款差違
──バタンっ。
妹はあっという間に棺桶の中へと入り、寝息も立てずに眠りに就いた。
「……やーれやれ」
苦笑を浮かべつつ、溜め息を吐く。
どうやら、まだ食事は終えていないようだった──まあ、直ぐに餓えるような状態ではないようなので、構わない。
後二、三日は軽く持つだろう。
それでも喰えないようなら──まあ、その時は私が骨を折ろう。
姉らしく。
「んじゃ、私はどうするか……まあ、取り敢えずそこら辺ブラつこうかな」
私は窓を開け、燦々と降り注ぐ朝日に顔をしかめた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
理由はさっぱりわからない。
ただ闇樹海を旅立ったあの夜から、私に影が出来るようになったのである。
そして恐らくだがそれが原因で、私は日光に耐えられるようになったのであった。
………ここで言う『耐える』とは『我慢出来る』という事であり、詰まる所平気というワケでは無いということをキチンと明言しておこう。
気分的には毒の沼地を歩いているようなものである。
画面緑色一色。
あーしんど。
「あぢー……焼ける……溶ける……」
フーデットコートを着込み、棺桶を背負いながら、私は歩いていた。
何なら日傘をどこかで買ってこようかと思ったぐらいである。
だったら外に出るなよという話かも知れないが、しかし姉妹揃って夜行性というには私達は目立ち過ぎた。
【黒】の冒険者たる、そして更なる名声を狙う私としては、夜行性というのは少しアレだろう。
そんなワケで私はガンガンHPバーを削られつつも、アルムレイドの街を歩くのだった。
「……アレが例の新しい……」
「まだ子供じゃない……」
「子供っつうか小娘だろ……末恐ろしいにも程がある……」
…………きっひっひ。
良い感じに噂になっているようだった。
「それは良いんだけど……ぐあー、ダメだ。どっか建物入ろ…………」
日射しが強い。
目も覚めるような日本晴れだった。
日本じゃないけど。
カランコローん。
「「「いらっしゃいませー!」」」
「…………お邪魔しまーす」
うんうん。
元気の良い店員さん方だ。
ここまでスッキリはっきり『いらっしゃいませ』と言ってくれれば吸血鬼も心置き無く入店出来るというものだ。
「………ぐっひー」
カウンターに座る。
頬を思いきり押し付け、冷たさをたっぷりと味わった。
「キンキンに冷やしたフルーツジュースをぉ…………」
「はいっ!」
その恐れ知らずの笑顔に、私が【黒】の冒険者という事を知らないのかと思ったが。
「【黒】の方にご利用いただけるなんて光栄ですー!」
と、輝くスマイルを向けてきてくれたので、そうではないらしかった。
まあ、ここは冒険の街。
珍しい事は珍しいのだろうが、その程度でいちいち慌てふためくようでは身が持たないのかも知れなかった。
いやはや、しっかし可愛い店員さん達だなー。
私ほどじゃないけども。
ようやく頭が冷えてきたので、店内を見渡して見る。
広さはそこそこだったが、なかなか客の冒険者達のレベルは高そうだった。
ひょっとすると高級店なのかも……と思ってメニューを見てみたが、別段そこまで高い金額でもない。
だったら何故だろう──と考えて始めた所に、新たな客が入ってきた。
まだ若い戦士。
観た所、中堅に足をかけるかどうかといった所のようだ。
「「「いらっしゃいませー!」」」
その挨拶にデレリと表情を崩す戦士。
すると。
店内にいたやたら厳つい客達が、少年戦士へと集まる。
彼らは笑顔を浮かべながら、戦士の肩を叩きつつ、店の外へと連れ出して行った。
………………
その後、吸血鬼の聴覚に届いてきた殴る蹴る等の暴行の音は聞こえなかったフリをする。
…………なるほど。
この店に通い、可愛い店員さん達に癒されるには一定以上の実力が必要らしかった。
世知辛い世の中である。いや、まったく。
「お待たせしました~!ギュムミのフレッシュジュースです!」
花紫色の果汁と氷が入ったグラスが、目の前に置かれた。
注文通りに冷やしてくれたようで、グラスに結露がついている。
「グッ……グッ……グッ…………ぶっはー!」
ふいー。
取り敢えず、一息つけた。
欲を言えば、コレステロール値、血糖値共に低めの健康的な若い女の血を冷やしてグイっといきたかった所だが、まあ贅沢は言うまい。
一瞬、この店員さん達美味しそうだなー、とも思わなくもなかったが、それを実行に移してしまえばこの店の常連達が血の涙を流して嘆きそうなのでやめておく事にする。
「…………!?」
店員さんの一人がブルリと肩を震わせていた。
殺気は完璧に消していた筈だが、勘の良い人もいるものだ。
まあ、それはともかく。
「暇だなあ…………メリルは何かやること見つけたみたいだったけど」
本当にしっかりしてるよなあ。
チャランポラン極まりない姉としては恥じるばかりである。
が、そんな嘆きが届いたのか、しばらくこの店で時間を潰していると。
「──ここに【黒】の冒険者がいるって本当か?」
と。
一人の少年が店の中に飛び込んで来た。
若いというよりは幼い風貌。
多分、いいとこ十二、三歳といった所だろう。
あと付け加える事と言えば。
彼の頭から、獣の耳が生えている事ぐらいである。
獣人族だ。
まあ、別に珍しくもないが。
「それは多分、私だけど」
そう告げると、少年は不満そうな目付きでこちらを見てきた。
「あんたが……?本当に?」
「……失敬だねえ君。偉そうに飛び込んで来て手前勝手な事を抜かしてかと思ったら疑惑の目線と来た」
「……おい、本当か」
…………私を無視して他のヤツに確認しやがった。
結局その相手が頷いたので、少年は私に向き直った。
「……子供じゃねえか」
「それは否定しないけど、けどあんたよりは子供じゃないと思うよ」
「ふん、口は達者みたいだな」
「……その台詞、熨斗つけてそっくり返すよ」
「そんなもんいらん」
「……こ、こにょガキィ」
はあ、とわざとらしく少年は溜め息を吐き、言った。
「取り敢えず、話がしたい。二人になれる所で」
「……フン、エスコートがなっちゃないね」
「いちいちムキになんな、ダセェ」
「ムキーっ!」
なんだこのクソガキ!
礼節というものがまるでなっちゃない!
もっと年上を敬え!
年功序列を遵守しろ!
そんな私の様子を気にもせずに、少年は店の外に出る。
私は憮然とした表情のまま、それについて行った。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「っで!私にいったい何の用かな!?窮地に瀕している村を助けてほしいとか!?」
「声荒げんな、うるさい」
街の隅っこの路地裏で、私達は対していた。
「んでもってハズレだ。そんな事態ならおれだって相手を選ぶ」
「こ……この小僧があ」
「だからいちいちキレんなよ、面倒臭いヤツだなお前」
「……!…………!」
我慢!
我慢、我慢、我慢、我慢!
「お前を連れてきてくれって頼まれたんだよ、おれの知り合いにな」
「…………はあ?」
なんだそりゃ。
「いったい誰に?」
「誰に……か。そう言われるとおれもよく知らねえんだけど」
「おい!」
「何か知んねえけど、ちょっと前からうちの村の近所のちっさい洞窟に住み着いてる女だよ。前に村の近くで暴れてた魔物に苦労してた時に通りがかって、その魔物を倒してくれたんだ。その縁で、ウチの村人達と仲良くしてたんだが……ちょっと前に言い出したんだ、『赤い髪の腕利き冒険者がこの近くを訪れたなら、連れてきてくれないか』ってさ」
「………ふーん?」
やっぱりなんだそりゃ。
さっぱり心当たりが無い。
「……あんたの村ってのはこっから近いワケ?」
「まあ、近えよ。おれなら一日もあれば着く」
「……ふーん」
改めて、少年を観る。
年齢からしてみれば、少々逸脱した身体能力を持っていそうだった。なかなか鍛えられた肉体だ。
まあ、そう考えると直ぐそこというワケでは無いのだろうが──
「んー、それって今すぐな話?」
「別に。というかあんたが断るなら別にいい。あの人もそんなに重要そうに言ってなかったしな。出来れば、って感じだった」
「…………ふーむ」
困ったなあ。
急を要するようなら断っていたかも知れないが、そんなユルいモチベーションで私を呼びつけたという辺り、なかなか引っ掛かる。
どこのどいつだ、まったく図々しくもふてぶてしい。
こうなると、顔を見てやろうという好奇心も湧いてくる。
「………………オッケイ。だったら明日にしよう。明日の朝日が出た頃に出発って事で、どう?」
「別に、どうでもいいさ。けど、今すぐじゃダメなのか?」
「んー…………まあ、色々と準備があるからさ」
チラリ、と背負った棺桶に目を遣る。
「……気になってたけど何なんだ?その棺桶?財宝でも入ってんのか?」
違います。
妹が入っています。
「…………ま、財宝っちゃ財宝かな」
「?」
「まーとにかく、明日の早朝に《椿燕》に来てよ。ちゃーっと行ってちゃーっと終わらそう」
「わかった」
で、その翌日。
妹と夜明け前に話をしたら自衛ぐらい出来ると言われたので、棺桶は宿に置いていく事にする。
ちょっと心配だったが、眠る前にやたらと罠術式を張り巡らしていたのでその心配は即座に消し飛んだ。
あそこに呑気に忍び込めば、私だって危ない。
頼むから宿の人が掃除で入ったりしないでよ~と軽く念じて、朝焼けの中へと足を踏み出した。
「……以外と時間にはマメなんだな」
「いや、別にー。ただ、ちょっと時間が押してるからね」
遅くとも明日の夜明けまでには帰って来たい所である。
詰まる所は、制限時間は丸一日。
「なら、さっさと行こうぜ……おれが先導するから」
「あ、その必要は無いよー」
グッ、グッ、と軽く屈伸した後、私は付与術を発動する。
「踏み出すは熱き業火、踏み往くは赤き海原──《業火激脚》!」
脚力増強の霊術を唱え、私は少年の襟首を掴む。
「んじゃ、案内よろしくー」
「お、おい何を」
「はい、ジャーンプ!」
私は思い切り大地を蹴り、空中へと高く跳び立つ。
「う、うわあああああ!?」
「きひひひひ、んで、方角はどっち?」
「ど、ど、どっちって……南だけど」
「オッケイ……んじゃ、とばすよおっ!」
空中に『人外通力』による足場を発生させる。
といっても単なる力の塊ではなく──私を後押しするように力の向きを設定して。
「う、うわあああああああああっ!」
そこから一時間程、小生意気なこの少年の悲鳴を聞きつつ、宙を駆けた。
溜飲の下がる思いだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「二時間ちょいか、思ったより時間かかったなあ」
少年がスピードを緩めないと目的地を教えないと言い張ったので、仕方無しにスローにしたのだった。
「ぜ……絶対にいつかぶっ飛ばしてやるからな……その時まで覚えてろよあんた……」
「きひひひひ、りょーかい」
きっひっひっひ。
愉快愉快。
「で、ここに私を呼びつけた無礼者がいると」
洞窟というよりは洞穴だ、と思った。
周りは緑が殆ど無い荒れ地、そのなかにデカイモグラの掘ったような穴があった。
といっても、観た所結構古い穴のようだったが……
やがて、少年が洞穴の中へと声をかける。
「おい!連れて来たぞ!赤い髪の腕利き冒険者!」
…………その声が洞穴に響き、約十秒。
すると。
「……おお、マジでかー。ハハー、やるやんけジューイ。ダメ元やったのに言ってみるもんやなあ」
「おい」
なんて、暢気な声が聞こえて。
「ふーん……ハハー、上から下まで余す所なく、赤赤赤赤赤ずくめ。聞いてた通りやわ」
洞穴から、一人の女性が出てきた。
…………パッと見での感想は、『デカイ』。
何がデカイかと言われれば、青少年の夢と希望と妄想に応えて『胸』と言いたいところだが、生憎と違う。
…………いや、違わなくはないか。
何がデカイというワケではなく──『全て』がデカかったのだから。
身長は、丁度少年の倍ほど──ざっと三メートルはある。
別にデブいというワケではなく、遠目に見る分にはただの健康的な美人にしか見えないだろう。
そして、額からは一本の角が突き出ていた。
……鬼人族か。
「…………?聞いてたって、誰に?」
「んんん?んなもん決まっとるやんか。自分、ルティの弟子やろ?」
「…………るてぃ?」
誰だ、その可愛らしい名前。
「まったまたー、ウチちゃんと聞いとんやで?随分と出来の良い弟子拾ったて」
「え?え?え?」
「んん、こう言えばええんか?自分、バルティオ・ドルネーゼの弟子やろ?」
「!?」
ニヤリ。
というよりは、ニタリ。といった風な嫌な笑みを浮かべて──彼女はそう言ったのだった。
かんさい。
クレアレッド回。
現れた謎の関西弁キャラの正体は。
……ちなみに世界観的には関西弁が実在しているわけではなく、あくまで単なる方言を関西弁としてメタ言語として表現しているだけです。
設定としてはクレアレッドもちゃんと異世界語を使ってます。