士険
「──準備は良いかね?」
高いところから声が聞こえる。
「はいはーい、オッケーでーす」
ピラピラと手を翻し、その問いに応えた。
「では、これより【白】冒険者、クレアレッド・フラムルージュの昇色試験を開始する………試験の内容は」
パチン。
と、指を鳴らす音。
すると、ゴゴゴゴゴ、と鈍い音と共に門が上へと昇り、開いていく。
ガシャン、と開ききると同時にそこからあらゆる装備の冒険者達が静かに歩んでくる。
それぞれが浮かべている表情だけで、彼らが一人残らず腕利きである事が伺い知れた。
「今回の件で【黒】に立候補した【白】冒険者達──その中でも選りすぐりの者達だ。総勢十名」
そこまで言うと一拍置き、訓練場の観戦席から私を見定める視線が飛んできた。
「無論──宵王国で起こった大災害、『黒の悪夢』についての君の活躍は聞いているし、僅か五年で【白】にまで駆け上がった君の実力に今更疑う余地も無い。しかし──」
私を取り囲むようにして武器を手に取った十人をチラリと見る試験官。
その様子を見て、私は言った。
「──まあ、示しってもんは確かに必要ですよね。私だってかの《黒天十二星》の称号を甘く見ちゃいません。この程度の試練を越えられずして、《星》は名乗れませんからねぇ。変に遠慮しなくて結構ですよ、ギルド連盟上層部の方々の意見もよおく解ります」
私がそう言うと、試験官殿は苦笑を浮かべる。
「………かの《影森の蜥蜴》のマスター殿が災禍へと赴く前に遺したギルド連盟への推薦状に、君の名があったその理由。その欠片ほどなら私にも感じ取れたよ。君の放つその雰囲気は何度も感じたことがある………【黒】を目の前にした時、決まって感じるものだ」
「それはそれはどうも、光栄デスヨ」
私は肩を竦める。
試験官は真っ直ぐにそんな私を見て言った。
「そもそも宵王国王家からの推薦があった時点で、君の昇色はほぼ確定したと言ってもいいのだが………知っての通り、我等の世界は力が全て。欲するモノは力で掴み取るのが鉄則だ。何より、小五月蝿い者共を黙らせる為にはこれが一番手っ取り早い」
「キヒヒヒ、それには全面的に同意です」
「で、こうしてわざわざギルド連盟本部の訓練場にて試験を行っているというワケだ」
「………観客に入場料までせびって、ですか」
「あー、それは、まあ、ハッハッハ」
と、試験官──いい加減名前を言おう。ギルド連盟上層部に属するギルド連盟の顔、ファニキス・クーオールが快活な笑い声を上げた。観客席からも大きな笑い声が上がる。
「さてそれはさておき、さておいて、だ。そろそろ始めよう──十人を戦闘不能にすれば君の勝ち、君が戦闘不能になれば君の負けだ、分かりやすくて良いだろう?」
「そりゃあもう」
トントン、と私はブーツの爪先を地面で鳴らす。
「しかしギルド連盟では、三対一での【白】との戦闘に勝利する事を試験としているのだがね」
「三人って、ギャグですかそれ。【黒】の中にその条件で昇色した人いるんですか?」
「──まあ、いないな」
「ですよねー」
ヘラヘラとした笑みを浮かべた後、私は念の為に詳しい条件を訊いておく事にした。
「で、殺してもいいんですか?」
その問いに、ファニキス試験官は毅然とした口調で答えた。
「無論これは真剣勝負。死者が出るのも致し方無い事では有るが、出来るなら大怪我程度で済ませてもらいたいものだな」
「ほーい、善処しまっす」
軽く屈伸をする。無論吸血鬼である私はデフォルトでベストコンディションへと『回帰』し続けるという反則な特性があるため、準備運動は全く不要なのだが、まあ気分の問題だ。
「では、始めよう──試験、開始!」
と試験官の声が響いた途端に、何かが額目掛けて飛んで来る。
「っぶなあ!」
飛んで来たのは初級雷鼓術、《蜂雷針》。
風蘭と並んで速度に秀でる──稀に伝説級の光芒使いが文字通りの『光速』を使用できる事もあるらしいが──雷鼓術でも特に素早さに特化した初級術を無詠唱で使用し、鋭い牽制を入れてきた。
もちろんこんな術で仕留められるほど間抜けでは無い、しかし──
「──んなっ!?自動追尾かよっ!?」
雷の針は私の額ど真ん中が在った場所を通りすぎた後、しかし速度を落とす事無く再び私目掛けて飛んで来た。
これこそが術者次第で様々な性能を付加できる魔導識の強みだ、【白】の冒険者に相応しい腕前を思い知らされる。
「っとお、驚いてる暇も無いってか!」
試験開始からまだ三秒も経って無いっての!
そんなセリフを言う前に、三名の前衛──格闘士、修行僧が先駆け、遅れて軽戦士が私を三方向から狙う。
だが、ここにいるのは心の通った仲間達ではない。
【黒】の称号を狙い集った、言わばライバル同士だ、チームワークとは無縁である。そこに互いを補い合う繊細な連携は存在しない。
そしてそんな矢継ぎ早の攻撃を喰らう程、私は油断していなかった。
拳、脚、片手剣が私を狙い──空を切る。
「「「!!!」」」
──《眩む炎幕》。
揺らめく陽炎を発生させ、私は素早く真上へと跳ぶ。
そこで懲りずに私の額を射抜き追尾してきた雷の針が、更に宙に跳んだ私を格好の的と思ったのか後衛の識者達から数々の魔導識が飛ぶ。
「甘いっつー………のお!《赤い靴》!」
自分の血を脚へと纏わせ、ムーンサルトキックを放つ。
飛んで来たのは初級術ばかりだったため、一つ残らず掻き消す事が出来た。
もちろん、追撃を受けるつもりは無い。流石に十名を相手に真っ向勝負はかなりキツめだ、さっさと数を減らすに限る。
幸い、さっきの通りにチームワークは即興ものだ。互いに互いをカバーする雰囲気は微塵も無い、各個撃破はそう難しくないだろう。
「やっぱりまずは、霊術使いから!」
私は空を蹴り、全速力で後衛へと駆ける。
パッと見霊術使いの数は四名。それぞれバラバラに訓練場の四隅へと散っていた。
纏めてやられるのを避け、私がどれかを潰そうとしたら他の三名が狙い打つ。面倒な陣形である。
が、やはりそこにあるのはチームワークではなく互いを利用する為の機転だ。
背後で三つの霊術が発動されたのを視る。
後方から飛んで来たのは三つの霊術、《氷鋭弓》、《雷穿弾》、《火炎榴弾》。
それを感じて、私は手早く防御術を発動した。
「《混沌の抱擁》っと。そんじゃあ………ぶっ!飛べぇ!」
私は正面の識者が霊術を放つ直前で大きくバック宙を決める。
逆さになった視界で、私に氷の矢と雷の弾丸、炎の爆弾が飛来してきた。
私はそれをオーバーヘッドシュートのノリで──思い切り蹴り飛ばす。
《火炎榴弾》の爆炎が私を包み込むが、元々の炎禍属性への耐性と《混沌の抱擁》によりダメージはほとんど無い。
そして《赤い靴》で蹴っ飛ばした残り二つの霊術は、目前の識者が放った風蘭術、《空練砲》と衝突した。
──閃光。
単純な物量差に吹き飛んだ目前の識者は、背後の壁に衝突し、気を失った。
これで、まずは一人。
爆風に乗りまたしても宙に舞い上がった私は、懐から一枚の符を取り出す。
「心侵すは虚ろなる御手──《幽幻の拳》」
翠色の符へと拳を叩き込む。
瞬間。
「「「ぐばぁっ!!」」」
先ほど真っ先に私へ向かってきた三人、格闘士、修行僧、軽戦士が崩れ落ちた。
………しっかし息ぴったりだなあ。
ホントはパーティ組んでんじゃないのか?
まあ、何はともあれ。
「これで四人………っとお」
宙に立ち、残りの六人を確認する。
ここまで減らせばもう………
「………ゴリ押せるか」
残る相手は、前衛二人と中衛一人に後衛三人。
後衛からデカイ霊術を喰らわなければ、ほぼ勝ちは確定だ。
三方向に別れた後衛を仕留めるのは面倒だが、私が中央にいる限り自滅を誘える──
と、そこで前中衛の三人が向かってきた。
双剣使いと刺突槍使い、そして盾持ちの片手剣使い。
「斬り合い殴り合いは上等だよんっと」
徒手空拳で構えて三名を迎え撃つ。
さて、どう来るか──
「沸き立つ闘志よ我が身に宿れっ!《剛強招来》!」
少し遅れた後ろの剣士が、三名へと並列化した付与術を放つ。
「おっと、霊剣士か。まあ、それはお互い様だけど………さっ!《烈火剛腕》!《業火激脚》!」
腕力強化、脚力強化の付与術を使い、炎を宿した四肢で、まずは刺突槍での突撃を受け止める。
微塵も後ろへと圧される事無く、私はそれを真っ向から受け止めた。
「なっ………!」
「かーるーいっ!てのお!」
私はそれを一気に押し返す。
一瞬で私は訓練場の壁へと辿り着き──目の前の戦士を叩き付けた。
「ごっっっはあっ!」
大きく吐血する槍戦士。
感触からして、背骨が逝ってるかも知れなかった。
ついでに。
「──ピギュっ」
と、変な声を出し、識者もついでに一人潰せていた。
避けようとはしたようなので、中途半端に挟まれるだけで済んだようだった。いやはや危ないところだ。
まあ、ただでさえ反則臭い吸血鬼の膂力を更に強化して、その程度の怪我で済んだのだから、めっけものだろう。
とにかくこれで、更に二人。
残り──四人。
「いや──もう、二人か」
そう呟く私の背で、双剣使いと霊剣士がそれぞれの武器を振りかぶっていた。
それを視ていた私は、掌を背後に向ける。
「──《散乱する赤の咎》」
轟音を立てて背後の二人が銃血により吹き飛ぶ。
「さあてっと、あとは………」
振り返り、残る二人の識者を見る。
「吹き荒べ斑雪、その白き怒りを今ここに下したまえ──《雹雪扇》!」
「轟け逆鱗、天巡る声は怒涛の霹靂とならん──《天雷光戟》!」
巨大な吹雪の渦と凄まじい雷の矛が、同時に襲いかかって来る。
その二つの霊術は優れた技術により、形状が絶えず変化し続けながら私へと迫って来た。
下手な迎撃は裏をかかれかねない──そう判断した私は防御に徹する事にする。
「遮れ、数多の生を喰らいし断崖よ。いかに爪牙を突き立てようとも、我等の怨嗟は侵せぬと知れ──《死怨絶壁》」
私の目前に、悍ましい嘆きの形相で彩られた巨大な闇の壁が現れる。
しかし、吹雪と雷は生き物のように壁を避け、私を的確に狙ってきた。
だが──甘い。
《死怨絶壁》から、無数の赤黒い腕が湧き出て、吹雪を掻き消し、雷を握り潰す。
そして二つの霊術を消滅させ、《死怨絶壁》が消え去ったその時──既に私は一人の識者の背後に回っていた。
《死怨絶壁》はもちろん霊術を防ぐ為に発動したが──しかし、私の姿を相手の視界から消すというオマケ付きだった。
後頭部を軽く殴り、気絶させ──最後の一人の元へと駆け出す。
最後にカウンター狙いの霊術が飛んで来たが、それを紙一重ながら躱しきり──
最後の一人へと、決着の手刀を放った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──完全勝利だったな。非の付け所も無い実力だ、クレア嬢。改めて、君を【黒】冒険者と承認する」
「はいはい、どうもー」
ファニキスさんからの言葉を聞き流しつつ、私は体を軽くほぐしていた。
これもまた気分の問題だが、まあ久しぶりのまともな戦闘だったので別に良いだろう。
「わかってはいる事だろうが、一応形式として言わせてもらうよ。改めて君は【黒】の冒険者──通称《黒天十二星》の末席に座ってもらう事となる。君の名乗る《星》については、要望があれば聞くが、基本的にはこちらで決定させてもらう」
「あー、それはおまかせします。どうでもいいので」
二つ名ねえ。
名乗るのは藪かさではないんだけど、なんか、堂々と我こそは何々なりーとか言うのはやっぱあれだな。
フッ。
少しは私も大人になったか。
「えーっとお、そんで質問なんですけども、確か上位の冒険者が他の冒険者の昇色を推薦する権利ってありましたよね?」
「ふむ、確かに。無論その一存で決まるワケではないが、はえて【黒】となった君の推薦はかなりの力となるだろうな」
「ですよねー。で、【白】の冒険者に推薦したい子がいまして。冒険者ではないんですけども、別に問題無いですよね?私のパーティに入れたいんですよ。もちろん実力は保証します」
そう言うと、私は観客席に座る妹へと目配せする。
妹は一足飛びで、観客席から訓練場へと移動してきた。
「………メリルフリア・リルクリムゾンです」
目映い金髪を翻らせ、煌めく紅眼を閉じつつ、メリルはペコリと礼をした。
「まあ早い話、私の妹でしてね。実力をお疑いなら、適当な【白】とぶつけてもらって構いませんよ」
「いや、また勝手な事を………すみませんファニキスさん。馬鹿な姉で」
「あー、いやいや、はっはっは、別に構わんよ」
ファニキスさんは笑いながら鷹揚に答えた。
………馬鹿なのは否定しねえのかよ、オイ。
「馬鹿姉はこう言っていますが、別にわたしとしては無理に昇色したいとは思っていませんので。聞き流してもらって構いません──ほら、さっさと行きますよ姉さん」
「ちょちょちょ、耳引っ張らないでよ!ベタだなあメリルは」
と、私が可愛い妹に引き摺られて訓練場から出ていこうとすると──
「ふ、ふざけんじゃねえ!」
と、後ろから声をかけられる。
「お前みたいな小娘に、俺が負けるワケがねえ!もう一度勝負しやがれ!」
──さっき私が壁へと叩き付けた刺突槍使いの重戦士が、声を荒げていた。
「んー?さっき私は小細工無しであんたをぶっ倒したつもりなんだけど、何か問題あったかな?」
「他の雑魚共が、余計な邪魔をしやがったからだ!何より俺の実力はまだあんなもんじゃねえ!うざってえ雑魚共がいなけりゃ絶対にてめえをぶっ殺せる!」
「………負け惜しみか?今のは完膚無きまでに君の敗北だった。ここにいる全ての人間がそう思っている筈だ」
ファニキスさんが鋭い目で重戦士を射抜くが、彼はそれに気付きもしないまま私へと罵声を浴びせる。
「小細工ばっかしやがって!てめえに【黒】の資格なんざありゃしねえ!小娘が!」
………小娘ねえ。
仮に小娘だとしても、別に資格が無いワケではないと思うが。
なにせかの【虹】の冒険者、通称《五神》の一角には僅か二十歳で最高位までに上り詰めた化け物がいて、そしてそいつは女なのだから。
どうもこの世界では、男女の差はあまり存在しないようである。
それでこそファンタジーかもしれないが。
んー………そうだなあ。
「………いい加減にしろ見苦しい。これ以上ほざくなら、私の権限で貴様の冒険符を停止させる──」
「ちょおっと待って下さいファニキスさん」
と、私はストップをかけた。
「………また碌でも無いこと思いついてるでしょ」
「きっひっひ、何を言うのさマイシスター。私はこの状況を綺麗に解決する、一石二鳥なアンサーを悟ったのさ」
妹の白い目線に耐えながら、私は提案した。
「じゃあ、あんたが私の妹に勝てたら私は【黒】の冒険者から降りるよ。いやいや冒険者自体を辞めたっていいね」
「んだとぉ!?」
「はああああ………」
重戦士は更に声を荒げ、メリルは深い溜め息を吐いた。
「それでいいですよね?ファニキスさん。なんせ冒険者は力が全てですからねえ」
「………ふむ」
「それに、観客の皆さんにもいいパフォーマンスになると思いますよ?ひょっとするとお捻りが飛んで来るかも」
「よし、では戦闘のルールは姉君と同じでいいかね?メリル嬢」
「ファニキスさん決断早!金になると見たら即断即決ですか!」
ガクー、と大きく肩を落とすメリル。
なんつーか、この子色々とリアクション大きくなってないか?
元々こんなもんだっけ?
「はああ、もう決定なんですね………ええ、わかってますとも。もう無理なんですよね、はい」
ぶつくさ言いながら、メリルは訓練場の中心まで歩を進める。
「メリルー。棺は持ってこなくて良いワケ?」
「別に……この人なら武器なんて無くても問題無いよ」
ボウ………と、メリルの紅眼が揺らめき始める。
「おい、クソガキ!言った事は守れよ!」
「あーはいはい、わかったわかった」
私はおざなりに答える。
「んじゃ、とっとと始めて下さいファニキスさん」
「了解した──では、始め」
瞬間的に、メリルは霊文を詠唱し始める──どうやら長引かせるつもりは無いようだ。
「瞬け閃光、白きを満たして邪を祓え──《白光の眩祇》」
ボボボボボ、とメリルの掌から幾つもの光球が湧き出てくる。
その光球は訓練場のあらゆる所へと飛んでいき、周囲を旋回し始める。
そして、パチン。とメリルが指を鳴らすと。
閃光が、全てを白く塗り潰した。
「ガアアアアアアっ!」
光熱による熱風と、閃光による目眩ましを同時に発揮する上級霊術だ。
しかし、盾による防御を行ったようで、何とか耐えた重戦士はメリル目掛けてまたしても突っ込んでいった。
「………猪だってもう少し考えますよ。猛き巌の刃は僅かの歪みも赦す事無く貫き裁かん──《峨峨鳴鳴嶮劔》」
その霊文が紡がれた瞬間に──
訓練場の地面から、凄まじいとしか言い様の無い山塊が出現し、屋根をも突き破って顕現した。
「………………」
「………………」
私は、ポカンと口を開けて、呆然とする他無かった。
メリルは素知らぬ顔で、カツカツ足音を立てながら回れ右をして戻って来て。
やがて、肩を竦めて告げた。
「──これでいいですよね?」
しけん。
第二楽章開演。
吸血鬼姉妹を待ち受ける冒険とは!
そして目前に迫ったストック切れを前に、書き手は毎日更新を続ける事が出来るのか!?
期待と緊迫の新章突入!
毎日更新が止まった時は察してね!