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赤紅朱緋~真っ赤な吸血鬼の異世界奇譚~  作者: 書き手
第一楽章 赤と黒の小夜曲
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安役者



  



しばらくした後、師匠がやってきた。


「………………」


何も言わないまま、資料に目を通して目を閉じた。


「……………で、どうするんだ?」


それはかつても聞いた言葉。

だけど。

返す言葉は、あの時とは違う。


「──どうとでもしてやります」


「………そうか」


師匠は目を開き、いつもの薄い笑みを浮かべた。


「──余計なお世話だったらしいな」


「いえ、わざわざお手数かけました」


「ふ、……メリル」


「……は、い」


師匠はメリルに目を向けないまま、言った。


「……お前が決めろ」


「………はい!」


それだけ言うとあっさり師匠は出て行った。

………ちょっと拍子抜け。


「メリル、えーと、改めて………」


「あ、うん」


向かい合う。

メリルの目は、まだ赤く腫れていた。

私は何ともないだろうけど。

目は元々赤いしね。


「でさ、その………えーと、霊力密度?が高いとなんかあるワケ?」


「あるって言うか、無いはずが無いって感じなんだけどね。周囲の環境やその物質にもよるけど、一定以上の密度を超えると霊力の暴走──霊力超過(オーバーロード)が発生して、とんでもない事になっちゃうんだ」


「……んー、あんま訊きたくないけど、とんでもない事って?」


「あーっと、これが」


メリルがグッと拳を握り。


「こう」


パッと開いた。


「………なるほど」


実にわかりやすい。


「えー、では、私の霊力密度で、その霊力超過とやらが起きたら?」


「………………国一つ、かも」


「……………………」


私が吸血鬼じゃなければ、きっと滝のごとくに冷や汗をかいていることだろう。

な、なるほど………

メリルのあの反応も頷けた。


「あ、あー、つまりあれか、闇絶星霊とやらが私と霊契約(プロトコル)を結んだってのは──」


「………それっぽいね」


「あ、そう……」


オイオイオイ。

そんぐらい教えとけや、八大星霊さん。


「えー、けどまあ、今まで結構派手にハシャいで、それでも大丈夫だったって事はさ。多分今すぐどうにかなるってわけじゃないんでしょ?」


「多分ね、私がクレアの構成霊力を見て何よりも驚いたのは、光属性が存在しない事よりもぶっ飛んだ霊力密度よりも──そんな構成をしていながら酷く安定した状態を保っているクレア自身なの」


「はあ……それって喩えるならどんな感じ」


「うーん……えーと、紙で作ったコップにバケツの水をぶちまけたら全部綺麗に入っちゃった。みたいな?」


「はあ………」


わかりやすいようなわかりにくいような。

ファンタジー世界なら別に普通じゃね?とも思う。


「ようするに、滅茶苦茶に無茶苦茶だって事だよ。これも仮説だけど、というか妄想レベルだけれど──もしかするとクレアの身体を構成している霊素は、学者の中で冗談扱いに口にされてきた霊素、恒久霊素(エーテル)かもしれない」


「はあ………」


エーテルと来ましたか。

有機化合物ですね。


「あ、あー!バカにしてるでしょ!べ、別に本気で言ったわけじゃないから!言ってみただけだから!」


………どうも随分と突拍子も無い事をメリルは口にしたらしかった。


「いやいや別にバカになんかしてないよ。アリストテレスもデカルトもホイヘンスだって在ると思ってたんだから」


「………誰それ」


「さあね」


まあ、あながち馬鹿にしたもんでもあるまい。

特殊相対性理論だって破られたんだし。

それにファンタジー世界じゃ何があっても不思議じゃないだろう。

だからこそのファンタジーだ。

熱力学も量子力学だって存在しやしないだろうしな。

リアルにマクスウェルの悪魔やラプラスの悪魔がいたっておかしくは無い。

そう考えると、なかなかぞっとしない話だ。


「で、その恒久霊素ってのは何なのさ」


「え、えーと、超過霊力量──蓄えれる霊力の量の限界が存在せず、故に霊力均衡(オドバランス)を無視した構成霊力でも崩壊せず、故に半永久的に存在する事が出来る究極にして完全な物質──て言うトンデモな代物なんだけれど」


「ははーあ、なんだかスゴそうだねえ」


うーむ、ようは永久機関とか賢者の石みたいな感じの存在なのだろうか。


「けど、それなら色々説明付くんじゃない?私のトンデモスキル二つ、『存在回帰』と『定義改変』にもさ」


「………付かない事も、無いんだよね………いや、もちろん空想レベルの話なんだけどさ」


そう言うと、メリルは何かブツブツと呟きだした。


「いや、けど………恒久的に回帰し続ける………完全なる物質って………いや、じゃああの流動性は………いや、だからこそ?変質し続けるという不変性………故に、故の、普遍………?いや、流石にそれはこじつけ臭く………そもそも属性が一つ欠けて………いやいや、誕生の要素が欠落して………始まり無き終わりって………それはつまり………」


………おおう。

ちょっと、気味悪いよメリルちゃん。

何か、色々とヤバそうな雰囲気だ。

ぶっちゃけ何を言われても全然ピンと来ないのだが。

無知は力なり。みたいな。


「おーい、帰ってこーい」


ちょっと心配になったので、頬をペチペチ叩いてみた。


「………ハッ。うん、な、何かな」


「いや何かなじゃないよ、いきなりブツブツと。何?何か分かったわけ?」


「………いや、ちょっと考えてみたけど流石にキリがないかな。少なくとも今考えて解ることじゃないと思うよ」


「へーえ」


私は適当に相槌を打った。


「で、結論は?」


私は笑顔で訊ねた。


「私はとんでもねーヤツでした。で、それで何か変わるの?」


メリルは少しポカンとして。

だけども直ぐに微笑んで、口を開いた。


「なーんにも」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ウリギノグス闇樹海、災害指定区域内。

ここにいる人種は三種類。

ここの凶悪な環境に抗えるだけの力を持った実力者。

この闇樹海と共に生きる術を持つ住人達。

そしてそれら以外の愚か者。

言うまでもなく──私は一つ目だ。

災害指定区域は三つの層に区切られている。

ある程度の実力者のみが踏み入る事を許される──序層。

大陸トップクラスの豪傑のみが生きて帰る事の出来る──深層。

生存者皆無の人跡未踏の地──最深層。

此処は序層、北東部。

名も無き洞窟の中を私は音も無く歩いていた。

やがて、行き止まりへと突き当たる。

私は黙って懐から取り出した札を、岩壁から突き出た樹の根に貼り付ける。

一瞬だけ淡い光が走り、岩壁が割れ、通路が現る。

私は迷い無く先へと進んだ。


「………遅いぞ」


「あら、それはごめんなさい」


先程とは打って変わって整備された通路を進んだ先で、男は待っていた。

闇に溶けるような黒い服──ではなく、この闇樹海に反旗を翻すかのような白の衣服を身に纏い。

年はもう七十に差し掛かる程だろうか。ボサボサの白髪、蓄えた白髭、ただ瞳だけが夜色に爛々と輝いている。


「先の仕事から二週間も経っていないと言うのに………なかなかこの森も物騒になってきたものね。いったい何事かしら?」


「この森………ではなく、この大陸、だな。騒がしくなってきたのは。あちらこちらの国できな臭くなって来ている。特に北と南ではな」


「あら、穏やかじゃないわね。好きよ、そういうの」


「だろうな………だが、単なる国同士のゴタゴタではなさそうだ」


「………へーえ?詳しく教えて貰っても?」


「却下だ。お前が知るべきなのは、ただこれから仕事が忙しくなるというだけだ」


「やれやれ………気の利かない上司を持つと苦労するわ。どうせなら仕事は面白い方がいい。それぐらい分かってほしいものね」


「阿呆、お前に危険な任務は任せられるか。どう暴走されるか分かったものでは無い」


「ヒドい言い草………で、今回は少しは骨の在る獲物なんでしょうね?」


「さてな。ただ、この業界は確実性が第一だ。お前がしくじるかもしれんようなら他に回す」


「つまりはいつも通りの雑魚散らしって事かしら。もっと部下のモチベーションに気を回してほしいものだわ」


軽口を叩きつつ、手渡された紙を眺める。


「ふうん、パーティ丸々標的ね。何かお宝を隠していたりするのかしら?」


「とある貴族お抱えのパーティだ。そこそこ腕が立つ為消しておいてくれ、との依頼だな」


「へえ、随分と気楽に注文してくれるじゃない。お得意様と見た」


「………」


男は目を黙って細める。


「あー、ハイハイ。依頼人の詮索は御法度、ね」


「分かっているならするな、餓鬼めが」


「頭が固いわね、相変わらず」


「お前がいつまでも学習せんだけだ………言うまでもなく証拠は残すな。とは言っても闇樹海(ここ)では残そうが残すまいが全て闇にもみ消されるが」


「つくづく楽な仕事場よね。………証拠は?いつも通り、首でいいのかしら?」


「構わん、証拠提出の注文は無い」


「ふうん、やっぱり信用あるお客様らしいわね。キッチリこなしてこなくちゃ」


また男は少し目を細めたが、言っても無駄と思ったらしく、最後の内容を告げた。


「標的はおよそ一週間後、序層の北西部に入る。そこを仕留めろ」


「了解。報酬はいつもの方法でお願いするわ」


そう言うと、私は手に持った紙をクシャリと握り潰し、手を離す。

掌からは、灰が音も無く散って行った。


「情報は以上だ。とっとと行け──ハイマ」


「冷たいわね。はいはい、了解したわ、ボス」


クルリと回れ右をし、歩き始める。

さっき通った通路の途中で、枝分かれしていた道を通り、やがてまた行き止まり。

しかし今度は隠し扉ではない。

ノーモーションでそこから垂直に跳躍し、その先にある取っ手を掴む。

そしてもう片方の手で、天井を押しのけた。


「………ふうっ。もう少し小綺麗な所にしてくれても良いと思うのだけれど………」


朽ちた切り株の中、マンホールのような形の扉から出てきて、愚痴を零しながら、足で扉を閉める。

扉には術式(コード)が刻まれているため、内側からしか開くことは無く、外側からは単なる切り株にしか見える事はない。

黒づくめのロングコートに付いた埃を払う。

最後にひらり、と自分の黒髪をひらめかし、一息吐いた。


「期限は一週間。まあ、ゆっくりと愉しませてもらおうかしら」


クスリ、と笑みを零し。

漆黒の暗躍者は闇へと紛れながら歩き出した。




あんやくしゃ。




説明回終了。

そして!

謎の!!

新キャラっ!!??

こうご期待っっっ!!!!

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