終劇
「──ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
喉から慟哭が迸る。
視界が赤く染まり、頭がコナゴナになるのではと思うほどの激痛に苛まれている。
何より。
自らの左肩付近が──灼き尽くされるかのように熱い。
「ア゛、アアアアアアアッ!ガアッガアアアア!」
この苦痛は、罰だ。
赤い赤い私の罪禍に下される、ささやかな天罰の一つ──
「────────カァッ!!」
と、最後に一つ吼え。
私は、全ての罪禍をさらけ出した。
「き、貴様──」
と。
フルーリアが戦きを隠そうともせずに訊ねてくる。
「ソレは──何だ」
ソレ? ドレ?
「ああ──コレかあ」
と。
私は自らの左肩を眺める。
そこには。
赤い。赤い。赤い。赤い。
醜い。醜い。醜い。醜い。
酷く無機質な、翼が在った。
「キヒヒ、ヒヒ──こりゃいいや。うんうん、私は昔から鳥になりたいと思ってたんだよ」
いや、まあ、それは嘘だが。
「ん──何か飛んでるな。何だろこれ」
その無機質な翼の周囲を。
謎の文字列が円を描いて、包み込むように廻っている。
よく見れば翼だけでなく、やたらと大きい羽の一枚一枚にも、変な文字が刻まれていた。
「霊文を文字化したもの──えーっと、確か霊字ってんだっけ?何でも良いけどさ」
肩をすくめて、改めてフルーリアへと向かい合い、告げる。
「んじゃ、死ねよ」
私は手早くそう言うと、駆けた。
「なっ──」
驚愕の表情を浮かべるフルーリア。
回避しようとするも、段違いに強化されているのであろうその動きさえ、今の私には遅すぎる。
「──赤剣・赤螺」
螺旋を描く斬撃が、フルーリアの身体をバラバラに解体──
しなかった。
「あり?」
「………っ」
よく見ると。
自分のその手には、何も握られていなかった。
「うわっちゃ!恥っず!何だこの凡ミス!しょーもなっ!」
赤月喚ぶの忘れてた!
「………な、嘗めるなぁっ!」
フルーリアは白き直剣、アルエットを振るおうとして。
見事に空振った。
「あっはっは。うんうん、これがホントの空振りだねえ」
と。
アルエットを右手で弄びながら、私は言った。
「ば──馬鹿な」
「うん。確かに馬鹿馬鹿しいよねー。よくわかるよ、その気持ち」
剣を振るうその一瞬に、ヒョイと鋒を指で摘まみ、取り上げた。まあ、それだけの事なのだが。
「んー、ま、いいや。取り敢えず今回は試運転って事で。なるたけ素の状態で殺ってみよっか」
さて、どんなことが出来るのか──
「があああああああ!」
黒き曲刀、乱れ髪を振るうフルーリア。
「ホイっと」
その一閃にカウンターを合わせ、手刀を放った。
──ザン。
お返しだ。
「ぐうううううっ!」
右腕を斬り飛ばして、私は一端距離を取る。
「んー、単に基礎能力が爆アゲされただけなのかな?いや、こんな大仰なもん生やしといてそれは無いでしょー」
などとぶつぶつ言いつつ、自らに生えた左翼を改めて眺める。
「ぐっ──あ゛あ゛ああああっ!」
と、叫び声をあげながら、フルーリアは自らの右肩に左手を添える。
すると──
ズリュズリュリュ。
と、腕が生えてきた。
「………うおー。どこの大魔王だよ、あんた」
せっかくの美人が台無しだ、などとどうでもいい感想を抱く。
「しょ、勝負は、これからだ──」
「いや、だからさあ。勝負はもう終わったんだって──勝負になんないんだって。何?まだ私があんたを敵視してるように見える?」
誰がどう見ても、さっきから相手にしていないのが一目瞭然だと思うのだが。
「あんたの奥の手にゃーそれなりにビックリしたけどね。まあ、面白い手品が見れたよ。サーンキュ」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなあっ!!こ、こんな筈が無い!何かの間違いだ!」
「おお、良いこと言うねー。うんうん、そうだよその通りだよ。確かに、こんなの何かの間違いだよねー」
うんうん、と心から頷く。
「で、あんたはその『何かの間違い』で殺されんの。別によくある事でしょうに。みーんな何かの間違いで死んでくのさあ。あんたらが殺した連中だって、きっとそう思ってたでしょうよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、私は言う。
「ま、運がなかったって諦めなよ。たまたま降ってきた隕石に潰されて死んだーくらいに思っとけば?」
「あ──あり得ない!私は!私は叔父上と共に!闇森人の真価を世界に──」
「はん、笑わせる。この程度の力、どこにだって転がってんでしょ。竜にでも成ったつもりだった?棚からぼたもちな絵に書いた餅のくせして?」
ばっかばかしい。
「はーっ。もういいや、さっさと死んじゃえ」
何となく。
私は自分の罪禍たる左翼をはためかせた。
厭な風が巻き起こり、身体が宙へと舞い上がる。
「ふんふん、まあ翼なんだから空は飛べるか。で、んー………こうかな?」
更に大きく翼を羽ばたかすと、霊文字を宿した羽が禍々しい赤光を帯びて降り注ぐ。
「──《堕落の赤羽》」
降り注ぐ赤羽は、容赦無くフルーリアへと襲いかかる。
「ぐっ──こんなものっ………!」
フルーリアは驚異的な速度で《堕落の赤羽》から逃れようとするが、しかしそれは愚かの極みだ。
「んなっ………!?」
「追尾型だよん。だから諦めなって」
赤羽はフルーリアの速度に完全についていき、その数歩後ろで追い続ける。
「キヒッ!潮時だね──」
そこで私は。
パチン、と指を鳴らした。
瞬間。
赤羽の一枚一枚が赤き光球へと変貌し、フルーリアの身体を抉った。
「っ!があああああああああああっっっ!!」
一際大きな悲鳴を上げたフルーリアは、さっきまでの勢いのまま、慣性の法則に乗っ取って地面を滑って行った。
私は地上へ降り立ち、その側へと歩み寄っていく。
すると私の目に入ってきたのは──
「──ははあ、なるへそ。吸血効果を持った羽か、らしい能力だねえ」
《堕落の赤羽》を喰らったフルーリアの四肢は、見事にミイラ化していた。
「ん──うんうん、確かに吸収出来てるっぽいね。腹が満たされた感があるよ」
しかし強力っちゃ強力だが、割かし地味目な気が。
まあそれも私らしさかなあ──などと思っていると。
「ぐっうううう──馬鹿、な。何故、何故再生しない──」
「ん?──あ、そか。なるほどそういう事ね。あーはいはい」
吸血鬼の吸血──その本質はあの子が教えてくれた通りなら、それは魂識の簒奪だ。
根幹から矛盾した存在である吸血鬼を維持させる為に、他の安定した『存在』を求める。故に血を啜る。
「──魂識への直接ダメージ、というよりは吸収か。なるほど、それをここまで使いこなせるとなったら──そりゃ反則だ。キヒヒヒ」
チートだ、チートだー。
ま、それなりに苦労して手に入れた力なんだし、多目に見てもらおう。
「キヒヒヒヒヒ──おし、試運転終了。んじゃ、終わらせよっか」
と、私はフルーリアの首根っこを掴むと、真上へ放り投げる。
《堕落の赤羽》により既にかなりの量を吸血され、もはや虫だってもう少しは息をしているだろうというぐらいにまで達していたその身体は、冗談みたいに軽かった。
「キヒヒ、んじゃ宣言通り行くよ──絶ち凪げ、赤月」
そして私は──
「改めて──赤剣・赤螺」
スライスし。
「叩き潰せ、稚拙なる贄。眼を舐め、踝を掻き、自らの臓を抉り取るがいい──《破宵の暴宴》」
ミンチにし。
「唸れ、殲滅の嵐。黒々き闇は一切の希望を滅ぼし、静かに墓標を突き立てん──《黒風闇渦》」
ミキサーにかけてから。
「あーーーん」
丸飲みした。
「………ふんふん………んー、ごっくん」
と、暫し味わってから飲み干すと。
素直に、感想を述べた。
「──おいしっ♡」
◆■◆■◆■◆■◆■◆■
ウリギノグス闇樹海、災害指定区域──深層。
そこで二人の男が相対していた。
一人は闇森人最強の男──ダフニ・ユーノス
もう一人はバルティオ・ドルネーゼ。
吸血鬼クレアレッド・フラムルージュの師である。
少なくとも──今、ここにいるのは。
「迅斬・雁渡」
バルティオが振るうのは八振りで一振りの霊剣──鈍蜘蛛。
一本はバルティオの手に、他の七本はバルティオの周囲を旋回し、バルティオの剣技にシンクロして振るわれる。
まず間違いなく、大陸最高峰の霊剣だ。
「──甘いわぁ!」
降り止む素振りも見せない雨の中、その剣撃を難なく捌く。
その手にあるのは、霊剣イドランギオン。
漆黒の細剣は圧倒的なその連斬を、見事に防ぎ、逸らし、躱し切って見せる。
それはそのか細い剣が、鈍蜘蛛に匹敵するだけの代物であるという証明だった。
「ふん──まあ、【黒】にふさわしいだけの腕は持ってるらしいな」
八振りの霊剣を、まるでこともなく悠々と遣いこなすバルティオ。
見事自分の剣技を防いだ目前の男の技量を見て、そんな風に呟いた。
無論、いつも通りの──否、いつも以上の無表情だ。
「ほざけ、師弟揃って下らん戯言を。《凶黒》だと?洒落ならもう少し気の利いた事を言え」
「別に洒落でも冗談でも無いんだがな。まあ、確かに俺はもうOBだが………」
《凶黒》。
この虹の大陸全土にお伽噺のようにして語り継がれる、暗殺ギルドだ。
その詳細は、一切不明。確かに信じる者などほとんどいないだろう。
何せ《凶黒》の語られる特徴は尾ひれ羽ひれが付き、何が真実なのかは何もわからないのだ。
ただ語られる《凶黒》の噺の中で、絶対に共通している特徴がある。
《凶黒》に狙われて助かった者は──皆無だと。
「それに、俺は《凶黒》としてここにいるんじゃない──ただの闇樹海を愛する平凡な住人の一人だ」
「ほざけぇ!」
「さっきからほざけほざけと五月蝿いなお前………」
と、共に駆け出す二人。
迅雷の交錯。
「──甘いのはお前だ。迅斬・真風」
八つの直衝き。
交錯の刹那に放たれたソレは、ダフニの身体に容赦無く文字通りの風穴を空ける。
だが。
「いいや!貴様だ!」
「──!?」
そして、バルティオの右肩をイドランギオンが貫く。
「………………チッ」
舌打ちを零し、一端距離を取るバルティオ。
「ハハハハハハハハ!どうだ!これこそが私の力──《虚ろなる闇神兵》だ!」
「………その再生」
「ああ、これか?何、我が《闇の闇神兵》の力のほんの一端よ──ここからが本番だ、せいぜい良い当て馬になってくれ」
「………………」
バルティオは沈黙した。
その再生を脅威に思った──ワケではない。
その再生に見覚えがあったから──否。
彼の感想からすれば──見覚えしか無かったから。
そう。
あれは再生などではなく──
「シャア!」
高速で駆け出すダフニ。
無論、バルティオに見切れない速度ではなかったが──さっきまでとは段違いだ。
「があああああああっ!」
「っ」
夥しいまでの圧倒的な衝き。
それはもはや壁の如くに、バルティオに迫る。
「迅斬・野分」
しかし、バルティオもまた凄まじいまでの空圧を生み出す剣撃を放ち、それを相殺する。
ゴッ──と。
周辺一帯の大樹を圧し曲げる程の爆裂的な風圧が巻き起こり、闇樹海を駆け巡った。
まさかこれを防ぐとは思っていなかったダフニは、苛立ちを見せる。
「おのれ──ならば!暗き神々よ、夢幻の裁きを今ここに!闇に巣食う物の怪よ、虚空を解きて災いを齎せ──《魔怪怨殺》!」
ダフニの掌から毒毒しい暗闇が沸き出てくる。
それは全てを殺し尽くす【死亡】の因子を宿す闇絶術、圧倒的なその闇は何者も生かす事無く滅ぼすのみ。
だから。
バルティオもまた、自らの真価を発揮した。
「──迅斬・松濤」
──風が。
風が、ダフニの放った闇を完膚無きまでに蹴散らした。
「バ──バカなああああああああああああああ!!」
その風はダフニの闇を打ち払うだけでは飽き足らず、それを放った本人すらも凪ぎ払う。
「………………」
それを、バルティオはやはり無表情で眺めているのだった。
キラーン。
と星に成りは──流石にしなかったが。
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「生きていたか。まあ──一応、流石だと称賛しといてやる」
深層から序層まで遥々と吹き飛ばされ──尚もダフニ・ユーノスは生きていた。
どころか、もはやその身体に傷は無い──その再生能力が思い知らされる結果だった。
しかし、その本人のプライドは──もはや見るも無惨なまでにズタズタになっている事だろう。
「貴様は………貴様は一体何者だ………この力をいとも容易く………」
「別に、さほど珍しいものでは無い。俺にとってはな。例のホロトゥリオンも、似たような奴を見たこともある」
「………!?き、貴っ様ぁ!!まさか、まさか──魔族かあ!」
「そうだが………まだ気付いていなかったのか?意外と間抜けなんだな」
「おっのれぇ!!」
と、ダフニは激昂する。
「二百年前!闇樹海を統べていた我等を絶滅寸前にまで追い込んだ貴様等が!またしても!」
「はあ………いや、まあ、俺に言われても困るが」
「──させん!させんぞお!我等の悲願を二百年前の二の舞にさせてたまるものかぁ!!」
そう叫ぶと、ダフニは精霊陣を展開する。
「黒き悪夢よ、我が元に集え!更なる力を私に与えよ!」
ダフニは再び立ち上がり、イドランギオンを構える。
「周囲のホロトゥリオンに呼び掛けた!後は集まってくるまでの時間を稼げば──」
「ああ、済まん、それは無理だ」
バルティオはあくまでも無表情のまま──告げる。
「もう──ホロトゥリオンは全て始末しておいた」
「………………は?」
「まったく、師匠使いの荒い弟子だ………まあ、そもそも師匠らしい事をしてやれていない俺が悪いんだが」
物憂げな表情で、そう呟くバルティオ。
「結局──俺が誰かを教え導くなんてのがお笑い草だったってことだな………いつだって肝心な時には役立たずだ、俺は………」
「な、何の話をしている!ハッタリだ!『全て』だと!?闇樹海内に一体何体のホロトゥリオンがいると──」
「八百弱」
酷くどうでもよさげに、バルティオは吐き捨てる。
「俺が倒したのは、それぐらいだったかな。討伐作戦のと会わせると千はいってたか?よく増やしたな、大したもんだ」
ダフニは言葉を失う。
少なくとも闇森人の制御下にあったホロトゥリオンは千前後、それに間違いは無い。
「──いや、下らんハッタリだ!一体この闇樹海がどれだけの広さを誇っていると思っている!ホロトゥリオンは序層外へも進出していた!この五日間で倒し切れるワケが──」
「風蘭の因子を忘れたのか」
最早独白のようなバルティオの言葉だった。
「【加速】と【遍在】───まあ、確かに俺一人となれば時間はかかる。五日間じゃ少しキツかったかもしれんな。しかし、あの程度の敵なら『重複体』でも充分殺し尽くせる。後は古い友人に手伝ってもらったのと、何より──」
と、バルティオは空を仰いだ。
その秀麗な顔を、雨が打つ。
「………雨が、降っていたからな」
そこには。
確かな、哀しみの表情があった。
ふう、と溜め息を吐く。
「さて、最後に一つ質問だ。ホロトゥリオンが発生したのは──五年前の鼓の月の末だな?」
「──馬鹿な、何故そこまで」
「………………………そうか」
と、うつむきながらバルティオは零した。
そこで。
「──かかったな、魔族めがぁ!!」
ダフニがそう叫ぶと、地面から黒き黒霧が吹き上がる。
それは、パドルノ・ゾルマッロが遣った霊術と同質の物。
「………最後の悪足掻きか?霊術は遣っていなかったはずだが」
「言っただろう!再生などは《虚ろなる闇神兵》の力のほんの一端に過ぎないと!この黒霧は私の身体を変質させたもの!貴様の風でも斬り払えはしない!」
「………不愉快だな全く。本当に、不愉快だ──余りに見覚えが在りすぎる」
バルティオの手に握られた、純白の一本以外の背後に浮遊していた鈍蜘蛛が、周囲を囲むようにして突き立てられていく。
「馬鹿が!今さら何をしても手遅れ──」
「──迅斬・光風」
その純白の鈍蜘蛛が振るわれ──周囲の黒霧は一瞬にして消滅した。
「ギ、アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
ダフニは身体中から血煙を上げながら、のたうち回った。
「………己の弱点ぐらい自覚していろ。もっとも、この五年間この闇樹海の奥地に引きこもっていれば、浴びているワケがないがな──陽の光など」
──霊剣、鈍蜘蛛の特性は全ての属性を網羅している事。
一振り一振りに、八属性の内の一つずつが宿っている。
そして今バルティオが振るったのは──言うまでもなく、光芒の属性を宿した剣だ。
「なあ──!?ななな何を言って」
「まあ、早い話がお前達の計画はハナから机上の空論だったという話だ。………あの世で、セデスとカナリーに謝るんだな」
「──!?おのれぇ!おのれおのれおのれえええええ!未だに!未だに私の邪魔をすると言うのかぁ!セデス!カナリー!」
「違うな、お前の自業自得な身から出た錆だ。しかし──あいつらの遺志は今も生きている。それは、お前の言う通りだ………残念だったな」
そこでバルティオは目を瞑り、白の鈍蜘蛛を宙へと投げる。
「──もう、雨は止む」
そして、ぬかるんだ地面を蹴った。
周囲に円を描いて突き刺さる七本の鈍蜘蛛。
その一本を引き抜き、一閃。
続いて二閃、三閃と中央のダフニを斬り続け、その度に鈍蜘蛛が引き抜かれていく。
そして最後──八閃。
墜ちて来た白の鈍蜘蛛を手に取り、終劇の剣閃を放った。
「──迅斬・颶風」
しゅうげき。
主人公覚醒回――のハズだったのに師匠が全部持って行った。
……ザマミロばーか。