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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
36/90

喜劇





降りしきる雨の中、わたしは闇樹海の序層内を静かに駆けていた。

もともと陽の射さない闇樹海は湿気が多いため、既に足元の地面は随分とぬかるみ始めている。

お下がりのブーツは泥塗れになり、後で洗わなくちゃと思いそうになったが、しかしすぐにもうそんな必要は無くなったのだと思い返す。

身に纏う純白のローブもまた泥を浴び、汚れていくものの、もう二度と洗う事は無いのだと思うと少し虚しくもなる。


「──くすっ」


こんな状況で衣服の事について真面目に考えている自分に自分で笑みが零れてしまう。

やはり、影響を受けてしまっているのだろうか──だとすれば嬉しかったり悲しかったりだが。

などと考えているうちに、目の前に大きな崖が見えた。まあ、最短距離をひたすら真っ直ぐに突っ走っているのだから当然だろう。

少し前傾姿勢のまま走り──崖っぷちで思い切り踏み切る。


「──う、わっ!?」


つい、恐怖から全力で踏み切ってしまった為、崖を軽く飛び越え、さらにその先にある樹々へと飛び込んでしまう。


「うわわ、うわ、うわっ!?」


とっさに大樹の幹を蹴り、衝撃を殺そうとするも、それにも予想以上の力が入ってしまい、樹々の間を蹴りながら飛び回る事になってしまう。

が、やっているうちにすぐにコツを掴めてしまい(・・・・・・)、ぬかるみを走るよりもと樹々の間を蹴り回りながら進んで行く事となった。

運動音痴のわたしからすれば信じられない事だ。


「なんだか………少し怖い、かも。まるで自分の身体じゃないみたい………」


と、そこまで言った後、また苦笑を洩らす。

その通り。

もう、ある意味これ(・・)は自分の身体では無いのだ──


「──と。………追い付いた」


目前に、獲物を捉える。

思った以上に何も感じる事は無く──ただ絶対零度の殺意だけが胸中にどす黒く渦巻く。

対象は未だ闇樹海の暗闇の中──しかしわたしの眼にははっきりとその姿が確認できる。

元々暗視は始原能(オリジンセンス)、『暗視瞑眼』として所有していたが、それを遥かに上回る性能だ。

おかげで──確実な奇襲がかけられる。


「激流秘めし川門よ開け、それは全ての命を呑み干す青き砲口──《愚水流咆(エクヴォリ)》」


右手に展開した魔導識(スペルコード)により、爆発的な水流が標的──闇森人(ダークエルフ)達を押し流す。

不意を付かれた闇森人達は、ただ為す術も無く押し流されるだけだった。


「うわあああああ!こここ今度は一体なんだあ!」


「いやあ!私泳げない!たれがだずげゴボボブ」


「ゲェホォ!樹にぃ!樹にづかまれえ!」


などと喚く闇森人達だったが、微塵も表情を変えないまま、一切なんの感情も湧かないまま、わたしは次の魔導識を行使した。


「荒れ狂う猛威よ、狂乱にその身を任せ水禍を巻き起こせ──《流転回水(ディニクール)》。目醒めよ大地、汝の剣をただ震わせ今突き立てん──《岩剣山衝(ロカベルク)》」


《愚水流咆》により発生した水、ついでに降りしきる雨を《流転回水》により纏め、渦巻かせ、そして《岩剣山衝》によりその渦の中に発生させた岩の剣山は、押し流される闇森人達の身体を容赦無く砕いていく。

ものの一分で水が赤く、紅く染まっていった。


「──と、この辺で止めとこっか」


魔導識を打ち切り、水を退かせる。

その場には水をたらふく飲み気絶した者、身体を岩剣山に水流のままぶつけて砕いた者、運良くか機転を利かせた結果か未だ意識を保っている者の三種類がいた。


「うーん、前二種類は面倒だしもう殺しちゃおっか。水よ、あどけなき殺意に戯れよ──《流水刃(アクアエッジ)》」


わたしの手に水刃が宿り、それを振るう度に水刃が飛び、その先で血が巻き上がった。

素早く数十回程振り、半分ほどになったところで面倒になって別の魔導識を発動させる。


「大地よ、その身に幼き怒りを灯せ──《土石棘(ランドニードル)》」


地面が鋭い棘を次々と成し、残り半分の意識を失った闇森人は瞬時に貫かれ、絶命した。


「後はこれで──もう百人もいないか。全く、減らしすぎだよ──お姉ちゃん。わたしの分もちゃんととっといてくれないとさ………ん?」


何らかの気配を感じ、気配の元へと目線を向けてみると──


「──あ。『赤尸鬼(ドゥルグワント)』達。追い付いてきたんだ」


そこには、わたしの同類・・である赤尸鬼達が蠢いていた。

赤尸鬼達は本能に従って生き残りの闇森人達に襲いかかろうと、歩を進める。


「ヒ、ヒイイ………もうおしまいだあ」


「や、やめ、やめてやめてやめて!化け物になんか成りたくない!」


未だ鬱陶しくも喚く闇森人達。

そして当然その願いを聞くワケも無く、赤尸鬼達は変わらない速度で闇森人に歩み寄り、そして──


「──止まって」


ピタリ。

時が止まったかのようにその場に停止する赤尸鬼達。


「どうも、ご苦労様。みんなよくやってくれたね。だから──もう、あっち(・・・)へ還る時間だよ。………おやすみなさい」


わたしがそう告げると──

赤尸鬼達は静かに赤い血煙を上げながら、崩れ去っていった。

その表情がどこか安らかそうに見えたのが──わたしの見間違いでなければいいのだが。

そしてその場に残ったのは、生き残りの闇森人と──赤尸鬼に血を吸われ、吸血鬼となった劣等鬼(ヴェルゴニア)達。


「さて………あなた達は邪魔、苦しんで死ね。──愚かなる者共よ、自らの欲望を悔い改め、慙愧の念と共に今醜悪なる滅びを受け入れよ──《厭罪の聖柩(ラスターコフィン)》」


その場を眩い閃光が包み込んだ。

辺り一帯を白く染め上げたその光は徐々に収束していき、やがて一つの光球となる。

周囲を見れば、劣等鬼達は一人も見当たらない──当然だ。そいつらは一人残らずこの光球へと閉じ込めたのだから。

やがてわたしが開いた掌をゆっくりと握り締めると──甲高い悲鳴を上げながら、光球は跡形も無く消滅した。


「………さて、掃除完了っと」


劣等鬼達を一人残らず一掃し、残りの闇森人達を殺し尽くす為、歩き出すと──


「っ!!ああああああああ!!」


──闇森人の中から、一人の少年が叫び声を上げながら剣を抜き、襲いかかって来た。

少し不意を突かれるが、鼻先で剣閃をバックステップして躱した。

しかし、掠っていたらしく、ローブのフードが切り裂かれ、わたしの顔が露わになる。


「………………え?」


「──やれやれ」


溜め息を吐く。


「な、なんで、なんでお前が!お、お前は、こ、こ、こ──」


闇森人の少年は指を差しながら叫ぶ。


「殺したはずだ!確かに、殺した、はず」


「………ふーん。君が殺したんだ、『メリル』を」


などと言いつつも、やはり微塵も怒りは湧いてこない。

『メリル』が死んだのがどうしようも無く自業自得だという事ぐらい──自覚(・・)している。


「い、いや──違うのか?顔は、同じだけど、背丈も──眼も」


と、譫言のように言う少年を半ば無視しつつ、わたしは跳躍する。


「──クフ」


と。

思わず、笑みが零れた。


「クフ、クフフフ!クフフフフフフフ!」


嗤いながら──わたしは残る闇森人達に飛びかかった。

ギチチチ、と爪を長く鋭く『改変』し、人外の膂力を存分に発揮させる。


「──カァッ!!」


短く吼え、紅眼に宿る邪視の力を解放する。

逃げようとする獲物達は、威圧と邪視による硬直によって一人残らず動きが止まる。


「シャアアアアアアアアッ!!」


一番身近にいた男の顔面を爪で輪切りにし、そこから一足で跳び、女の喉元に喰らい付き、血を啜る。

一滴残さず啜り尽くしミイラと化した死体を吐き捨て、未だ動けずにいる獲物達をひたすらに殺戮する。

闇森人達は邪視により悲鳴を上げる事もかなわないまま、ただ黙したまま紙屑のように引き千切られていくばかりだった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


──わたしはそれと対象的に、絶えず叫びながらひたすらに殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くして着ていたローブが真っ赤に真っ紅に染まった頃。

一向に降り止む気配さえ見せない冷たい雨に打たれながら、わたしは肩で息を切らせていた。


「………………」


紅く染まり切った世界を見渡し、背後でうずくまる少年を見つけた。

ガタガタとみっともなく震えている、まあ当然だろう。


「う、う、う、う、ううううう………」


「ああ、そんなにビクビクしなくていいよ。別に君をとっておいたつもりは無いから。たまたまだよ、たまたま」


などと言いながら、至極ゆっくりと少年に歩み寄る。


「別に殺された──というより燃やされた事に関しては何の文句も無いしね。死人に口無しだよ。まあわたしは生きてるんだけどさ」


などと言いつつ──そっと少年と顔を見合わせる。


「だから、わたしについてはどうでもいいんだけどさ──一つだけ、質問させてよ」


そっと、少年の頬に手を添える。


「一体どうして──お父さんとお母さんは、死ななきゃいけなかったのかな?」


「………………」


少年は、答えない。


「答えろよ」


バキ。

頬を殴った。


「答えろよ」


ボグ。

頭を殴った。


「答えろよ」


グシャ。

鼻を殴った。


「答えろよ、答えろよ、答えろよ、答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ答えろよ」


バキ、ボグ、グシャ、ドスゴキバゴメキドガミシバキャグシャグシャグシャグシャグチャグチャグチャグチャ。


殴った、殴った、殴った、殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った殴った。


「答えろよおおおおおおおおおお!」


グシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャグシャグチャ。


殴り続けた。




▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽

△▲△▲△▲△▲△▲△▲




「キヒヒヒヒ──あの子、ずいぶん怒ってるねぇ。ま、当たり前だけどさ」


雨の中を暢気にのんびりと歩きながら、私は呟いた。

本来もう残された時間はそう無い筈なのだが、あまり焦りはしない。

予感がした。

あいつはきっとこの先で──待ち構えている。

私は扉を開け、中へと入った。


「………やあやあ、久しぶりじゃんか、フルーリア」


手を挙げて挨拶をする。

ここはかつてのコリエンテ──その中心。

虹の大陸五大ギルドの一角。

影森の蜥蜴(ネグロサウラー)》、そのギルドである。

もっとも──もはや見る影は無い。

既に建物は半壊し、そこにいるのはただ二人だけ。

兵共が夢の跡。

である。


「ふん──確かに久々だ。そしてもう二度とその不愉快な顔を見る事は無くなる」


ゆっくりと──『黒三葉』筆頭、フルーリア・ユーノスは自らの得物を引き抜く。

腰の鞘からは白き直剣──銘をアルエット。

背の鞘からは黒き曲刀(シミター)──銘を乱れ髪。

それを見て、私も愛剣を喚び出した。


「絶ち凪げ──赤月」


掌の中で赤光が迸り、赤きバスタードソードが現れる。


「キヒヒヒ──それはこっちのセリフだし。もうあんたのそのスかした面を見ないで済むと思うとせいせいする」


ブン──と、軽く赤月を振るう。

それを見て、フルーリアは鼻を鳴らして口を開いた。


「………音に聞くかの『霊刃七色』の一振りか。貴様如きに遣われるとは哀れだな。貴様を始末した後、相応しい持ち主として遣ってやろう」


「あーらら、品の良いお嬢様かと思ってたけど、案外乱暴なトコもあるんじゃん。けど、渡すワケにゃいかないよ?これは師匠に譲ってもらった宝物だかんねー」


「………あの男、本当に何者だ?かの『霊刃七色』をこんな女に渡すとは………物の価値というものを理解していないのか?愚かな………」


「あ゛?」


その言葉に、いつかのようにあっさりとブチキレる私。

我ながら学習しないヤツだが、しかし今はんなことどうでもいい。


「あんたは私の隣人を侮辱すんのが趣味なのか?………オッケイオッケイ、もー殺す。スライスしてミンチにしてミキサーにかけてから丸飲みしてやる」


「ふん、相変わらずの単細胞だな………で、あの男はどうした?とっとと逃げ出したか?」


ブチブチブチ。


更にキレる私。


「イマゴロハアンタノオジサマヲカッサバイテサシミニシテルヨ」


キレすぎてカタコトになってしまった。


「………叔父上を?ハッ、それは気の毒な事だな。それこそ今頃ミンチにされているだろうよ」


「ア゛ァ゛?」


………我ながら乙女としてどうかと思う声が出たが、あくまでも気にしない。


「………叔父上は既に真なる闇絶の力をその身に宿しておられる筈だ。その力の前にはもはや何者も無力。どうやら貴様は師と共に逝けるようだな、ありがたく思うがいい」


「ソノコトバソックリソノママカエシテヤルヨ。アンタハシンアイナルオジサマトトモニアノヨヘイケル。ナミダヲナガシテヨロコベヨ」


いい加減カタコトにも疲れて来たので、次からは普通に喋ろっと。


「ふっ──口喧嘩はここらで終わりにするか。ここからは只の殺しあいだ。何、どちらかが死ねば全てが決まる。どちらの言葉が正しかったのかな」


「だあからぁ、全部こっちのセリフだっての──とっとと逝けや!」


その言葉が口火となり、私達は同時に床を踏み蹴る。


「──赤剣・赤瘡」


喉元を抉る、鋭くも重い突き。

それを右手に持った直剣、アルエットで受け流し、フルーリアは曲刀、乱れ髪を振るってきた。

だが。


「おっせえよ」


首を一瞬だけ、しかし瞬時に反らしそれを躱すと、即座に反撃へと移行する。


「赤剣・赤駒!」


身体を大きく捻転させ、大きな斬り上げの一閃を放つ。

フルーリアはバックステップで躱そうとするも、赤月の鋒が僅かに頬を掠めた。


「チッ………」


「はっはあ!まっだまだぁ!赤剣・赤墨!」


連斬。

上下左右斜め、八方から塗り潰すかのような剣閃を浴びせる。


「なっ………めるなあ!」


しかし、そこは流石に『黒三葉』筆頭、と言ったところだろうか。

両手の剣を駆使し、私の大技をなんとか受けきった。


ギギキギキギィン。


そんな歪な金属音が響き渡る。

その直後、互いに生まれた隙を埋める為、後方へと跳躍した。


「このっ………!貴様如きに、この私がぁっ!」


「はん、歴然たる実力差ってヤツでしょうが。この分じゃあ師匠の方も何の心配も要らないみたいだねぇ。あんたのオジサマの底が知れる」


「黙れぇっ!暗きに揺らめくは万物を断ちし残虐なる爪──」


その霊文を聞き、私は壊れて剥き出しになった上階まで飛び上がる。


「はん、霊術戦?いいよ、乗ったげる。踏み出すは失望の一歩、汝らの慟哭は全ての瞬きを蹴散らさん──」


私達は同時に闇絶術を発動した。


「《影狼の鋭爪(ヴォルクーニャ)》ッ!」


「《黒象の堕蹄(オプリスローン)》!」


フルーリアは鋼鉄をもバターのように斬り下ろしてしまう斬撃霊術を。

私はこのギルドごと全てを擂り潰す剛撃霊術を放った。

一瞬、全てが闇に染まり。

爆音と共に、ギルド《影森の蜥蜴》は完全消滅した。

私は土煙の中、空中を踏み蹴りギルドが有った真上に立つ。


「さーて、どうなったかな?ダメージは確実だろうけど、死にはしてないと思うけど」


土煙の中を吸血鬼の眼力で見据える。


「………………………」


………土煙の合間から、フルーリアの姿が見えた。

大ダメージには至っていないが、頭からかなりの流血が嗅ぎ取れる。


「はん──ざっまあないね。さて、勝敗は見えたと思うけど、どうする?みっともなく命乞いしてみるなら考えてあげなくもないよ?」


嘲りの言葉を放つ。

しかしフルーリアは黙ったまま、静かに俯いていた。


「………何?何か言ってみろよ。助けて下さいって──よお!《散乱する赤の咎(ウィンチェスター)》ッ!!」


散弾の銃血を連続で放つ。

しかしその血弾がフルーリアの身体を穿つ前に──フルーリアから夥しいまでの闇が吹き出した。


「──何?」


吹き出した闇は一帯を埋め尽くしたが──しかし、一気にそれは収束する。


そこには。


禍々しい紋様をその身に刻み込んだフルーリア・ユーノスが──そこにいた。


「………ふん、それが奥の手ってワケ?」


私は上空からその姿を眺める──なるほど、凄まじい霊力(オド)が満ち溢れていた。


「勝負はこれからだ──てか。いいよ、こっからがほんば──」


ん。


とまでは言うことが出来なかった。

何故ならそれを言い終わる直前に──フルーリアが私の目前で剣を振るってきたからだ。


「──へ?」


と、間抜けな声が零れ。

空中での袈裟斬りの一閃を、私はほぼまともに喰らう事になった。


「がっ──!」


ギリギリで背後に跳んだものの、結構な深手だった。

しかし、それもまた悪手。


「──消えろ、クズめ」


黒きオーラを纏った二つの剣閃が、空中を翔て私を襲う。


「がっ──くっ──!」


迅い。

赤月を喚ぶ暇も無かった。

何とか空中で身を捩り、深手を避けたが、またしても傷を負う。


「てんめ──調子乗んなコラぁ!」


更に翔んできた斬撃を《闇喰(フィルフラース)》で喰うも、喰えるのは闇絶の霊力だけ。剣閃自体を喰う事は出来ない。

更なる傷を増やしながら、急いで私は愛剣を喚び出す。


「絶ち凪げ赤月──い、いいいぃ!?」


カィン。


喚び出され、不安定になっている隙を狙われた。

瞬時に間合いを詰められ、蹴り上げにより赤月が宙を舞う。


「このっ!戻れ赤──」


月、とはやはり言わせて貰えない。

確殺の間合いで振るわれる剣閃を躱すのに精一杯だ、息を飲む間も無い。

そして。


「──殺ったぞ」


ザン。


久々の感触。

私の右腕が──赤月と同様に、宙を舞った。


「が、あ、ああああ──」


闇絶紋が刻まれている右腕を飛ばされては、もはや闇絶術は遣えない。


「くたばれ──」


そして、トドメの一閃。

頸を狙って放たれた致死の一閃は──


空を斬った。


「何?」


眉をひそめるフルーリア。

それを私は、真下から眺めていた。


──《眩む炎幕(イスグノシス)》。


陽炎を発生させる炎禍術だ。

無詠唱で遣える用に練習しておいてよかったあ!

そして、私は最後の勝負に出る。

左手を翳し、霊文を紡ぐ。


「いざ、終わり無き業へと踏み往かん。灰を踏みしめ骸を砕き、未だ戦火は餓えに喘がん──《連鎖狂爆(ペディオマキスポレモ)》!!」


爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆。


かつてホロトゥリオンに放った牽制としてのものとは桁違いの威力と数の大爆発が、炸裂した。



だが──



「ほう──今のは、なかなかのダメージだったな」



と、爆炎から現れたフルーリア。

言葉通り血を流し、確かなダメージを負ってはいたものの──倒すには、遠く至らない。


「………マジかよ」


と、私は小さく零し、地面へと仰向けに落下した。


「これが我等闇森人の切り札──《虚ろなる闇神兵(ファナティクス)》だ。よもや貴様にこれを見せる事になるとは思わなかったがな。まあ、貴様を見くびっていたことは認めてやろう」


そう言うと──チャキ、とフルーリアはアルエットを直角に構える。


「最後に良いことを教えてやろう──この《虚ろなる闇神兵》は元々叔父上の為に考案された代物だ。そしてその血を引く私だからこそ、こうしてそれを行使できているワケだが──しかし、その完成度は私の身では八割と言ったところだ」


「………………」


「叔父上は今頃私を遥かに越える力を手にされていることだろう──つまり、貴様の師には万に一つも勝ち目など在りはしないという事だ」


それを聞き。

私は──静かに、目を瞑った。


「ようやく悟ったようだな──安心しろ。ここまで戦った貴様に敬意を表し、一思いに殺してやる。直に師も後を追ってくれる事だろう──いや、もう先で待っているかも知れんな」


そこまで言うと、真っ直ぐに私へと向かう風切り音が聞こえ始めた。


「──死ねええええええええええええええええっっっ!!」


ドスリ。

白き直剣が──私の心臓を貫いた。


「──ふっ、こんなものか」


と、フルーリアは愉悦を滲ませながら呟く。


「やはり叔父上の言っていた通り──もはや我々の行く手を遮る者など一人もいない。さあ、全ての愚かな他種族共に闇森人の力と栄光を知らしめる時が遂に──」


「──来た、とは言わせないけどねー」


「──なっっっ!!??」


刹那。

赤光が闇樹海の闇を斬り裂き、一帯を今度は赤く染め上げる。


「ば──馬鹿な!!何故死んでいない!!」


「いや、だから『死なないから死んでない』ってだけだっつーの。………なーんか闇森人(アンタら)って似たような事しか言わないのな。あれだ、もっとボキャブラリーを増やせっての」


斬られた右腕を瞬時に『回帰』させながら、私は言う。


「ふざけるな!確かに心臓を貫いた!あの感触は幻術などでは──」


「はあ………んじゃ、もっと解りやすく言ったげようか?私はもう──『殺されたぐらいじゃ死ねない』んだよ」


私はのんびりと立ち上がり──哄笑を零す。

既に──全ての傷は『回帰』した。


「キヒ──ヒ!キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!さあ──」


私は裂けるような笑みを浮かべ──宣言した。


「──勝負はここまでだ」


「──!?」


フルーリアは恐怖をありありと顔に浮かべ、瞬時に背後へと大きく跳んだ。

そんな事はまるで気にせず──私は言う。


「こっからはもう勝負でもなけりゃ殺しあいですらない──単なる一方的な、殺戮だよ」


そう告げると、私は静かに目を閉じ、自らの奥底に存在する、根源たる魂識(イデア)へと呼び掛ける。


「我が名はクレアレッド・フラムルージュ──赤き堕とし仔。今こそ我が原罪を求めん。根絶やし奪え、滅ぼし壊せ。赤き罪禍は無為なる調べを奏で、今こそこの世を蝕まん!──」


私は高らかに──自らの罪禍をさらけ出した。


「──《絶望の赤(イティメノス)》」



きげき。




『彼女』は今回でようやく本当の意味での登場と言えるかも。

だから前置きが長いって。

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