忌儡
依頼を受けた後、取り敢えず準備の為にメリル宅へと戻った。
「──でさあ。そのぼーやがなんか因縁付けてさあ。ムカついたからガチの殺気飛ばしてやった。きっひっひー、息止まってたぜ。ザマミロザマミロ」
「………クレアって基本最低だよね」
「何故にっ!?」
「いや、わたしの為に怒ってくれたのは嬉しいけど。それにそんなことしてたらギルド内での評判も悪くなるよ?」
「いや、別に私正式にはギルド所属してないしー」
「もったいないなあ。大婆様から何度もお誘い受けてるんでしょ?」
「三百間近のおばあちゃんから誘われたって嬉しかないよ」
「もー、またそんなこと言って」
「冗談だってば。オババには普通に感謝してるよ、ホントに」
私があのギルドで──否、この闇樹海で冒険者をやっていくにして、オババには実に世話になっているのだ。
いや、ホントに感謝してるって。
ホントホント。
………たまにはね。
「それに、そのうち闇樹海からは出て行くつもりだしね。無所属の流れ者の方が色々と都合がいいんだ」
「………そっか」
メリルが悲しそうな顔をしてくれたが、仕方ない。この闇樹海で一生──何年になるのか見当もつかないが──を過ごす気にはまったくなれないのだから。
「んで、新たな依頼なんだけどさ……狗人族の集落ってどの辺?」
「えっと、前線の南西部だね。ここからだとかなり時間がかかるかな」
「うえーめんどくさあ。ちぇっ、他の依頼にしとけばよかったか……」
「もー、ホントクレアは駄目だなあ……仕方無いね、わたしも一緒に行くよ」
「ええっ!ダメダメ危ないって!」
「もー、別に境界越えるワケじゃないんだから大丈夫だよ。それに、何かあってもクレアが守ってくれるでしょ?」
「えー、それはどうかな……私を過大評価し過ぎじゃない?」
「……だからそんな風に変に距離を置こうとするからクレアは駄目なんだって。そろそろ長い付き合いなんだから止めようよそういうの」
「……見抜かれてるなあ、キヒヒ。けどまあ、これは性分でね」
「性分だかなんだか知らないけどさ。残念ながらわたしはもうクレアを完璧に信頼してるからね。クレアは何が何でもわたしを守るしか無いんだよ」
「……きひひ、それじゃ仕方無い」
私は、少々照れくさくなって、顔を逸らしながら呟いた。
「メリルは、私が守るよ」
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「深緑の戒めよ、今こそ目覚め我が敵を囚えよ──《断罪の樹縛》」
メリルの霊文が紡がれると、強靭な樹木が魔物──岩のように頑丈なゴリラ、通称クリフコング(黒)──を数匹一気に縛り上げる。
メリルはそれだけでは止まる事無く更なる霊術を行使した。
「悪しき者よ、懺悔の刻は既に無い。今はただ全てを棄て、清き光に終わりを迎えよ──《贖いの光》」
「ちょ、ちょちょちょメリル!ソレはだめーっ!《混沌の抱擁》っ!!」
ギリッギリで防御術が間に合い──瞬間、純白なる閃光が炸裂する。
「ぬわーーーーーっ!!」
あくまでも対象は魔物であったので《混沌の抱擁》で充分防御しきれたものの、周囲を埋め尽くした光には恐怖の一言だった。
「ひ………ひい…………」
先の界術はまだいいとして、あの魔導識は無い。マジで無い。
上級光芒術、《贖いの光》。
|吸血鬼(私)からすれば単なる殲滅術だ──いや、私じゃなくてもそう思うだろう。術が炸裂した場所は光熱に灼かれて跡形も無い。
「守る必要皆無じゃん………」
正直、まともに喰らえば私でも危ないレベルだ。
「冒険者ならどう考えても【灰】は堅いだろう実力じゃない………正直見くびってたよ。ホンットお見逸れしました」
「えへへ、どうも」
照れて頭を掻く様は本来可愛らしい事この上なかったろうが、あの火力を見せられたら畏怖の感情しか湧いてこない。
「………えーと、クレア。なんでそんな遠ざかるの?」
「あーいえいえ、別になにもありませんよ。さて、先へ進みましょうメリルお嬢様」
「何その変なキャラ!?」
「はっはっはっ、何を仰るのですか、別に何も変ではありませんよ。何かご用がございましたらすぐに私めにお申し付け下さい、お嬢様」
「執事!?執事なの!?セバスチャンなの!?何が起こったのぉ!?」
………いいリアクションするようになったなー。
「まあ冗談冗談。しっかしこの分じゃあ特に問題はなさそうだねえ。そろそろ着くんでしょ?」
「うん。ほら、もう見えてきた」
「………っうおー」
驚きの声が口から零れる。
眼下には大きな崖、そしてその狭間には多くの橋が架かっていた。
「………なるほど。崖の岩壁をくり抜いて住処にしてるワケだ」
「そういうこと。ちなみに崖の下は川になってるから、落ちてもある程度なら大丈夫だよ」
「はーん。そりゃ生活には色々と役立ちそうだね。んじゃ、依頼人のトコへ行こうかな」
「あ、確か入口はこっちの方だよ」
と、メリルの後をついていった。
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狗人族とは、要するに犬の特徴を持った亜人である。
しかし、外見としてはほとんど人間といってもいいレベルだ。まあ、ようするに耳とか尻尾以外。
そしてここの氏族はかなり他の種族との交流が盛んらしく、私もこの五年間で何度も目にした種族だ。あちらの方も私を知っている人もいたらしく、あっさりと依頼人──ここの族長のところまで案内してもらう事が出来た。
族長さんといってもどうやらつい最近世代交代が有ったらしく、予想に反してかなり若々しい男性が出て来た。おそらく三十代だろう。
ちなみに、狗人族をはじめとした獣人は長命種では無い。むしろ人間種よりも少し短いぐらいだろう。
これは種族としての生命力などの差ではなく、文明の差だ。多くの亜人種は遥か昔からほとんど変わらない生活をしているが、人間種はおよそ千五百年前に魔導識の技術体系の基礎が編み出されて以来、着実に文明を進化させてきた。
そしてそれは当然医術にも反映される──ほとんど薬草レベルの薬での治療と魔導識を含めた様々な視点での治療ではどう考えたって差がつくだろう。
まあ、二百年前のとあるゴタゴタでこの大陸内での人間種と亜人種の関係はそれ以前と比べると格段に良好になったので、徐々にそれも追いつき追い越されるのも時間の問題ではとも言われているし、例外的に長命種の獣人族もいないではないらしいのだが。
まあそれはさておき。
私は仕事の話へと移った。
「依頼を受けさせて貰いました、クレアレッド・フラムルージュです。こっちは冒険者ではありませんが私の妹分のメリルです」
「メリル・オノマです」
──と私達が揃って一礼すると、族長さんも挨拶をしてくれた。
何でも既に私達、特にメリルについては良く知っていたらしい。
というか、面識が有ったそうだ。
いや、まあ、実を言うと、これでもメリルは闇樹海ではけっこうな有名人で通っている。
名うての識者として様々な識具を造り上げ、提供する未だ幼い少女は、闇樹海に住まう多くの人々に親しまれているのだ。
蔑んだ目で見るのは──一応は同族であるはずの闇森人共ぐらいである。
しかし、闇森人は元々閉鎖的な種族であるため、そんな事は関係無しに───むしろ一層陰湿にメリルを目の敵にしているらしかった。
………っとおに気に入らない。
ま、それはそれとして。
依頼について詳しい話を聞く。
──事の始まりが一体いつだったかはもうわからないそうだ。
いつしかちらほらと帰りの遅い者達が出たかと思えば、すぐにそれは行方不明者になり、それを探しに行った者達もまた消息不明。
あまりにトントン拍子に人が消えていき、被害者の数が二桁になった所で族長は一族をなるべく集落から出ないように促し、急いで《影森の蜥蜴》の高位冒険者に依頼したというワケである。
私という【白】の冒険者が来てくれて本当に助かった、と言われた。
厳密には私は《影森の蜥蜴》に所属していないのだが、そう言われると私も単純なので多少やる気が出る。私達は急ぎで調査へと向かう事にした。
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では一応この辺で冒険者の【色】について説明しておこう。
といっても単に冒険者の格付けでしかないのでそんな大層なものでもないが。
早い話、【赤】、【青】、【黄】、【緑】、【紫】、【灰】、【白】、【黒】、そして最上級の【虹】の順に冒険者の質が上がって行くわけだ。
……赤を最下位としてる所が気に入らないが。断固として気に入らないが。
まあそれはともかく、今現在の私の【色】は【白】となっている。
【白】の冒険者は大陸内でも百人足らずしかいない、ほぼ最高クラスの冒険者だ。
本来【紫】以上になればそうそう上がる事は無く、数年かけてようやく一つ上がるとの事だが、私は三年で最下位から今の【色】まで駆け上がった。
今、闇樹海で噂の超新星なのである。
いえい。
「ではでは、超新星冒険者クレアと超新星識者メリルの大冒険へとでっぱつだー!」
「調子乗ってるね……痛い目見そうだなあ………」
相変わらずの辛辣なメリルであった。
冷たい目線に凍りつきそうだ。
「……ま、とにかく出発だね。どこを調査するのか、わかってる?」
「………メリル。私だってちゃんと族長さんの話は聞いてたよ。取り敢えず、行方不明者は東──序層近くへ向かったって話だね。真っ直ぐ東へ注意深く進もっか」
「うんうん。ちゃんと聞いてたんだ。クレアも成長したねぇ」
「………………」
いえ、妹分にこんなセリフを吐かせる私が悪いのはわかってますよ?
だけどだけどだけどさあ。
もーちょい、ちょおおっとだけでいいから優しくしてくれないかね。
「でも、それじゃ要するに虱潰しかあ。随分時間が掛かっちゃいそう」
「そーれは心配いらないんだよメリルちゃん!狗人族の血の匂いはこれまでの生活でしっかり覚えてるからね!」
「………それこそ犬みたいだね。いや、むしろ鮫かな」
「きひひ、まあ血に限定したら多分私の嗅覚は狗人族を凌ぐと思うよ」
基本私が食事で狙うのは人間種だが、別に他の種族では駄目というワケでも無い。
亜人種だって何人も手に掛けて──もとい牙に掛けてきた。
闇樹海に住まうだいたいの種族の血の味は既に覚えてしまっているぐらいだ。
まあ、だからどうということも無いが。
「んじゃ、テキパキ行こうか。メリルも頼んだよー」
「了解だよ」
私の能力とメリルの霊術、二つ揃えば少なくとも何かしらの手掛かりが見つかるはずだ。
私達はいざ、東へと歩を進めた。
いらい。
メリルは普通に強いです。
当たり前のようにクレアレッドと互角に戦えます。