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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
33/90

悲劇





ウリギノグス闇樹海──その最前線の町、コリエンテ。

腕利きの冒険者(トラベラー)達の拠点として、長年闇樹海での冒険を支え続けて来たその町は今──崩壊の危機に瀕していた。



『ボオオオオオォォォッ!』



──災厄の魔物、ホロトゥリオン。

報告とはまるで違う巨体、十メートルにも届きかねないその巨大さと、そしてそれに似合わぬ圧倒的俊敏さ、何より全てを喰らい呑み込むその性質に、主要冒険者達の消えた町はなすすべも無く蹂躙されるばかりだった。

そして、それを何もせずただ傍観する者達──


「………予想以上の成果だな、礼を言うぞパドルノ」


「いえ、私の成果ではありませんよ。あの黒き悪夢達──ギルド連盟はホロトゥリオンと名称したのでしたかな。あれらが常軌を逸するまでに凶悪すぎたと、ただそれだけの事にございます」


「フッ………それは、その凶悪極まりない魔物を見事制御している自分への賞賛ともとれるな」


「否定はしませんとも。この圧倒的暴力さえあれば間違い無く我らが一族の悲願、達する事ができましょうぞ」


大陸五大ギルドの一角にして、宵王国を代表するギルド──《影森の蜥蜴(ネグロサウラー)》。

その屋上にて、ニヤニヤとした他の者が見れば不快感を隠せなかったであろう笑みを浮かべるのは──パドルノ・ゾルマッロ。

『黒三葉』最古参にして最後の一人である。

そしてそのパドルノが追従しているのは──もはや言うまでもない。

闇森人(ダークエルフ)最強の男、《夜星》ダフニ・ユーノスである。


「………ああ。今こそ天から我等の悲願を叶えるため、授け賜ったこの力により、この闇樹海──否!この宵王国、果てはこの大陸を支配し!我等闇森人の力を世に知らしめるのだ!………今宵の悲劇は、その栄光の為の矮小なる犠牲なのですよ──分かっては貰えませんかな、大婆様」


ダフニが振り向くとそこにいたのは、重傷を負い、息も絶え絶えになりながらも鋭い眼光にてダフニ達を睨み付ける──《影森の蜥蜴》ギルドマスター、通称オババ。

本名──リギュー・スミントである。


「………ケッ。分かりたくも無いねえ、そんなもの。………本気で宵王国を奪るつもりかい?過信しすぎだよ。悪いこと言わないからとっとと餓鬼は餓鬼らしくベッドへ引っ込んどくんだね………もう、眠る時間だよ」


その言葉の直後。

──ドス、とオババに蹴りが突き刺さる。

『黒三葉』筆頭、フルーリア・ユーノス。

ダフニを叔父、そして師に持つ実力者だ。


「かはっ……」


「叔父様を侮辱するなら、あなたといえども容赦はしませんよ──大婆様」


「はん………ケツの青い小娘が………随分と言うようになったじゃないさ。あんたはドルネーゼんトコの嬢ちゃんと違って口数が少ないから、結構気に入ってたんだけどねえ」


「それは光栄な事ですね。しかし──私達を餓鬼と仰いましたが、なるほどあなたから見れば私達はさぞかし幼い子供でしょう。ですが──時間は流れ、世代は変わります。もはやあなたは単なる二百年前の死に損ないに過ぎないのですよ。私達を餓鬼と呼ぶのは結構ですが、あなたのような者をなんと呼ぶかはご存知ないようですね──老害、と言うのですよ。もはやこの国や他種族に擦り寄るだけの、闇森人としての誇りを無くしたあなたへついて行く者は、里に一人だって居はしないのです」


侮蔑と憎悪を有らん限りに込めた言葉と視線──それを受けてもオババの態度は変わらない。


「──ハハッ。時代遅れの死に損ない、ね。んなことは言われなくたって自覚してるさ………実際、あんた達の言うとおりだと思うよ。あたしは闇森人としての誇りなんざ、一毛も持っちゃいないからねぇ………そんなものは二百年前に、一つ残らず放り棄てちまった」


「………開き直りですか?なんとも見苦しい」


「ああ、開き直りさ。あの大戦であたしは………いや、大陸全ての者はありとあらゆるものを無くしちまった。その時思っちまったのさ………もう金輪際、失うのはまっぴらゴメンだってね。それに比べれば、誇りなんてのはどうしたってしょうもない意地にしか見えなかった。傷ついた者同士の傷の舐めあいにも劣る、ね。そっからは節操無く身内を守る為に力を尽くしたさ………いや、違うね。力を………借りたんだ。色んなヤツらから、色んなものを………」


「愚かな。我等はそのような真似をせねば生き延びれぬような脆弱な種族ではない!」


ダフニは表情を歪め、叫ぶ。

しかしそれもオババは一笑に伏した。


「………ハッ!笑わせるねぇ………魔物におんぶに抱っこになって天狗かい?弱い弱い弱い弱い………本当の強さってもんを………根本的に取り違えちまってるよ」


「笑わせるのはあなただな、こんなものは序の口だ。先ほど過信しすぎだとの言葉をいただいたが………なるほど、確かに我等の力が『この程度』だと言うのならその言葉は正しかっただろうな。しかし!我等の真の力はこんなものではない………それをあなたの目に見せてやれないのが残念でなりませんよ」


それだけ言い切ると、ダフニは腰の細剣(レイピア)を引き抜く。


「さらばです大婆様。あの世で我等の栄光を指をくわえて眺めているとよいでしょう」


「いいや、あたしが見るのはあんた達が一人残らず地獄に堕とされる様さ──せいぜい楽しみにしているよ」


最後まで──リギュー・スミントはその笑みを絶やす事はなかった。

ダフニの細剣が、自身の心臓を貫き──そしてそれが引き抜かれ、自身の息が止まろうとも。


「………フッ。最後まで頑固な婆さんだ」


不敵な笑みを浮かべ、ダフニは『黒三葉』の二人に命じる。


「余興はここまでだ──始めろ(・・・)。なるべく劇的に、な」


「「はっ!」」


二人の姿は即座に《影森の蜥蜴》屋上から消えた。

そこからしばらくした後。

ダフニは口を開く。



「──そろそろ出て来てはどうかな?お嬢さん」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



その声を聞き──一瞬の逡巡の後、影から抜け出し、屋上まで飛び上がる。


「………ふむ、確率は低いと見ていたが、まあ流石は噂の天才児、と賞賛しておこう」


「カマかけやがったか、食えないおっさんだね………ま、賞賛は受け取っておくよ。何せ、かの《夜星》からだもんねー」


などと吐き捨てつつ、ダフニ・ユーノスと相対する。


「それじゃあ、死んでもらうわよ」


と。

全身を漆黒に『定義改変』しつつ──指先を突き付けた。

しかしダフニは私の変貌にも眉一つ動かさず、私に語りかける。


「先ほどからの話は聞いていたのかな?私を敵と断定しているようだが──」


「関係無いわ、あんたの企みは一ヶ月前から既に聞いていた」


その言葉に、ダフニはようやく眉を顰める。


「………はて、反対勢力は大婆様以外全て始末した筈だったが。………まだ鼠が潜んでいたかな?」


「それを私が教えるとでも?」


「それはそうだな」


クックック、と待たしても不愉快な笑みを漏らす。


「では、どこまで知っていたかは教えてくれないかね?流石に余す所無く全て知っていた、というには対応がお粗末すぎたと思うのだが」


「あなたを筆頭にして、闇森人がホロトゥリオンを利用しようして何かを企んでる、ってトコまでよ。………ウチのボスはいつだって必要な情報の半分までしか寄越さないからね………」


「………ボス、ということは何かの組織かね?この闇樹海内に私の把握していない地下組織など無いと思っていたが………」


「いいえ?あるわよ、一つだけ」


「ほう………それは?」


「──《凶黒(メラクリノス)》」


「………クッ!」


クックックックックック──

と、ダフニは腹を抱えて笑みを堪える。


「冗談のセンスまで天才的との噂は、流れていなかったな──《凶黒》か。ここにいる大婆様から幼い頃によく聞かされたよ、悪い子の所には《凶黒》の死神がやってくるぞ──とね」


「………………」


「まあ、確かに馬鹿正直に教えて貰える筈が無いか。まあいい。これより始まる我等の計画の前には、君如きがどのように足掻こうと何の意味も有りはしないのだから!」


「その計画ってのはさしずめ、このホロトゥリオンの騒ぎを見事あなた率いる闇森人達が解決したように見せかけ、それを足掛かりに被害を出すばかりで何も出来はしなかった王家へと反乱を起こす──って感じかしら?ヒッドいマッチポンプね」


その言葉に、ダフニはその不愉快な笑みを顔から消し去る。


「そこまで漏れていたのか………?それとも当てずっぽうか?まあいい、何者が何をどうしたところで、もう我等の計画は止められはしない!」


「いいや──それはどうかしら?」


と──私は宣言する。


「まあ、確かに私としては革命なり世界征服なりどうぞご自由に──と言いたいところなんだけれど。生憎とそうは問屋が卸さない子が、一人だけいるのよね」


「………………」


ダフニは、沈黙した。


「今回の作戦に使用された、「対ホロトゥリオン感知術式」──あれを構築したのは、ウチのメリルなのだけれど………あれ以外にもう一つ、霊分界機構(デコーダー)に組み込んである術式(コード)があるのよ」


「………………」


「………闇絶の霊力(オド)を他の属性の霊力へと変換する術式──『霊力異変換術式(オドトランスコード)闇絶(オグドオン)』。まあ霊力異変換術式自体ははるか昔、千五百年前に発明されて以来ありとあらゆる識者(ウィザード)が利用してきたけれど………メリルはそれを超規模化やら対象霊力構成精密限定化やら、色々色々したすえ──遂にソレを完成させた。ホロトゥリオンの霊力構成のみを対象にしたものを──ね。ソレが発動すれば、闇樹海上のホロトゥリオンを弱体化、ひょっとすると消滅させる事ができる………メリルは自宅で術式発動の術式変換(エンコード)を行ってるわ。ここからはもうどうやっても間に合いはしない………あなた達のご大層な計画とやらは、もう詰んでるわ。ご愁傷様」


私はそう言い切った。

ダフニは、何も言わない。


「大人しくお縄につけば命だけは見逃してあげる──と言ってあげたいところだけれど、残念ながら殺せとの依頼なのよ。大人しくその首を──」




「──一つ」




と。

ダフニが俯いたまま──言葉を発した。


「一つ、訂正させてもらう」


「………?」


静かに。

極めて静かに──まるで独白のように、ダフニは言葉を紡ぐ。




「『霊力異変換術式・闇絶』を造り上げたのは──あの仇児ではない。あれの両親、セデス・オノマとカナリー・オノマだ」




「………は?」


「………ク、ククククク………」


と、そこで。

ダフニ・ユーノスは──力の限りの哄笑をあげた。


「ハッ…ハハハハハハハッ!傑作だ。何という茶番劇だ!まさか親子二代に渡って──同じ愚考と愚行を繰り返すとは!まったくどれだけ呪われた血だと言うのか!しかし──しかし血は争えんもののようだなぁ!愚かなる妹よ!まさしく今!お前の呪われた娘が!十七年前(・・・・)の焼き直しをしているぞ!」


まるで狂ってしまったかのように──ダフニはひたすらに嗤い続ける。


「な、何を言って──!?」


「知らぬか!?そうだろうなあ!貴様は何も知らんのだろう!『霊力異変換術式・闇絶』の本来の用途も!あれの両親が死んだ理由も!あれの内心で蠢く赤黒き憎悪も!何一つな!」


「は、あ………?」


「良いだろう!今度こそ私が直々に手を下そうとも思っていたが──どうやらその必要さえ無さそうだ!ククククククッ!流石だ!流石だぞ──貴様らは最高の道化だ!いや、実際──本来は貴様らの勝利だったかも知れん!これが一度目(・・・)でさえあれば──我等の計画はなすすべ無く崩壊していただろう!十七年前と同様にな!しかし、しかし、しかし、しかし──今度こそは私の勝利だ!セデス、そして愚昧なる妹よ!」


「あ、あんたは一体何を──」


「貴様達の敗北だ──そう言っているのだよ、クレアレッド・フラムルージュ」


まるで憐れむような視線で、ダフニは私を見る。


「もはや私を止められる者は誰もいない。それを今、確信した。さて………貴様にはもう何の用も無いな」


そして。

憐れみの目線を向けたまま──私に絶望を、告げる。


「『霊力異変換術式・闇絶』は発動せんよ。そして、貴様の可愛い妹分は今日息絶える」


「………………え?」


「だから──貴様は何も知らんのだよ。ああそうだ、きっと──『霊力異変換術式・闇絶』が術者の命を引き換えにしか完成しえぬ事も、知らんのだろう」


「………………」


何、を。

こいつは、何を、言っているんだ?


「ああ、貴様ら愚かな人間は何も知らん。そもそも『霊力異変換術式』がどんなものなのか──八大星霊が運行している霊力均衡(オドバランス)を崩す事が、一体どういう結果を産み出すのか」


コイツハナニヲイッテイルンダ?

コイツハナニヲイッテイルンダ?

コイツハナニヲイッテイルンダ?


「ふむ………まあ、念の為刺客も放っておいたが、ならばせめてもの情けだ──火葬ぐらいはしておいてやるとするかな」


そこまで言って、ダフニは目線を切る。

もう──私には見る価値も無いとでも言うように。

いや、実際その通りなのだろう。


「どうした?早く助けに行かねばあれが死ぬぞ。おっと、これは失敬──『ここからはもうどうやっても間に合いはしない』──だったな?」










あれ?


どうしたんだろう?


視界が。




赤く──


  紅く──


    朱く──


      緋く──











「あ──あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ッ!」












赤い──炎を見た。

真っ赤に真っ紅で真っ朱が真っ緋な──





















「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」




ここは──どこだ?

わからない。

私は確か──メリルの家へ。

私の家へ。

向かった、筈なのに。

どうして私は見たこともない焼け跡に立っているんだろう。

一体。






私の腕の中にある、この焼け焦げた黒い人形(・・)は──一体、何なんだろう。






「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………キヒッ」






私の、頬を。

アカい何かが、流れて堕ちた。




ひげき。




死んじゃった。

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