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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第二楽章 赤と紅の交響曲
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嬋蠕





夜が明ける前に、急いで姉さんの所まで《影繰渡り(スキアルート)》で移動した。


「おー、メリル。どお?うまい具合に……」


「寝ます」


「早!」


高級宿屋《椿燕》の最上室まで移動したわたしは、部屋の中のやたら豪奢なテーブルの影から自らの寝具を引きずり出す。


「我が統べるは宝櫃、暗きに秘められし無為は誰が為に希望を捕らえん──《黒箪(パンドラ)》」


選択した影を異空間とし、任意の物体を収納する霊術。

それにより、わたしが取り出したのは──二メートル程の真紅の棺桶だった。

白地に紅の紋様が描かれ、禍々しさと神々しさが調和した逆十字が大きく刻まれている。


「おやすみなさい」


わたしは雪崩れ込むようにその中へと入り、目を閉じた。


「こらぁ!事後報告ぐらいしなさい!ちょ、メリル!」


と、聞こえてくる姉の声を半ば無視しつつ、考える。

あの娘の事を、微睡みの中で。



△▼△▼△▼△▼△▼△

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



翌夜。

棺から出て、部屋を見渡す。

どうやら姉は既に出ていったようだ──やれやれ。

なんだかんだで、わたしの好きにさせるつもりらしい。

まあ、姉らしいぶっきらぼうな気遣いだと思う──面と向かって何かを言うこと無く、無言の肯定で他者の意思を尊重する。


「ま、口下手だからなぁ………」


それは単に気持ちを言葉に変換するのが大の苦手という、あの人のパーソナルなのだろうけど。


「………さて、どうしたものかな」


基本吸血鬼という種族は、元来の定義があやふやな分、意識や状態などのメリハリがつけやすいようだった。

コンディション等を、まるでスイッチのように切り換える事が出来るのだ。

そんなワケで、「寝よう」と思ったら次の瞬間には眠っていたりすることが出来るのだが──しかし精神面を自在にコントロールするのは無理だ。

まあ、それはむしろ良いことだと思う──メンタルまで自在に弄くれるとなったら、最早それは生命とは言えまい。

………まあ、吸血鬼に生命が在るのかはともかくとして。

とどのつまりわたしは今、もやもやとした気分だと言うワケだ。


「………こういうのは、姉さんには無用の長物なんだろうなあ」


多分、あの姉は悩む事は有っても迷う事は無い。

その生き方は、ある種羨ましくもあり、同時に眺めていて酷く不安にもなるのだが。

やりたい事はやる。やりたくない事はやらない。

そんな生き方を曲がりなりにも罷り通らせている姉には、純粋に尊敬の念を抱かなくもなかった。


「………いや、まあ、真似しようとは思わないし思えないんだけど」


よし。

切り換えよう。

わたしは今、何がしたいか。


「まずは……外堀から埋めていこうかな」


わたしは寝床を影へとしまい、部屋を出た。



▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



仄かに明るい月夜をわたしは静かに歩く。

昨夜一晩を丸々情報収集に当て、取り敢えず大体の事情を把握した。


「なるほど……そういうこと(・・・・・・)か」


そのまた翌夜の今夜、一応自らの中で情報を整理してから、改めてわたしはあの少女の家へと向かっていた。

これ以上のことは、彼女自身に訊くしかないだろう。


「……まったく、面白味の欠片も無い話ですね」


特にこれといった表情を浮かべる事も無く、そう呟く。

まったく。

よく在る話だ。


「……どうも」


幸い、家への道中で少女を見つける事が出来た。

幸運の二乗である。少女を探す手間が省けたし──何よりもあの家の中で話をせずに済んだ。


「あなたは──」


「少し、お話しを聞いても構いませんか?……カリサさん」


栗色の髪の少女に、そう訊ねる。

少女は少しの沈黙の後、小さく頷いた。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 ▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



「あたしのお母さんは……裏ギルドに所属していたんです」


街の小さな酒場にて、わたしはカリサさんと向き合い、話を聞いていた。


「お母さんは、悪人だったと思います……きっと人の道に外れるような事をたくさんして……たくさんの人の、命を、奪ってきたんだと思います」


そこまでいってから──少女は縋るような目線で、こちらを見てきた。


「それでも──それでも、わたしのお母さんなんです」


「………」


裏ギルドとは、ざっくばらんに言えば犯罪組織である。

盗賊、海賊、山賊、なんでもござれな日陰者達の吹き溜まりだ。


「虫がいい話だとは思ってます。だけど、だけどもう、わたしにはお母さんしかいないんです」


「……で、わたしにどうしろと?」


わたしはテーブルの上の紅茶を飲み干し、訊ねた。


「お母さんの病気を治すか、和らげるか………それが出来ないのであれば、お母さんの遺した邪霊術書を見つけ出して下さい」


どうかお願いします。とカリサさんは頭を下げる。


「……邪霊術書を見つけろ、というのはどういう事なんですか?」


「お母さんが生前に研究していた邪霊術書を、お母さんの所属していた裏ギルドが要求しているんです……それを寄越せばお母さんを治してくれるって」


「……へえ」


「これまでにも何度か、声を掛けられて……わたしの方でも探したんですが、見つからなくて」


「……まあ、話は分かりました」


わたしは席を立ち出口へと歩き出す。


「引き受けますよ」


それだけ言い残し、店を出た。



 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼



「取り敢えず………その裏ギルド、《戯れ兎》に探りを入れてみましょうか」


人目につかない路地の一角で、わたしは自分の姿を『改変』する。

身長を更に伸ばして、姉と同じ位にし、念の為に髪の色も変えておく。

これで、取り敢えずの変装は完了だ。


「後は、昨晩の内に目星を付けておいたギルドメンバーを……」


目を瞑る。

《戯れ兎》のメンバーを見つけ、バレないように衣服に血を付けておいた。

自らの血は吸血鬼にとって手足よりも自在に操れる器官だ、お陰でギルドホームの位置も掴めたので、後はそこへと向かう者を見つければ……


「……見つけた」


ギルドホームへの隠し通路を幾つか張っていると、やがてそこを目指す者を見つけた。

急ぎ足で先回りし、影に潜む。


カツ、カツ、カツ、カツ。


闇の中に響く靴音。

やがてわたしの潜んだ影の上を通り──その瞬間に影から影へと移動する。


(侵入成功っと)


許可を得ねば家屋に入れないという謎の制限が吸血鬼には在るが、入る人物の影に潜んでおけばその縛りはクリア出来るらしい。

運ばれる物の影などではダメだったのは、物体には家屋に入る意志が無いからだろう。

要するに潜んだ影の持ち主に便乗するワケである。


しばらく時間が経ち、やがてギルドホームへと辿り着く。

ギルドホームは、地下通路を通った先に在った。

長い螺旋階段を昇ったその先は、街外れに立つ扉の無い塔の内部。

そこが──裏ギルド《戯れ兎》のギルドホームだった。

《戯れ兎》は識者(ウィザード)ギルドだ。表の世界で生きて行けなくなった識者や、裏の世界でしか自らの腕を活かせない識者、手段を選ばずに自らの研究に没頭したいと願う識者等が集まった組織である。

カリサの母親がどれに属する識者だったのかは、わたしには知る由も無いが。

それはともかくとして、影から周囲の様子を伺う。

どうやらわたしの潜む影の持ち主はギルド内でそれなりの立場にいるらしく、回りのメンバーは低姿勢だった。

これは幸運だ。

どうやら今夜のわたしはツイてるらしい。

やがて影の持ち主は、自らの私室へと向かった。

部屋に入った後、わたしは部屋の周囲に誰もいないのを確認し──一瞬で影から抜け出る。

そして僅かな気配も気取らせる事も無く、背後から喰らいついた。


「──カッ!?ハァ………ッ!」


名も知らぬ識者はまともな抵抗も出来ないまま、血液を一滴残らず絞り取られた。

パサリ、とミイラになった死体が床に落ちる。


「………ふう」


………やっぱり、特に何も感じる事は無かった。

あの姉は小さな心配が過ぎるのだ。


「さてと」


部屋を物色し始める──何か情報が無いものか。

しばらく探していたものの、残念ながら個人の研究についてや、ギルドの雑記などしか無かった。

まあ、大事な情報なら探してすぐに見つかるような所には置くまい。

情報は諦めて、わたしは床に落ちているミイラから衣服を剥ぎ、それに着替える。

そして、自らを『改変』した。


「これで………変装完了かな」


わたしの体は、今いる部屋の持ち主の姿になっている筈だ。

少なくとも遠目に見る分には

バレる事は無いだろう。


「では、さっさと終わらせましょうか」


夜という時間は、ことのほか短いのだから。



せんにゅう。




メリルフリア回。

『彼女』が一体どんなキャラなのか、ご覧あれ。

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