斬呶
そんなワケで裏の私──ハイマとしての仕事を終えた数日後、私はクレアレッドとして闇樹海の前線最大級の町、コリエンテへと来ていた。
三年前、初めてメリルと来た時を思い出しながら歩を進める。いやはや私も随分と成長したものだ。
因みにハイマとしての仕事を始めたのは二年前。ほぼ通り魔のような形で日々の食事を取っていた私に、この大陸の闇を統べると言われる暗殺ギルド《凶黒》から白羽の矢──否、黒羽の矢が立ったワケである。
無論私も食事の証拠は残していないし、食事の際はクレアレッドとは別の姿──適当にハイマと名付けておいた──に『換えて』いたのでまさかバレるとは夢にも思っていなかったのだが、しかしたった一人、闇樹海内での行方不明者から私の存在を嗅ぎ付けた者がいたのだった。
本名不詳の白くてヨボヨボのジジイである。
《凶黒》のボスであり、見込み有りと見做した私を直々にスカウトしにやってきたワケだ。
正直人間では無いだろうと思う──まあ、この虹の大陸は人間種の割合は七割を切るそうなので、亜人種は全然珍しくないのだが。
しかし星の数ほどいる闇樹海内の行方不明者の中から、一体何をどうすれば私へと辿り着けると言うのだろうか。正直見当もつかない。
出逢った当初は私も全力で殺しにかかったのだが、のらりくらりと逃れられもうおしまいかと思ったものの、その後再び現れて「バラされたくなければウチで働け」と脅されたのがキッカケで、暗殺業界へと足を踏み入れたワケである。
まあ、考えてみれば食事をして報酬が貰えるのだから一石二鳥というやつだと思い直し、今では闇樹海内では並ぶ者無しの暗殺者になってしまったのだった。
色々計算外ではあったものの、まあ結果オーライという事にしておく。
そろそろボスにもそれなりに認められたようで、あまり気乗りしない仕事は回ってこないようになったし、それなりの強者が標的なので修行にもなり、無益な殺生も余りせずにすむと良いこと尽くめだ。
因みに師匠には全て伝えている──というよりスカウトされた時点で師匠に相談してみたのである。
おそらく反対されるだろうと思っていたのだが、予想に反して師匠の反応はわりかし軽いものだった。
やりたいんならやってみればどうだ。とのことである。
部活かよ、とツッコミかけたのはまあともかくとして。
てっきり私は師匠はこういう事曲がった事は許せないタイプかと思っていたのだが、別に師匠は熱血正義漢というわけでも無いらしい。
本人曰わく、「昔は不良だった」とのこと。
酒の入ったオヤジかよ、とのツッコミも飲み込み。
そんなワケで、私は暗殺者ハイマとしての役目を獲得したのだった。
あ、ちなみにあの変な口調は単なるキャラ作りである。深い意味は無い(断言)。
で、仕事を終えた報告をした後に、クレアレッドとしてこの街へと足を運んだワケであった。
「あ、武器屋のおっちゃーん。なんか面白い品とか入ったー?」
「おう、クレアか。んー、今んトコは変わらずだな」
「あっそ、また入荷したら教えてねー」
「クレアちゃん!新商品出来たんだけど、味見してくかい?」
「おー!甘味屋のおばちゃん!もらうもらういただきまーす!」
と、あちらこちらで寄り道をしつつ。
目的地へ到着した。
まさしくコリエンテの中心である中央広場、その奥にそびえ立つ冒険者ギルド。
名を《影森の蜥蜴》という。
腕利きの冒険者だけが所属出来る、大陸五指に入る名門ギルドだ。
「邪魔するよー」
扉を開け、大陸五大ギルドというにはずいぶんと小さめの建物へと入る。
言うまでもなく、中は喧騒に包まれていた。
しかしそう言ってもそれはせいぜい繁盛している酒場程度、大陸五大ギルドを名乗るにしては少々物足りなさを感じなくもない。
その理由は単純明確、《影森の蜥蜴》というギルドが少数精鋭を旨とする小規模ギルドだからだ。
総員三十名にも満たない、小さなギルド。それで五大ギルドの一角に収まっているのだからメンバーの実力は言わずもがなである。
まあ、私には特に関係無いことなのだけれど──
「お久しぶり、オババ」
奥のカウンターの上、杖を持ったまま座るギルドマスターへと声を掛けた。
「……ドルネーゼんトコの赤髪嬢ちゃんかい。まーたぞろ面倒事でも持ってきてくれたかね」
開口一番憎まれ口である。
まあ、私が言える事でも無いかもしれないが。
「ちーがーう。報告だよ報告。何でも最近外から来たパーティ──名前は《劈く木菟》っつったかな?六人パーティらしいんだけどさ。序層内で消息不明だってー」
この上なく白々しく私は伝えた。
「………またかい。どうもここんとこそこら中がキナ臭いねえ。やな予感がするよ………近々とんでもない事が起こりそうな、ね」
「演技悪い事言わないでよー。オババが言うと冗談に聞こえないって」
「冗談じゃ無いからね。………オノマの嬢ちゃんは何か言ってなかったかい?」
「………鋭いね。どーうも最近闇樹海内の霊力均衡が不安定らしいよ。過去にも何回か有ったらしいけれど………」
「大方十七年前の『闇嵐』の時だろう。あれは──あの子にとってはトラウマだ、ちゃんとそばに居てやりなよ」
「了解しましたっ」
………『闇嵐』。
十七年前、この国、アノゼラータを襲ったと言われる災害だ。
およそ百年周期で闇樹海を訪れる災害で、闇絶の霊力が闇樹海を中心として宵王国を嵐の如くに暴れ回るというものである。
十七年前にこの王国を襲ったらしいのだが、前回──現在では前々回──の『闇嵐』は当時の五十年程前に発生したとのことで、殆ど不意打ちのように訪れた災害に王国民、特に闇樹海の住人達は絶大な被害を受けた。
………メリルの両親は、それで命を落とし。
そして。
それを機にメリルは闇森人一族達から決定的に迫害されるようになった、とのこと。
「………………」
気に入らない。
「ちょっと赤髪嬢ちゃん、殺気抑えてくれるかい。ウチの若造共がビビり上がっとる」
「──っと。スミマセンスミマセン」
振り返って笑顔でフォローを入れる。
ゼロ円スマイル。
が、何名かの青ざめた顔は元に戻らなかった。
「そんなビビんなくてもいいのにさー、この可愛らしい顔が目に入らないのかなまったく」
「嬢ちゃんの殺気浴びて平静保てる程のモンはそうそういないよ………ウチじゃあ『黒三葉』と、あと一人ぐらいだろう」
「………あー、『三葉虫』ね」
『黒三葉』はこのギルドのトップを張る三人の冒険者だ。
全員が名の通り闇森人であり、まあソコソコの実力者ではある。
断固として気に入らないが。
あいつらの暗殺依頼が来ないか心待ちにしているが。
「まったく………お互い数少ない【白】の冒険者なんだから、もうちっと友好的にしてもいいと思うがね」
「あっちから突っかかってくんだからしゃーないでしょ。あいつらが一度頭下げればそれでいくらでも仲良くできるんだけれど」
………そう言うと、ギルド内から不穏な視線が流れて来た。
「………んー?何か言いたいことが有るのかな?キミ」
クルリと椅子の上で半回転し、視線の主を見つめた。
「………『黒三葉』の方々を侮辱するな。流れ者のクセして」
言うまでもなく闇森人だった。
見かけで言えば十代後半だったが、闇森人は長命種なので正確な年齢はよくわからない。
「んーん、私変なこと言ったっけ?わからないなぁ、何が気に触った?」
「『黒三葉』を侮辱するなと言ったんだ。あの方達を悪く言う奴は許さない」
「──キヒッ」
笑う。
少年は一瞬身震いしたようだったが、何とか押さえ込み私を睨み返してくる。
「キヒヒヒ、いーいねえ。オババ、この子今、何色?」
「【紫】だよ。将来有望なルーキーさ、潰さないどくれよ」
「わあーかってるって、手出しなんかしないよ別に。ま、大体見当ついたよ。用は『三葉虫』ファンの子か。御苦労なこったねえ」
「っ………。黙れ。お前こそ仇児とつるんで何を企んで──」
「あ″?」
私はマジめに殺気を飛ばした。
「────っ!────!」
がたあん!
と座っていた椅子を倒しながら少年は床に突っ伏した。
喉を押さえているところをみると、息をするのを忘れてしまったらしい。
「えーっとお?何て言ったのかなあキミ。よく聞こえなかったあ」
「………嬢ちゃん」
「はいはいわかってるって。けどこんぐらい正当防衛でしょ?お互いに手出ししてないんだからおあいこだよ」
「はあ………あんたの師匠はもうちっと礼節について弟子に教えた方がいいね」
「きひひ、ま、それは同感ですかねえ。まあ師匠自身あれでわりかしアウトロー気味だし」
「だったね………ったく。ロクデナシ師弟め」
「きひひ、本来ならキレるトコだけど、オババならまあ仕方ないかなあ」
「あんたはとにかくその沸点の低さどうにかしな。長生き出来ないよ」
「それもまたオババに言われちゃしょうがないね。まあ心に留めておくよ」
私は椅子から降りた。
「んじゃ、適当に仕事見繕って下さいな。討伐系で。」
「残念。生憎と今のところ討伐依頼は来てないよ。………採集か、或いは調査だね」
「ちぇー、んじゃ調査で。面白そうなのをお願いしまーす」
「やれやれ……んじゃ、これ頼むよ。狗人族の集落で行方不明者が多数続出してる。あたしの勘じゃあ結構な難題だ、報告優先で頼むよ」
「はーいはい。承りましたあー」
依頼の書類を手渡され、軽く目を通してから席を立つ。
出口までの道で、闇森人の少年が睨んでいるのが目に入ったが。
鼻で嗤うだけで勘弁してやる事にした。
ギルドを出て、少し伸びをする。
「さあーて。ほんじゃ一丁気合いを入れて、一仕事と行きますか」
ギルド。
やってみたかったテンプレシリーズ。
冒険者ギルドで高速昇進。
トラベラーは旅人だろ!ってツッコミは無しで。




