淦斗緇
一週間後。
「標的発見、と」
闇樹海序層。
この一週間で、既に何度か目視していた標的を、情報通り北西部にて確認していた。
数は六人。
リーダーである軽戦士(男)。壁らしき重戦士(男)。短槍装備の槍士(女)。遊撃手らしき盗賊(男)。狩弓を背負った弓手(女)。短杖を手にした魔導士(女)。
「………バランス微妙じゃね?」
おっと。
つい、地が出た。
「まあ、そうでも無いのかしら………霊術士の冒険者は少ないって聞いたものね」
確かにこの世界を築く基盤である霊術は多くの人々が学び、利用しているが、やはり一定以上の使い手は数限られた存在だし、広く普及している分、人々からの需要は多い。わざわざ冒険者などというヤクザな職業に就く者はそういないのだ。
冒険者になるならば、やはりそれなりの腕前が必要とされる──そして冒険者で成功出来る力量があるなら、他に安全確実な職場を探せばいい所はいくらでも在る、というわけだ。
「とは言っても、あの魔導士のコは街中では大成しなさそう………霊力に粗が目立つわ。だからこそ、冒険者というわけね」
魔導士と識者。
魔導識の使い手という意味では同じだが、しかしそこには僅かながらに差異がある。
言ってみれば、魔導識を織り成す二つの技術。呪色現写と術式変換──そのどちらが得意か、というものである。
霊力がガソリンならそれを『掴む』──現象と成す、言わばエンジンが呪色現写。そして現象化したソレを更に『形付ける』、ハンドルこそが術式変換だ。
大ざっぱに言えば「出力」と「操作」。
細かな設定を無視し、威力任せにぶっ放すのが魔導士。
繊細な操作で、ありとあらゆる技を繰り出すのが識者というわけである。
そして言うまでもなく人々の役に立ち、社会から称されるのは、様々な識具を編み出し、あらゆる面で活躍する識者。
荒事以外では殆ど役に立たない魔導士は、せいぜい軍人か傭兵、或いは冒険者ぐらいしか礼を言われる事は無い。
そんなワケで、基本識者と魔導士の仲は劣悪である──というよりもそもそも魔導士という呼び名自体が蔑称のようなものだ。
識者に成れなかった出来損ない──それが魔導士の一般的なイメージなのである。
まあ、確かにその通りではある──他種族の使う始原能、精霊術、界術に対抗するため、人間種の多様性を生かすために編み出されたと言われるのが魔導識なのだから。
人間だけの知恵、発想、可能性──それらを生かせずに何が魔導識か。
それが識者達の言い分らしい。
要は真っ直ぐにしか走れない乗り物に意味が在るか、というワケだ。
正論この上無い。
また、術式変換が苦手な魔導士はいても呪色現写が苦手な識者はいない、という事実が何よりの理由だ。
出力がゼロだったら操作もクソも無いもんね。
「けど、単純な霊力量は序層まで来るだけの事はあるかもね……一応、デカいのを喰らわないように注意しておこうかしら」
他のメンバーは、まあ、特に注目するところは無さそうだ。せいぜい、霊具か識具を隠し持っているかもしれない、といった所か。
仮に持っていても使う前に仕留めるけど。
「じゃあ、最終確認といきましょう──満ちる調は無限なる闇、黒に浮かぶは矮小なる生──《黒白生死波》」
周囲に闇属性の幽かな波紋が、私を中心として放射状に広がっていく──【死亡】の因子を宿す闇絶の力は、触れた生命に確かに反応する。
そしてこの波紋は、私以外の者に気取られる事はほぼ有り得ない。
周囲一帯──直径一㎞は調べたが、特に仕事の邪魔になりそうな生命は無い。
面倒な事になる前に終わらせるとしよう。
私は黒衣を翻しながら、軽やかに樹上から飛び降りた。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
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空中を重力に従って降下する中、私はいつも通りにそれを放った。
「──《赤の指先》」
赤き弾丸は弓手の女の脳天目掛けて、垂直に襲いかかった。
が。
「──っ!避けろ!」
リーダーの男が、盾を装備した左手で弓手を突き飛ばす。
「──あら、避けるのね。手加減したとはいえ不意打ちだったから、十中八九仕留めたと思ったのだけど……」
軽口を叩きながら地面へと降り立つ。
標的の面々は、既に武器を構えてこちらを睨みつけて来た。
「………何者だ?」
全身鎧に身を包み、タワーシールドとバトルアックスを構えた重戦士が問うて来た。
「私が何者かだなんて今のあなた達には関係無いと思うけど?今重要なのはあなた達がどうすれば私から逃れられるかということよ。まあ、残念な事にそんな方法は無いのだけれど」
「理解した、つまりは敵か」
「そういう事。まあ、頑張って抵抗しなさい、その分寿命が延びるかもしれないわ。まあ、せいぜい数十秒でしょうけど」
「随分と自信があるみたいね、六対一よ?」
「六匹の豚を仕留め損ねる虎はいないわ、安心して死になさい」
圧倒的な上から目線での物言い。
無論挑発の意味もあるが、しかしそれを抜きにしても正論と言えなくもない。
それだけの実力差が、存在するのだから。
「………皆、油断はするな。この災害指定区域にいる以上、全てに警戒するべきだ」
パーティの中心にいる軽戦士の青年が、他のメンバーに注意を促す。
「流石はリーダーさん、正論ね。ただ更なる正論を言わせてもらえば、警戒するほど命が惜しいならそもそもこんな場所に足を踏み入れるべきじゃないわ」
「バカにして貰っては困るな、死の覚悟なら冒険者として常に持っている。そしてそれ以上に、死なない覚悟もね」
「それは結構。なら、潔く死ぬ事ね。お喋りはお終い、ここからは互いの血肉で語り合いましょう」
私は静かに、深く呼吸をする。
この闇樹海に満ちる闇を大きく身の内に収め、拳を握り、地面を蹴った。
「まずは、一人」
先手必勝。
まずは頭から。
速度と威力。ただそれだけの一撃を目の前の青年へと叩き込んだ。
「──ラァ!!」
「ぐっ──!」
が、青年は盾と剣を素早く交差させ防御する。
が、それは文字通りに手痛い悪手だった。
確かに青年は命を拾ったが、しかしその代償に武器と防具、何よりも両腕を失ってしまったのだから。
「っがああああ!!」
「喚かないの、男でしょう?」
薄く笑って、両腕がひしゃげた青年へととどめを刺そうとする。
しかしそれは流石に周りの仲間達が許さなかった。
「リーダー!」
「貴っ様!」
槍士と盗賊が左右から武器を叩き込んでくる。
私は一瞬速く突き込まれた槍を片手で掴み、短剣を持った手を逸らすと、その腕に手刀を叩き込んだ。
「がっ!」
再び骨の折れる感触。
「ぐう………はなっ、せえ!」
槍士の女が蹴りを放ってきたが目もくれずに、私は手にした槍を垂直に持ち上げる。
「っきゃああああ!?」
片足立ちになっていた女は抵抗も出来ずに中空へと身を踊らせる。
「こっの………!」
盗賊がもう片方の腕で武器を振るおうとするも、勝負は既に決まっている。
「じゃまよ」
槍を片手で持ち上げたまま、回し蹴りを顔面へと見舞った。
言うまでもなく、盗賊の首から上は消失する。
「ギナトぉぉぉ!」
「………そんな名前だったの?変な名前ね」
叫び声は無論無視し、残る獲物を狩りに歩き出す。
「よくもっ………!盛れ焔よ、悪しき闇夜を切り開け──!《豪炎弾》!」
後ろの魔導士がようやく術を放つ。見立て通り、なかなかの威力だったが──
「………バカじゃないの?あんた」
掴んだままの槍を、こちらに向かう炎弾へと思い切り振るう。
槍士のポカンとした刹那の表情が印象的だった。
振り飛ばされた槍士は煌々と燃える焔へと飛び込み──やがて燃え尽きた。
「イ、イヤアアアアア!」
「うるっさいわねえ………これで二人、と」
リーダーはもう実質仕留めた為、残るは半分、たったの三人だ。
「………クソっ!ガルトを連れて逃げろ!時間は俺が稼ぐ!」
「そ、そんな………」
「速く行け!」
「………またベタな展開ね。おとなしく死になさい」
リーダーを連れて走り出した女二人と、その間に立ちはだかる重戦士。
「ここは──通さん!」
「それ言っちゃった時点で通す事が確定的だけれど……まあ、せいぜい頑張りなさいな」
背後から弓矢の援護射撃が飛んでくるが、全て片手で掴み取っていく。
「まったく、焼け石に水って知ってるかしら?」
手にした矢を、目の前の重戦士に目掛けて投げ放った。
「利かんっ!」
と、手にしたタワーシールドで防ぐ重戦士だったが、無論私もそれは折り込み済み。
盾で防御させる事こそが、私の目的だったのだから。
トン、と。殴るどころかドアへのノック以下の勢いで、私はタワーシールドへと拳を突き立てる。
そして、霊文を紡ぎ出した。
「心侵すは虚ろなる御手──《幽幻の拳》」
瞬間、メキメキィ、と骨の折れ、砕ける音が響き。
重戦士の巨体が地面へと倒れた。
「ガ、ハア……な、何が……」
「あら、まだ生きてた?なかなかタフね、誉めてあげるわ」
《幽幻の拳》は術者の拳撃ダメージを、防御不能にして放つという精霊術だ。
拳が一定時間対象に触れていなければ発動しないという制限はあるが、それを考慮しても強力な術である。
もっとも、性質上力の弱い者が使っても大した効果は無いが、私にとっては非常に有用だ。
「ああ、ダメージが盾を持ってた腕に集中したのね。なるほど、どうりで片腕が吹き飛んでるわけだわ」
と言っても、衝撃は全身にくまなく走ったようで、もはや立ち上がれそうに無かった。
後は放っておくだけで出血多量で死ぬだろう。
「まあ、それは少し酷かしら……じゃあ、おやすみなさい」
私が《赤の指先》で額を兜ごと撃ち抜くと、重戦士はもう身動きする事は無かった。
「さて、と……残りは」
余計な荷物を背負っているのだ、そう遠くへは行けまい。
そして、その荷物からはかなりの血の匂いが漂っている。
逃がす方が難しいくらいだ。
「……そんなに離れてはいないわね。早く終わらせましょうか」
私は大きく跳躍し、樹々の間を跳び回りながら獲物を追う。
やはり直ぐに発見出来た。必死に負傷した青年を運んでいる。
「はい、それまで」
言いながら私は標的達の眼前に立ち塞がる。
「っ………なんなのよアンタ!?どうしてアタシ達を狙うわけ!?」
「だからそんな事知ったって何にもならないでしょうって………まあ、答えてあげれば単にあなた達を消してくれって依頼があっただけなのだけれど」
肩をすくめて続ける。
「冒険者なんてやっているなら、狙われる心当たりぐらい有るでしょう?今更ぐだぐだ言わないの。苦しめる趣味は無いから、大人しくしていれば楽に殺してあげるわよ?」
「ふざけるな!よくも皆を……」
「あー、もう問答は無用。さっさと逝きなさい」
一足で懐まで踏み込む。
抜き手を放ち、既に虫の息な青年の胸を貫いた。
「ガ、ハ………」
口から血を吐きながら、しかし青年は私の手を折れた腕で無理矢理掴んだ。
「お、俺ごとやれ………」
「っ………!焔の渦よ、暗き業を焼き払え!《豪炎渦》!」
巨大な炎の渦が青年諸共私を焼き尽くさんと巻き起こった。
しかし。
「滲む暗闇は我等の苦界をも包み込まん──《混沌の抱擁》」
一瞬速く精霊術を発動する。
黒き混沌が身体へと纏わりつき、燃え盛る火炎から私を守った。
「………あなた、仲間を焼き殺すのが趣味なのかしら?」
呆れ声で訊ねる。
しかし魔導士は既に膝から崩れ落ち、戦意を無くしてしまっていた。
まあ、無理もあるまい。
弓手の少女からも、もはや戦意は感じられない。
「祈る時間くらいなら、恵んであげなくも無いけど」
「………必要ないわ、命を見逃してくれるのでなければさっさと終わらせて」
「了解」
そうして、何かしらの気紛れから──私は愛剣を呼び出した。
「絶ち凪げ──赤月」
チャキ、と構える。
そして二人諸共に断ち斬る剣技を、目を瞑ったままに放った。
「赤剣・赤羽」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「………あ、そういや血ぃ吸い忘れたなー」
完全に地のままの口調で、私は零した。
まあ誰が聞いているワケでもないし、そして誰かに聞かれてもそれほど困るワケでもないのだが。
「まあ、あんま喉渇いてないから別にいいんだけど………けどやっぱ喰える内に喰っといた方がいいよね」
真っ二つになっている二つの死体を見る。
既に血はかなりの量が流れ出しているが、二人分あれば特に不足はしない。
「………と、その前に戻っておこうか。『定義改変』っと」
目を閉じ、自らをこの世に留める「私」という枠組みを書き換える反則能力──『定義改変』を行使する。
とは言っても、そう大幅な書き換えではない。
ただ、私の纏う黒色が全て。
赤く──紅く──朱く──緋く──
「まあそんなワケで──謎の黒衣の暗躍者、ハイマ改め──」
と、私は誰に向けるでも無く呟いた。
「真っ赤な吸血鬼、クレアレッド・フラムルージュなのでしたっ」
あかとくろ。
すいませんでしたあ!!
はい、クレアレッドでしたー。
別に別人格とかじゃありません。
ただの某不治の病に罹っているだけなのです。
そして、書き手はスタンダールを読んだ事がありません。