐっ!」
三連の斬り上げ。
「紅剣・紅鶴!」
斬り裂いた傷の、その中から焼き尽くす唐竹割り。
「朱剣・朱鷺!」
全方位から襲う炎の連撃。
そして──ラスト。
肌を擦り合わすような、ゼロ距離。
「緋剣──緋秧鶏!」
一メートルにも満たない短い緋色の剣を振るい。
渾身の剣技を、叩き込んだ。
けんか。
妹シリアス姉シリアル。