贓蛩
狗人族の集落を出発して二日。
しかし、私達はそれ程の距離を進んではいなかった。
「………匂うねえ」
「そうなの?それらしい痕跡は見当たらないけど」
「いや、ほんの僅かなものだけどしかし確実に匂うよ。確かにこの辺りで狗人族が──殺されてる」
辺りを警戒しつつ、私は霊術を発動する。
「満ちる調べは無限なる闇、黒に浮かぶは矮小なる生、《黒白生死波》っと」
生命探知の霊術を唱えるが、相変わらず反応は無いままだ。
「ふう………反応無しっと。少なくとも狗人族はここにはいないね」
「そっかあ……原因の方は?」
「ダメだね。ただの魔物の反応ばっかだ。いつかみたく不死者とかだったらこの術には反応しないし、それに魔物とか生物が原因とも限らないし」
「うん………何らかの自然現象って線も、あるもんね」
「メリルの方はどなの?」
「うん、やっぱり霊力に澱みが生まれてる………この近辺で何かが起こったのは間違いなさそうだよ」
携帯型の霊分界機構を手にメリルは言う。
「そっかそっか。んじゃ、メリルはこの辺で帰りなよ。私はしばらくここらを適当にブラブラするかr「《光礫》!」っぶなあああ!!」
容赦なく光芒術を撃たれた。
ギリギリ躱したが。
「ちょちょちょメリルちゃん!?光芒術はシャレんなんないからやめてって言ったよねえ!?」
「シャレじゃないのはそっちだよ。この後に及んで足手まとい扱いしないでよ」
「いや、そーいうのじゃなくてねえ………単純に危ないじゃん」
「だったらなおさらでしょ。意地でもついてくからね」
「いやいや、一応ほら、私ちょっとカッコいいセリフ言っちゃったじゃない?やっぱほら、言ったことの責任はとらなくちゃ」
「だーかーら!それなら別に逃げる必要無いじゃん!黙ってわたしを守りなよ!」
「………………」
………ん単に。
簡単に、言ってくれるよなあ。
そんな事が出来る程器用なら。
そんな強さがあれば。
私は──『私』は──
バキバキバキィ!
と、音が響く。
「………っ!?」
「何!?」
即座に私達は音のした方向へ振り向く。
そこには──
「「………………」」
沈黙。
私達は口を閉ざさざるをえなかった。
改めて──そこには。
粘液塗れの全身。
突き出た二つの不気味な触角。
そして取り留めなく全身から生えたありとあらゆる生物の──
指。手。腕。足。脚。目。鼻。耳。口。角。尾。
支離滅裂なあらゆる器官が、飛び出していた。
私達は。
言葉は交わさず。目も合わさず。
それでも刹那のズレも無しに。
悲鳴を上げた。
「「キッッッショおおおーーーーーーーー!!!」」
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「ヤダヤダヤダヤダーー!!何!?一体何なのさあれえ!?」
「わたしが知るわけないでしょ!?これクレアの仕事なんだから!さっさとやっつけちゃいなよ!」
「知らないしー!私が受けた依頼は調査だし!あんなの関係ないし!」
「あ、あんだけいつもいつも手強い魔物出て来いだのなんだのって偉そうに言ってたくせにー!」
「知ーりーまーせーんーー!」
互いに怒鳴り合いながら、ひたすらに森を駆け抜ける。
後ろからおぞましい気配がするも、断固として振り向かないまま私達はひた走っていた。
振り向く暇があれば少しでも遠ざかりたいというのと、何より振り向いたその先に在るモノを直視したくないという理由からだ。
「も、もう撒いたんじゃない!?確認してよメリル!」
「嫌に決まってるじゃん!クレアが振り返って!」
「何でだよー!」
「普段無駄に姉さん面してんだからこういう時ぐらいは役に立ってよ!ろくでなし!」
「ひっどー!いくらなんでもそりゃないよー!」
「大丈夫だって!あの図体なら流石にもう振り切ったって!」
「ほ、ほんとに!?」
「うんうん!だからほら、カッコいいトコみせるチャンスだよ!」
「お………おっし、一瞬だけ。チラッと見るだけ。見るだけ!」
………女子の着替えを覗こうとする男子のようなセリフを吐きつつ。
私は意を決して振り返った。
「どりゃーーー!」
謎の生物から生えた虫の脚と謎の触手が豚鬼を捕まえて、そのまま身体に飲み込んでいった。
「イイヤアアアアアアッ!!!」
更に速度を上げて走り去ろうとして──
「させるかああい!緑の腕よ、我が手に替わりて生命を掴め──《樹脈の投縄》!」
「ぐええっ!!」
植物製の投げ縄が見事に私の首を捉える。
「グ……カカっ、けエっ………!」
奇怪な声が喉から出るも、それでも私は脚を止めずに走り続ける。
メリルは縄を手繰り、やがて私の腰にしがみついた。
術が解除される。
「カッッッハア!あ、あんたねえ!やって良いこと悪いことー!フツーの人間なら速攻で絞殺されてたよ!」
「お説教は後で!どんなだったの!?」
「えーっとお!?改めて見た全体像は、あー、粘体っぽかったかな!?けど形としてはナメクジに近いかも!少なくとも球状じゃない!あとは、なんか色んなもんがミックスされてた!多分吸収した生物の一部を手に入れるとかそんな感じだ!」
半ギレになりながら私は怒鳴る。
「………何それ!?見た事も聞いた事も無い!新種かな!?」
「つーより突然変異って感じでしょ!イメージだけどさ!」
改めて振り返る。
醜悪を絵に描いたような、生物かどうかも疑わしいソレが相変わらずそこにいた。
「あんっな図体してはっやいなあもう!ネバネバズルズルウネウネニョロニョロしてるしさあ!キモ過ぎるわ!」
その動きは極めて速い。
粘体やナメクジのノロノロとした動きは微塵も無い。イメージとしては大雨洪水台風につきものの凄まじい濁流の如くだ、何もかもを呑み込まんと迫ってくる。
「ええいラチがあかん!突き立てよ忌まわしき罪過、その咎は今こそ万物を抉らん──《暗き尖角》!」
私は振り向き様に霊術を放つ。
貫通の性質を伴った鋭い闇が、謎の魔物へと飛んだ。
しかし。
ミチ、ミチミチ。
と、そんな音と共に。
謎の魔物の顔面──かどうかは不明。そこら中に目や口が存在しているのだ──が。
縦に、裂けた。
「うぎゃああああ!?」
「ヒイイイイイィ!?」
何度目かわからない悲鳴。
そして謎の魔物は、そのままバクリと私の霊術を食べてしまった。
「んなっ!?」
「メリル!闇絶術は撃っちゃだめ!吸収されちゃうみたい!」
「ってことは!」
「うん、私の出番だね。見たところ打撃斬撃は効果薄そうだから………」
と、メリルは私にしがみついたまま言った。
「時間、稼いで!デカいの喰らわせる!」
「らじゃ!さーてっと!じゃあ………」
まずは第一に距離をとるべきだ。そしておかしな事をさせないように牽制し続けなくては。
何しろ勉強家のメリルすら知らない相手だ、どんな事をしてくるかわかったものじゃない。
なら。
「我が戦禍は全てを砕かん、巻き起これ熱風燃え盛れ業火、あまねく仇を討ち滅ぼせ──《戦爆熱波》!!」
一瞬の閃光、そして圧倒的爆発。
全てを滅ぼさんと紅炎が周囲を有らん限りに舐め尽くす。
ひょっとするとこれでケリがつくかとも考えたのだが──
「そう甘くは無い、か」
その身体は大きく消し飛んでいたが、しかしみるみるうちにそこは塞がり、また私達へと向かって雪崩れ込んでくる。
「見た目通りに再生能力持ちかい!厄介だなあもう!」
………お前が言うな、的な視線を感じた気もするが、緊急時なのでスルーする。
私は爆破系の炎禍術を続けて放った。
「いざ、終わり無き業へと踏み往かん。灰を踏みしめ骸を砕き、未だ戦火は餓えに喘がん──《連鎖狂爆》!!」
爆爆爆爆爆爆爆爆。
爆発が爆破を呼び、爆破が爆裂を呼ぶ炎禍術。
ダメージは着実に与えているが、しかし未だ再生は止まらない。
しかし、これでいい。
この術の目的はダメージを与えるだけではなく、私達の移動に利用することにもあるのだから。
爆風に乗り合わせ、高く跳躍する。生い茂る大樹のてっぺん近い枝まで辿り着いた。
距離は充分、流石にここまでは登って来れまい。
「これで、後はメリルの光芒術が完成すれば──」
と、そう思った時。
『ギィエエエエエエエ!』
と謎の魔物が奇天烈な鳴き声を上げ(どっから出してんだ)、こちらへと迫ってきた。
「んなっ………!どうやって昇ってきてんのよあれ!?ナメクジみたいな体型で垂直飛びしてんじゃないっつーの!──メリル!まだ!?」
「あと──十秒!」
「オッケイ!──幻日を抉れ、夕噛ぃ!」
橙色の鎖斧を呼び出し、即座に片方を投げつける。
それを追いかけるように、私も枝から飛び降りた。
『ギィアアアアアアッッ!』
「うっさいわ!」
叫びながら、指、手、腕、脚、爪、牙、角尾、あらゆる器官を振り回し襲い来る謎の魔物。
「だありゃああああ!」
私は片方の刃でそれらを片っ端から斬り飛ばしながら、伸縮自在の夕噛の鎖を粘液塗れの身体へと巻き付ける。
「──おしっ!実体はある!」
ひょっとすると気体液体や霊体ではと思っていたが、なんとか鎖で縛る事ができた。もっとも、高位の霊具である夕噛でなければ無理だったかも知れないが。
このまま地面へ叩き付け──
ようと思った所で最後の抵抗に合う。
もはや地の身体が見えなくなる程の数の器官を生み出し、襲いかかって来たのだった。
「みっともないっつーのぉ!舐め殺せ紅月ぃ!」
頼りになる愛剣の二つ目の姿を片手に取り、四方八方から視界を覆うかのように迫る器官へと紅炎を纏う剣舞を放つ。
「紅剣・紅雨!」
全方位から襲いかかるならばこちらもそっくりそのまま返してやるまでだ。
紅炎を纏った突きが、目にも留まらぬ速度で全ての器官を焼き貫いた。
そして合間無く、もう片方の手に取った夕噛を思い切り振り切る。
「──墜ちろおおおおおおっ!!」
ドチャリ、と嫌な効果音を立てて地面へと叩き付けられる魔物。
しかし私は命の危険を察知して、夕噛をやや遠めの樹に放ち、しっかりと幹へ食い込ませ、即座に鎖を引っ張って移動した。
そして、叫ぶ。
「──メリル!やーっちゃえええ!!」
小さく頷き、微笑むメリル。
そしてこれまでに溜めに溜めた渾身の霊力を炸裂させた。
「集え、燦爛なる意志よ。天を貫く悠遠の矢よ。蠅頭を砕き、夭桃を散らし、九曜を巡りて今飛び立たん──《旻天弓》」
漆黒に包まれた闇樹海が白き光に包まれる。
上空に光り輝く巨大な弓矢が顕現した。
『ギィアアアアアアアッッ!!』
と、断末魔が響き。
「………さようなら」
メリルがそう呟くと同時に。
光の弦が一気に引き絞られ、同時に天の矢が放たれ。
──凄まじい閃光が全てを埋め尽くした。
そうぐう。
書き手としては書いてて爽快な回でした。
やっぱファンタジーは魔法撃ってナンボですよねー。
何もったいぶっとったんだ自分。