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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
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錯殲解疵





霊暦二千十九年鏡の月百四十四日午前十時。

宵王国アノゼラータ領土。

災害指定区域、「ウリギノグス闇樹海」にて、災害指定生物「ホロトゥリオン」討伐作戦、開始。



�▼��▼��▼��▼�

�▲��▲��▲��▲�



「っあ~~~~~………ねっむいぃ………」


大きな欠伸を一つし、目をゴシゴシと擦る。

この時間は吸血鬼に取っては人間での夜中も同然だ、眠たくってしょうがない。

早寝しておけよ、と言われればその通りなのだが、所用があって昨日はかなり忙しかったのだ。お陰で寝たのが午前五時、起きたのは八時だ。


「まあ、その気になれば眠気ぐらい大丈夫なんだけどさ………しかし他の感覚はあらかた鈍くなってんのになんで眠気は割とあるんだろう………」


まあきっとそれは睡眠して休息を取るため、ではなく日中に活動しない為の本能だろう。

私だって闇樹海──それも序層まで来なければ、日中に行動したいとは思わない。

などと思いつつ宿屋、『踊り烏』の階段を下る。

言うまでも無いかもしれないが──ここは闇樹海内の集落で最も深部に位置するコリエンテだ。

今回の作戦は、ここを拠点として行われるワケである。

一階まで降りてカウンターへと座ると、時計の針は九時過ぎを指していた。


「クレアちゃん!やっと起きてきたのかい!?もう冒険者(トラベラー)連中はみんな中央広場へ行ってるよ!さっさと支度しな!」


と、怒鳴るこの女性はこの宿の女将さんだ。

そこそこ長い付き合いである。


「怒鳴らないでよ~女将さん………寝不足なんだからさあ。取り敢えず、朝ご飯よろし……モがッ」


口にイルパサというサンドイッチ的な料理を押し込まれる。


「のんびりしてんじゃないよ全く!今回の主軸戦力の一人が遅刻だなんて笑い話にもなりゃしない!」


「ひゅひふれふぁふぁはっふぇはへふんはかはへふひひょっ~ほひほふふふふふぁいふるひへふへんへひょお(主軸で戦ってあげるんだから別にちょ~っと遅刻するぐらい許してくれんでしょお)」


「うるさいよとっとと呑み込みな!」


無理矢理にクラーロという珈琲っぽい飲み物を注ぎ込まれる。


「ん……ン″、ん″~~~!……ぶっはあ!女将さあん!窒息するとこだったよ!」


「遅刻するよりましだよ!ほらとっとと出てった出てった!」


コートの襟を掴まれて、ポーンと外へ放り出される。

流石は元【灰】冒険者なだけはあった。


「なんでそんな焦んのさあ。作戦開始は十時なんだからそんな焦んなくても」


「九時から作戦の説明って連絡来ただろう!とっくに大遅刻だよ!なんの前置きも無しに作戦開始と行くわけないじゃないさ!」


「………あー」


忘れてた☆

しかしそう言うなら起こしてくれても良いじゃないか──と思うかもしれないが、女将さんは私が一度寝たらテコでも起こせないのをよく知っているのだった。


「ったく……あんだけシミュレーションしたんだからもう良いだろうにさあ。あー面倒臭い面倒臭い」


「グダグダ言ってんじゃないよ!いいかい、しっかり戦って!勝って!そんで帰ってくるんだよ!その時はメリルちゃん連れて来な!好きなもん好きなだけ奢ったげるよ!」


「マジっすか!?わっかりましたあソッコー終わらして帰ってきます!行ーってー来まーっす!」


──と、もちろん食べ物に釣られたワケでは無く(私の食べ物を奢ってくれるワケが無い)これは単なるポーズだが、しかし好意は素直に嬉しかったので私は即座に走り出した。

そうだ。とっとと全部終わらせて。

そして、師匠とメリルとの三人で宴会と洒落込もう。

そう思った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「やーれやれ………有象無象がよくもまあわんさかと集まったもんだなあ、まったく」


コリエンテの中央広場、《影森の蜥蜴(ネグロサウラー)》のギルド前。

二百人を超える参加者達が犇めいていた。

前の方では何やら誰かが演説のような事をしている。

が、人混みで前に進むのもかなわない。まあ別に見たくも聞きたくもないので構いやしないが。

しかし、何かざわついてるなあ。

そりゃこんだけ人が集まれば騒がしくもなるだろうが、どうも一人一人がそわそわしすぎているというか。

暇潰しがてらに吸血鬼の聴力で周囲の声に耳を済ませてみる。


「しかし、凄まじい面子だな………これ全員が【紫】以上の冒険者だろう?まったくよく集まったものだ」


「【紫】だけってんならまだわかるが、【灰】、【白】、しまいにゃ【黒】まで出てきてるってんだからデケェ仕事だよな。【白】が八人も揃うってのはそれこそ(ドラゴン)が出たってそうそう見られるもんじゃねえぞ」


………ふむ、なるほど。

要は皆この作戦の面子に驚いているわけだ。確かに【白】の冒険者は大陸を見渡しても現在八十八人のみ、【黒】に至っては十二人しかいないのだから驚くのも無理は無いだろう。


「………あれが《影森の蜥蜴(ネグロサウラー)》の生ける伝説、《黒天十二星》第十位、《夜星》ダフニ・ユーノスか………思っていたより穏やかな風貌だな」


………何でも[黒]以上の[色]は昔から定員があるそうだ。

別にギルド法で定められているというワケでもないただの暗黙の了解というヤツなのだが、しかしそれはここ二百年の間ずっと守られているものらしい。

そしてその【黒】の冒険者の枠組みを通称、《黒天十二星》と呼び、それぞれが昇色(カラーアップ)した際にギルド連盟本部から《星》の称号を授かるそうである。

ナニソレカッコイイ(棒読み)。

まあ、そしてギルド連盟本部にその十二の《星》達は格付けされ、一位から十二位の《星》が存在する事になるわけだ。

………しかし、十位かあ。

ぶっちゃけ中途半端だな。


「はっ、この業界じゃ見かけがアテにならねえって事ぐらい常識だろうが。他の六人だって、そう一目見て化け物じみてるってワケじゃねえだろうよ」


「いや、そうでもないだろ………見ろよあれを」


あれというのはおそらくはダフニの隣に座る岩石めいた男の事だろう。

いかにも重々しく重装備で腕を組み、黙して椅子に座りピクリとも動く気配を見せない──しかし滲み出る威圧感はこの離れた距離でも確かに感じられる。


「ああ………『黒三葉』の一角、ダーテム・ゴルゲアランか、確かにすっげえ迫力だな。『黒三葉』の前衛担当なだけはあるぜ、黒森人(ダークエルフ)とはとても思えねえ」


と、会話から分かる通りそんなわけで私と同格の【白】の冒険者なのだが──私は会話をしたことも無い。

『三葉虫』とは口も利きたく無いというのも勿論だが、そもそも口数が少ないヤツだからだ。

まあそういう意味では、『三葉虫』の中で一番関係が良好なヤツと言えなくも無い。


「しかし………予定では【白】は八人の筈だが、一人足りないようだな」


「あー、例の闇樹海の天才児か。確か三年で【白】にまで昇色したって話だったな。ったく、イヤになるぜ。こちとら十年かけてようやく【紫】だってのによ」


「まあ、いつだって上に行けるヤツはトントン拍子で昇って行く業界だ。確かに珍しい事だが空前絶後という程でも無いだろう」


「つってもこれほどのスピードで昇ってったのはここ十年じゃいねえだろ。せいぜいが【氾星】ぐらいだろうが、あいつだってざっと八年はかかったじゃねえか」


「いや、しかし【氾星】と比べるのは難しいかもしれんぞ?なんせあいつが冒険者になったのは十歳だという話だからな。そこから八年となればそこまで差があるというわけでもあるまい。何よりたった二年で【白】から【黒】へと昇色したのはそうそういるまい」


「はっ、【剣神】を忘れたのかよ?それこそ空前絶後の【白】から【虹】への二段階昇色を果たした化け物がいるじゃねえか」


「いや、《五神(いつつがみ)》と比べるのは流石に厳しいだろう………まず間違い無く人間種最強だぞ」


一瞬私の話題になりそうだったので少し期待したが、直ぐに別の話題に移ってしまったので興味が薄れた。

改めて壇上を眺めてみるも、相変わらずのつまらない弁舌が続いている。

とっとと終わってくれよと思いつつ、最後尾で腕を組みながら待っていたが──


「おい『赤鬼』!ようやく来たのか!早く壇上に上がっ」


「だぁぁぁれが鬼じゃボケぇぇぇ!」


二百余名を飛び越して跳び蹴りをかました。


「がっっっはあ!」


ぶっ倒れた男に駆け寄り、胸ぐらを掴んで起き上がらせる。


「………花の十六歳に付ける通り名じゃないよね?ソレ。そういうのを言葉の暴力って言うんだよ?知ってる?」


「お、お前も知ってるか?こういうのを暴行傷害殺人未遂ってんだぞ」


顔引きつらせて言うのは《影森の蜥蜴》のベテラン中年冒険者、コルダムである。

私と同様【白】の冒険者であり、実力に反して精神面に色々と問題の有る他のトップクラスのメンバーに代わってこういうまとめ役へと収まっている苦労人だ。

ちなみに人間種である。


「んで?もう演説は終わったぁ?だったらとっとと行こうよ前置き長いとみんなの士気に関わるでしょーよ」


「平気な顔で遅刻して来ておいてよく言えるな!それこそ士気に関わる主軸戦力が──」


「あ、あーあー。もうそれ宿の女将さんに言われた」


「おーまーえーなー!」


「………その辺で良いだろう、コルダム」


と。

壇上の中央で演説していた男──ダフニ・ユーノスが割って入って来た。


「士気に関わるというなら、主戦力同士いがみ合っていればそれこそ関わるさ。無論、皆それが微笑ましいじゃれ合いだという事ぐらいは分かっているとは思うがね」


笑みを浮かべながらのその言葉に、コルダムは苦笑を漏らす。


「わーったよ、ダフニ………おら、とっとと席座れクレア」


「うぃー」


適当に手を挙げて応え、壇上にある九つの席。その一番端のものにドサリ腰掛ける。


「はあ、なーんでこんな御大層な席に座んのかねえ。嫌みったらしいでしょーよ」


ブツブツと文句を漏らしつつ、改めて広場を見渡す。

様々な人種が様々な装備を身に付け、集まっていた。

ザッと見渡しただけでも、中になかなかの手練れ達がちらほらと混ざっているのが分かる。

無論今回の作戦はどう考えても手練れでなければ務まらないものだし、そういう意味では一人残らず手練れではあるのだが、まあ要するに私が戦って手こずりそうな相手もいるということだ。

勿論今回の作戦に関して言えば頼りになる仲間、と言える。

多分。

………横目でチラリと壇上の面子を改めて確認する。

中央のダフニ・ユーノスを筆頭として『三葉虫』を加えた四名の闇森人。

コルダムともう一人の古参冒険者、オババの人脈により呼び寄せられた【白】の冒険者二人。

そしてそこに私を加えた九人が今回の作戦の主力というワケだ。

恐らく、私が戦ったホロトゥリオンが相手ならば皆単独で倒して見せるだろう。

もちろん更に凶悪なホロトゥリオンがいないとも限らないし、またあの程度の強さであっても何体いるのか分からない以上、充分な戦力とは言い切れないのだが。

ちなみにメリルの予想ではホロトゥリオンの数は多くても三百、恐らくは二百前後──との事である。その分だと一人一殺すればいいことになるが、まあ、それを考えても仕方ないだろう。

捕らぬ狸のなんとやら。

である。

では、大ざっぱに今回の作戦を説明しておこう。

早い話、今回は殲滅戦──相手を一体たりとも逃さずに殺し尽くす戦いだ。

となると包囲網を張っての虱潰しになるわけだが、ここでこちらの少ない人数と、闇樹海の厳しい環境が立ちはだかる。

二百余名程度の数では包囲網もクソもありゃしないし、よしんば上手く包囲網を張れたとしても闇樹海序層とくれば何が飛び出してくるか分からない。

故に、今回は部隊(レイド)を二つに分割する。

まずはダフニと『三葉虫』が率いる第一陣が闇樹海序層へと入り、隈無くホロトゥリオンを探し出す。

そしてその捜索の途中、ある識具をセッティングしていく。

オババが開発した──というのは建て前で、実質造ったのはほとんどメリルと言ってもいい──「対ホロトゥリオン感知光芒術式」を組み込んだ特殊な霊分界機構(デコーダー)だ。

これを等間隔に設置していく事で、少しずつホロトゥリオンの活動範囲を突き止めていき。

私のいる第二陣がその感知に引っかかったホロトゥリオンを潰していくわけだ。

これをじっくりと続けていき、序層内全域に霊分界機構を設置し終わり、ひとまず作戦終了となる。

そこからは更にまばらなホロトゥリオンの討伐へと移行するだろうとのことだ。

かなり地道だが、まあこんなものだろう。

今のところ、ホロトゥリオンの被害はそれ程でもない──筈だったのだが、つい五日前にとうとう災害指定区域外でも被害が出たとの事で急遽作戦が早められたのだ。

本来なら三百程の人数になるはずだった部隊も、二百少しである。

そんなわけで万全とは言い難い状態かもしれないが、まあさっきモブが言っていた通り二百も充分凄い数なので、きっとなんとかなるだろう。

恐らく。



「──闇樹海の平和は諸君らの働きにかかっている!どうか共に戦い、悪しき魔物共を討ち滅ぼそう!ではこれより、ホロトゥリオン討伐作戦を開始する!第一陣、出陣!」



………ようやくかよ。というセリフをどうにか飲み込みつつ。

最強の闇森人率いる先遣部隊の行進を、私は冷めた目で見据えていたのだった。



さくせんかいし。




前置き回。

ここも読み飛ばしていいかもですね。

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