度闥
ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ。
雨が止んだ闇樹海で、そんな鈍い音が響いていた。
「お、見ーつけた」
そこでは。
金髪の少女が首の無い死体にマウントポジションを取り、恐らくは首から上が存在したのであろう紅い染みに向かって、無表情のまま何かをブツブツと呟きながら、ひたすらに両の拳を振り下ろし続けていた。
………………………
シュールだ………
「………はい、そこまで」
と、その少女へと私は後ろから抱き着いた。
「──あ」
少女は。
静かに振り向き、私の顔を見つめる。
「………お、お姉、ちゃん」
「うん」
私は満面の笑みで、その言葉に答えた。
「お姉ちゃんだよ」
「う──うう、う──うわあああああああああああ!」
少女は、滂沱の涙を流して私の胸に飛び込んで来た。
………私は何も言わずに、少女をなるべく優しく抱き締めた。
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○●○●○●○●○●○●
結局。
私達は、ここへ戻って来てしまった。
かつて闇森人の一家が住んでいた、その場所。
もう二度と帰れない、その場所へと。
「──師匠」
師匠が。
バルティオ・ドルネーゼが──その焼け跡の中心に、立っていた。
「………クレアか」
師匠は、ゆっくりと振り返る。
そして、その目を見開いた。
「………………メリル、なのか?」
私の背で眠る少女を見て、師匠は言う。
「いいえ?」
私は微笑みながら、言った。
上手く笑えた自信は、無かったけれど。
「──メリルフリア・リルクリムゾンです。私の可愛い、妹ですよ」
そう言うと、私はゆっくりと背中で眠る妹を降ろす。
コートを地面へと敷き、その上に静かに寝かせた。
………ゆっくりと、その金髪を撫でる。
「………死んでなかった、のか」
「いえ、『メリル・オノマ』は死にました。そりゃもう完っ全に」
自らの命と引き換えの霊術を使い──挙げ句の果てにその身を炎で焼かれて。
完膚無きまでに、死に終わった。
「だから──産まれ変わらせました」
そう。
その焼死体を──牙にかけ。
私の妹として。
クレアレッド・フラムルージュの眷属として。
吸血鬼として──産まれ変わらせた。
吸血鬼に血を吸われた者は、吸血鬼になる。
吸血鬼の最後の能力──『眷属創造』。
それを、使用した。
「ま、詳しい仕組みは私にも解っちゃいませんよ。いつも通りに」
「………そうか」
相変わらずの、無表情だった。
私は続けて師匠に問う。
「………師匠。師匠は──知ってたんですか?」
師匠は。
俯いたまま──静かに答えた。
「………………………ああ」
「………………そう、ですか」
そっ、かあ。
「………………………クレア」
「やめてください」
と、私は師匠の言葉を遮る。
「謝ったり、しないで、下さいよ。私は、ひねくれ者なんです。謝られたら、許せなくなっちゃう」
ギュ、と師匠は手を握り締める。
「私は、師匠を嫌いたくない、恨みたくない、憎みたくない。だから、お願いだから──何も、言わないで」
「………………………」
「………………私、出ていきます」
そう、伝えた。
「………もう、師匠の弟子じゃ、要られません。もう私に──そんな資格、ありません」
「………………そう、か」
「………師匠、私は」
「なら」
と。
師匠は、その手に霊剣、霜楓を喚び出した。
「最後に稽古、つけてやる」
「──はいっ」
うん。
確かにその方が、私達らしい。
「手加減無しでお願いしますよ──って、要らない心配でしたね」
「ふ、そうだな」
師匠は──いつだって本気だった。
全く、師匠に向いてない。
「絶ち凪げ赤月──んじゃ、いきますよ」
「ああ、いくぞ」
うん。
かかって来い──なんて、師匠は絶対に言わないのだ。
音も無く──私達は同時に駆け出した。
目と目が合い、お互いにお互いの意思を交わす。
──一本勝負。
私は大上段に構え、師匠は体勢を低くする。
渾身の斬り下ろしと会心の斬り上げが──衝突した。
「赤剣・赤狩!」
「迅斬・嶺渡!」
──キィン。
甲高い音を立てて──赤月が宙を舞った。
ヒュンヒュンヒュンドス。と地面へと突き刺さる赤月。
「んー………まだまだ遠い、ですかね」
「………いや、良い一太刀だった」
師匠は、ひょっとしたら初めてなぐらいのくっきりとした笑みで──そう言ってくれた。
「………師匠」
私は。
大きく頭を下げて、感謝を告げた。
「──ありがとうございましたあっ!」
そう告げると。
師匠クルリと背を向けた後に──ボソリと、呟いた。
「まあ──ちゃんと礼を言えるようになっただけ、少しは成長、したかもな」
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「デレたー!師匠が、師匠がデレたー!」
「いや、それはもう聞いたって!何でこんなとこにいるの!?」
ウリギノグス闇樹海、入り口付近。
数年ぶりに訪れたヨラクの町を歩きながら、私達は会話していた。
「いっやー。メリルがグースカ寝てる内にちょっと師匠に破門されちゃってねえ」
「はあ!?」
「いやそんなことよりさあ!あーもーあの笑顔をメリルにも見せたかったなあ!記憶が何故か劣化しない特性に今、心から感謝するね!あの笑顔だけでご飯釜で三杯いけるわ!あーもう、もうっ!」
「誤魔化さないで!」
と、メリルが怒鳴った。
「な、なんでそんな──あ、あれは!わたしが勝手にやった事で!」
「メリル、それは違うよ」
肩を竦めて私は言う。
「メリルは関係無い。ただ単に、あのままじゃ私は私を許せなかったし──師匠は師匠を許せなかった。それだけの話だよ」
おっと、もう師匠じゃないんだった。
「それに、いつかは出て行こうとは思ってたしね。言ってたでしょ?」
「………うん」
ポンポン、とずいぶんと高くなった頭を叩く。
「しっかし、背ぇ伸びたねー。耳は人間みたいになったけど」
「うん──なんでこうなったかは、よくわかんないけど」
メリルの身長は、百四十ぐらいから百六十ぐらいまで一気に伸びていた。
ついでに闇森人の特徴で、唯一反転していなかった長かった耳も人間の形になり、そして碧かった瞳は──紅色に煌めいていた。
まあ、吸血鬼にとって外見なんてものは在って無いようなものなのだが。
変えようと思えばいくらでも変えられるしね。
「で、なんでここに寄ったの?」
「メリル、忘れちゃった?私達は陽に当たる事が出来ない身体なんだよ──移動は計画的にしないと命が消し飛んじゃうのさ」
やれやれ、世話が焼けるなあ。
「………よくそう臆面も無く『計画的』とか言えるよね。無計画無鉄砲の生き見本みたいな生き方してるくせして」
「………………」
毒を吐かれた。
「ゴホン!………あー、もちろんそれだけじゃないよ。ちょっと挨拶しときたい人がいてね」
「?」
「ほらほらー!見えて来たよーん!」
と、私達の行く先に見えたのは。
この闇樹海最大の病院だった。
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「おっす、コルダム」
闇樹海病院の一室で、私はかつての仕事仲間と面会していた。
ギルド《影森の蜥蜴》所属の【白】冒険者、コルダム。
ここは彼の病室だった。
「しっかししぶといねーあんた。あんだけ死亡フラグビンビンに立てといて生きますか」
「………へっ。死に損なっただけだ。結局、何も守れやしなかった」
暗い表情で言うコルダム。
「んなこと無いでしょうよ。あん時あんたらが体張ったから私達は生きてんじゃんか」
私はともかくとして、少なくとも他の連中はそうだろう。
「よせよ………今回の一件、解決したのはお前なんだろ?」
………とりあえず、そういう事にしている。
メリルを含めた闇森人達は皆哀れな犠牲者として扱われる筈だ………いや、別に私が手柄を立てた事にしたかったワケじゃなく。
「別に、私が全部解決したってワケじゃないよ………ほとんどオババ達がやって、私は始末を付けただけ」
「………そうか」
そう。
事実上、《影森の蜥蜴》は壊滅した。
ギルドマスターのオババを始め、主要メンバーがあらかた死んでしまったのだから、まあやむを得ない事だろう。
「まあ、セレモさん達も生きててよかったじゃん。外から来てくれた人が死ぬのは、やっぱ忍びないよ」
などと言うものの、コルダムには慰めにはなるまい。長年所属した、家族同然のメンバーがあらかた死んでしまったのだから。
………………家族、ね。
「私は──外に出るよ。もっと、世界を見てみたい」
「そうか、良いと思うぜ。お前はこの闇樹海におさまるタマじゃねえよ」
「ん、サンキュ」
私はそう言うと立ち上がった。
「ま、精々私の武勇伝を心待ちにしてなさいよ」
「そうさせてもらうぜ………頑張れよ」
私は軽く手を上げて応え、病室を出た。
「………あれ?メリルは?」
病室のすぐそばで待っている筈だったのだが。
私は目を閉じて、メリルの居場所を探る。
私とメリルの間には、最早確たる繋がりが生まれているのだ。居場所ぐらいすぐに分かる。
「ん………ロビーの方か」
と歩を進めていくと、そこには──
「えーっと………もうすぐ連れが来るので」
「いや、そんな見え見えな嘘吐かなくていいじゃないか。少しお茶しようって言ってるだけで」
「いや、本当にあなたの為に言ってるんです。酷い目に合わない内に早く──」
「大丈夫さ、変なことしたりしないよ。少しのんびりお喋りしたいだけ──」
「──わあああたしの妹になにさらしとんじゃこのスカタンがああああああっ!!」
ドロップキックをかました──と思ったらメリルに紙一重で邪魔された。
「どぉきなさいメリル!お姉ちゃんそんなやつとの結婚は認めません!」
「いや、飛びすぎだから!何がどうなったらそうなるの!?」
などと言う寸劇をしつつ。
とうとう私達がこの闇樹海を旅立つ時が、来たのだった。
○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○
「う、うわあああああああん………」
「あーもー、何でここで号泣するの………」
月明かりの下、私達は闇樹海から出て、宵王国の大地を歩いていた。
「いや………こういざ、遠くから眺めてると色々と込み上げるものが………ふおおおおおおん、じじょお~~」
「ああ、やっぱりバルティオさんだったか………」
「当たり前でしょ!うううううう、師匠ー。師匠師匠師匠~」
「ほら、しゃんとしてよ。そんなノロノロ歩いてたら次の町に着くまでに夜が明けちゃうよ。計画的がどうとか言ってたのはなんだったの」
「計画通りに行くなら誰も人生苦労しないんだよ、うええええええ………」
「出たよ前言撤回………あれだよね、責任感ってものが欠片も無いよね」
「う~………」
しょぼ~ん、と俯きながら歩き出すと。
有り得ない物が、目に飛び込んで来た。
「………げ、が」
「え?」
「影が──在る」
私の足元には。
月光によって、底の見えない闇が──生まれていた。
闇樹海、最深層。
そこに在ったのは、無論闇だ。
闇以外の物が、ここに存在する筈も無い。
だが。
その闇は。
この世界の何者にも聞き取れない囁きを、零したのだった。
『──ヒ──トツ────メ』
たびだち。
別れと旅立ち。
これにて第一楽章、終演となります。
ここまで読んで下さった皆様に心からの感謝を。
さて、次章は二日のインターバルを頂いてから開演となります。
吸血鬼姉妹の冒険を、楽しみに待って頂けたら幸いです。