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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
35/90

茶番劇





「よーう、ダーテム。待ちわびちゃったよ」


「………………」


闇樹海のとある地点。

少し詳しく言えば──コリエンテと他の集落を繋ぐ直線上にて。

私、クレアレッド・フラムルージュと『黒三葉』の一角、ダーテム・ゴルゲアランは邂逅した。


「ありゃ、相変わらずのムッツリー?ちっとはリアクションしてよ──面倒臭がりながらもこんな仕込みして待ってたんだからさあ」


辺り一面の樹々に。

刈った闇森人の死体が磔にされていた(他人事のように)。


「………一応訊くが、貴様の仕業か」


「うおっ!しゃべったしゃべったー!いやーコミュニケーションってやっぱ大事だねえ。今ちょっと私、感動してるもん。んー?うんうん。そーですそーです、ぜーんぶ一から十まで何から何まで私が殺って私が磔りました」


「………………」


「理由は訊かなくても分かるよねえ?いや、ひょっとしたら分からないのかな?あんた確かコリエンテにも居なかったし──ひょっとしてダフニの糞に利用されてるダケとか?」


「違う」


ダーテムは相変わらずの鉄面皮のままで(鉄面皮って使い方これで良かったっけ?)答えた。


「あいつのやっている事も企んでいる事も──全て理解した上だ」


「………ふーん、そっかそっか。オーケイオーケイ、だったら──遠慮無く縊り殺せる」


そういい終わると、私は戦闘態勢に入る。

ダーテムもまた、背の大剣を引き抜いた。


「よ~い………Action!」


戦闘態勢──もといクラウチングスタートから吸血鬼の膂力により爆発的な一歩を踏み出し、一気にダーテムの懐へと飛び込む。


「先手──必殺!」


全体重、全腕力を込めた、渾身の右ストレートは──


「甘い」


実に容易く、大剣で受け止められる。


「っと………」


「ムン!」


そこから流れるような動きで反撃に転じられる──熟練した戦士のみが見せる技量だ。


「うわっ!ほいさ!てょっ!あらよっと!」


大剣とは思えない精密にして流麗な剣技──しかし私もそれを皮一枚の所で躱していく。

しかし──


「ひゅろろーっと!………あれ?うわっ!?後ろに樹ぃ………!?」


「ガアアアアアッ!」


ガイイイン……!


と、金属音(・・・)が鳴り響く。


「………キヒヒヒ。ま、流石に舐めプしちゃ勝てないよね」


「………貴様、それは………」


「はい、邪魔ー」


と、即座に腹に蹴りをぶち込む。


「ぐ、ふぅ………!?」


二メートルを越す巨体を軽々ぶっ飛ばし、私は静かに歩を進める。



「──《血啜り女王(ブラッディメアリー)》」



全身に鮮血で出来た(ドレス)を纏い──私は嗤う。


「キヒヒヒヒヒヒ──まあ、あんたも大概な重装備なんだから私もこんぐらいしなくちゃバランスが取れないよねえ?んじゃ、こっから本番。往っく………よおおおおおお″お″お″お″っ!」


駆ける。


「ぬ………おおおおおおおおっ!」


ダーテムもまた吼え、そして駆ける。

二者を結ぶ直線、その中央で──けたたましい音を立てて、大剣と血鎧が衝突する。


「らあああああああああっ!」


「ごおおおおおおおおおっ!」


拳撃と剣撃の交錯。

金属の鳴き声が響き渡る中、私達は舞う。


「おっ……らあ!」


打ち合いの中、鉄をも穿つ抜き手を放つ。

ダーテムの装備した頑強な防具をも貫くだけの硬度と腕力を備えたソレだったが──


「──ハッ!」


ギャリリリリ、と厭な音を立てつつもダーテムはそれを大剣で上手く受け流し、そしてそこから受け流した力を利用した回転斬りを流れるように放った。


「ヌゥン!」


「ッチ!」


私はやむを得ず、半ば無理矢理に屈み、頸を狙った剛剣を回避する。

しかしそれによって生まれた隙を、ダーテムが逃す筈も無い。


「ラア!」


即座に私の顔に向かって、凄まじいまでの蹴りが放たれる。


「──ぐっ、ふう!」


顔への直撃は避けたものの、蹴りは腹部へとモロに入る事となった。

だが。


「──大して、利かないんだなあこれがあっ!」


──《血啜り女王》の硬度は鋼鉄を軽く凌ぎ、今のところは霊金属ミスリルにまで届く程だ。

いかにダーテムが剛力と言えども、本職は剣士。衝撃を上手く通すなどの技能も伴っていない単なる蹴りでは、とても歯が立たない。


「シャアアアアアアアアッ!………そこぉ!《散乱する赤の咎(ウィンチェスター)》っ!」


一瞬の隙を突き、散弾型の銃血を叩き込む。

容赦ない破壊力を伴った赤の血弾がダーテムの鎧に炸裂し、凄まじい轟音が響く。


「ガッ…ぐおっ!」


大きく仰け反ったその時を縫うように零距離まで飛び込み、そのついでに思い切り足を踏み砕く。

そして──渾身の連撃をブチ込んだ。

顎を蹴り上げ、巨体を宙に浮かし──即座にそれを跳び越し、踵落としを喰らわせる。

追撃で血鎧を纏わせた両手の手刀斬り上げで両腕を斬り落とし──ラスト。


「──飛翔べええええええええええええええええ!!」


全霊を込めた両掌底を叩き込むと──ダーテムの身体は見えなくなるまで吹き飛んでいった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「うっわー!まだ生きてんじゃん!すっげえ………ゴキブリかあんたは」


「…………………」


闇樹海の生命力溢れる、ありとあらゆる大樹達を片っ端から貫通していき、ざっと百メートル後方までぶっ飛ばされていながらも、ダーテムは生きていた。

無論、虫の息だったが。

手応えからして肋骨と内臓があらかた逝ってしまっている筈である。

いつ死んだっておかしくは無い──というより死んでない方がおかしい状態だ。


「………率直な疑問なんだけどさ、何であんたダフニの下についてたわけ?あんたは支配だの革命だのってガラには見えないんだけどなぁ」


「………………」


「………まただんまり?ま、いいけどさ、暇潰しに訊いてみただけだし」


「………んし、だから」


「む?」


「俺が、戦士、だからだ………俺は里を守る戦士であり、何よりダフニを守る戦士だ………俺が戦う理由など、それだけだ………」


「理由などって………ナニソレ?理由になってないじゃんさ」


「………ふっ………!そう、だな………その、通りだ。けど──俺の本音だよ、俺は──ダフニを、あいつの夢を、守りたかった、だけ、なのに」


ゲホっ………と、ダーテムは大きく吐血する。


「なのに………なのに………なんで、こう、なっちまった、のかなあ………なあ………………………………………………セデス……………」


──と。

そこまでが──ダーテム・ゴルゲアランの、末期の言葉だった。

少なくともその最後の表情は──戦士に相応しいものとは程遠く。

まるで迷子の子供のようにしか──見えなかった。


「………………なんで、なんて………誰も教えちゃ、くれないよ………だってそれを知ってるのは──」


いつだって──




■□■□■□■□■□■□

□■□■□■□■□■□■




『ギオオオオオオオオ!!』


というノイズ混じりの雄叫びを聴き、影から抜け出る。

そこではかつて倒した個体より一回りも二回りも大きなホロトゥリオン達が暴れ猛っていた。


「ちっ………どけよ泥んこ共!」


パン、と手を合わせると、即座に霊文(ゲベート)を詠唱する。


「舞い乱れし灼熱の花弁よ、炎風に踊り儚きを散らせ──《火焔桜華(ケラススピンテール)》!」


闇樹海の冒険者拠点の一つであるピコートマの町に、煌々と燃える花弁状の炎が舞い乱れる。


「──燃えろ」


その花弁が町を襲うホロトゥリオン達に付着した瞬間、爆発的な火焔にまで燃え広がり、黒き魔物達を焼き尽くす。


『──ギアアアアアアアア!』


しかし。

黒き魔物は身体を覆う炎に身を捩るが、倒すには至らない。


「流石にしぶといねっ………」


タフさは一級品の魔物を前に、しかめっ面を浮かべざるを得ない私だったが、しかしこの場での目的は別にホロトゥリオンを倒す事ではない──


「おらあ!生き残ってんの、命が惜しけりゃとっとと逃げな!」


ピコートマの住人達へと怒鳴り散らす。

この町の住人達はコリエンテとは違い、戦闘力はほぼ皆無の者達ばかりだ。

しかし下手な抵抗をしなかったのが幸を奏したのか、まだそれなりの数の生存者がいる。


「た、助かった!」


「急げ!あいつらが再生しちまわない内に逃げるんだ!」


「ト、冒険者(トラベラー)は誰か残っていないの!?誰か!」


「みんなやられちまったっつうの!喚いてないで走れぇ!」


などと騒ぎつつも、住人達は全力で逃げ出した。

まあ、私としてはあまり縁の無かった町なので別に助ける義理は無いのだが、しかしそう闇森人共の思い通りに好き勝手やらせておくのも面白くない。

コリエンテに比べると小さな町だ、ここで英雄を気取るのは効果が薄いだろうから、ホロトゥリオンを相手に独り芝居をするのはもっと大きな町だろう。

コリエンテは言うまでもなく大きく、何よりこの国最高峰の冒険者が集う町だった、そこが潰されたとなれば人々を襲う衝撃は計り知れない。

さらにいくつかの町々を次々と滅ぼした恐るべし魔物──そしてそれを倒し、闇森人は英雄としての名声を得るワケだ。

そしてホロトゥリオンを相手に何も出来ないまま多大な被害を及ぼした不甲斐ない王家に反旗を翻す──といったシナリオだろう。

まあ、確かに王家はほとんど何もせず指をくわえて見ていただけなので、なんなら私が反乱を起こしてやろうかって感じなのだが。


「まあ、流石にそれは無いけどさ………めんどくさいし」


さて………辺りを再び見回し。


「とっとと出て来なよ──パドルノ・ゾルマッロ」


と、一際巨大なホロトゥリオンへ向かって──呼び掛ける。

その声にホロトゥリオンはピタリと動きを止めると──


『ボオオオオオオオ………』


ミチミチミチィ、と大きく身体を真っ二つに裂く。

その中には──


『──どうやって気付かれましたかな?赤鬼のお嬢さん』


醜い植物の枝や蔦を編むようにして作り上げられた歪極まりない形状の、コックピットのようなものが見え。

そこから──老闇森人のどこか粘着質な眼光がチラついていた。


「別に──ただ、一つだけ変に丸っこいのがいるなーってのと、後は他の場所に潜んでる様子がどうにも見受けられなかったんでね。まあ、ほとんど山勘だよ」


「それは結構な事ですな」


──本当は、単に匂いを嗅ぎ当てただけなのだけれど。

闇の匂いには──敏感なのだ。

少なくとも、血と同じくらいには。


「しかし、住人を逃がされたのは少々困りますなぁ、彼等には重大な役目があるのです。我等の威光の為の人身御供となってもらう、という大任が、ね………出でよ、闇の息吹!我が腕となりて愚かなる者共を縊り、暗き神々の礎とせよ!《闇木犠絞殺(シュトルムフート)!》」


ホロトゥリオンの身体から無数の木々が飛び出し、地中へと潜る。

その一秒後、吸血鬼の聴覚が悲鳴を捉えた。


「ギャアアアアア!」


「な、何!?何でいきなり地面から植物が──」


「うううわああああああ!捕まるだけで死んじまったぞ!」


「ふ、触れるだけでっ死ぬぞおおおおっ!逃げろ!逃げるんだあああ!!」


……舌打ちをし、パドルノを睨みつける。


「てんめえ………」


「おやおや?聞いていた性格とは違い、随分と義侠心溢れるお嬢さんなのですかな?」


「んなワケないでしょうが、単にせっかく助けた労力を無駄にされんのがイラついただけだっつの──唸れ劫火よ、四天を巡りて今、あらゆる災禍を焼き尽くさん──《回炎包輪(アチルターニヤ)》」


回転する炎のリングが巨大ホロトゥリオンの身体から出ている植物を焼き尽くす。

これで、遠くで住人を襲っていた植物も操作出来なくなる筈だ。


「………フン、その年齢で上級霊術をそうも容易く使いこなしますか。霊術のなんたるかも知らぬ身で分不相応な。その烏滸がましさ、此処でねじ伏せて現実というものを知らしめてやるのが先達者としての使命でしょうかね」


「何、嫉妬?恨むんなら自分の才能の無さを恨みなよ。まあ、恨んだ結果がソレなんだろうけどさ。ったく、他力本願って言葉、知ってる?老いぼれじーさん」


「………小娘があ!」


見えていなくとも一目瞭然に、老獪な闇森人の顔が憤怒一色に染まる。


「そー血圧上げるもんじゃないよじーさん。早死にしちゃっても知んないよー。ま、ここで死ぬんだから関係無いか」


「ほざけぇ愚昧な人間の小娘があっ!我が二百年に渡って積み重ねてきた力、その真価!この黒き悪夢、ホロトゥリオンをも手懐けた偉大なる叡智を以て八つ裂きにしてくれるわぁっ!!」


「やれるもんなら御自由に。生憎私は高齢者だからって容赦するほどできた餓鬼じゃないよ──とっととくたばれ、クソ爺が」


そう吐き捨て──跳躍し、空中を駆ける。


「ほう──空中歩行とは、風蘭術の心得もあったか?なるほど上空を取ればホロトゥリオンの攻撃は届かないと見たか。だが──甘いわあ!」


パドルノは再び巨大ホロトゥリオンの中に隠れ、そして蠢き出すホロトゥリオンの巨体。

その中からくぐもった霊文が響く。


『漆黒の悪意に秘められし、悍ましき牙よ!いざ粗末な贄を喰らい尽くせぇ!《陰々滅々(カンナビス)》!』


ブワッ──とホロトゥリオンからドス黒いモヤが湧き出る。

霧のような外見──しかしそのスピードは極めて速い。

空中の私を四方八方から取り囲むようにして、迫ってくる。

タタタタタ、と空中を蹴り──ちなみにこれは風蘭術でも何でもなく『人外通力』による念動力で空中に足場を創り出しているだけだ──なんとか黒霧から逃れ続けるが、ジリ貧だ。


『ハハハハハ、甘いと言っておろうが、この愚か者があっ!集え、黒き悪夢よ!』


バボオオオオオオ!と巨大ホロトゥリオンが雄叫びを上げると、町に散らばっていた他のホロトゥリオンが同じ黒霧を上げつつ、パドルノの潜む巨大ホロトゥリオンへと集まっていく。

そして集まったホロトゥリオンは、半ば予想通りに融合していき、みるみるうちに膨れ上がった。

一方で数倍に増大した黒霧は、着実に私の逃げ場を潰していく。

と、そこで黒霧に触れた町の建物に目を遣ると──


「──!?腐食ガスっ?いや、あれは──」


町の建物は黒霧に触れた端から次々と枯れ、朽ちていく。


「──っ、さっきの霊術の即死作用はそういう事かい!」


『フハハハハハハ!その通り!偉大なる闇絶の霊力(オド)、その内包する因子は即ち【死亡】!《陰々滅々》を受けたあらゆる生命はことごとく死に至る!』


触れただけで死ぬ──か、スクロールアクションゲームじゃないんだから。

などと思っている間にも、黒霧はどんどんと迫って来ている。


「──はん!霧なら吹っ飛ばしゃいいでしょ! 我が戦禍は全てを砕かん、巻き起これ熱風燃え盛れ業火、あまねく仇を討ち滅ぼせ!《戦爆熱波(ピュロボルス)》 !」


黒霧の中心──ではなく手前へ向けて(吹っ飛んでこっちに来ちゃ笑い話にもならん)爆破霊術を放つ。

しかし。


「──ちぃっ!霧なのは見かけだけかよ!」


『無論!《陰々滅々》はあくまでも闇絶の霊力が具現化したもの──爆風などで吹き飛びはせんよ!さあ、無駄な足掻きをやめ、おとなしく死を受け入れるがいい!』


黒霧は爆炎と少しは相殺されたようだったが、焼け石に水だった。


「ふーん、思ったよりやるじゃんさ。だけども──言ってる事は見当外れもいいとこだね、キヒヒ」


オーケイオーケイ。

だったら──


「格の違いってもんを、お見せして差し上げますかねぇ!」


更に巨大化したホロトゥリオンへと狙いを定め、空中の足場を全力で踏み蹴る。

どの道黒霧は戦域をほぼ隙間無く覆ってしまっているのだ、ここらが勝負の決め時だろう。


『──クハハハハハハッ!破れかぶれの特攻か!?浅薄の極みだなぁ!ならばその蛮勇、跡形も無く喰らってやろう!』


パドルノがそう言うと、超巨大ホロトゥリオンはその山のごとき巨体にすら不釣り合いなほどに、大きく大きく口を開く。


「舐め殺せ紅月──いっくよお!紅剣・暁紅!」


全身を紅月の紅炎で包み込み、さながら一つの槍の如くに貫く剣技。

包み込もうとしてくる黒霧を斬り裂き貫き、超巨大ホロトゥリオンの元へと一直線に吶喊する。


「お──らああああああああああああああああああっ!!」


『死ねええええええい!小娘がああああああっ!!』



──ドプン。



ホロトゥリオンに丸呑みにされるも紅月の炎は消えないまま、ひたすらに闇を蹴散らし、中核に潜むパドルノ目掛けて口内を衝き進む。


「りゃああああああああ!」


しかし。

少しずつ、少しずつ、紅月の炎も突進の勢いも削り取られていき──

闇黒の中、ようやく見えたパドルノの潜む植物の核を目前に──停止した。


『クッ!クハハハハハハ!惜しい!実に惜しかったなあ!我も思わず冷や汗を流してしまったわ!なるほど貴様の実力は我の想定を超えていたが──しかしそれもあと一歩の差で届く事は無い!さあ、この我とここまで戦えた事実を誇りながら逝くがよい──』


「なんちゃってー」


『!!??』


闇の中、笑みを浮かべる私と、驚愕を隠せない老闇森人。


『バカな!何故!何故死んでいないぃ!』


「その質問に親切にも答えてあげるなら、『死なないから死んでない』としか言いようが無いんだけどね。さて………三文芝居はこの辺まででいっか」


右手をパドルノの目前に突き出し、それに刻み込まれた闇絶の真価を解放する。


「──《闇喰(フィルフラース)》」


喰。

喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰。

膨大なホロトゥリオンの巨体を私のか細い左腕が、ひたすらに喰い潰していく。


『ば──馬鹿なああああああああ!?』


遂にはパドルノの潜む植物の核すらも喰らい尽くし──ホロトゥリオンの巨体に抉られた地面へと、両者共に落下する。

私は普通に着地したが、茫然自失していたパドルノはみっともなくドチャリと落ちた。


「ば、馬鹿な………馬鹿な………そんな、馬鹿な事が………」


文字通りに地に墜ちた老闇森人、その目はもはや正気の光すら薄れてきていた。


「言ったよね?格の違いってもんを見せたげるってさ」


肩を竦めつつ、目の前の老いぼれに敗北を宣言する。

パドルノは今にも消えて無くなってしまいそうな表情でこちらに目を遣り──

驚愕にその目を見開いた。


「き──貴様!?その!その腕の精霊紋はっ!?」


「ん?おっと、流石にあの質量は掌だけじゃあ喰い切れなかったか」


私のコートの右腕の袖が消滅してしまって、闇絶紋が全てさらけ出されていた。


「ありえん!貴様のような小娘が!霊暦始まって以来ただの一人もその身に刻んだ事の無いその紋を、貴様如きがあ!」


「あーもー騒ぐなっての。だったら私が栄えある一人目だっつーそれだけの話でしょうが。いい歳こいたジジイがみっともない」


呆れ顔のまま溜め息を吐くも、パドルノは狂気混じりの顔で喚き続ける。


「間違いだ!何かの間違いだ!貴様なんぞに闇絶星霊様が、御加護を与える筈が無い!貴様などではなく──」


涎を口から撒き散らし、狂人そのままの顔で怒鳴るパドルノ。


「我だ!その紋を与えられるのは!我をおいて他にいるものか!二百年に渡り信仰と研究を捧げ続けてきた我が!この計画を完遂し!大陸全ての者共を闇森人の元に平伏させ!不届き者共を一人残らず贄に捧げ!その紋を授かるのは──」


そこまで言うと。

パドルノは奇声を上げながら霊術も使わずに飛びかかって来た。


「この我だあああああああああ!あああああああああああああ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″っっっ!!!」


「………はあ。やれやれだわホント。まあ、そんなに言うなら──せめてその闇絶星霊サマとやらの力の一端で殺したげるよ」


私は右腕の闇絶紋へと霊力を巡らせ、そしてこの世界の運営の一角を担う強大な存在への接続(コネクト)を、霊契約(プロトコル)を介して開始する──


「──我は歌う、美しき【死亡】への夜曲を。我は唄う、偉大なる【破滅】への邪曲を。我は謳う、無限なる【終焉】への戯曲を──」


刹那、私の足元へ巨大な星霊陣が浮かび上がる。


「我が名はクレアレッド・フラムルージュ。生まれ堕ちしは赤き絶望、その身に受けしは深紅なる罪過、その身に刻むは真紅なる天罰、簒奪するは愛し子の御霊、嘆く世界に呻く愚者共、流す血汐は誰がために」


瞳を閉じ──ただ私は歌う。


「いざ、無限の闇を我が躯へと。刈り取るは(かいな)平伏すは羊、生ける骸はただ目前の終わりに擦り潰されるがいい──闇絶の窓、此処に開かれん」


その霊文を唱え終えた瞬間。

右腕に全てを滅ぼさんとする、兇悪な闇絶が宿った。


「──《闇絶ノ死腕ハ只生ヲ摘ム(デスグラシア)》」


闇絶を纏い巨大化した右腕を無造作に振り下ろす。

パドルノは狂瀾したまま、闇に跡形も無く終わらせられた(・・・・・・・)

振り抜いた漆黒の右腕の軌跡には、何物も何者も存在の続行を許されない。

結局、パドルノ・ゾルマッロは微塵の痕跡も遺す事無くこの世界から根こそぎ削除されたのだった。


「………何っつうか一から十まで道化じみたじーさんだったなぁ。ま、どうでもいいけどさ」


ふう、と一息吐く。


「………流石にちょいと疲れたかな?ま、いいや。どの道……」


私は。

天を仰ぎながら、呟く。

額に、一滴の雫が落ちた。


「あと──一人」



�▲�▼�▲�▼�▲�

�▼�▲�▼�▲�▼�



「あと──一人か」


ダフニ・ユーノスは何の感情も感じさせない声でそう言った。


「役立たず共が………ここまで脆いとは想定外だ。それともあの小娘を少々見くびっていたか?」


その手には生命符と呼ばれる札の残骸が有った。

対象者の生命力を示すその符が崩れ去ったという事は──つまりその対象者が既にこの世にいないという事である。

残る符は──あと一枚。

その符を降り出した雨が濡らしていく。


「まあいい──所詮は計画を発動させるまでの手札の一枚に過ぎん。計画には私とフルーリアさえいれば全て事足りる。あの小娘もフルーリアには決して敵うまい………」


ダフニは歩を進め、やがて巨大な大樹の切り株、その上に刻まれた精霊陣の中心へと立つ。


「既に儀式は完成している。もはや私一人でも完璧に発動する事が出来る。今こそ全てを変える為の力を手にするのだ………」


雨に打たれながら、ダフニは禁忌なる儀式を開始する。

十七年前に行使しようとし──そして阻止された儀式、その改悪版を。


「──闇樹海に生まれし獰悪なる者共よ!荒ぶる闇と共にいざ我が身に招かん!歪められし戒律はあまねく生命を根絶やし、今こそ天を砕きて荊の陛を昇れ!」


その霊文を唱えると共に、頭上から黒き悪夢が舞い降りる。


『──ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


パドルノが使役した個体以上の大きさのホロトゥリオンが、ダフニ目掛けて垂直に落下していく。


「──そうだ、来い!今こそその力を我が身に!」


ダフニがそう叫んだ一刹那の後、ホロトゥリオンがダフニ、そして精霊陣が敷かれた大樹をも呑み込み尽くす。

ホロトゥリオンは全てを呑み込み、しばらく佇んでいたが──しかし。

突然、ホロトゥリオンの巨体が一点に収束していく。

闇そのものと言えるその体が全てひとところに集まり──その結果そこに現れたのは。



全身を禍々しい紋様に包み込まれた、ダフニ・ユーノスの姿だった。



「フ──フフフ」


と。

ダフニは、全身を震わせ──力の限りに哄笑した。


「ハ!ハハハ!ハハハハハ!ハハハハハハハハハハハハハ!」


ひとしきり嗤った後──ダフニは呟く。


「これで、もう終わりだ………最早誰にも我が野望を止められはしない!誰一人として我が道の前に立ちはだかれはしないのだ!さあ、全てが変わるぞ──新たなる世界は私の手の中にある!」


愉悦の表情を浮かべるダフニ──しかし突如として背後へと振り向く。


「………何者だ?」


誰何の声を闇へと投げかける。

背後の闇から現れたのは──


「………随分と雰囲気が変わったな」


後ろで纏めた長い黒髪。

闇に揺らめく翡翠の瞳。

バルティオ・ドルネーゼが──そこにいた。


「貴様は──あの小娘の師だったか?確か、バルティオといったか」


「ああ、それであっている」


相変わらずの平坦な口調で、バルティオは頷く。


「──で?貴様が一体何の用だ?私は今、大いなる計画の為に動き出す所なのだ──貴様なんぞに付き合っている場合ではない」


「………別に、大した用じゃない。ただ、お前の言う大いなる計画とやらを踏み潰しに来ただけだ」


あくまでも平坦な口調で──バルティオは告げた。

だが、この場に彼の弟子がいれば即座に感づき──そしてその身を震わせただろう。

その無表情の仮面の奥に潜む──凄まじい憤怒の感情を見抜いて。

だが、ダフニはそんなものを微塵も感じなかったし、仮に感じ取ったとしても全く気に止めなかっただろう。


「──ふっ。あの小娘の傲岸不遜は師匠譲りか?貴様が何者なのかどうかはどうでもいいが、しかしその思い上がりは──不愉快だな」


と。

ダフニの身体から、圧倒的な闇絶の霊力が吹き荒れる。


「まあ、いい。貴様が来たことは幸運と思う事にしよう。この力の肩慣らしぐらいにはなるかもしれん──大婆様の知己であった貴様なら、な」


「──ふう。お前こそ傲慢増長もほどほどにしておく事だな………悪餓鬼が、オババに教えて貰わなかったのか?」


スッ──と手を空に伸ばし、バルティオは雨に打たれながら、酷く面倒臭げに告げた。


「──悪い子の所には《凶黒(メラクリノス)》の死神がやってくるぞ──とな」


「──なっ!?」


バルティオは。

その手に黒き暴風を掴みながら──呟く。




「秋蝉哭き逝け──鈍蜘蛛」



ちゃばんげき。




ボスラッシュ。

この辺数話は書いてて楽しかったなあ。

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