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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第二楽章 赤と紅の交響曲
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姿奠






「──二名宿泊、お願いします」


カラン、と銀板を三枚カウンターに置く。


「い、いいいいえあの!【黒】の冒険者(トラベラー)様に御代を頂くワケには!」


「んじゃー、チップって事で。………えっと、言うのはパーティ名だけで良いんだっけ?」


「あ、はい!」


と言っても、パーティ名なんて決めてないんだけど。

しかし。

刹那の時も経たずに頭に浮かんで来たその名を──私は口にした。


「それじゃ──《赤紅朱緋》で、お願いします」



○●○●○●○●○●○●

●○●○●○●○●○●○



「っで!何やらかしてくれてんのよメリルちゃん!」


「えー………姉さんがそれをいいますか」


鬱陶しげに私の声に応えるメリル。


「てゆか、その謎のキャラ変はなんなのさ!何故に敬語!」


「姉さんの支離滅裂さを、形の上だけでも整えようと思った結果ですよ。もう少し色々と自重してくれればわたしもこんな真似をせずに済むんですが」


「うー、あー、いやその」


言葉に詰まる。

まあ、そこを突かれるとぐうの音も出ない。


「いやいや!だったら尚更なんで大衆の面前で最上級霊術なんかぶっ放してんのさ!もう巷で噂になってるよ──彗星の如く現れた謎の美少女識者(ウィザード)ってさあ!」


バン!と凝った装飾の机を叩き、私は言う。


「新たなる【黒】の美女冒険者、クレアレッドのインパクトが薄れちゃってるでしょうが!」


「怒るポイントはそこですか………」


もはや慣れっこなジト目を浴びつつ、私は負けずに続けた。


「私のサクセスストーリーが無茶苦茶になっちゃうでしょうが!ただでさえ私はなんでか良くない噂を立てられてるのに!」


「火の無い所に煙は立たないでしょう」


酷いことを平気で言う妹だった。

お姉ちゃんそんな子に育てた覚えは無いぞ!


「と言うよりは、火は火元から騒ぎ出す──でしょうね」


あくまでもメリルは辛辣だった。

ええい負けないぞ!


「いいいいいいでしょう!懇切丁寧に教えてあげましょう──委曲を尽くしてあげましょう!この私の完璧なる計画について!」


「なんで姉さんまで敬語なんですか」


「ズッバリ!『ヒーローになって生き馬の目を抜こう』作戦!」


「………なんか、姉さん頭悪くなりました?」


………泣くな私。

妹に見劣りしないキャラを作り出そうとテンションを上げている事がバレてしまうぞ!

くっそう。

オタクで、天才で、魔法少女で、妹で、敬語で、毒舌でっていう。

どんなキラーキャラクターだよ!

完璧に私を喰いにかかってるだろ!


「当初は細々と目立たないように無難に生きて行こうとも思ってたんだけど──」


「それ、深海魚が空を飛びたいと思うようなものですよね」


………反応しないぞー。

『口から内臓でちゃうよ!いくらなんでも悲惨過ぎるでしょその例え!』とか言ったりしないぞー。


「まあ、それは無理。性に合わないと悟り、いっそぶち抜けて有名になってやろうと──語り継がれる英雄位になってやろうと思い立ったワケですよ!」


「良い感じに極端ですね………知能の欠如がありありと感じ取れます」


「つぅまぁりぃ!」


既に目尻に涙を浮かべながら言った。


「灯台もと暗しというか木を隠すなら森の中というか──ようするに、『まさかあの人が密かに人を喰っているわけがない』と言うような立場にまで登り詰めればいいんだよ!そうなれば悠々自適に暮らしていけるワケ!」


「………はあ、まあ、妥協案ではありますが、一応馬鹿なりに考えた方でしょうか」


「だ、だよねえ!」


おっしゃ!

ハイ論破!


「ただし」


メリルは凍てつくような笑みを浮かべて言った。


「ことわざの使い方を微妙に間違っているのと、何気に『まさかあの人が密かに人を喰っているわけがない』と言われるような状況に追い込まれる事を前提にしている事と、何よりこれ以上悠々自適に暮らす気かふざけんなという点を除けばですが」


「生まれてすいません!」


土下座した。


「ま、まあ、そうだねえ。そう考えればメリルのあの霊術も伝説感が出て良かったかもね………」


「そうですか」


「んで?なんでメリルはあんなことしたのかな?」


顔を上げて訊ねる。


「まあ、それは姉の思惑を見越して、世話を焼いただけですが」


「………へ?」


「あのわざとらしいパフォーマンスを見れば嫌でも察しがつきますよ」


「………………」


妹の掌の上で踊らされていた。


「わざわざ『識覚同調』や『銃血』まで使って………少し調子に乗りすぎでは?」


「い、いやー。まあ【黒】クラスの実力者なら固有の『始原能(オリジンセンス)』持ちも珍しくないみたいだし?まああれぐらいならだいじょぶかなーって」


「はあ………取り敢えず、姉さん。何かしでかす時は予めわたしに相談しといて下さい」


「おっけー、善処するよ」


「まったく………」


そこまで言うと、私は起き上がり、メリルの座るベッドの向こうの窓から街並みを見渡す。

既に陽が沈んで、闇が世界を包んでいた。


「んー、じゃあ品定めといこっかあ」


口元を歪め、夜の街を歩く人々を観る。


「メリルも──そろそろ喉、渇いてきたでしょ?」


「………………」


「きひひひひひ、大丈夫だってえ………直ぐにどうにもならなくなる(・・・・・・・・・・)からさ」


そう言うと、私は妹の手を引き歩き出す。

血腥い、闇の中へと。



■□■□■□■□■□■□

□■□■□■□■□■□■



私達がいるのは、この虹の大陸の中心に存在する、大陸最大の国家──「自由共和国フリシオン」。

二百年前の『魔眼大戦』で滅ぼされた、或いは大きな被害を被った国々が集まりできた大国である。

二百年前の爪痕もようやく癒え、様々な種族が共に生きる活気ある国となった。

そんな国の中でも、極めて大きな街。

ギルド連盟本部のお膝元。大陸中の冒険者達が集う、冒険都市──アルムレイド。

時刻は深夜。

まだまだ賑やかな中心街を離れ、灯りも少ない裏通りの街へと歩を進めた。


「まあ、治安は良い方だけど

、別に冒険者ってのは正義の味方達ってワケじゃないからねえ。むしろチンピラ荒くれ者の方がずっと多い」


「ええ、そうですね。目の前に適例があります」


「………………ねえ。もしかして私が傷つかないとでも思ってるのかな?」


「さあ?ただ、傷つけてもさして問題無いだろうとは思っています」


「うわあああああん!」


泣いちゃったぞ!


「もういいもん!メリルのバーカバーカ!そうやって歯に布着せないまま誰かを傷つけつつつっけ………」


「噛みましたね」


「ヒック………うー………」


恨めしげに睨んだが、メリルは素知らぬ顔だ。


「で、この街がどうしたんです?」


「………………ようするに、綺麗じゃない(・・・・・・・)冒険者達の溜まり場があるんだよ」


「なるほど、つまりこの辺りですか」


「うんうん」


辺りを見回すと、いかにもチンピラといった風の連中が屯していた。


「さて、どうする?」


「………どうするとは」


私はその問いに笑顔で応える。


「どんな奴を喰べたい?」


「………………………」


そこでメリルの足が止まる。


「楽しそうですね」


「そうかな?まあ久しぶりの食事だしね──取り敢えず、その辺の適当なのを路地に連れ込んじゃう?」


「お任せしますが」


「いやいやここはメリル主導で行こうよ。何事も経験だよ」


「………はあ」


溜め息を漏らし、メリルはスタスタと先に歩いて行ってしまう。


「──キヒッ」


その後ろ姿を見届けた後、私はくるりと回れ右をし、自らの獲物を探し始めた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「──ふう」


姉が離れて行くのを感じ、溜め息を吐く。

正直、煩わしかった。

姉の酷く不器用な──優しさが。


「憎まれ口叩かなきゃ心配もできないんですか………全く」


随分とわたしの『食事』について気にしていたようだが、正直余計なお世話だった。

そんな覚悟も無く──自分が隣にいるとでも思っているのか。

そんな憤りさえ沸いてくる位だった。


「そもそも、霊術で殺すのも喰い殺すのも結果は変わんないでしょうに………それに、別に喰べるのが初めてってワケでも無いですし」


まあ。

旅に出てからは──初めてだが。

しかしだからと言って、そう深刻になる事でも無い筈だ。

適当なコソ泥でも捕まえて、目立たないところで喰ってしまえば──


「きゃああああああ!」


と。

酷く幼い声色の悲鳴が聴こえて来た。


「………………」


聴こえなかったフリをしても良かったのだが、良い機会かも知れないと思い、わたしはその悲鳴の元へと歩きだした。

距離は、そう遠くない。

路地を進んでいくと、案の定小さな人だかりが出来ていた。


「い、いやっ!離して、離して下さい!」


「そうはいくかこのコソ泥がっ!とうとう取っ捕まえたぞ、最近騒ぎになってた盗人はてめえだろう!」


「嫌!そんなの知りません!」


「おい、そのまま抑えとけよ。見かけは上玉だ。落とし前はキッチリ付けてもらうぜ」


………さて、どうしたものか。

コソ泥は当初の予定通りに見つかったワケだが。

パッと見は別の犯罪の図だ──俗に言う婦女暴行である。

しかし、どうやらあの娘──だいたい十代半ば──は泥棒らしい。犯罪者相手なら、まあ大抵の事では罪に問われる事は無いだろう──言ってしまえば自業自得だ。

………おっと、押し倒されたな。

時間は無いがどうしたものだろう──別に通り過ぎても構わないだろうけど。

別にあの娘を助ける義理も義務もメリットも無いのだし、まあここはスルーするのが正解だろう──


「い、いやっ………お、お母さんっ………!」


と。

思考はそこで止まる。


「………その辺にしておけば良いと思いますよ」


気が付くと。

少女に覆い被さるようにする男達三人に、声を掛けていた。


「………あ?なんだてめえ」


「俺達ゃこれから、この小娘に罪の重さってのを教えてやるトコなんだが?」


「他人様のもんを勝手に自分の物にしちまうような餓鬼にゃあ、大人としてキッチリ社会の道理ってもんを教えてやらなきゃなんねえからなぁ」


「………それはあなたがたの役割ではないでしょう?さっさとその娘を警務団に突き出せばそれで済む話です」


そんなわたしの冷ややかな台詞は、男達の熱くなった頭には気に入らなかったようで、男の一人がこちらへ歩いてきた。


「………おい、嬢ちゃん。何を人を悪者扱いしてんだ?犯罪者はこいつの方で、俺達ゃ哀れな被害者だぜ?」


「ええ、そうですね。あなたがその娘を無理矢理押し倒すまでは、そうだったんでしょうね」


「ああ゛!?」


男はわたしの胸ぐらを掴み上げ、怒りで歪んだ醜い顔を近付けてきた。


「てんめえ………今なんてナメた口利いた?」


「はあ………あなたがたのその蛙並の脳髄に配慮して、はっきり言ってあげます──命が惜しければ、消えろ。そう言っているんですよ」


「………喜べてめえら。とびきりの上玉、追加だ」


そういって男は拳を振り上げ──

そして、音も無く崩れ落ちた。


「──お、おい!?」


「はあ………ま、馬鹿馬鹿し過ぎるので殺す気も起きません。取り敢えず、使い物(・・・)にならなくするだけで勘弁しておいてあげますよ」


未だ唖然としている残る二名につかつかと歩いていき──そのまま股間を蹴り上げる。


「──────!」


もう一人には手早く(足早く?)足払いをかけ、仰向けにひっくり返った所で──踏み潰した《・・・・・》。


「!!!!!!!!」


──モヤシっ娘だったわたしだが、せっかく手にいれた高い身体能力を腐らせるのもなんなので、ここ最近は姉さんに簡単な体術等を習っていたのだ。

いや、吸血鬼(わたし達)に合わせて言うなら──倣っていたと言うべきなのかも知れないが。

まあ、何はともあれその成果はそれなりに出ていた。

超の付く感覚派である姉の、抽象的極まりない教え方に少々不安を覚えていたものの、この分だとあの姉に腹の立つドヤ顔をさせる事になりそうだ。

因みに教わっていた最中は、『師匠に教わった通り教えてるんだから絶対間違いないって!』と連呼していた。

………似た者師弟め。


「………さて、貴女は大丈夫ですか?」


わたしは何食わぬ顔で、少女にそう呼び掛けた。

………なんやかんやでかなり姉の影響受けてるなあ、と内心で苦笑いを溢した。



●○●○●○●○●○●○

○●○●○●○●○●○●



少女をどうにかこうにか家に帰した時、既に時刻は夜明け前だった。


「お母さん、ただいま」


少女はさっきの件などまるで無かった事のように、自宅に入るやいなや大きな声で挨拶──はまだ夜なのでしなかったが、しかし小声ながらも少女は確かにそう言った。


「………そこに、掛けて下さい」


少女は指で椅子を指し示す。

わたしはおとなしくその椅子に座った。


「その………さっきはありがとうございました」


「別に、単なる気紛れですし」


にべもなくそう答えると、少女はことさらに恐縮する。


「あの………お礼をしたいのは、やまやまなんですけど、でも………」


「構いませんよ、盗人に施しを貰う程落ちぶれたつもりはありませんしね」


「っ………」


ふう、と溜め息を吐き、席を立つ。


「これに懲りたら、お金は真っ当な方法で稼ぐ事ですね。………ではわたしはこれで」


「っ!待って下さい!」


「………何ですか?」


少女は切羽詰まった風に言う。


「あの………お姉さん、もしかして識者ですか?」


「………そうですが」


まあ、この辺は冒険者の溜まり場のようだしそう見えるかも知れない。

女性冒険者は半数が霊術使いなのである。


「それが?」


「あの………治癒式の心得がありませんか?或いは、使える人をご存知ありませんか………?」


「………………」


チラリ、と横目で離れたベッドを見る。

そこには。

………………………


「………あったら、どうするんですか?」


わたしがそう言うと──少女は、床に頭を擦り付ける。


「………お母さんを、助けて下さい」


「………」


わたしはそれを碌に見ないまま扉から外へ出て。


「無理です」


それだけ言うと、振り向かないまま後ろ手で扉を閉めた。



しなさだめ。




御覧の通り、主人公の馬鹿さ加減が加速しています。

可愛い妹が出来てハッチャケてるのもあるでしょうが、そもそもこいつはこんなキャラです。

章題通り、この章は姉妹のあれやこれやがメインになるので、お楽しみに。

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